21/07/31(土)23:04:01 よっこ... のスレッド詳細
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21/07/31(土)23:04:01 No.829720856
よっこらせっと。 調子はどうだい?いや死んでっから調子もクソもねえか。 気付けばもう8月だからな、お供えもんも持ってきたぜ。 ポケリゾートの建設費はボチボチだよ。まだまだ時間はかかりそうだけど、絶対叶えてみせっから楽しみにしてておくれよ。 ダラーは相変わらずだら~~っと元気してるぜ。色々あったけどさ、今は従業員たちの指導をやってたり、一緒に頑張ってるよ。 だから特に心配することは…………、そうだな。一個だけあるかな。 実はさ、気になる人ができたんだ。
1 21/07/31(土)23:04:17 No.829721004
その子とはもっと前から知り合いだったんだけど、この一か月その子のことを毎日考えちまう。 どんな子かっていうと…ちょっとおっかなくて暗いけど、頭よくて腕も度胸もあって、何でもできて心も広ぇ。だから、オレっちはその子を尊敬してるし、恩人だとも思ってる。 それだけで良かったんだ、そんだけの関係でさ。 なのにさ…再会した時に『きれいだ』って思っちまった。 それからだ、その子に会いてえはずなのに、一緒にいると時折胸が張り裂けそうになるんだ。 昨日なんて夢に出てきてさ、後ろから抱き着かれてビックリしてたら目が覚めて…ちょっとガッカリしちまった。 こんな感じに、色んな感情がごちゃ混ぜになっちまって、一体どの気持ちを信じて良いのか分からねえ。 オレっちは、オレっちの本当の気持ちは、その子とどうなりてえんだ…? そんなことを毎日ウンウン考えてっから疲れちまってよ。 オレっちがこんな悩み相談しちまうくれえにな。 …けどさ、必ず答えを出すよ。 今はもう一人じゃないからな。だから、安心しておくれ。 じゃあ、また来るよ、ひいじいちゃん。
2 21/07/31(土)23:04:37 No.829721189
1. 『おう!どうしたサン。』 墓参りから帰った後、ククイ博士に電話してみる。 「あのよう、教えて欲しいことがあってさ。」 なんだ?と応答する博士に、思い切っていま一番気になってることを聞いてみた。 「“好き”ってなんだ?」 しばしの沈黙の後、ゆっくりと博士は答え始める。 『哲学的な質問だな…ふむ、まず率直にお前が聞きたいのは普遍的な好きか恋愛的な好きか、どっちだ?』 「そのふたつがまずどう違うんだ?」 オレっちの質問に再びウーム…と悩み始める博士。 『一言で人間的と括っても多種多様だし、恋愛だってピンキリだ。それを口で説明するのは骨が折れる。ただ、ざっくりと見分ける方法はある……。』 「へえ!どうすりゃあ良いんだい?」 『デートをする。』 …へ?
3 21/07/31(土)23:05:28 No.829721641
「で、でぇと…。でもそれってカップルがするヤツなんじゃ…。」 『いや、付き合う前に何度かデートに行き、それがお互いの相性確認の場になる。』 そうなのか…。デートっててっきり好きな相手とするもんだと…… 「けど、けどさ、デートに行くってことはお互い好きってことなんじゃ…。」 『そうだな。だがそれが恋愛的な好きに発展するかは分からない。お互いなんとなく好みに思っていても、実際デートをして疑似カップルになってみたら…なんてザラだからな。それでも、お互い“友達”として付き合いを続けることだってよくある。』 「それって…前々からの知り合い相手でも効果はあるのかい?」 『充分ある。例えば幼馴染とか、今までそういう対象じゃなかったのに、突然気になる相手に変わることだってある。そういうときに、普段とちょっと違う関係になるデートをすることでお互いの感情の変化を確かめ合うことができるんだ。』 「な、なるほど…?」
