21/07/31(土)02:01:01 1月上旬... のスレッド詳細
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21/07/31(土)02:01:01 No.829394216
1月上旬。土曜日、午前。 肌寒い冬の空気も手伝ってか、空気が張り詰めるようなそんな朝。 正月の閑静な、そしてどこか間延びしたような雰囲気を引きずる街中。 トレセン学園栗東寮の前に一台の車、水色のトヨタ・ポルテが止まる 「つきましたよ、マベちゃん」 「うん☆ありがと、トレーナーちゃん☆」 2人は車を出ると、後部座席のドアを開け、それぞれに荷物を取り出す。 疝痛を起こし、マーベラスサンデーはしばらく入院生活を過ごしていた。一時期は危篤状態に陥るも、無事快方に向かい、ついにこの日、実に10月上旬の入院から3か月の時を経て退院することができた。とは言え、後半の2ヶ月はほぼリハビリに費やし、運動量も抜群に増えていた彼女である。「ここまで元気なら退院してもいい」と医者からは何度も言われたが、骨折と疝痛の記憶が二人の心に錨として残っていたのだろう、念のため入院生活を続けたのだった。
1 21/07/31(土)02:01:40 No.829394371
寮の門をくぐって彼女たちが向かったのは、寮長のフジキセキの所だった。無事に帰ってこれたことに、マーベラスサンデーは礼を言うが、フジキセキの態度といえば、いつもの麗人の雰囲気を漂わせた余裕溢れるものだった。しかし、心の底では本当に戻ってきてくれてよかったと、安心した彼女である。 そして、彼女の部屋の前。 マーベラスサンデーは、自分の部屋にも拘わらず、その部屋に入るのを躊躇っていた。 「緊張してる?」 とトレーナーが問うと 「うん」 と彼女は静かに答えた。 しかし、深く深く深呼吸をして、彼女はそのドアをノックした。 「はーい」 ドアの向こうから声がした。よく聞いた声。けだるそうで擦れているようで、思いやりのある暖かい声。 「今開けますよっと…」 と言い、もう一人の部屋の主が、ドアを開ける。
2 21/07/31(土)02:02:14 No.829394507
ドアの前にいたウマ娘と、部屋の前にいたウマ娘が顔を合わせた。 マーベラスサンデーの目の前にいるウマ娘は、彼女の姿を見ると、驚いたように目を見開いた。そして彼女を無言で抱きしめた。マーベラスサンデーも、それに応じるかのように、荷物を手から離し、彼女の背中に手を回す。 「ただいま、ネイチャ」 と彼女が声をかけると 「おかえり…、マーベラス」 と、ナイスネイチャは言葉を返す。その声は震えていた。喜びの音律にのっとった、穏やかな音階で。
3 21/07/31(土)02:02:26 No.829394540
マーベラスサンデーははっきりとは覚えていないが、ナイスネイチャは一度だけ彼女が入院中の時に、一度だけお見舞いにいったことがある。しかしその時は、まだ点滴治療を続けていたときで、食事がまともに取れない時だった。その時のマーベラスサンデーの様子を彼女はよく覚えている。顔は痩せこけ、一回りも二回りも小さくなってしまった彼女の姿。無理もなかった。疝痛の影響で、まともに食事がとれなかった時期だったから。しかしそれ故に、彼女はお見舞いに行くのをこれっきりにしてしまった。怖かったのだ。ルームメイトが、どんどんとやせ細り、死の色を強くしていくのを見るのが。 それがどうだ、目の前のウマ娘は、入院する前と同様の体つきに戻っている。生者のぬくもりを伝えてくれる。自然とナイスネイチャは涙を流していた。 それがどんなにうれしいことか、トレーナーにもよくわかった。黙って抱き合う二人の姿を見て、季節外れの春の暖かさを感じる彼女だった。
4 21/07/31(土)02:02:46 No.829394624
