虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。新しいログはこちらにあります

21/07/23(金)23:06:04 『こん... のスレッド詳細

削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。

21/07/23(金)23:06:04 No.826746027

『こんにちは!運び屋サンです!お荷物お届けにあがりました!』 『おっありがとう!…キミが運び屋少年か。』 『ん?オレっちのこと知ってんのかい?今後もどうぞごひいきに!ここにハンコかサインお願いします。』 『はいよ。…どうして運び屋をやってるんだい?』 『オレっち急いで一億円貯めなきゃいけねえんだ。』 『1億円!?どうしてまた…。』 『それはナイショ。』 『オイオイ、一番肝心なところはお預けってか。余計気になるじゃないか。』 『んー?そいつは企業ヒミツってやつだ。』 『なんだそりゃ。…まあいっか。とにかく、お金が必要ってことなんだな。』 『まあね。』 『そういうことなら割のいい仕事、紹介できるぜ。』 『え!?本当かい!やるやる!!』 『よし!良い返事だ。こっちにきてくれ。キミにお願いしたいのは、このポケモン図鑑で―――』

1 21/07/23(金)23:06:23 No.826746195

―あの時、もしもぼくが無理にでも理由を聞き出せていれば、あいつはあんなに苦労せずに済んだのかもしれない。 そうすれば、エーテル財団の暴走を未然に防ぐことが出来たかもしれない。 もっと早く、エーテル財団の動きに気付いていれば、この島を、あんな危険に晒さずに済んだかもしれない。 あの日以来、そんなことばかり脳裏を過るようになった。 人生というものは、いくつになっても反省ばかりだ。むしろ年々後悔が増えていくといった方が正しい。 過ちを犯す度に、悔やみ、苦しみ、勇気を失う。 それでも、前に進んでいかなきゃいけない。罪を背負って、二度と繰り返さないように自戒しながら。 もしも、前に進む勇気がなくなったときは―

2 21/07/23(金)23:07:37 No.826746867

煌々と輝く日光が万緑の木々と純白の入道雲とともに蒼天を彩り、地面をユラユラと揺らす陽炎は、アローラの夏らしい景色を演出している。特に今日は今年一番の酷暑のようで、照り付ける太陽に温められた空気が、潮風に乗ってこの隙間だらけの建物に熱風となって流れ込んでくる。 その陽射しと共に育まれたぼくには親しみすら覚える暑さだが、寒冷地育ちの彼女にはだいぶ堪えるようで、汗ばんだ顔には疲労の色もみえる。

3 21/07/23(金)23:07:51 No.826746976

「ムーン、大丈夫か?」 タオルと冷たい飲み物を差し出すと、ありがとうございます…と恐縮しつつ、汗を拭きながら乾いた喉を潤していく。 「今日の研究はこのくらいにしておこう。家に帰ってゆっくり休んでくれ。」 彼女のことだから体調管理もしっかりしているだろう。とはいえ研究中はつい熱中してしまうのも同業者として大いに共感できる。だからこそ、ぼくがストップをかけなければいけない。 「…申し訳ありません。まだ気候に身体が順応しきれていないようで…。」 「いやいや、こちらこそこんなボロ屋ですまない!ムーンが戻って来てくれてから本当に仕事が捗って助かるよ…。」 若いながらも大変優秀な助手に感謝しつつ、帰宅の途につく後ろ姿を見送る。

4 21/07/23(金)23:08:06 No.826747111

彼女がアローラに戻ってきて、早二週間が経とうとしていた。 ルザミーネさんやネクロズマの回復など、色々忙しい傍ら、ぼく個人の研究も合間を縫って手伝ってくれている。本人は「好きでやっていることなので」と言うが、本当に頭が上がらない。おかげで、色々滞っていた仕事も大分スムーズに進むようになった。 あいつと違ってあまりにも仕事ができるせいで、ついついぼくも頼みにしてしまう。いかんなぁ…一度ラクを覚えてしまうとあとが大変だぞ…。またあいつだけになったときを考えると……。 「運び屋サンでーす!!お荷物お届けにあがりました!」 噂をすれば何とやらだ。 「よおサン、こっちに置いてくれ。」 「はいよ!…また新しい穴増えまくってんな。そのうち倒壊すんじゃねえのか。」 室内を見まわしながら、どんどんボロボロになっていくぼくの研究所を揶揄う。 「そんなヤワなつくりにはしてないから大丈夫さ、…多分。ほいっと。」 伝票にサインしてサンに渡す。もはや恒例行事と化したこの作業は、ぼくら2人にとって初めて出会った時からのしきたりの様なものといえる。

