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21/08/29(日)02:59:20 暖かい... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1630173560970.png 21/08/29(日)02:59:20 No.840299517

暖かい太陽の光が降り注ぐ平日の午後。 若き女性トレーナーは、担当するウマ娘が練習場にてターフを駆ける様子を見ていた。もうすぐ大事なレースがある。それに向けての最後の追い込み。大切な大舞台に向けての最後の調整である。 左回りのコースを走り抜けるウマ娘。向こう正面から第三コーナーへ。曲線をスムーズに周り抜け、そして第四コーナー出口へあっという間に抜ける。最後の直線。向きを変えて全力疾走。そしてゴール板を彼女は駆け抜けた。 ゴール板をすぎたタイミングでストップウォッチを止めるトレーナー。そこに現れたタイムを見た彼女は 「よし…」 と、満足そうな表情で頷いた。 「トレーナーちゃーん!どうだったー!?」 そうターフの上からウマ娘が彼女に呼びかける。 「いい感じですよー!マベちゃーん!」 トレーナーはそう笑顔で彼女に手を振る。 トレーナーに近寄ってきたウマ娘、マーベラスサンデーはにっこり笑って 「もう一本行っていい?」 と彼女に話しかけた。 「勿論です!」 満面の笑顔でトレーナーはそう答える。

1 21/08/29(日)02:59:45 No.840299610

そして早速スタート位置に戻ると、スタートの合図に合わせてマーベラスサンデーは走り出す。 ストレートを抜けて第一コーナーへ。そして第二コーナーを曲がる直前 「あっ!!!」 突然彼女が叫び、そして乗ったスピードそのままに勢いよく大転倒をする。 「マベちゃん!?」 その様子を見てトレーナーは急いで彼女のもとに駆け寄った。 彼女が見たマーベラスサンデーの姿。右膝から下を腫らし、地面を這いずる血まみれのウマ娘。スピードが乗った状態で転倒したからだろう。そこら中が擦り傷だらけで、打撲を負った箇所は全身のあらゆる場所に及んでいる。 「マベちゃん!!!マベちゃん!!!」 驚いて彼女を抱き起すトレーナー。 しかしその瞳に力がない。生命の光が絶え絶えとなっている瞳。 「はやく病院に…!」 そう思い携帯電話を取り出そうとするが、どのポケットにもそれが見当たらない。 焦るうちに腕に抱かれたウマ娘の息がか細くなる。 その様子を見ていくうちに、心に絶望感が押し寄せる。彼女の視界がゆがむ。

2 21/08/29(日)03:00:02 No.840299672

その様子を見ていくうちに、心に絶望感が押し寄せる。彼女の視界がゆがむ。 「誰か!!!誰か来てください!!!」 彼女は大声で叫ぶ。 しかし練習場の周りには誰もいない。 「お願いします!!!誰か!!!誰か!!!」 そう叫んでいるうちに、ターフが消え去り、いつの間にか世界は荒野と化していた。 世界から光が消える。闇が訪れ、徐々に気温が下がっていく。 そんな中 「誰か!!!お願いします!!!お願いします!!!」 トレーナーは叫び続け、そこで世界は終わりを迎えた。

3 21/08/29(日)03:00:24 No.840299726

目を覚ました彼女の視界に映ったのは見慣れた天井だった。 ベッドから身を起こし、周りを確認するトレーナー。そこは間違いなく自分の部屋。この時、ようやく彼女は気づいた。 「夢……」 先程見た光景は夢だったと。 体中には汗で濡れ切っており、夢だとわかっても心臓は高鳴る鼓動を止めようとしない。記憶の中の亡霊が彼女の心を締め付けるように、夢の残り香がいつまでも在り続ける。 洗面所に顔を洗い、自分の顔を見ると、どこかやつれた彼女自身の顔が映っていた。 (こんな夢を見るのも…久しぶりだな…) 彼女はそう思い、自分の顔を両手で思い切りはたく。 実のところトレーナーがこのような夢を見たのは初めてではなかった。時折見る悪夢。それはたまに彼女に襲い掛かり、そして心に強い錨を差し、ただ幻想の世界へ消えていく。かつてはその夢に強い嫌悪感と吐き気を覚えた彼女だが、回数を重ねるうちにある程度慣れたものとなっていた。この所、マーベラスサンデーが怪我をしなくなったことも大きいだろう。

