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21/07/26(月)01:01:13  クラ... のスレッド詳細

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21/07/26(月)01:01:13 No.827643461

 クラシック級5月末。日本ダービーが終わり、勝利と敗北の余韻が終わろうとする午後11時。チーム室の明かりはまだ灯っており、窓から光が漏れている。寮長の権限というものは実にありがたいもので、例え深夜に外出していようがとやかく言われることは少なくなる。屈腱炎を患ってからレースもトレーニングもほとんど出来なくなったから、疲れも薄い。入学したときにポストが空いたから就任したのが寮長の役目だったが、こういうときに役立つものだと感慨深く廊下を歩く。黒のポスカで『アケルナル』と書かれた紙が貼ってある。そう、ここが私と彼の入ったチーム。ほとんど私にとっては形式的なものだったけれど、彼にとっては二度目の挑戦……いや、さらなる挑戦であるチーム。軽くノックをする。無反応だった。

1 21/07/26(月)01:01:28 No.827643531

「お邪魔するよ……?」  サブトレーナーの席に、『私の』トレーナーさんが突っ伏して寝ていた。ノック音も扉を開ける音も、彼の眠りの前には通用しなかったらしい。回り込んで彼の側面に向かうと、それはひどいものだった。開いたままで待機画面になったノートパソコン。担当ウマ娘やそれ以外の情報が詰まったファイルが数年分。過去のレースや戦法、コース取りを記したファイルも数年分。過去の日本ダービーの分析を頼まれて、その仕事はとっくの昔に終わっていると本人は話していた。だというのに、もう来年のダービーを勝ち抜くためのプランも勝手に練っていたらしい。来年クラシック級を迎えるチームのポニーちゃんたちのファイルには、付箋やメモが大量に貼り付けられていた。ペンのインクが手に付着しているし、寝顔もひどい。時々寮の見回りをするときにポニーちゃんたちの寝顔を見ることはあるけれど、それと比べると強張っていて安心感というものが欠片もない。椅子と机は固く、睡眠には明らかに不適切だし、明日の彼にはもう少しきちんとしてもらいたい。よし、運ぼう。

2 21/07/26(月)01:02:40 No.827643843

「……こんな重かった、っけ……!」  起こさないようにゆっくりと身体を抱え込んでソファに下ろす。脚も筋肉もそうそう酷使できない状態で、私の筋力は衰えてしまったことを実感する。そうしてソファに寝かせた彼にタオルケットをかけ、固く閉じられたトレーナーさんの寝顔を眺めた。  ……かつて、私はこう考えていた。私が舞台に立つ主演女優であるならば、トレーナーである彼は特等席に立つ観客だと。だがこうしてレースに立てなくなった今、その関係性の理解は間違いだったように思える。どう訂正すべきなのかは皆目分からないままだが、ただ一つだけ言えることがある。  今の彼は、特等席にも舞台袖にもいない。私のために、ついに舞台裏の裏方になってしまったのだと。このレースの舞台に立とうとする限り、私と彼の目線が交わることはなくなってしまったのかもしれない。

3 21/07/26(月)01:03:53 No.827644184

「おはよう。……昨日はごめんな、フジ」 「んー……何のことかな?ちゃんと寝ないとポニーちゃんを指導できないよ?ほら、これ」 「これ?」  翌日の朝、二人で話したときのことだ。彼のポケットに睡眠用チョコレートを紛れ込ませた。どこだどこだと探す彼を見るのは少しだけおかしな気分になった。 「ああここか!……ありがとう、フジ、味わって食べるよ」 「お安い御用だよ。無理、しないでね」 「大丈夫だって」  何でもない会話と、緩やかなリハビリ。レースでエンターテインメントを実現する夢は随分と遠くなってしまった。それこそ、星に願うほどに。でも、私は歩き続けることができる。トレーナーさんと一緒にいれば、私はどこにでも踏み出せるような気がした。