4 21/07/31(土)23:06:14 No.829722048
『仮に、もし、万一お前に気になる相手ができたとして、デートに誘ってみるのもいい。いきなりはハードルが高いのなら、最初はご飯に行くとかイベントに誘ってみるとか、意識しない程度の小さなことから始めてみればいい。』 「………。」 情報を理解しきれねえから返事をできずにいると、『まっ頑張れよ』とだけ言い残して電話が切られた。 デート…お客さんとデートか…。考えただけで全身から汗が噴き出してきやがった。 本当にそんなことまでしなきゃいけねえのか…?っかしいな…なんでこんなことになっちまったんだ?頭ン中を整理し直せ。根本は……
5 21/07/31(土)23:06:28 No.829722179
お客さんと今後どんな関係になりたいのか― 色々考えてみたけど、やっぱりオレっちは昔みたいな関係に戻りたい。 普通にしゃべって、普通に笑い合って、何の気兼ねもなしにいられる関係にさ。 ところが今は…ちょっと前よりは普通に話せっけど、やっぱりどこかぎこちなっちまう。だって、お客さんのことを考えると胸の辺りが苦しくなるし、お客さんが別の誰かと楽しそうにしゃべってるのをみると胃がムカムカしてくる。 そいつが辛い。1億円稼ぎを頑張ってる間だって、こんなにも辛いなんて思ったことはあんまりなかった。どんな困難だって、目標のためだったから乗り切れた。 けど…今度のは先の見えねえ真っ暗な迷宮に入り込んだみてえだ。出口もあるか分からねえ、戻りたいのに戻り方すら分からねえ。
6 21/07/31(土)23:06:46 No.829722341
…怖え。 変わるのが怖え。もうお客さんと普通にしゃべれなくなっちまうのが怖え。 そのまま疎遠になっちまうのは嫌だ。 大切なもんを失うのは、もう―嫌だ! 「……はぁ。」 ぺチンとほっぺを叩いて、ベッドに身を投げ出す。 いつからこんな臆病モンになっちまったんだオレっちは。 お客さんとの接し方どころか、自分の勇気の在処すら忘れちまったみてえだ。 どうやら今のオレっちに足りてねえのは、変化を受け入れる度胸なのかもしれねえ。 何かが変わっちまうのは怖え。けど、それを恐れてちゃ現状を変えられねえ。 だったら… 「信じてみっか。博士の言をよ。」
7 21/07/31(土)23:07:02 No.829722479
2. 「へー、ウラウラじまでお祭りがあるんだ。」 「そうなんだよ。明後日アセロラさんの依頼でエンチョーたちと屋台出すんだ。」 先日アセロラさんから連絡があった夏まつりのバイト。おまつりだしオレっちも参加してるしで、自然に誘いやすい絶好のイベントじゃねえか? 「屋台が終わっても夜にメインイベントがあって、みんなそれを楽しみにしてるんだとよ。」 「メインイベント?」 「マリエシティ名物の花火大会!!ラナキラマウンテンから眺めるおりえんと?な街並みと花火がすごくキレイなんだってよ。」 「それは確かにロマンチックね。見てみたいかも。」 よし!掴みはOK!それじゃあ…… 「…(スゥー)…それでさ、せっかくだしさ、お客さんも見においでよ。」 勇気を振り絞って、まつりに誘ってみる。 夜にはオレっちも暇になるから、そしたら一緒に花火を…
8 21/07/31(土)23:07:18 No.829722629