4 21/08/29(日)03:00:52 No.840299812

時計を見ると、まだ5時半を示している。しかし、もう寝れそうにないな、と彼女は思うと、早めに出勤することを心に決め、汗で濡れた下着を着替え始めたのだった。 4月下旬、京都競バ場。 日曜日、第10レース。G1、天皇賞(春)。芝3200m。 天候は晴、バ場は良。 控室にて。 「マベちゃん。体の調子はどう?」 「絶好調☆」 トレーナーの問いに笑顔で応えるマーベラスサンデー。彼女の気持ちも躍っているようである。何せ、スリゼローレルとの約束のレースの二つ目。春の天皇賞の日を無事に迎えたのだから。 3月下旬に行われた阪神大賞典で、マヤノトップガンに勝ってからの1ヶ月、マーベラスサンデーの練習に対する姿勢はいつも以上に真剣なものだった。足が弱い彼女である。スケジュールは勿論脚に負担が掛かりにくいよう組まれたものだった。しかしターフを駆ける彼女の練習への臨み方は、どこか密度が高いものにトレーナーには思えていた。全力を出し切って時間を少しでも有効に使おうとする姿勢。それが練習にありありと出ていたと回顧するトレーナーである。

5 21/08/29(日)03:02:12 No.840300077

だが相手はスリゼローレルである。有マ記念では二着だったマーベラスサンデーだが、一着のスリゼローレルとの着差は2と1/2バ身差。それだけ差が開いていた彼女である。実力差は歴然だった。そんなスリゼローレルも、有マ記念後に骨折。つまり実力を埋めるための時間はマーベラスサンデーにはあったと、トレーナーは感じている。 「マベちゃん、今日のレースですけど」 レースに向かう前にアドバイスをしようとするトレーナーだったが 「全力を出し切ってきてください!以上です!!!」 言えることは無かった。もうやれることはやった。後はマーベラスサンデーに掛けるしかないのだ。 「マーベラース☆」 しかしそんなマーベラスサンデーに浮かんだのはいつもどおりの元気いっぱいの笑顔。 その笑顔を見て、トレーナーも微笑んで応える。地下バ道へ向かう時間が迫っている中でのことだった。。

6 21/08/29(日)03:03:11 No.840300210

「こんにちは」 トレーナーがマーベラスサンデーを地下バ道まで見送り、そして観客席に移ると、よく知った女性が彼女に声をかけた。 「先生!」 それはスリゼローレルを教えるベテラントレーナーだった。 「今日もうちの子が勝つから、よろしくね」 笑顔でそうベテラントレーナーが話しかけ 「うちのマベちゃんだって負けませんから!」 瞳に闘志を燃やすマーベラスサンデーのトレーナー。その顔つきを見てベテラントレーナーは (だいぶトレーナーらしくなったじゃない) と思い、彼女にやさしく微笑みかけた。 それとは少し離れた場所に、心配そうな顔をした男性トレーナーの姿があった。 「マヤ…」 そうつぶやくのはマヤノトップガンのトレーナー。前走の阪神大賞典ではマーベラスサンデーに迫るも二着。練習には真剣に取り組んでいたものの、前走二着の衝撃はかなりのものだった。メンタルケアは十分に行ったが、果たしてうまくいったのか、それはこの天皇賞(春)の舞台で全てが証明されることに他ならない。

7 21/08/29(日)03:03:49 No.840300280

「心配するな」 彼女の隣にてそう声をかけたのは、シャドーロールがトレードマークの威風堂々としたウマ娘、ナリタブライアンである。彼女とマヤノトップガンのトレーニングの協力は、阪神大賞典までの約束だった。しかし、敗戦を経て気持ちが沈むマヤノトップガンの姿を見て、苛立ちを持ち痺れを切らしたのだろう、自ら協力の延長を申し出てきたのだ。 「アイツは大丈夫だ」 短く力強い言葉。それはマヤノトップガンへの信頼から来るものだろう。 「はい…!」 そんな言葉に頷くトレーナーの後ろから 「はちみー♪はちみー♪はっちっみー♪」 能天気な歌声が響いてきた。 「遅いぞ」 振り返ってその声の主に呼びかけるナリタブライアンに 「ごっめーん!お店混んでて遅くなっちゃった!」 そう悪びれもせず、笑顔で応えるウマ娘がいる。 「よっと!」 そう観客席の手すりに身を委ね、ゲートインするウマ娘の様子を見る彼女。