4 21/07/26(月)01:05:05 No.827644486

---  クラシック級の日々は瞬く間に過ぎていく。別チームに編入したものの、俺とフジキセキの契約関係は継続していた。リハビリプランを実行し、チームのウマ娘達の面倒を見る毎日。  半ばOGのような扱いとなったフジキセキの優れたコミュニケーション能力もあって、俺たちの再出発は良いスタートを切ったかのように思えていた。リハビリの他にも、フジキセキにはあらゆる選択肢を提示して将来のキャリアを一緒に考えることもあった。 「オープンキャンパスって、どこに行けばいいものなのかな」 「興味のありそうなのなら何でも。ほらこれとかどう?」 「工学?!待ってトレーナーさん、私はエンターテイナーが本業みたいな……」  フジキセキの机の上には大学のパンフレットが積み上がっていた。その一つ一つを丁寧に読み込むフジキセキを、美しいと感じた。彼女のブレザーにはあの夜に渡したブローチが光っていた。

5 21/07/26(月)01:06:06 No.827644736

---  日本ダービー。チームから一人出走。……フジキセキならどう走っていただろうか。そういえばこの日の夜に机で寝ていると、フジキセキがソファに運んでくれたことがあった。  宝塚記念。誰も出なかった。……フジキセキの距離適性としてはそれなりに向くところだろうか。  夏合宿。……フジキセキならどれだけ伸びただろうか。彼女は来なかった。彼女にはリハビリプランと将来を考える時間が要るからだ。電話は頻繁にしていたが。  菊花賞。チームからステイヤーのエースが一人出走。……フジキセキには少し厳しかっただろうか。距離適性の壁は分厚い。だが越えられるなら……  天皇賞(秋)。今年で卒業する予定の子が一人出走。……フジキセキならと考え、それは違うと思い直した。  これを奇妙だとは、当初は思っていなかった。レース全てに対して「フジキセキならどう走っていたか?」と考えることに気がついたのは、マイルチャンピオンシップのときだった。レース後の地下馬道で自分のチームのウマ娘が戻ってきた時、俺は何と声をかけようとしたんだ?

6 21/07/26(月)01:07:37 No.827645084

「サブトレーナー!勝てなかったけど……楽しかったです!」  俺の姿を目にして、一目散に駆け寄ってくる彼女に、フジキセキと思わず声が出かかり―― 「お疲れ、」  舌と声帯が名前を紡ぎ出す直前、どうにか言葉を抑え込む。この子は自分が目にかけ育ててきた子だ。彼女なりの距離適性、作戦、性格があって、それに合わせてチームトレーナーと教えてきたつもりだった。半年以上もだ。なのに何故、俺はフジキセキとこの子を重ねてしまったんだ?  逡巡は一瞬のうちに過ぎ、俺は笑顔を顔に貼り付けた。フジキセキと一緒に過ごしていれば、演技のノウハウは少しだけでも身についてしまう。 「どうかしましたか?」 「いや、なんでもない。報告、行ってきな。本当によくやった」  チームトレーナーの下に行かせ、彼女の姿が完全に見えなくなったのと同時。演技の仮面はあっという間に砕けていく。二本の脚から力が抜けた。二、三歩で腰からも力が失せ、へたり込む寸前に壁にもたれかかる。ひゅっ、と喉から息が出る。顔から汗が滲んでいき、呼吸を嫌でも意識せざるを得なくなる。

7 21/07/26(月)01:09:00 No.827645379

 携帯電話を取り出して、所在なくメールを打つふりをした。それを見て、俺を見ていたわずかな出走者とそのトレーナーたちの視線は外れていった。もちろん返すメールなんて無かった。  携帯電話に写したのは待受画面。あの車内の出来事の後、何となく撮影した月と夜空。心が凪ぐことを願ってただ液晶を見ていた。ふとカツカツとローファーの足音が聞こえ、黒鹿毛が視界に入った。俺は慌てて顔を上げた。仮面を作り、被り直す。 「大丈夫かい?」 「フジ?」 「君の様子が変だって、ポニーちゃんが言ってたんだ」 「気のせいじゃないか?ちょっとメールが立て込んで……」  アリバイがあるとばかりに携帯電話を持つ手をひらひらと動かすと、フジに手首ごと掴まれた。携帯電話が待受画面を上にして地下馬道に落ち、二回転し、そして止まった。メールの送信画面でないことを彼女は一瞥し、理解した。

