21/08/14(土)15:43:36 ヒトの... のスレッド詳細
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21/08/14(土)15:43:36 No.834927185
ヒトの言葉は時として、深い絆を結び成したものへの重荷となることがある。言霊というもので、後悔をすれば常について回り、ともすれば心に深い鎖を括り付ける。それは呪いとなってかけられた人に向けられ、一生を付き纏う。 目の前に横たわる、綺麗な顔のまま小さく寝息を立てる愛しい人。無機質な平均化されているベッドのそばに寄り添い、来る時を待つ。ビープ音がしきりに鳴り響き、それが止まらずにいてくれることを、手を握りながら唯々祈るしかなかった。 奇跡とは、めったに起こらぬものであるから奇跡なのである。そしてそれはまた、人に対して与えられた最後の希望なのだ。ピクリと動いた手が、残酷にも自覚された未来への餞別のように告げる。彼女の目が少し開いて、すぐにナースコールのボタンを押した。 「スカイッ!俺の声、聞こえるか?」 「…トレーナーさん、ですか…?」 「ああそうだ、よかった…ほんとに…」 そうとも知らない者は、運命の審判が叩きつけられていることを知らずに安堵の息を漏らす。これからの未来の脳で思い描き、またそれが新たな希望としてふつふつと形どる。
1 21/08/14(土)15:43:59 No.834927344
「…トレーナーさん…」 「なんだ?なんでもするぞ、言ってくれ。」 「…ずっと、手、握っててください。」 要望を叶えるように、今一度強く握る。熱がこもらない、生暖かい手がずわりと皮膚の内側を撫でるように這い回り、希望を蝕む。そうであってほしくない、という願いは無残にも本人から突きつけられた。 「…寿命、なんです、よね…」 「…いや、まだ…だって君は、スカイは、こんなに若いじゃないか…」 衰えたとは思えないほど若々しい体、顔、手。どれをとっても、あの頃ターフを駆け回っていたころと大して変わらない見た目をしている。自分より若いのに、何故老衰と断定できるのか。しかし自分もウマ娘のトレーナーである。彼女たちの寿命などについては、彼女たちの次に一番よく知る立場にあった。 「…子供たちは、元気ですか…?」 「ああ、まだまだ元気だ。…君の帰りを、待ってる。」 「…ふふ、そう、ですか…」 力なく笑う彼女の顔。光に当てられてなのか、異様に白く見えたその肌に浮かべられる人懐こい笑みが、自分の心をひどく揺さぶる。───まるで、あの頃と何ら変わっていない。
2 21/08/14(土)15:44:14 No.834927425
「…俺の寿命を君に分けられたなら、どれだけ…どれだけ、幸せだったか。」 病人を前にして、情けなく本音を吐露する。これが最後の会話になるような気がして、どうしても抑えが効かなかった。落ちる水滴が手を、ベッドを、床を濡らしていく。とめどなく溢れる水流を止めることは、敢えてしないでおいた。 「…私は、とても幸せでした…トレーナーさんと、一緒に居れて。一緒に釣りができて。一緒、に…過ごせ、て…」 「…ああ、これからもっと幸せにする。だから、…だから。」 その先を言ってしまえば、自分を自ら縛り付けてしまいそうで。女々しくも口を出なかったそれを喉に押し込み、それが奥へとしまわれた。水気もなくなっていく彼女の喉から吐き出される言葉は、鳥かごのように逃げ場がなくなるような感覚がした。
3 21/08/14(土)15:44:26 No.834927481
「…トレーナーさん。」 「…なんだ?」 「…愛しています…貴方、だけを…」 その言葉が吐き出されたと思えば、無情にも部屋に鳴り響くけたたましいビープ音が、自分の心を激しく音を立てて壊していく。医師たちが着いた頃には、自分の意識が吹き飛ぼうとしていた。必死に宥められて、なんとか収まりを見せてから彼女に一瞥する。眠るように亡くなっていたが、一筋こぼれていたその涙とはにかんだ表情を見て、ふうと安心してしまった。 葬儀は恙なく行われ、子たちも元居るべき場所へ戻っていく。がらんとした自宅で、彼女の写真を眺める日が多くなっていく。思い出を消費して、また思い出して、消費して。そのサイクルをひたすら続けていた。 天気のいい日だった。空は真っ青に晴れ渡り、まさに絶好の釣り日和。ただ釣りにはいかず、竿を二本用意してから家の縁側に座る。キレイな空を見上げて、散る雲の行く末を眺めながら、一言こう呟いた。 「…幸せだったよ、スカイ。」 そのままゆっくりと瞳を閉じて、静かに眠りに落ちていった。
4 21/08/14(土)15:44:46 No.834927631
「…女の子を待たせるなんて、ほんとにずるいですねトレーナーさん。」 「…少し手間取ってしまってな。お詫びに今日は、釣りに行こうか。」 「それで手打ちにしましょっか。いつもの、持ってきました?」 「勿論。さ、行こうか。」 「にゃはっ☆行きましょ行きましょ、魚は待ってくれませんからね~」 ヒトの言葉は時として、深い絆を結び成したものへの重荷となることがある。 しかしそれは、同時に互いの愛の証明となるのである。 幸せな二つの小さな雲は、くっついて、離れて、またくっついて。ゆっくりと、空を流れていった。
5 <a href="mailto:s">21/08/14(土)15:45:09</a> [s] No.834927803
セイちゃんを看取りたいと思って書いた
6 21/08/14(土)15:50:39 No.834929689
お盆だからかこういうネタが多いね 結構好き
7 21/08/14(土)15:57:49 No.834932023
MTRいいよね
8 21/08/14(土)16:04:59 No.834934614
MTRれもいいがMTRのもいいな…
9 21/08/14(土)16:29:37 No.834944057
これどう見てもお母さんに会いに行ったね…って子供たちも納得の最期すぎる…