寮に荷物を置くと、早々に2人はトレセン学園に向かった。 そしてトレーナー室に向かい、ソファに座り、向かい合う格好になる。 「それじゃ、メイクデビューに向けて、打合せをします」 と、トレーナーが告げ 「うん☆」 マーベラスサンデーは力強くそれに応じた。 「私の提案なのですが、このレースをメイクデビューにできないでしょうか」 そう言い、トレーナーは一枚の紙をマーベラスサンデーに差し出した。 彼女はそれを受け取り目を通す。 「えっ」 一通り見た後に、彼女は驚きの声を上げた。 2月、第一土曜日。1800m。ここまでは理解できる。問題はそのコースである。 「ダート?」 「はい」 トレーナーがメイクデビューに選んだのは、ダートレースだった。
5 21/07/31(土)02:03:01 No.829394682
「私も、マベちゃんが芝が得意なことは分かってます。ダートを選んだのは…足への負担が少ないからです」 マーベラスサンデーは黙って彼女の言葉を聞いていた。 「…これは私のわがままかもしれません。選択ミスかもしれません。でも、一度だけで結構です。ダートで走ってもらえませんか」 真摯な言葉だった。それが、むき出しの責任感が、マーベラスサンデーに向けられる。だからだろう、マーベラスサンデーは 「うん☆わかった☆」 と笑顔でその提案を承認した。 「ありがとうございます!」 トレーナーが頭を下げる。本当は芝2000mの方がマーベラスサンデーには向いているだろう。1800mにしたのは少しでも距離を短くしたいから。ダートにしたのは足への負担を減らすため。そのレースの選び方は、トレーナーのエゴに寄るものだった。そしてそれはトレーナーも気づいている。だが、それを変えるつもりもなかった。 もう二度と、担当のウマ娘を怪我による苦しみの世界に放り出したくなかったのだから。
6 21/07/31(土)02:03:26 No.829394774
2月、第一土曜日。 京都競バ場、天候曇り、バ場は良。 第3レース、メイクデビュー。 遂にその日を迎えたマーベラスサンデー。 メイクデビューともあり、観客の数は疎らである。しかしそんな中に彼らはいた。 「ほら、あの子が走るよ」 そう隣の女性に声をかけた男。マーベラスサンデーの父親だった。 右隣にいる女性、マーベラスサンデーの母親は不機嫌そうにコースを眺めていた。娘を苦しめたレースという舞台。そんなものを到底見る気にはなれなかったが、ここに足を運んだのには理由があった。 『2月第一週の土曜日、娘さんがメイクデビューします。どうか見に来ていただけないでしょうか』 そんな電話がある日掛かってきた。そして、京都行の切符と入場券が自宅に届いた。それをを送ったのは、マーベラスサンデーのトレーナーだった。 『ご両親の2人に、初めての彼女の晴れ舞台を見てほしいんです』 その言葉に少なからず反感を抱いた彼女だったが、自分の夫に説得され、しぶしぶ京都に足を運んだのだった。
7 21/07/31(土)02:03:43 No.829394838
『さぁ今日のメイクデビューです。参加するウマ娘は11人となりました。肌寒い空気の中、闘志あふれる11人がこの砂の戦場に挑みます。果たして、栄冠をつかむのは誰なのでしょうか!』 穏やかに実況がそう会場に語り掛ける。 ゲートに入ったマーベラスサンデー。 (なんか、狭いな) それがゲートの第一印象だった。そして聞こえるのは他のウマ娘の吐息。緊張しているのか、どのウマ娘からも、アンバランスなリズムの呼吸音がしている。 マーベラスサンデーも少なからず緊張をしていた。何せ初めてのレースなのだ。だがそれよりも、湧き上がってくるのは別の想いだった。 (マーベラスなレースになるといいな…☆) そう想い空を眺めた。分厚い雲が太陽の光を遮っている。しかし彼女は知っている。その向こうには、必ず太陽があるのだと。見えないだけで、空に浮かぶ白く分厚い綿布の先には、熱く暖かい光があるのだと。 そして自然と視線がコースに戻った。そして 『さぁ!ゲートが開きました!』 マーベラスサンデーのメイクデビューが始まった。