5 21/07/23(金)23:08:43 No.826747459

「確かに受け取りました、お届け完了!っと。…………。」(キョロキョロ) 落ち着きなく部屋の中を見渡すサン。 「ムーンなら入れ違いにさっき帰ったぞ。」 「そうかい。………ん?」 ボクの発言に、な…なんでお客さん?と言いたげな表情で困惑している。その様子から、やや無意識にムーンを探し求めていたのだと推察できる。 それで、何故ムーンを探してると思ったってか?そりゃあお前、先日の港での様子から…というか、ムーンが研究所(ここ)に通ってるって聞いてから毎日のように「なんか運ぶもんねえか?」って訪ねてきてるだろう。 …とは口に出さずに、「何か話したいことでもあったのか?」と聞いてみる。

6 21/07/23(金)23:08:54 No.826747556

「いや、特に何かあるって訳じゃあねえんだけど。それよりさ、ほかに預かりモンとか配達物は何かねえのか?」 「あのなあサン、お前にエンと図鑑を与えたのはれっきとした仕事なんだぞ。『何かねえのか?』じゃなくてお前が仕事の成果を報告しにこい!」 「めんごめんご!そんじゃもう用はねえや。まいどあり~。」 そう言ってさっさと出て行く。雇い主兼上客を用済み扱いとはいい度胸だ。やれやれ…彼女と仕事をした直後のせいか、ギャップで大きなため息が出る。 しかし、まさかお前の方が先になるとはな………。

7 21/07/23(金)23:09:05 No.826747674

2. ムーンの帰還が正式に決まった際、ぼくはあいつにプレゼント選びを一任した。 ムーンにとって、サンは少し特別な存在だとぼくは思っている。最初に出会ったのも、一番長く過ごすことになったのもあいつだ。二人の関係をずっと間近で見ていた訳ではないけれども、彼女があいつを憎からず思っていることは、ウルトラスペースから戻ってきたふたりをみて直感した。 あいつは基本能天気でいい加減だが、仕事には誠実であろうとする。だから仕事という名目でプレゼント選び係に任命した。サンがエーテル財団との確執を話したのは彼女にだけだ。だとしたら、あいつにとってもまた、彼女は特別な存在なのかもしれない。それ故に、あいつには真剣に考えてほしかった。 それは別に、男女の仲という話ではない。人生において、深く信頼し合える相手と巡り合えるというのは、とても貴重で幸せなことなんだ。だから、特にあいつにはプレゼント選びを通して、その大切さに気付き、自覚してほしかった。

8 21/07/23(金)23:09:26 No.826747883

念のためマオとスイレンにサポートをお願いしたけど、結果として彼女たちに頼んで正解だった。マオはムーンと仲が良いし、本当は自分でプレゼントを選びたかったかもしれない。だけど、ぼくがサンのサポートをお願いしたら、快く引き受けてくれた。 たくさんの優しさに甘えてばかりだな…と自嘲しつつ、しかしそのおかげでサンがムーンへのプレゼントについて真剣に考えてくれたようだ。 そしてその結果、どうやらあいつの中に一つの感情が芽生えつつあるらしい。 それはまだ十分に芽吹いていないけれども、着実にあいつの心に根をはり始めている。

9 21/07/23(金)23:09:46 No.826748068

正直、芽が息吹きはじめるとすれば、ムーンの方が先だと考えていた。彼女の方が精神的にも大人びているし、そういった感情を抱くことを意外と素直に受け入れそうだと思ったからだ。 対して、サンは人一倍の辛酸を嘗めているが、本質はまだまだワンパク少年。そうした感情を持つのはまだ大分先の話だと思っていた。けれども、ぼくの推測以上に、あいつはムーンのことを大切に思っていたらしい。 それ自体は喜ばしいことだが、しかし同時に危機感を抱いたことも確かだ。 サンは湧き出てきた新たな感情を、しっかりと理解し、律することができるのか…。 同性だからこそ分かる。あいつくらいの年頃っていうのは、自分の外見も内面も大きく変わる時期だ。特に、異性に対する感情は、以前のように手を繋いで恋人ごっこ、とはいかない。もっと複雑で、度し難く、そしてどこまでも純粋な欲求たちに苛まれることになる。