「その日はミリンさん達との共同研究もあるし、結構厳しいわね。」 …あれ? 「そ…そっか。」 あえなく撃沈。 「でもいけそうだったら連絡するね。」 「ほ、本当かい!」 再び浮上。 「んじゃあ約束だぜ!待ってるからなー!」 「だから行けるかは分からないわよー!?」 よしよし、まずは約束までこぎ着けたぞ。あとは当日何をすっかだが………。 おまつりのデートって何すりゃあいいんだ? (発信) 『よう、なんだサン』 「デートってなんだ!?」
9 21/07/31(土)23:07:28 No.829722736
3. ジュー…ジュー… 8月の日光が降り注ぐ快晴、まさにお祭り日和…だがテント内は鉄板の熱気もあって灼熱地獄だ。 「いやーサンくんありがとねー。助かるよー。」 ゆるい語り口で話しかけてきたのは、プラカードを持ちながらプラついているアセロラさん。オレっちの後ろではエンチョーが軍配を団扇代わりにしながらガキどもと食材の仕込みをしている。 「日当+売り上げの一部ってことで良いんだよな。」 「そーそー、ついでに賄いもついてるよー。」 「そんじゃあ全部売り切っちまわねえとな!」 「おお、頼もしー!」 仕事として受けたからには最後までしっかりやる!たくさん売れた方がこっちも儲かる! 全力でやるっきゃねー。そんで、それが終わったら夜はお客さんと…い、いけねえ、想像したら緊張で心臓がいかれちまいそうだ。いまは屋台に集中しねえと…あらためて手元の鉄板に集中する。ぼーっとしてると大やけどしそうだしな。 「サンくーん。お客さんだよー。」 「えっ!?」
10 21/07/31(土)23:08:00 No.829723041
お客さん!?忙しいって言ってたのに、もしかしてオレっちのために…!? 「やっほー。サンくん焼きそば三つお願い。」 「…なんだ、あんたらかよ。」 顔を上げると、マオさん、カキさん、スイレンさんが突っ立っていた。 「買いに来たのにひっどーい。…あ、ムーンちゃんじゃなくて残念だった?」 マオさんの問いかけに、思わずギクっとする。な、なんでそう思うんだ? 「こ、これは図星ですね。」 「かわいいね~、このこのー!」 「あ…あんだよ。」 オレっちお客さんと会う約束したって誰にもしゃべってねえよな…?
11 21/07/31(土)23:08:13 No.829723158
「今日は運び屋業がオフなのに頑張るな。仕事とはいえアローラ中駆け回るのも大変だな。」 「島めぐり以降だけどね、こんなアローラ中動き回ってんのは。」 そういや、去年はこんな祭りあるなんて今まで知らなかったな。1億円貯金のために仕事三昧でメレメレ島の人たちとしか交流なかったし。いや、仕事三昧なのは今も変わんねえけど。 こんなに色んな人たちと関わるようになったのは、きっかけは島めぐりで、そもそもなんかの大会に無理矢理出させられたせいで、それは……。 そっか、お客さんと出会ってからか。あっから色々あったんだよな。
12 21/07/31(土)23:08:25 No.829723285
と、お客さんのことを思い出した瞬間、また胃の辺りの具合が悪くなる。 「サン、急に黙り込んで大丈夫か?顔色も少し悪いぞ。」 「…え?ああ、大丈夫だよ。それよりひとり三杯いかがっすっか?お安くしとくよー。」 「そんなにはいらないかな…とりあえず一つ頂くね。」 といってムシャムシャと早速食い始めるマオさん。 「……サンくん。」 「おん?」 「ダメ。」 「え?」 「これじゃあダメ!お客さんの前に出す料理なんだからもっとクオリティ上げないと!」 「いや、でもこれまつりの屋台で…」 「いいから調理の準備して!」 「ひいぃ!」 料理人モードに入ったマオさんと吊られてバトルスイッチが入ったスイレンさんとにガッツリ猛練習させられる。カキさんそんなとこで怯えてないで助けておくれよー!!