8 21/08/29(日)03:04:11 No.840300325

「マヤノ、頑張ってね」 呟くようにマヤノトップガンに声をかけたウマ娘。彼女の名はトウカイテイオー。マヤノトップガンのルームメイトである。 様々な視線が交錯する中、春の天皇賞がもうすぐ始まろうとしていた。 『シニア級№1の名誉をかけて!今スタート!!!』 遂に天皇賞(春)が幕を開けた。一部出遅れたウマ娘がいたが、スリゼローレル、マヤノトップガン、そしてマーベラスサンデーはスタートに集中し、好スタートを切る。一週目の第三コーナーの坂道を抜け、第四コーナーに向かう16人のウマ娘たち。 『ハナを切ったのはシンボルロック!』 逃げウマの後ろにバ群が続く。内の方にマヤノトップガン六番手。スリゼローレルは外側に八番手。そしてマーベラスサンデーは、スリゼローレルの後ろにぴったりとつけ十番手である。

9 21/08/29(日)03:04:39 No.840300391

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10 21/08/29(日)03:05:35 No.840300514

そしてホームストレッチに入り、二週目に向かう。大歓声に彩られ走る16人の優駿。そんな中 『おおっと、シンボルロック!ちょっとペースを落としました!』 先頭を行く逃げウマがペースを落とした。しかし彼女を抜くことは誰もしようとしない。まだまだ先の長い3200mの長丁場。スタミナを温存するためペースを落とした逃げウマの判断も道理に適っており、そしていたずらに体力を削ることをしようとしない後続のウマ娘の判断も合理的なものである。しかしその分だけウマ群は固まる。そんな中、外側を走るスリゼローレルはふと後ろを確認した。 (いるわね…マベちゃん…!) そして後ろに走るマーベラスサンデーの視線を意識した。思い出すのは昨年の有マ記念。その時はスリゼローレルが一着・マーベラスサンデーが二着だった。 「今日もマーベラスなレースにしようね!」 スリゼローレルは思い出していた。マーベラスサンデーがそうレース前に笑いかけてきたのを。レースへの想いを強くし、彼女はターフを駆け抜ける。それにマーベラスサンデーが続く中、マヤノトップガンは内側を走り、十一番手にまで位置を後退させていた。

11 21/08/29(日)03:06:00 No.840300569

大きな順位変動もなく、ウマ娘たちは第一コーナーに入り、第二コーナーを抜けていく。 そして向こう正面に入った、そんな最中だった。 (行きますか…!!!) スリゼローレルが一文字に駆けだした。 『おおっと、スリゼローレル!!ここで上がっていく!?』 まだ1200mを残しているそんな局面。なんとスリゼローレルが加速し始めた。困惑の声を上げる観客たち。 「え!?」 観客席でレースを観戦していたスリゼローレルのトレーナーですら戸惑いの声を上げた。 昨年のレースでは後方から第四コーナーまで足をため、最後の直線で末脚を爆発させた彼女である。賢いレース展開をし、結果としてそれが彼女の一着に結び付いたのだが、今回の展開は明らかに早すぎるスパートだった。 それに 「マーベラース☆」 一緒になってマーベラスサンデーがそれに続く。 「マベちゃん!?」 当然、マーベラスサンデーのトレーナーも声を上げる。