10 21/07/23(金)23:10:02 No.826748221

少年少女の青春にちょっかいを出すなんて野暮な真似は勿論したくない。だが…もしもあいつが、全身を蝕み始めた感情を律することができないまま、その感情の理解を拒み逆行したり、もしくは感情に吞まれるがままに行動すれば、結果として彼女をひどく傷つけてしまうだろう。 それだけは阻止したい。 そして、サンの中にその感情が発露した原因を考えれば、今回のプレゼント選びがトリガーになったことは間違いない。 つまり、あいつの中のトリガーを引いてしまったのは、ぼくだ。

11 21/07/23(金)23:10:16 No.826748353

ふたりがこの先どんな関係になっていくのかは、部外者のぼくが立ち入るべき問題じゃない。 だけど、ふたりの信頼関係が永久に崩れてしまうようなことだけは避けたい。 ⦅なんだそりゃ。…まあいっか。⦆ …あのとき、結局ぼくは何も動かなかったことで、後々あいつに…いや、ムーンも含めて辛い思いをさせてしまった。 だから今度は……それが正しい道なのかは分からないけど、同じ過ちを繰り返したくはないんだ。 とはいえ、さてどうしたもんか…。決まった答えがない課題を模索し続けるというのは、どんな研究課題よりも難しいかもしれない。 所々に空いた隙間からみえる青空を眺めながら、しばし対策を思案する。 そしてぼくはふと思いつく。 「しまった、あいつに家の補修を請け負って貰えばよかった!」

12 21/07/23(金)23:10:39 No.826748596

3. 数日が過ぎ、研究もひと段落着いた頃、 「では博士、今日はこれで―」 「あ、ちょっと待ってくれ。今日はいつものお礼にデザートを用意してあるんだ。せっかくだから食べていかないか?」 ぼくの提案に、彼女は恐縮しながらも「じゃあお言葉に甘えて…。」と席に着く。さて、後は… 「運び屋サンでーす!荷物預かりにきましたー!」 よし来た。 「おおサン、よく来たな。」 「おう!じゃあ荷物を……あっ。」 サンの目に彼女の姿が認識されたようで、気配から喜びと緊張感が伝わってくる。

13 21/07/23(金)23:11:00 No.826748796

「運び屋さんこんにちは。」 気付いたムーンにアローラ~!とゴキゲンなテンションで話しかけに行く背中は、お宝を見つけた少年のように輝いて見えた。 「お客さん奇遇だなー。今日もこのアチい部屋で難しいことなんかやってんのか?」 本人に悪気はないけど(余計たち悪いか…)イチイチ発言に棘がある。 「どこかの誰かさんがあんまり仕事を進めてくれてないからね。」 逆にチクリと痛いところを刺されたサンは、ぐぎ…と気まずそうな表情を浮かべる。ムーン…ありがとう。

14 21/07/23(金)23:11:15 No.826748938

「で、博士。預かり物ってどれだ?」 「おーっと!すまないサン!用意するのを忘れていたよ。」 「ああ?しっかりしてくれよ~。技の受けすぎでモウロクしてきたんじゃねえか?」 「ハハハすまん、いま冷蔵庫にデザートがあるから、ムーンと一緒に食べて待っててくれ。今から準備するから結構かかりそうなんだ。」 「手伝いましょうか?」 「いや!いい!大丈夫だ!!ぼくにしか触れないものだらけだからさ。とにかくふたりは待っててくれ!」 そう言いながら、ふたりを部屋に残してドタバタと階段を降りていく。 さて…。 研究室のモニターに置き去りにしてきたふたりの姿が映し出される。 ムーン、サン、すまん…!しかし、我ながら酷い三文芝居だった…。

15 21/07/23(金)23:11:28 No.826749062

バラエティなのでよく見かける隠し撮り中継、普通仕掛け人は楽しいんだろうが、こっちはこれっぽっちも楽しくない。罪悪感もそうだが何より薄氷の上でタップダンスを踊るヒトカゲを見ているかのような緊張感が凄まじい。 大体あいつはただでさえデリカシーがなくて発言に棘がある失言チャンピオンなんだ。何かやらかすとしたら絶対あいつだ!ということで、ひとまず二人きりの時の様子を観察して、それをもとに今後の対策を練っていこうと考えた。さて、モニター上に映る彼等の様子は…… 「「……。」」 冷蔵庫から出してきたデザートを黙々と食べるふたり。 表情から察するに、ムーンの方は恥ずかしがっているという訳ではなく、会話がないのも特に気にしていない様子だ。つまり意識してないといえるが、気の置けない仲ともいえる。 一方のサンは…デザートを食べつつもその視線をムーンのスカート付近に注いでいた。 お前なあ、露骨すぎるぞ!いやまあそういう年頃だとは重々承知だがしかし…。