13 21/07/31(土)23:08:37 No.829723378
三人組がどっかに行った後、次第に屋台の前に長蛇の列ができはじめる。やっぱり味付けが良くなったのかもしれねえ(もう勘弁だけど)。こいつは結構な売り上げが見込めそうだが 「こりゃあ忙しいな…来年はリーリエにも手伝って貰わねえとな。」 「こんな重労働あの子できるかなー?」 「知らね。がんばりゃ何でもなんとかなるだろ。ってオイガキども!お金はもっと大事に扱え!」 「なんだと運び屋ー!」 「うるせえ!文句あんならでてけ!!」 「すっかり職人気質のあんちゃんだねー。」 「つーかアセロラさんも手伝ってくれよ…。暇そうなんだしさ。」 「あたしは列整備&営業担当だからねー、調理頑張ってー。」 そんな会話を繰り広げつつ、ガキどもと喧嘩しつつなんとか長蛇の列をさばききった。 「ふぃ~、ちょっと休憩。」 「お疲れ~。サンくんにまたお客さんだよー。」 「なぬ!」 お客さんと聞いて疲れが吹っ飛ぶ。もしかして、今度こそ…! 「はい、イリマです。」「あれ~マラサダはないの~?」
14 21/07/31(土)23:08:57 No.829723549
4. 「はっはっは、精が出ますな」「ふたつちょーだい♡」「シッシッシ…おっちゃんここのキングだからさ、まけてくんねえかい?」「おお、お主こんなこともできるのか。今度ウチの祭りも手伝ってもらおうかの。」 「…ひとつ貰おう。」 「あん?タダじゃねえよ。」 「買・う・と言っている!」 見知った顔がひっきりなしに訪ねてきやがる。ありがてえ話なんだけど、一番会いてえ人はやってこない。 「どうだ調子は?」 ククイ博士がノー天気な声で話しかけてきた。 …ハッ、もしかして!と思って辺りを見渡してみるが… 「お客さんと一緒だったりしねえのかい?」 「いや?ムーンは今日色々忙しいはずだから、顔を出すのは厳しいんじゃないか。」 「…そっか。」
15 21/07/31(土)23:09:14 No.829723725
博士の言葉に、少なからず落胆しちまう。…いや、もしかしたら夜の部には…。 なんだろうな…。大変だけど、たくさんの人が買いに来てくれてるし、いつもならもっと気楽に楽しんでるはずなのにな。どこか気持ちが鬱々としたままだ。 どんな上手いメシを食っても、どんだけ売り上げが良くても、この気持ちが晴れる気配がしねえ。 ただ人を待ってるってだけなのに、今日以外会えねえって訳じゃねえのに、なんでこんなに辛えんだ…。 (ジュー……) 「おいサン!サン!焦げてる焦げてる!!」
16 21/07/31(土)23:09:27 No.829723840
======= 黒こげのメシに博士が食らいついてる頃には、昼の部の終了時間前に売り切っちまっていた。 「みんなお疲れさまー。はえー凄い人数だったねー。」 「おかげで良い売り上げになったぜ、へへへ。あとは花火を見るだけか。」 「それでねー、サンくんにお願いなんだけど、園児たちをレイの上に乗せてあげられない?」 「あんで?」 「上でみたら良く見えそーじゃん。もちろん今日のバイト代に加算しとくよ~。」 観覧料とろうかと思ったけど、それならまあいっか。 あとは、お客さんが間に合ってくれれば良いんだけど…。 携帯を確認すると、…お?!メッセージが届いてら! ドキドキしながら確認するも、『今日は厳しそう』という内容だった。 …そっか。まあ仕方ねえよな。お客さんも忙しいんだしな。そう、仕方ねえ、仕方ねえよな。 そう思いつつも、それでも僅かな期待を捨てきれねえでいる。
17 21/07/31(土)23:09:54 No.829724083
「それじゃー屋台を撤収して、花火会場に移動を…、どしたの?……ありゃりゃー。」 あんだ?アセロラさんが何やら困った様子で近づいてくる。 「園児たちが何人か迷子になっちゃったんだってー。片づけは後回しにして一緒に探して貰ってもいい?」 げ~…!アイツら何やって…あ、もしかして仕事中に喧嘩して出てった連中か。 となると、一応オレっちにも原因があるか…。 なんだか弱り目に祟り目だな。 とにかく、日が暮れちまう前に早くガキどもを見つけよう。いまは捜索に集中しろ。鬱々とした気分を切り替えるように、自分に言い聞かせた。 (後半へつづく)
18 <a href="mailto:s">21/07/31(土)23:10:39</a> [s] No.829724456
長いので一旦区切ります 後半は23:30になったら再開します
19 21/07/31(土)23:11:18 No.829724771
ひとまずお疲れ様 同スレ内で区切るのかな?