12 21/08/29(日)03:06:45 No.840300678

外側2人の有力ウマ娘の突然の早すぎる仕掛け。それを見た他のウマ娘たちにある疑念が生まれ始めていた。 (これって…掛ったんじゃない?) 誰もがそう思った。まさかの有力ウマ娘2人の掛かりだと。そしてそれを見逃さないウマ娘たちがいた。 「アタシも!」 『ローゼンシュバリエ!一緒にあがっていきます!』 「あたしも!」 『ステージチャンピオンも一緒に上がっていく!』 4人程度のウマ娘がそれに続いて上がっていった。彼女たちはこれを好機ととらえたのだ。 (このまま走れば…ローレルもマーベラスも最後にはバテる!) そう思ったのは真っ先に仕掛けたローゼンシュバリエ。汗を流しながら舌をぺろりと出し、マーベラスサンデーの後ろをぴったりとマークする。 彼女たちの陰に隠れてスリップストリームで体力を温存し、好位置をキープ。そして最後に差し切ること算段である。 『2分4秒!2分4秒!2000mの通過タイムは昨年よりやや早いペースです!!!』 実況の声が響き、動揺を抱えた観客たちの戸惑いの声が上がる中、ウマ娘たちは第三コーナーに差し掛かろうとしていた。

13 21/08/29(日)03:07:21 No.840300768

『スリゼローレル!早くも二番手にあがろうとしている!シンボルロックが逃げる!スリゼローレルがそれを逃がさんとばかりに並走する!』 上り坂のコーナーに入っても脚色を止めないスリゼローレル。曲線のソムリエと形容されてもおかしくない、鮮やかな走りで加速を深めていく。 (何なんだよ…早すぎるって!) 焦りながらもシンボルロックは先頭をキープする。 何故ならば彼女の後ろにはマーベラスサンデー、ローゼンシュバリエをはじめとするウマ娘の流れがある。ここで抜かせるのは簡単だが、逃げウマのシンボルロックが後から差し返せるかといえばそうでもない。 「もー!!!」 だから彼女も脚色を衰えさせないことにした。早いペースでバ群がコーナーを駆けていく。 『さぁ、第三コーナーの坂を上り終わった!!!ここからの坂!!!ここからの坂!!!ここからの坂が春の盾をかけての最大のポイントになってきます!!!』 ここからは下り坂。スピードが乗りやすいが、同時にコーナーのためラインを外れやすい。リスクとリターンがせめぎあうポイントで、ウマ娘たちは一層の加速をしていく。 それは二着につけたスリゼローレルの脚色のせいでもあった。

14 21/08/29(日)03:08:08 No.840300868

(まだ…いける…!!!) スリゼローレルの脚色は弧線のプロフェッサーがごとく、大きくラインを外れずきれいに外側を回っていったのだ。 (もっともっと!!!マーべラァァァーース☆☆☆) その後ろにつけたマーベラスサンデーも同様の動き。 『シンボルロックまだ逃げています!!!二番手はスリゼローレル!!!三番手にマーベラスサンデー!!!その後ろにローゼンシュバリエとハイウェイスター!!!』 皆が皆、脚色を輝かせ第四コーナーを抜けていく。異常なほどのハイペースで進む春の天皇賞。うららかな4月の陽気と比べ、早すぎる真夏のような熱い熱気を持ったウマ娘たちの集団が、ついに京都競バ場、最後の直線に躍り出ようとしていた。 『最後の直線に向く!!!最後の直線!!!スリゼローレル!!!スリゼローレルが先頭!!!シンボルロック、ちょっと苦しくなってきた!!!』 抜け出し準備を整えて突っ込んできたのはスリゼローレル。 (このぉ…!!!) 必死に粘る先頭のシンボルロックだが、徐々にその脚色には陰りが見え始めていた。 。

15 21/08/29(日)03:08:40 No.840300937

そんな最中 『マーベラスサンデーが来た!!!マーベラスサンデーが来た!!!』 「マーベラァァァァァス!!!!!」 スリゼローレルの外側から仕掛けてきたのはマーベラスサンデー。一文字にターフを切り進めはじめ、先頭はスリゼローレルとマーベラスサンデー、2人が駆ける展開である。 『スリゼローレル!!!』 少しスリゼローレルが抜け出したかと思ったら 『マーベラスサンデー!!!』 マーベラスサンデーが差し返す。だが 『スリゼローレル!!!』 スリゼローレルもさらに粘り 『マーベラスサンデー!!!』 またしてもマーベラスサンデーが差し返した。

