ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/08/19(木)01:58:54 No.836677302
覚悟してもしなくても、望んでいてもいなくても、時間は全員平等に過ぎて、もうアリマ記念が目の前のクリスマス。 鳴尾記念で奇跡的に勝ててから、アタシの人気はさらに高まったらしくて、あのメジロマックイーンについでに二番人気を貰ってしまった。 アタシからすれば実力以上の人気、その人気も不幸への同情票みたいなものでどちらとも正当な評価とは言えない。でもそれでもいいと思う、レースで走れさえすればどうだっていい。 「ネイチャさん、精が出ますわね。今日はクリスマスです、そのくらいで練習は切り上げられてはいかがでしょうか?」 日も落ちて、照明によって照らされた練習コースの中で汗を拭うと、ラチの外から清楚な服でコーディネイトされたマックイーンが声をかけてきた。 「マックイーン、見てたの?」 「いいえ、今先ほど来たばかりです。アリマ記念の前にネイチャさんの走るを見るのは、メインディッシュの前にデザートを食べるようなものですから」
1 21/08/19(木)01:59:26 No.836677429
「そっか。しかし凄いオシャレしちゃってますな、どこかにデート?」 「えぇ、トレーナーさんと。といっても、もう行ってきたのですけれど。ネイチャさんはどなたとお出かけはされませんでしたの?」 「生憎。でも練習してた方が落ち着くから、アタシはここでいいかな」 去年の今はトレーナーさんと映画を見に来ていたなと思い出す、そこで兄貴とイクノと出会ったのも。あの時すでに兄貴は心臓が悪かったのだろうか。そうだとしたら、あの時の兄貴はアタシ達に平気だと見せかけるために? もう、どうでもいいことだけどさ。 「そうですか、ではお話しする時間は十分にあるということですね?」 「お話? マックイーンと?」 「いいえ、私ではございません」
2 21/08/19(木)01:59:54 No.836677526
マックイーンが後ろを見ると、遠くから車いすに乗った誰かがこちらに押されながらやってきていた。 最初は暗がりで見えなかったけど、姿がライトに照らされてすぐにそれが誰か分かった。 「テイオー……!?」 「おーい! ネイチャー!」 思わず尻尾を逆立てると、アタシに向かってトウカイテイオーは手を振った。車いすを押しているのはどうやらトレーナーらしい。 左脚のギブスはまだ外れていない。当たり前だ、まだあれからもうすぐ二か月というぐらいなのだから。 「な、何でここに……!?」 「私がお誘いしました。今晩のクリスマスパーティーに、と。では私も着替えなければなりませんからお先に失礼します。ネイチャさんも早めに着替えて顔をお見せになってくださいましね」 「えっ、ちょっ……」
3 21/08/19(木)02:00:29 No.836677662
そのままマックイーンは、テイオーのトレーナーさんを案内するといって連れて行きながら館の方に消えてしまって、アタシとテイオーが残された。 なんと会話を切り出せばいいのかもわからず、しばらく冬の寒風に晒されながら、ただ白い息を吐きだしていると 先にテイオーがアタシに頭を下げた。 「ごめんっ! ボクがあんなところで転んじゃったからネイチャにすっごい迷惑かけた! レースでは絶対転ぶなって言われてるのに!」 「えっ、いやっ……その……」 その姿に思わず面食らってしまう。恨み言とか罵詈雑言は覚悟していたけど、謝られるなんて頭の中に一かけらも浮かばなかった。 「いやっ、テイオーは悪くないって……! その、あれは……アタシの走り方が、マークの仕方が悪かったっていうか……」 「ネイチャは悪くない!」 それはこっちの反論を受け付けないような力強い声だった。変わらずに真っすぐキラキラなテイオーの瞳がこっちを捉えて離してくれない。 やっぱりテイオーは強い、脚が、夢が折れたって心が折れていない。アタシなんかとは全く違う。
4 21/08/19(木)02:01:15 No.836677812
「みんなはネイチャが悪いっていうけど、そんなの正しくない! ネイチャが気にすることも、走り方を変える必要もないんだ! どうして鳴尾記念はあんな走り方したのさ!」 「それは……」 誤魔化そうと言葉を探す、探すけれど目の前のテイオーに誤魔化せる気がしなくて白い吐息と共にため息を空にはいて、薄く輝く星を見つめた。 「上手く、走れないから……走ろうとすると脚に気持ち悪い感触が広がって、吐きそうになる。もし、テイオーのように、あの時と同じように誰かを傷つけたらどうしようって思うと……」 「ネイチャ……」 「だから、もっと安全な、我の出ない走り方にしようかなって。それがアタシに似合ってるし、吐き気も少ないし……」 「ボクはそんなネイチャと走りたくない!」 滲んだ涙を隠すように笑顔を見せると、テイオーは車いすのひじ掛けを叩きながらそう叫んだ。 左手のギブスが音を立てて軋む音がした。
5 21/08/19(木)02:01:48 No.836677918