20 <a href="mailto:s">21/07/31(土)23:17:28</a> [s] No.829727901
>ひとまずお疲れ様 >同スレ内で区切るのかな? 流石に2スレに分ける程の内容でもないので… まだ推敲しきれてない部分もあるので色々アレですがご了承ください
21 21/07/31(土)23:30:03 No.829733498
5. 「ったく、手間かけさせやがって。」 全員見つかった頃には、日も沈みかけていた。ムーランドのおかげで早めに見つかったのは良かったけど、もうすぐ花火大会がはじまっちまう。オレっち達以外はほとんど会場に移動したみたいで、昼までの活況は嘘みたいに静かな原っぱになっていた。 ……。最後の希望をかけつつ、着信かメッセージが入ってないかを確認するも、何の音沙汰もなかった。 …はあ。 「アセロラさん、後片付けはオレっちの方で終わらせとくよ。もうすぐ花火始まんだろ?急いで次の会場に向かいな。」 「えー!?でもそれじゃあサンくんが花火を…。」 「いいっていいって。オレっちはあんま興味ねえし。悪いけどエンとダラーは手伝っておくれ。で、レイやみんなはこいつ等と一緒にいてやってくれ。またどっかいっちゃたまんねえからな。」 レイたちに護衛兼見張り番を頼んでおく。 楽しみてえ奴が楽しめば良い。…というか今は正直みたくねえんだ。 「あ、追加料金は頂くぜ。」
22 21/07/31(土)23:30:19 No.829733641
去り際に渡された色んな屋台のメシを土産に、エンたちと撤収作業を進めていると、遠くの方でドーン…ドーン…と爆発音が聞こえてきた。 音の方角を振り返ると、マリエシティ方面の夜空が大小色んな光を放っている。 「おお~、始まったみてーだな。」 この会場からは木の影のせいで薄っすら見える程度だが、時たま大きな花火が打ちあがると、こっちのほうまで明るく照らされる。 空の輝き方をみるに、ラナキラマウンテンから眺める花火は確かに絶景だろうよ。 「すまねえな。お前らにはこっちを手伝って貰っちまって…。」 片づけを手伝ってくれてるエンとダラーに謝罪するも、気にすんな、という態度で返される。 一度は決別したダラーが戻って来てくれた、エンはいつもオレっちを支えてくれてる。ずっと一緒に駆けてきたコイツ等と今もこうして一緒にいられるってのは幸せなことだ。 その思いに嘘はねえけど、胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさを拭うことができねえ。
23 21/07/31(土)23:30:32 No.829733737
夜空を照らすカラフルな光を背中に浴びながら、昔のオレっちなら気にも留めなかっただろうなあ、なんて思う。 1億円を稼ぐ。その金で、エーテル財団から島を買い取ってポケリゾートをつくる。 それだけを考えて必死に頑張ってきた。だから関係ねえもんは目に入らなかった。 それが、あの島めぐり以降かな。バーツ、フラン、ドン、レイ―どんどん仲間が増えて、知り合いも増えて、カキさんと一緒に運び屋をはじめて、従業員も雇って、気付けば随分賑やかになった。 そうだよな、今のオレっちにはたくさんの仲間がいるんだ。なんだか凄く寂しい気持ちになってたけど、たくさんの人たちがオレっちを訪ねてきてくれた。 嬉しいことじゃねえか。うん、そうだよ。これ以上我儘言ったら罰が当たるってもんだ。 そう言い聞かせても、やっぱり心はどこか満たされない。
24 21/07/31(土)23:30:44 No.829733827
「…おっし、これでオシマイっと。」 撤収作業を終えて草むらに腰掛けながら、薄っすらみえる花火をぼーっと眺める。 さっきまでは絶えずいろんな色に彩られてた空が、一定間隔で一層照らされて、ドーンとはらに響く音が遅れて聞こえてくる。どうやら弾幕から大型花火中心に変わったみてえだ。 そろそろ一時間経つし〆かな? 「お客さんと見たかったなぁ。」 気付けば、ぽつりとそんな言葉が出ていた。 花火を眺める横顔はどんなにキレイだろうな。 どんな顔で眺めていたかな。 目を瞑りながらそんなことを想像していたら、誰かが近づいていることにてんで気づかなかった。