16 21/08/29(日)03:09:22 No.840301064

先頭でデッドヒートを繰り広げる2人を見て、 (何なのあの2人!!!!!) 差し切るつもりでいたローゼンシュバリエは必死に彼女たちに食らいつこうとしていた。差し切るなんてとんでもない考えだったと彼女は後悔する。なぜなら残り1200mの時から全然ペースが落ちていない。もう彼女自身体力の限界だった。ハイペースな2人についていったはいいものの、既に心臓は壊れそうなくらいに鼓動を速めている。肺も異常なほど苦しく、脚も震え始めを伴いはじめていた。 しかし、もうあと400mを切っている。あと少しでゴール板。 (ごんな”と”こ”で…ごんなと”こ”ろ”でぇ…!!!) ここで失速する訳にはいかない。もうすぐでゴールなのだ。もう走り切るしかない。どんなに苦しくても根性を出し尽くして、何が何でも走り切るしかない。それは後続のウマ娘たちも同様だった。それは逃げウマで先頭を引っ張ってきたシンボルロックですら。

17 21/08/29(日)03:09:49 No.840301129

しかし地獄のような残りの直線を必死に走るそんな彼女たちの大外から、一人のウマ娘が猛烈な勢いで突っ込んでいった。 「あ”A”!!!???」 驚きの声を上げるローゼンシュバリエ。そんな声など一切聞こえていない彼女は、目の前の2人のウマ娘の背中だけを見ていた。 『外の方から!!!』 そのウマ娘は変幻自在と言われていた。 『外の方から!!!』 誰もが認める実力を持った、戦闘機のような鋭い末脚。 ジェットエンジンのような豪脚をふんだんに輝かせ、彼女は一直線にターフを貫いていく。 『外の方から!!!マヤノトップガン!!!』 トップガンの名を持つウマ娘が、猛烈な追い込みを見せ、スリゼローレルとマーベラスサンデーに迫ろうとしていた。

18 21/08/29(日)03:10:09 No.840301181

「テイオーはさ」 ある4月の夜のこと。 トレセン学園の自室にて、マヤノトップガンはルームメイトに話しかけた。 「なーに、マヤノ?」 彼女の名はトウカイテイオー。誰もが知る実力者の一人であり、怪我に何度も泣かされたものの、有マ記念で見事一着を取ったウマ娘。1年ぶりのレースでビワハヤヒデを下し、一着を取ったそのレースは、奇跡の復活として多くの人の心に残り続けている。 「…やっぱなんでもない」 「どうしたのマヤノー?言ってくれないと気持ち悪いよー!!!」 言葉を言いかけて止めたマヤノトップガンに、トウカイテイオーは口を尖らせる。 その様子を見て少しためらいを見せたが 「傷つけたらゴメンね。えっとね…テイオーは、…テイオーは菊花賞出れなかったときどんな気持ちだった?」 と、マヤノトップガンは真っすぐに彼女を見て話しかけた。

19 21/08/29(日)03:10:53 No.840301275

その言葉に一瞬きょとんとしながらも、懐かしむような笑いを見せて 「そうだね…。本当に泣いちゃう位、悔しかった」 とトウカイテイオーは答えた。 「じゃ、テイオーはさ、もしも皐月賞も日本ダービーも出られなかったら……どうなってたと思う?」 「えぇー!?何さそれー!!!」 驚いた様子でトウカイテイオーは聞き直すが、マヤノトップガンの真剣な顔を見ると、一瞬ため息をついて頭を捻った。 「そうだねー…。ボクなら…あの時のボクは『無敗の三冠ウマ娘になる』って目標があったけど…それが一切叶わないってなると…うーん…」 ひたすらうんうんと悩んだ後に 「『無敗のシニア級王道制覇!!!』って目標立てちゃうかな!」 と、いつもの調子で彼女は歯を見せて笑った。大阪杯・天皇賞(春)・宝塚記念・天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有マ記念。全てを無敗で制覇する途方もない目標である。 「ただ」 ふと、トウカイテイオーは少し憂いを帯びた遠い目をした。