8 21/07/26(月)01:10:22 No.827645676

「演技は、やめて」  青い瞳が、挫折と絶望を知り、それでも立ち上がった愛しい瞳が俺を見ていた。顎が震えそうになる。作ったはずの仮面が、手首の熱で融かされていく。  表情に力を入れられなくなっていき、彼女の瞳から視線を逸らす。その先には制服のブレザーがあり、留められたブローチが蛍光灯の光を反射していた。逃げ場はない。あのとき渡した北極星が、俺を呪っていた。 「何か悩んでいるんだよね?私になら、話せることが」 「できない」 「え……」  フジの声に耐えられずに、即答する。自分の声は余りに情けなく震えていた。じんわりと眼が湿っていくのを知覚する。青い瞳が揺れ、耳はぺたりと寝てしまった。君にそんな顔をさせたくはなかったのに。

9 21/07/26(月)01:11:31 No.827645924

「ごめん。……いつか話すよ。でも今は、できないんだ。できないんだよ」 「私は……そんな……」 「フジは悪くない。……打ち上げのときには元に戻るから、先に戻ってて。頼む」 「……ごめんなさい」  フジキセキが足取り重く控室に戻っていく。俺は携帯電話を拾った。画質の粗い月光に耐えられなくなって、俺は待受画面をデフォルトに戻した。壁を支えにも出来なくなって、座り込む。手首についた跡を見ると、愛おしさと恐ろしさが溢れた。 「違う……フジは悪くない……俺が……」  振り切ったつもりだった。乗り越えて二人で頑張ろうと誓ったはずだった。だが罪は俺の背筋を伝い、内側まで侵食する。  指導するウマ娘の走りを見る度に、俺は思い知らされる。誰よりも才能のあったフジキセキの走りは、輝けるトゥインクル・シリーズの実績は、損なわれてしまった、と。お前が彼女を壊したんだ、と。  だからこそ、『出向命令につきまして、異議を申し立てること無く同意申し上げます』と書かれた文書に、サインをしてしまったのだろう。

10 <a href="mailto:s">21/07/26(月)01:14:41</a> [s] No.827646655

今までの→sq141160.txt 遅れてすまない…… トレーナーさんはフジキセキの走りによってウマ娘観が破壊されてしまいました あーあ 砂浜で話す現在時間軸にいつ行けるのか分からなくなってきたぞ

11 21/07/26(月)01:18:37 No.827647495

サブトレしながらフジキセキ重ねちゃうところでぞわってなった これが一心同体を奪われたものの末路か

12 21/07/26(月)01:23:38 No.827648583

フジトレの精神壊れてるな…

13 21/07/26(月)01:27:04 No.827649356

出向してる場合じゃねえよ!フジ寮長に話してからメンタル通いなさい

14 21/07/26(月)01:27:58 No.827649569

>遅れてすまない…… 楽しみにしてるけど気負わない程度にね

15 21/07/26(月)01:28:19 No.827649643

一番辛いのはフジなのにトレーナーが弱音を吐くわけにいかないだろ!?

16 21/07/26(月)01:29:04 No.827649826

言うべきことも言わずに逃げ出すよりましだ!

17 21/07/26(月)01:39:47 No.827652383

こっからフジトレはどうやったら立ち直れるんだ…?

18 21/07/26(月)01:42:52 No.827653099

>「ごめん。……いつか話すよ。でも今は、できないんだ。できないんだよ」 >「フジは悪くない。 うーn何も言ってないわけじゃないけどギリギリ足りてない程度しか言えてないな…

19 21/07/26(月)01:44:57 No.827653538

わからんが二人だけでは難しいんじゃないかこれは…

20 21/07/26(月)01:47:12 No.827654011

現実だとこういう後悔を挽回するなんて無理で日々後悔しながら生きてくしか無いものだよね

21 21/07/26(月)01:52:08 No.827655012

>わからんが二人だけでは難しいんじゃないかこれは… というかトレーナーとウマ娘のこういうケース別にこの二人だけじゃないだろうし ベテランな秘書さんに相談するとか学園に頼るべきね

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