「えっ……」 「走るときは全力なのがボクたちなんだ、勝つためだけに使える手は全部使うのがボクたちなんだ! 勝てる走りをしないネイチャなんて嫌だ! マックイーンだってそう思ってるはずなんだ!」 「っ! じゃあ、どうすればいいっての! 子供みたいにいやだいやだって! トラウマがあるって言ってるじゃん、誰かがアタシのせいでまた傷ついたら、テイオーみたいになっちゃったら! 恐いんだよ、こっちは!」 「ボクを信じて!」 しんと、風も木々のざわめきもその言葉に黙ってしまったかのように周りが静かになった。それともただアタシがテイオーの声しか聞こえなくなっただけかもしれない。 「マックイーンを信じて! キミと走るウマ娘を信じて! もう絶対、ネイチャが怖いって思うことはレース中には起こらない!」 「どうして……そんな根拠もないこと言えんの」 「ボクたちがウマ娘だから! 勝ちたいから! ネイチャの走りは凄かった、でもそれがサイキョーってわけじゃない。日々進歩するんだ、ネイチャが同じ走りをしたって負けたりはしない、怪我したりなんてしない! それに一つ勘違いしてる!」
6 21/08/19(木)02:03:02 No.836678176
「な、なにを……」 「ボクが転んだのはネイチャのプレッシャーなんかじゃない、ボクのハードワークが原因なんだ。それ以外は認めない! まぁ確かに焦ったけど、ボクはネイチャにマーク張られたからって転ぶほど弱くないもんね!」 そういってテイオーは子供っぽく笑うと、信じられないことをした。両腕に力を入れると、車いすから立ち上がったのだ。立って、アタシに目を合わせてきた。 「どう……? も、もうボクはこんなに復活してるんだ、脚が折れたくらいで……終わりなんかじゃない。きっとすぐに、すぐに追いついて追い抜いて見せる……だからさ、ネイチャ……もっと強くなってよ、マックイーンを負かすぐらい……さ……そしたらネイチャを負かしてボクがサイキョーになるんだ」 それが限界だった、崩れるように倒れるテイオーを慌てて途中で抱きかかえると、テイオーは額に汗を浮かべながらまた笑った。 「やっぱり、痛いんじゃん! 無理しないでよ!」
7 21/08/19(木)02:03:21 No.836678233
「あはは……ごめんなさい。でも、ネイチャ信じてよ、信じて、ぶつかってみてよマックイーンたちに、アリマ記念で。吐き気もトラウマもさ、一気にぶつける気で……ボクがその役になれないのは残念だけどさ、きっと……」 「……何で、みんなアタシに……バカだよ、バカ……アタシなんかのために……バカ、アタシの……」 「だってライバルだもん。あったりまえじゃん」 流れた熱い涙を冷ますように、ぽつりと冷たいものが頬に触れたと思うと空から雪が降ってきていた。 「ネイチャ、建物中に入ろうよー流石に寒いよー」 「……うん、アタシも着替えなきゃ」 テイオーを車いすに乗せて涙を拭うと、二人で静かに微笑み合う。
8 21/08/19(木)02:03:42 No.836678317
「というか、よくここの場所分かったね、テイオー。秘密なのに」 「ボクのトレーナーが教えてもらったって聞いて、マックイーンに頼み込んだんだ。でもメジロ家って凄いね、めっちゃ家おっきい」 「いやホントこの頃マヒしてきて恐ろしく感じてきてさ自分が……」 やがてしんしんと降ってきた雪の中で、アタシはテイオーの車いすを押しながらお屋敷の中へと歩いて行った。 ぎゅっと踏み込んだ右脚が、なぜだかとても力強く感じられた。
9 21/08/19(木)02:04:28 [s] No.836678473
遅くなりましたし一日空きましたし長くなりましたしでもう謝る言葉さえありませんがスリーゴッデスのせいなので自分は少しも悪くありません許してください
10 21/08/19(木)02:05:56 No.836678772
遂にここまで来たか…
11 21/08/19(木)02:08:11 No.836679225
これでまだ爆弾控えてるのが本当におつらい
12 21/08/19(木)02:10:46 No.836679716
ネイチャが救われる日は本当に来るのだろうか…
13 21/08/19(木)02:11:03 No.836679762
重荷の一つが消えたか 次の重荷が顕在化するのはいつかな...
14 21/08/19(木)02:13:13 No.836680166
こんなテイオーもさらに骨折が待ってるしネイチャも兄貴関連で地雷たくさんという…
15 21/08/19(木)02:14:51 No.836680464
このテイオーは最終的に奇跡の有マルートに入るんだろうか…
16 21/08/19(木)02:41:56 No.836684759
着実にわだかまりがひとつひとつ解決して前に進んで入るんだけど地雷が…地雷が多い…
17 21/08/19(木)03:08:38 No.836688276
こうやってテイオーがネイチャを慮るきっかけになったのなら勝ったけどネイチャにとっては不本意な勝ち方だった鳴尾記念を走ったことも無駄ではなかった やっぱりネイチャとテイオーは友達以上仲間でライバルなんだなって
18 21/08/19(木)03:29:28 No.836690601
さすがにこの世界だと春天の天地対決はなさそうかな
19 21/08/19(木)03:54:18 No.836692839
テイオーは強いな…