20 21/08/29(日)03:11:25 No.840301349

「実際はどうだったか分かんないや。ひょっとしたらトレセン学園辞めちゃってたかも」 そう言う彼女の言葉は、いつもの活気にあふれる彼女の声色とは異なり、異常なほど静かで落ち着いたものだった。 「菊花賞を断念しただけでね、ボク、すっごく辛かった。会長みたいになりたい!って思って、トレセン学園に入学したのに、それが全く叶わない、挑戦すらできないってなったら……。うん、考えるだけでイヤだな」 「じゃ、テイオー。もしそんな状況でも、トレセン学園を辞めずに走ることを諦めないってどんな感じだと思う?」 「どんな感じって…」 苦笑いを浮かべ、少し戸惑ったようにトウカイテイオーは首を傾ける。 だが目の前のマヤノトップガンの様子を見る限り、ふざけているようには思えないと彼女は感じた。 だからトウカイテイオーも、誠心誠意、マヤノトップガンに答えることにした。 「おかしくなってる」 「おかしく…?」 「そう」 トウカイテイオーは頭を抱えてそう話す。

21 21/08/29(日)03:11:43 No.840301398

「なんかボク、うまく言葉に出来ないけど…そんな感じだと思う。ウマ娘ってさ、みんなそれぞれ走る理由とか、なんかあるじゃん!だからボクは他の人がどうなるかは分からないけど…。でもボクなら、きっと変になっちゃってたと思う。何が何でも勝ちたいし、絶対に負けたくないし…。それが…うまく言葉にできないんだけど…『おかしくなる』ってこと」 「そっか…」 その言葉を聞いてマヤノトップガンはすべてを察したように頷いた。 「マヤ、分かっちゃった」 そう腑に落ちたように何度も頷くと 「ありがと、テイオー!!!」 とマヤノトップガンは満面の笑みで彼女に笑いかけた。 「な、なにさー!!!勝手に納得しちゃってー!!!ボクにも教えてよー!!!」 「えへへ~☆マヤだけのヒミツ☆☆☆」 いつもの調子に戻ったように見えたマヤノトップガンにトウカイテイオーはじゃれあうように話しかける。 それを躱しながらもマヤノトップガンは思った。 スリゼローレルとマーベラスサンデー、この2人にあって自分に足りないもの。 それは狂気だと。

22 21/08/29(日)03:12:26 No.840301511

『外からマヤノトップガン!!!外からマヤノトップガン!!!』 マヤノトップガンが常識では考えられない脚色でターフを駆け上がる。全身全霊。一陣の風。ハヤテ一文字。そんな言葉では形容できない、常識はずれの脚色で。 そして先頭のスリゼローレルとそれに食らいつくマーベラスサンデーとの差を、尋常じゃないスピードで埋めていく。 (私がぁぁぁぁぁぁああああ!!!!私がぁぁぁぁあああ!!!!!!) スリゼローレルはそんな脚色を気にしていなかった。元より後ろなど見ていない。見る必要などない。ただ一着になることだけしか彼女の頭にはない。 (もっともっともっともっとぉぉぉお!!!!!もっとマァァァアアアベラァァアアスにぃいいいい!!!!!!!) そしてそれに追いすがるマーベラスサンデーも同様だった。スリゼローレルを絶対に抜き去る。それだけを考えて前を向く。 目は血走り、汗が吹き出し、鬼のような形相で駆ける三人のウマ娘。ターフを蹴る鼓動が全身に走り、一歩一歩がハンマーで思いっきり地面をたたいたかのような衝撃音を伴う。

23 21/08/29(日)03:13:03 No.840301605

残り150m。残り100m。少しずつゴール板が近づく。 逃げるスリゼローレル。縋りつくマーベラスサンデー。追い込んでくるマヤノトップガン。 そして残り50m。 『躱した!!!躱した!!!!躱した!!!!!』 遂に決着は訪れた。 『マヤノトップガン勝ったッ!!!!!!!!』  実況が勝者の名を高らかに宣言する。マヤノトップガンが一着でゴール板を駆け抜けた。 マヤノトップガンはゴールを駆け抜け、そのままの勢いで第一コーナーまで走り抜ける。しかしその目は見開かれ、そして喘息を患ったかのような音が喉からなり、身体の苦しみが息となり、何度も何度も吐かれていた。嘔吐寸前の内臓の気持ち悪さ、そして脚からもたらされた震えは全身をめぐっている中、膝をつき、その場にへたり込む。 マヤノトップガンがどうにか息を整え、ただ芝生に目を落としていると 『マヤノトップガン!!!最後素晴らしい鬼脚!!!王座奪還ッ!!!!!』 興奮した実況の声がかろうじて耳に入った。