8 21/07/31(土)02:03:59 No.829394910
11人のウマ娘が一斉に飛び出す。スタートは皆ほぼ同時。マーベラスサンデーは中段に位置取りをし、前の様子をじっくりと伺い始める。 ホームストレッチを駆けるマーベラスサンデーを見て、トレーナーは少し安心した。 ダートを走っているマーベラスサンデーの様子を見て、スピードが十分に出ていないことに気づけたからだ。 スピードが出にくいということは、足に負担が掛かりにくいということ。つまり骨に対する負担も少ないということ。見事、目論見通りに最初は進んでいる。 しかしレースは始まったばかり。保護者まで呼んだこのレース。マーベラスサンデーは二つの課題をクリアしなくてはならないのだ。一つはメイクデビューで一着をとること。そして怪我無く無事にレースを終えること。 そしてトレーナーに出来ることはもう何もない。ただレースが終わるまで、彼女の様子を見守ることしかできない。 (頑張れ、マベちゃん…!) 祈りの気持ちを抱え、彼女の両手が自然と胸の前に組まれる。バ群がホームストレッチを抜け、第一コーナーに差し掛かり、トレーナーの目の前から砂塵を上げて消えていった。
9 21/07/31(土)02:04:16 No.829395002
第一コーナー、そして第二コーナーを抜けても大きな順位変動はなかった。ウマ娘たちは各々自分のペースでポジションを維持しながら走り抜けていく。 そして向こう正面に入る。マーベラスサンデーは周りのウマ娘を見渡した。そこであることに気づく彼女である。 (この子は…息があれてる?) 目の前のウマ娘を見てそう思う。視線をまた別のウマ娘に移すと (この子は…緊張してる?) 少し掛かり気味であることに気づく。 見渡せる限りのウマ娘の様子を見て、少しもったいないな、と彼女は感じた。レースは楽しいものだ。レースは輝ける舞台だ。にもかかわらず、みんな必死になりすぎてて、全然楽しめてない。 だから彼女は思った。 (みんなが輝けるように!) 彼女の目が輝く。そしてそのときめきが、加速力という形で姿を現した。
10 21/07/31(土)02:04:51 No.829395177
『向こう正面に入って、各ウマ娘、懸命に駆けていきます!一番手は変わらずサウスミラクル!そして二番手にはウンテイ!マーベラスサンデーも上がってまいりました!!!』 マーベラスサンデーは二番手のウマ娘と並走するように位置取りをする。 「あんなに速く走って大丈夫かしら、あの子…」 それを心配そうに眺める母親の姿を見て 「大丈夫だよ」 と父親がなだめるように声をかけた。 事実、マーベラスサンデーの足にはまだまだ余裕が残っていた。
11 21/07/31(土)02:05:03 No.829395234
そして第三コーナーに差し掛かり、滑らかにコーナーを抜けていく。 『さぁ第三コーナー!ここからは坂です!メイクデビューをしたばかりの乙女たち、懸命に坂を上っています!!!』 ふと後ろを見るマーベラスサンデー。そこには青息吐息になっているウマ娘が何人もいた。 (もっと走ろうよ!) マーベラスサンデーはそう思う。 (もっと楽しもうよ!!!) マーベラスサンデーの足が伸びる。 明らかについてこれないウマ娘が出始めたのを感じ、 (じゃぁ、見せてあげる!!!世界がマーベラスに満ちているってコトを!!!) 彼女の心の高揚はどこまでも強くはじけはじめていた。
12 21/07/31(土)02:05:27 No.829395320