16 21/07/23(金)23:11:52 No.826749363

「…それ。」 先に食べ終わったサンが口を開く。 その視線の先には、スカート…ではなく純白の帽子があった。それは、サンが選んだプレゼントに他ならない。 「使い心地はどうだい?」 「最近本当に暑くなってきたから大活躍よ。まだまだこの気候に慣れきってないから、おかげさまで毎日凄く助けられてるわ。」 サンの問いかけに、彼女はごちそうさまをしながら彼への感謝の意を述べる。 「そいつは良かった、へへ。」 照れくさそうに笑うサン。 ふむ。サンのやつ思ったより自然体で話せているな?再会初日は相当テンパってみえたが流石に慣れてきたか。 「しかしよお、お客さんも忙しいだろうにどうして博士のとこにそんな通ってんだい?」 「そうね。『技の研究』は専門外だけど、技の特性を知ることは薬を調合するうえでも重要だし、後学のためにもってとこかしら。」 ムーンの返答を理解出来ていないのか、サンは「う…ん?」と首をかしげる。

17 21/07/23(金)23:12:07 No.826749529

「それに、運び屋さんほどじゃないけど、博士も生身でわざを受けてるから怪我が絶えないし…。家の怪我はわたしの守備範囲外だからやってないけどね。」 所々補修してある研究所を眺めながら苦笑するムーン。いつも手当てしてもらってすまん…。 「………。」 ぼくがムーンに手当をしてもらっていることを聞いた途端、サンの表情に陰りが出始めた。…んん? 「…楽しいかい?」 「ええ、やっぱり知識が増えていくことは楽しい。博士も色々気を遣ってくださるし、今日だってデザート用意してくれたりとか。美味しかったね。」 楽しそうに語ってくれるムーンをみて、本当に好きでやってくれているんだな…と少し安堵する。対してサンは 「…へー。」 明らかに不貞腐れた態度をとり始めていた。 オイオイちょっと待て、ぼくは妻帯者だぞ。

18 21/07/23(金)23:12:41 No.826749836

「…運び屋さん、なにか怒ってる?」 「?いや、別に。」 異変に気付くムーンと、無自覚なサン。イカン…胃がキリキリしてくる。 「……もしかして、博士の相棒枠をとられたって拗ねてる?」 「はあ!?」 惜しい!けど相手が違う!! 「大丈夫よ。博士、あなたのこととても大事に思っているから。この間だって、運び屋さんとの昔話を楽しそうに語ってたわよ。」 「…そうかい。」 なんだか複雑そうな表情を浮かべつつも、少し気恥ずかしそうなサン。その一部始終を眺めているぼくはもっと恥ずかしいし罪悪感でいっぱいだ。 しかし、こいつ結構ヤキモチ焼きなんだな。まさかぼくにまでその矛先が向くなんて……いや、ぼくも人のことは言えないか。 自分の中に僅かに燻ぶる感情から、目を背けることはできない。 情けない話だが…正直に言うと、ぼくはムーンに対して少し嫉妬してしまっている。

19 21/07/23(金)23:13:23 No.826750255

最初にあいつと出会った時、何故1億円を貯金しているのか尋ねても教えてはくれなかった。 だけどその時は敢えて深掘りはしなかった。交流していく中で、信頼関係を築いていければそのうち話してくれるだろうと思っていたから。 だが、あいつがぼくには結局見せなかった本心を、彼女はいとも容易くこじ開けてしまった。 どうして自分は出来なかったのか、彼女は出来てしまったのか。その答えを考えれば考えるほど少しやるせない気持ちになっていく。 「…ぼくもガキだなあ。」