24 21/08/29(日)03:13:29 No.840301668

ふと顔を上げ、掲示板を見ると、一位に『4』の文字。まぎれもなく、マヤノトップガンの背番号だった。 「あ……」 その時、ようやく彼女は自覚した。 先頭でゴール板を駆け抜けた確信はあった。しかし一着を取った自信はなかった。 しかし掲示板は示している。自分が一番だと。 「あ……あぁ……!!!」 掲示板が示している。自分が一番だと、掲示板がそう示している。観客の興奮した声援は、すべて自分に向けられたものだと、ようやく彼女は気が付いた。 途端、全身に汗が噴き出しているのにようやく彼女は気づいた。身体が沸騰するように熱く、そして全身からとてつもない疲れが湧き上がっていることにようやく自覚した。 だがそんなこと気にならなかった。 ようやく一着を取れた。その想いが彼女の体中に駆けめぐる。 そして思い出されるのはこれまでのレースだった。

25 21/08/29(日)03:14:11 No.840301767

昨年、一着を取ったのは、宝塚記念だけ。しかも負かされた相手が誰一人出場しなかったグランプリ。 昨年の阪神大賞典は二着だった。一着はナリタブライアンだった。 昨年の天皇賞(春)は五着だった。一着はスリゼローレルだった。 オールカマーでは四着。一着はスリゼローレル。 天皇賞(秋)では二着。一着はミスバブルガム。 有マ記念は七着。一着はスリゼローレル。 今年の阪神大賞典は二着。一着はマーベラスサンデー。 もう勝てないと思っていた。もう二度と、本当の勝負では勝てないと諦めかけていた。 「マヤが……マヤが……!!!」 しかしそうは成らなかった。 この時、彼女は確かにこの天皇賞(春)、一着を取ったのだ。 頬に伝うのは熱い涙。胸に込みあがるのは感情の大渦による衝動。 「あぁぁぁぁーーーーー!!!!!あぁぁぁぁぁあぁーーー!!!!!」 その時、マヤノトップガンは大泣きした。ターフの上で、会場に手を振ることなど忘れ切り。ただただ彼女は大声で泣き続ける。今までの悔しさを晴らすように、喜びを全身で表現し続ける。

26 21/08/29(日)03:14:31 No.840301809

『マヤノトップガン!!!欲しかった欲しかった春の盾!!!!!遂に取りました!!!!!』 祝福するかのような実況の声が響き、そして観客席からはマヤノトップガンを褒めたたえるコールが響く。 そして 『て…天皇賞、レコードタイム!!!3分14秒4!!!!!も……ものすごいレコードが出ました!!!!!』 驚愕のレコードが発表される。 天皇賞(春)のレコードタイムはライスシャワーの3分17秒1。そのタイムを2秒以上縮めた時計。 今回の死闘の果てに、とんでもない栄誉が数字として表れた瞬間だった。 そしてその時計の数字を見た瞬間、 「マァァァアーーーベラァァァーーーーアス☆☆☆☆☆」 一人のウマ娘がそう叫んだ。マーベラスサンデーである。彼女は壊れそうな心臓を抱え、そしてターフの上に倒れこんだ。彼女自身ももう限界だった。しかし張り裂けそうな肺も、がくついてまともに動かない脚も、そんな身体などどうでもいいばかりに晴れやかな気持ちを抱えていた。 大の字で寝ころんだ彼女の瞳に映るのは晴天の太陽。青い空がすべてを吸い込むように、ただどこまでも広く輝き続けていた。