『第四コーナーを抜け、さぁホームストレッチ!!!ここからが勝負です!!!』 ウマ娘たちがホームストレッチに差し掛かり始める。 「アハハ☆マーべラース☆」 ハイテンションに笑いながら彼女は腰を低くした。最後のストレートに見せる直線巧者の構え。コーナーから一瞬で向きを変え、ゴール目指して加速する。 「うっそ!!!」 一番手のサイスミラクルが一瞬で抜かれた。 あっという間に先頭を取ったマーベラスサンデー。 「くっそぉ!!!」 そして二番手のウンテイがマーベラスサンデーに食らいつく。 『さぁ先頭はマーベラス!!!マーベラスサンデー!!!ウンテイ粘る!!!ウンテイ粘る!!!』 先頭を突っ切るマーベラスサンデー。二番手のウマ娘だけが何とか粘っている。
13 21/07/31(土)02:05:44 No.829395415
スピードが殺されるダートにも拘わらず、彼女の足はどこまでも伸びていく。 それは彼女の才能から来るものだろうか。否 (楽しい!楽しい!!!世界があっという間に溶けていく!!!) 彼女は心からレースを楽しんでいたのだ。それが彼女の強い強い原動力となっていた。 骨折により無くなったメイクデビュー。疝痛によって生死の境を彷徨った苦境。 悔しい思いを重ねてきたこの半年。 ようやく学校に行けば、もう同級生の皆ほとんどがデビューを終えていた。ひとりぼっちの病弱なウマ娘は、心の底から、レースの舞台に立てたことが嬉しくて仕方なかった。 そして、彼女は 「マーベラーァァァァァス☆☆☆」 満面の笑顔で、メイクデビューを制した。 二着のウマ娘との差は一と四分の三バ身差、それ以下大差の圧勝だった。
14 21/07/31(土)02:06:15 No.829395565
「マベちゃーん!!!」 レースを終えたマーベラスサンデーが、声をする方を見ると、疎らな観客席の中から両手振る女性の姿が目に入った。 「トレーナーちゃーん!!!」 彼女も負けず劣らず、飛び跳ね両手を振る。 「一着おめでとー!!!!!」 「ありがとーーー!!!!!」 ダートレース場と観客席。その隔てた距離を無視して、大声で喜びを分かち合うトレーナーとウマ娘。 周りの観客たちがその姿を見て、なんとも言えない笑いを浮かべていた。 そんな中に、彼もいた。マーベラスサンデーの父親である。 「どうだ、お前」 と、少し微笑みながら、彼は自分の妻に話しかける。 「何がですか」 憮然とした態度でこたえる彼女。 「見たことあるか?あんな楽しそうな、あの子の顔を」 その言葉に何も答えず、彼女は踵を返し、レース場に背を向けた。
15 21/07/31(土)02:07:04 No.829395767
「おい、お前どこ行くんだよ」 と、引き留めようとする彼に眼もくれず 「決まってるでしょ、あの子を褒めに行くの」 と言い、つかつかと母親は歩き出した。 その言葉に、ため息をつくと、穏やかな微笑を浮かべ、彼もそのあとに続いたのだった。 こういう話を私は読みたい 文章の距離適性があってないのでこれにて失礼する fu206515.txt
16 21/07/31(土)02:07:51 No.829395945
がんばれマベたん…
17 21/07/31(土)02:22:34 No.829399142
メイクデビューまで色々ありすぎる…
18 21/07/31(土)02:31:57 No.829401141
マベは本当にデビューまで波乱万丈だね…
19 21/07/31(土)02:33:27 No.829401407
マーベラスもトレーナーちゃんも笑顔になれてよかった…
20 21/07/31(土)02:52:28 No.829404672
トレーナーちゃんのマベちゃん呼びが積み重ねを感じていいね…
21 21/07/31(土)03:14:55 No.829408035
よかった…生きてた…ほんとによかった…
22 21/07/31(土)03:21:24 No.829408934
良く考えたら怪我したら家族怒って連れ戻そうとするよなあ アニメとかゲームだと覚悟完了してるのかあんまそう言うのないけど