25 21/07/31(土)23:31:13 No.829734034
大きな花火が辺りを照らすと、直後に一瞬暗闇に包まれる。オレっちがあっちに引きずり込まれた時もこんな感じだったな。明るい世界から暗い世界へ…いや、あん時のオレっちにゃ、どっちの世界も真っ暗にしか見えなかった。 1億円貯金の意味が消えて、ひいじいちゃんの島が返ってくないことが分かって、頭が混乱したまま引きずり込まれて…。あん時は世界の何もかもが真っ黒に塗り潰されていくみてえだった。 だけど、そんでも希望を捨てなかったのは、真っ暗闇の世界に、ひとつだけ光が見えたから。 オレっちのバカさのせいだってのに、自分だって危険な目に遭うかもしれねえのに、後先考えねえで突っ込んできて、真っ暗闇の中でこう叫んでくれたんだ。 「運び屋さん。」 ん?いや、もっと必死な声で叫ん……… 「………え?」
26 21/07/31(土)23:31:40 No.829734243
横をみると、大きな光に照らされたお客さんの顔があった。 「こんばんは。」
27 21/07/31(土)23:31:56 No.829734344
6. 今のが最後の一発だったらしく、辺りはまた暗く静かな夜へと戻った。これで今日のまつりは全プログラムが終わり。終わりだってのに…… 花火会場から離れた原っぱで、オレっちの横にお客さんが座っていた。 「花火終わっちゃったね。」 暗くなった方向を眺めながら、お客さんがポツリと呟く。その横顔は、想像よりもずっと…、いや、じゃなくて、その前にさ… 「ど、どうして…ここにいんだ…?」 「ごめんなさい。わたしったら充電し忘れたみたいで携帯の電源落ちちゃって…。」 そう…じゃなくて、 「あんで花火会場じゃなくてこっちに来てんだよ。」 「向こうに着いたらね、運び屋さんはこっちで片づけをしてるって聞いたから。」 「けど…あんで…花火みたいって…こっちに来たってなんもねえのに。」 「片付け中に大怪我でもしてるんじゃないかって、ね。」 お客さんはからかうように微笑みながら、怪我はない?とたずねてきた。……どうしてあんたはいつもそう……。
28 21/07/31(土)23:32:10 No.829734431
大丈夫だよ、と答えると良かった、と返してくる。 「あ、そうだ。お客さん腹減ってねえか?」 「夕ご飯はまだだけど。」 「じゃあこれ食おうぜ。」 アセロラさんから貰った晩飯を差し出した。 「でもこれは運び屋さんの…」 「いいっていいって。腹減ってんだろ?一緒に食べようぜ。」 せっかく来てくれたんだ。せめてこんぐらいのもてなしはしねえとな。 みんなで冷めた屋台メシをムシャムシャと食べていく。 「…運び屋さんがつくったのえらく美味しいわね。」 「途中マオさんたちに鍛えられたからな。もー大変だったぜ…。」 「残念、その様子見たかったわ。」 クスクスと笑うお客さんに、あんでだよと返す。そんなしょーもないやり取りが、堪らなく楽しい。
29 21/07/31(土)23:32:22 No.829734513
「ねえ、折角ならこれをやってみない?」 食べ終わった後にお客さんがカバンから取り出したのは、花火のセットだった。 「どうしたんだいそれ。」 「さっきの会場で怪我した子の手当てをしてあげたら、お礼にって。」 どこ行っても大活躍だな、お客さんは。 「おーっし、じゃあ景気づけにいっちょ派手にやるか!エン!!」 「え?…ちょっ!」 袋に向かってひのこを放つと、引火した花火がどんどん火を噴きながらアッチコッチに飛んでいく。 「ぎゃーーー!!」 「ぎゃはははは!たーまやー!」 「遊び方違うでしょうがバカー!!!」 鬼の形相のお客さんに滅茶苦茶怒られたが、それすらも嬉しくて仕方がなかった。 色んな悩みや、思いが全部吹き飛んじまって、疲れもどっかいっちまって、 本当に、ただただ嬉しくて、楽しくて、しょうがなかった。
30 21/07/31(土)23:32:38 No.829734633