27 21/08/29(日)03:14:53 No.840301849

天皇賞(春)が終わり、トレーナーはスタッフに呼びつけられ、地下バ道へと足を急がせていた。 そして地下バ道にたどり着いたトレーナーが見たもの。それは栄光の舞台の陰に、人知れず広がった地獄だった。 そこにあったのは地下バ道に倒れこむ、もしくは座り込むウマ娘たちの苦しそうな姿。そしてそれによりそうトレーナーたち。無理もないことだった。レコードタイムで走り抜けたマヤノトップガン。それに食らいつく走りをしたウマ娘たち。皆が皆、自分の実力以上の力を出し、そしてその反動が体中を駆け抜けていたのだ。 途端、ターフのほうからウマ娘を乗せたストレッチャーがやってくる。 「故障者です!どいてください!!!」 救急士が大声を張り上げながら先導し、慌ててトレーナーも道をあけた。 そして (マベちゃん…マベちゃんはどこ…!?) 焦った心を抱え、自分のウマ娘を探し始めると、10m程先。右側のコンクリートの壁にもたれかかっているマーベラスサンデーの姿をようやく見つけた。 「マベちゃん!」 慌てて駆け寄るトレーナー。 「トレーナー…ちゃん」 汗を滝のように流し、マーベラスサンデーは少し笑って見せた。

28 21/08/29(日)03:15:19 No.840301919

大丈夫?、とトレーナーが声をかけようとしたその瞬間、 「トレーナーちゃん、時計の…、時計の…速報値ある…?」 息も絶え絶えにマーベラスサンデーはそう問いかけた。 「あ…」 トレーナーがポケットから全員のタイムが乗った紙を取り出すと 「ちょっと見せて…」 とマーベラスサンデーは彼女が渡すより先に、その紙を手に取り、内容に目を通す。 途端、 「マァァァァ…マァァァァベラァァァス!!!!!」 彼女は目を輝かせた。 「ねぇ、トレーナーちゃん、見てよ!!!!!」 興奮したマーベラスサンデーが彼女に紙を見せる。 そして、指を指し示した九着のウマ娘のタイムだった。そのタイム、3分16秒8。 その瞬間、トレーナーはマーベラスサンデーの言わんとすることを理解した。今回の天皇賞(春)、16人中9人が、レコード保持者のライスシャワー以上のタイムで走ったということ。

29 21/08/29(日)03:15:56 No.840302011

「すごい!!!すごいよトレーナーちゃん!!!!!」 マーベラスサンデーは興奮した様子で彼女に笑いかける。その瞳の色には光が宿る。しかしそれはただの光ではない。決して明るいだけのものではない。 トレーナーはその光を見て身震いをした。恐怖を覚えていた。それを意にすることなく、マーベラスサンデーは笑い続ける。 「トレーナーちゃん!!!すごイよ!!★!!セカイはもッとマぁベラスになレる!!☆!★!!!」 瞳の中の狂ったような光を輝かせ高笑いを続けようとするマーベラスサンデー。その光を見た瞬間だった。トレーナーが彼女に抱きついたのは。

30 21/08/29(日)03:16:24 No.840302092

「うぅーーーー……!!!!」 急に抱きつき泣き始めたトレーナーにきょとんとし、 「トレーナー…ちゃん?」 その態度が理解できないと言わんがばかりにマーベラスサンデーは首をかしげる。 しかしトレーナーは彼女を抱きしめたまま、涙を流すことを止めなかった。 トレーナーは思った。このままだとマーベラスサンデーは壊れてしまうと。三度の骨折、一度の疝痛。それ処ではない、壊れ方をしてしまうと。 トレーナーは思った。遂に思ってしまった。自覚してしまった。 (もう……もう……!!!マベちゃんには走ってほしくない……!!!) と。 こんな話を私は読みたい 文章の距離適性があってないのでこれにて失礼する なんでこんなに長いの…

31 21/08/29(日)03:16:51 No.840302136

これまでのやつ fu291086.txt

32 21/08/29(日)03:17:58 No.840302283

生粋のステイヤーじゃないですか

33 21/08/29(日)03:26:08 No.840303359

負け続けて折れかけたマヤを立ち直らせられるのは やっぱり同じように誰よりも悔しい思いをしてきたテイオーだったか 私の好みには合っていますよ

34 21/08/29(日)03:27:33 No.840303555

年取ると涙腺脆いんだ……

35 21/08/29(日)03:33:03 No.840304239

すごいレース描写だ…あとマヤノがテイオー呼びしてる怪文書初めて見たかもしれん

36 21/08/29(日)04:02:28 No.840307430

長文怪文書書きすぎてバクシンの逆の騙され方されてるみたいになってる

37 21/08/29(日)04:55:21 No.840311622

熱い 良かった

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