20 21/07/23(金)23:13:40 No.826750414

「運び屋さん、今日はもう仕事終わりなの?」 「おん?……!?あああああしまったぁ!!!」 ムーンの問いかけに、ソファでくつろいでいたサンが急に焦り出す。 「今日はお届け物があと三件残ってんだ!博士―!!まだかよ!!!」 「すまんすまん!これを頼む。」 どうやらタイムリミットのようだ。…今日の埋め合わせはその内するよ。 荷物を渡すと一目散に出て行くサン。 「相変わらず世話しないですね。」 飲み物を口にしながら、ムーンはやれやれという様子であいつを見送る。 「そういえば久々にサンと再会して、あいつ何か変わったかな?」 あいつのことについて、一石投じてみる。 「…ちょっと余所余所しいところがあるというか、どこか壁があるような…そんな感じを受ける時があります。」 あいつの感情の変化は、ムーンからみるとそのように受け取られていたらしい。

21 21/07/23(金)23:13:51 No.826750524

「具体的にはどんな時に?」 「そうですね…話をしているときも視線が合わないとか。前はもっと見つめてくる感じだったのに…。」 「見つめて…。」 「……(はッ)いやその!ただこう、真っ直ぐな感情を当ててくる人だと感じてたって意味で…。」 少し慌てながら否定するムーン。 「心配かい?」 「別に心配とかは…。ただ、理由が分からないので、ちょっとモヤモヤします。」 あいつにばかり気をとられていたが、彼女もまた、否応なしに変化をし始めた関係性に、少しずつ気付き始めているらしい。ただし、その理由が何かは分からずに思い悩んでいる。 その時ぼくは思い出した。いくら大人びていても、彼女もまたサンと同じく成長期の子どもだってことを。 まあ…あいつがそんな感情を抱くなんて、例え気付いても信じられないわな。少し彼女に同情する。

22 21/07/23(金)23:14:19 No.826750830

「本人に聞いてみないと分からないけど、決して悪い理由じゃないはずだよ。」 どこか不安げな表情を浮かべる彼女を少しだけケアするために、あくまで事実だけを伝えよう。 「あいつは君のことをとても大切に思っているからね。」 ぼくがちょっと嫉妬してしまうくらいにね。 「そう…でしょうか。」 「ああ。」 ぼくは断言する。

23 21/07/23(金)23:14:29 No.826750916

4. 夕日が水平線の彼方に沈み始める頃、ぼくは鍋を抱えてあいつの家を訪ねた。 「博士じゃねえか?どうした?」 「今日は色々迷惑かけたからな。お詫びに夕食を作ってきたぞ。」 「本当か!オレっち腹ペコだから早速食おうぜ。」 男メシをふたりでつつきながら、サンにも投げかけてみる。 「今日見て思ったが、ムーンの前だとなんだか緊張してるのか?」 「えっ?…まあそう、かもしれねえ。」 ギクっとしつつも、ぼくの指摘を否定せずに受け入れる。 「なにかあったのか?」 「………。」 答えたくないのか、答えが見つからないのか、必死に言葉を探している様子。 ムーンから聞いたことは、まだ伝えないでおこう。

24 21/07/23(金)23:14:39 No.826751005

「あと、ひとつ男として忠告してやるが、あんまり女性の身体をジロジロ眺めるな。」 「えっ!?そ、そんなに見てたかオレっち…?」 「視線が一か所で固定されてたぞ。」 「あぅ…。実は…前に膝枕してもらったときにさ、凄く心地よかったから、お客さんみてるともう一回してもらえねえかなってつい考えちまって…。」 想定斜め上の回答が返ってきて、返す言葉を失ってしまった。 なんというか、お前たち距離感近いな?? その年で変な性癖に目覚めないと良いが……。 ぼくが返答に窮している間に、サンは何か意を決したようにぼくを真っ直ぐ見つめて語り始めた。

25 21/07/23(金)23:14:52 No.826751140

「あとさ…お客さんから、オレっち達の関係はこれから考えれば良いって言われたんだ。それもあって、お客さんに会いたいのかもしんねえ。」 関係についてはこれから…か。そう言いつつも、彼女は前と異なるサンの態度に少し困惑してしまっているわけだ。 「それで、お前はどうなりたいんだ?」 ぼくの問いかけに、サンは自信なさげに視線を落とす。 「…まだよく分からねえ。」 変化の過程と言うのは、不安が常に付きまとう。ましてや、そのゴールが明確でなければ。 島を買い戻す、ポケリゾート建設という明確な到達点が設定されている目標に比べて、曖昧なまま漠然と変わっていく自己の感情と関係性に、サンは困惑しているのだろう。いや、もしかしたら薄々自身の求めているものの正体に気付いているのかもしれない。 だが…今はきっと、その正体を直視することが出来ない。だからこうしてはぐらかす。 なぜなら、認めた瞬間、関係性はもはや元に戻ることができなくなるから。