7. せっかくの花火がほとんど一瞬で無くなってしまった。本ッ当にバカなんだから…。 辛うじて残されたのは、小さな紐の様な花火だけ。 一本ずつ、みんなで分け合いながら今度は大切に火をつけた。 「なんだかシケた花火だなぁ。」 わたしの手元でチリチリと小さく火花を散らす様子を眺めながら、運び屋さんは大きな欠伸をする。 「いいじゃない。わたしはこっちの方が好きかも。」 「あー。」 暗いもんね、とでも言いたげな表情で納得している。…まあ口に出さなくなっただけ良しとしましょう。 まったく…ただでさえヘトヘトなのに……どうしてわたしも来ちゃったかな。
31 21/07/31(土)23:32:52 No.829734730
今日は本当に忙しかったから、共同研究所を出発した時点でもうほとんど間に合わない時間だった。 疲れてたし、運び屋さんにも事前に連絡は入れてたし、普通に帰ろうとしたのに。 ふと、運び屋さんの嬉しそうな笑顔が脳裏を横切ったのだった。 行けるか分からないって言ってるのに…そんな嬉しそうな表情で約束されたら、ちょっとだけ顔を出してみようって気になっちゃうじゃない。 結局、お祭りにはほぼ参加できてないけど…来て良かったかな。だって、なんだか今日は、運び屋さんと素直に話せている気がするから。すごく久しぶりな感覚にどこか安心する。 手元の小さな花火を眺めながら、そう思った。 小さな閃光を放つ花火は、次第に膨張し、自重に耐えかねてポトリと落ちる。みんなのがポトリとポトリと落ちるたびに、辺りは昏くなっていく。 残されたのは、わたしのと、まだ火をつけてない運び屋さんのだけ。 「運び屋さん、火をつけるね。」 わたしのブルブルと震える火球を運び屋さんのに押し当てると、無事に火を灯すことができた。代わりにわたしのが落っこちちゃったけど。
32 21/07/31(土)23:33:08 No.829734824
最後の花火をみんなで眺めていると、運び屋さんがぽつりと言葉を発した。 「ありがとう。」 それが何に対しての感謝なのかは分からないけど、わたしはただ「うん。」と返事をした。 「今日の売り上げはどうだったの?」 「バッチリ。売り切っちまったよ。」 「美味しかったもんね。マオさんたちの指導があったとはいえ、流石運び屋さんね。」 呆れることも多いけど、色んなものを投げうって、どんなに辛い目に遭ったって、どこまでも目標へひたむきに頑張れるあなたは本当に凄い。 「運び屋さんならきっと、あっという間に建設費も稼げちゃうかもね。」 わたしはただ、本心を口にしたつもりだった。 「…そんなことはねえよ。」 ハッとするようなその声のトーンは、まるで深海の水の様に暗く、冷たい―心の奥底から漏れ出たもののように聞こえた。
33 21/07/31(土)23:33:22 No.829734933
「オレっちのバカさのせいで、いっぱい迷惑かけちまったし…。今日だってガキどもと喧嘩して迷子にさせちまって。…お客さんは凄ぇよな。みんなの為になる研究を頑張って、会場でも誰かを助けて、トラブルばっか増やしてくオレっちとは大違いだ。」 運び屋さんは振り絞るような声で言葉を紡いでいく。 「オレっちがしっかりしてりゃあ、もっと早くひいじいちゃんの島をどうにかできてたかもしれねえ…。もっと誰かを頼れてたら、もっと頭を使えてりゃあ…ダラーも、エンも、お客さんも、あんな辛い目に遭わずに…」 「運び屋さん、」 いつになく弱気な運び屋さんが顔を上げると、わたしはただ本心を口にした。 「今まで頑張ったね。」
34 21/07/31(土)23:34:10 No.829735290
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
35 21/07/31(土)23:34:28 No.829735437
「あっ。」 ぽとりと落ちる。 最後の灯が消え、あたりは暗闇へと変わった。 「これで本当に全部終わっちゃったね。さてと、……?」 立ち上がって横をみると、運び屋さんが沈黙したままこちらを見つめていた。暗くて表情は見えない。 「…運び屋さん?」 呼びかけたその後ろから、おーいとこちらへやって来る複数のライトが見えた。 「サンくーんお待たせー。」 花火の見学を終えたアセロラさんたちが戻ってきたみたい。 「おー、どうだった?お前たちもご苦労さん!」 運び屋さんは後ろを振り返りながら、いつもの軽快な調子で話しかけている。 …さっきのは何だったのかしら? 少し疑問に思いつつも、運び屋さんが元気そうなのであまり深くは考えずに帰り支度をするのだった。
36 21/07/31(土)23:35:11 No.829735741
8. よっこらせっと。今日も暑いな。 前はちょっと心配させちまうような相談をしたからさ、色々伝えに来たよ。 昨日さ、その子が滅茶苦茶忙しい中会いに来てくれたんだよ。わざわざ見たかった花火の会場からこっちにさ。 そんときさ、はじめはとにかく舞い上がってたんだけど、段々落ち着いてきたらさ、今日もまたオレっちはその子に甘えちまってるってことに気付いたんだ。 その子に恩返しがしてぇ、って思ったのにさ、気付いたらまたオレっちはその子にお世話になりっぱなしなんだ。 そしたら急に自分のことが情けなくて恥ずかしくなっちまって、さっきまであんな楽しかったのに、横にいるその子が急に眩しく感じちまった。 だからか色々ぶちまけちまった。オレっちは何にも凄くねえ、あんたとは違うんだ、なんて思いながら。
37 21/07/31(土)23:35:51 No.829736003
その子は黙ってオレっちのたわ言をきいて、 ただ「頑張ったね」って言ってくれたんだ。 なんでか分かんねえけどさ その一言にさ、今までの頑張りが全部報われた気がしたんだ。 そんとき、ようやく分かったんだ。 オレっちにとって、その子はどういう存在なのか。
38 21/07/31(土)23:36:32 No.829736359
オレっちにとってその子は光なんだ。 ときに温かくて、ときに眩しくて、いつだって優しく照らしてくれる光なんだ。 世界が暗闇に変わっても、その子から目を離すことができなかった。 真っ暗闇の中だって、はっきりと輝いて見えたから。 そしたら、ようやく感情の整理ができた。 いままで、ずっとこの光が消えちまうのを恐れてた。関係性が変われば、失っちまうんじゃねえかって。 けど、いまは違う。 この光を守りたい、支えたい。 今度は、オレっちがその子の光になりたい。 だからオレっちは、その子と支え合える関係になりたい。 …… …ふぅー。ようやく決められたよ、ひいじいちゃん。 次報告しにくるときはさ、いい知らせになることを祈ってておくれよ。
39 21/07/31(土)23:36:59 No.829736585
メモリアルヒルからの帰り道、思いがどんどん溢れてきた。 支えたい、支えられたい。 この気持ちをいっぱい分かち合いてえ。 目いっぱいギュって抱きしめてえ。 毎日喜んでほしい。笑ってほしい。その理由が、オレっちであってほしい。 ずっとずっと、一緒にいてえ。
40 21/07/31(土)23:37:18 No.829736724
オレっちはその子と―お客さんと恋人になりたい。 オレっちは、お客さんが大好きなんだ。 つづく
41 <a href="mailto:s">21/07/31(土)23:37:34</a> [s] No.829736856
以上です
42 21/07/31(土)23:38:11 No.829737135
花火とムーンを引っ掛けた構成凄く良い…
43 <a href="mailto:s">21/07/31(土)23:48:05</a> [s] No.829741944
挿絵です ようやっとサンの自覚まで持ち込めました 心情の変化を書くのって本当に難しいですね… 次回はギャグ回?の予定
44 21/07/31(土)23:48:59 No.829742397
>1627742885675.png こんなに穏やかなサンの顔初めて見た気がする
45 <a href="mailto:s">21/07/31(土)23:50:44</a> [s] No.829743305
ここ分かりずらい ここ要らないって意見は忌憚なく言っていただけると助かります かいてて頭が毎回グッチャグチャになるので…
46 <a href="mailto:s">21/08/01(日)00:02:04</a> [s] No.829748758
※花火は安全に遊びましょう