26 21/07/23(金)23:15:03 No.826751215

…曾祖父のもとに遊びに来た先でその死を知らされ、島を失い、取り戻すために必死に努力した5年間の目標は一度無に帰した。いくらサンが強い心を持っているといっても、それは心の傷として不覚刻まれているはずだ。 あいつは、目標や大切なものを失うことの辛さや恐ろしさを、あの歳で何度も経験してきた。だからこそ、一歩踏みだす勇気が持てないのかもしれない。 だが… 「ムーンを、傷つけたいか?苦しめたいか?」 「んな訳ねえだろ!あに言ってんだよ!!」 ぼくの問いかけを激昂して否定する。 「その気持ち、ゼッタイに忘れるなよ。」 自分が傷つくのを恐れ、逃げ続ければ、結果として相手に災禍が降り注ぐ。 大切なものがあるなら、自分が傷つくことを恐れてはいけない。

27 21/07/23(金)23:15:16 No.826751325

食べ終わった食器を洗い終えた後、帰り際にサンへひとつ伝えておくことを思い出した。 「あ、そうだ。もし困ったことがあれば、ぼくに相談しろよ。いつでも聞いてやるから。」 「あん?」 「ああ、勿論無料(ただ)だぜ?」 怪訝な顔で首をかしげるあいつに、ぼくは笑いながら答えた。 「ダチだからな。」 もしも、前に進む勇気がなくなったときは、周りを見渡して欲しい。 少なくとも、ぼくが横にいるから。 つづく

28 <a href="mailto:s">21/07/23(金)23:15:30</a> [s] No.826751444

以上です

29 21/07/23(金)23:16:15 No.826751849

お疲れ様です ダイススレでもククイ博士に焦点当てたのなかったからすっごく新鮮…

30 <a href="mailto:s">21/07/23(金)23:24:15</a> [s] No.826756134

挿絵です 文中で句点を使うようになったのは今回のを書くためだったりします

31 21/07/23(金)23:27:59 No.826758463

>1627050255662.png 博士の顔がなんか思わせぶりで良い…

32 <a href="mailto:s">21/07/23(金)23:30:48</a> [s] No.826759904

ゲームやアニポケと比べてポケスペのククイ博士は若干影が薄いというか後半フェードアウト状態になってます ただサンと馴染みのダチだったりふたりの保護者枠だったりとポジション自体は美味しいのでUSにふたりが消えて以降はどんなことを思ったのだろうかというのが執筆動機です こんなジメジメしてないだろうとも思うのですがカラッとした作風は裏日本育ちの自分には書けんのです(金沢出身の泉鏡花作品を同郷の徳田秋声が「カラッとしてるようでやっぱ根本はジメっとしてるよね」と評してるので割と全時代的共通見解なのかもしれません)

33 21/07/23(金)23:32:56 No.826761055

そういえば地元雪が多いんだったか

34 21/07/23(金)23:33:23 No.826761361

>それは心の傷として不覚刻まれているはずだ。 ここ深くの誤字でしょうか

35 <a href="mailto:s">21/07/23(金)23:36:00</a> [s] No.826762855

挿絵です >>それは心の傷として不覚刻まれているはずだ。 >ここ深くの誤字でしょうか oh…ご指摘ありがとうございます まさに不覚!

36 21/07/23(金)23:36:46 No.826763228

>>それは心の傷として不覚刻まれているはずだ。 >ここ深くの誤字でしょうか ここ >>それは心の傷として不覚にも深く刻まれているはずだ。 って見えちゃった…オイ恥ずかしか!

37 21/07/23(金)23:37:55 No.826763891

>1627050960242.png 性に目覚めたサン見てると安心する

38 <a href="mailto:s">21/07/23(金)23:40:52</a> [s] No.826765758

>>>それは心の傷として不覚にも深く刻まれているはずだ。 >って見えちゃった…オイ恥ずかしか! 「」どん!!

39 <a href="mailto:s">21/07/23(金)23:51:52</a> [s] No.826772050

挿絵です 次回はサンの自覚をテーマにしたお話予定

40 21/07/23(金)23:53:16 No.826772608

>1627051912332.png いい笑顔してるな…

41 <a href="mailto:s">21/07/24(土)00:02:56</a> [s] No.826776533

挿絵(ラスト)です

↑Top