ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/07/21(水)20:54:15 No.825906518
休日の早朝。どこまでも青空が続いていて、雲ひとつない快晴です。 私は小走りでトレセン学園の正門をくぐります。空からは早くもギラギラと太陽の光が降り注ぎ、ウッカリしていると髪の毛やシッポがジリジリ焦げだしそうな暑さです。 シニア級の夏合宿も、もうすぐですね! 私は両腕で抱えたダンボール箱を落とさないよう、ヒトケのない学園内を慎重に走ります。 角を曲がって校舎の入り口前まで来ると、先ほどまでの日なたと違って建物全体が日陰で覆われており、とてもヒンヤリとしています。 フウ、と私は小走りを終えて一息つき頭上を見上げます。視線の先にはトレーナーさんのお部屋の窓。 窓は換気のためか開放されているようです。トレーナーさんがお部屋にいる。私は自然と笑顔になり、校舎へと入っていきました。
1 21/07/21(水)20:54:36 No.825906651
トレーナー室のドアも換気のためか開放されていました。私はお部屋をヒョコっと覗くと、中に居たトレーナーさんと目が合います。 「トレーナーさん!おはようございます!!」 「おお…早いな。おはよう」 「ハイッ!これがありましたので!」 お部屋に入り、両手に抱えていた段ボール箱をトレーナーさんの方へ突き出します。 「なんだそれ、ダンボール箱?」 「ハイッ!正解ですッ!ダンボール箱です!いま中身をお見せしますね!!」 段ボール箱を床に置いて、封をしていたガムテープをバリバリと勢いよく剥がすと中には緩衝材と木箱。最後に木箱の梱包も解いて目当てのものを取り出しました。 「スイカですッ!トレーナーさん!」
2 21/07/21(水)20:55:04 No.825906873
黒と緑の縞模様がキレイな、ツヤのあるスイカを両手で抱えてトレーナーさんにお見せしました。トレーナーさんは、おお。と声を上げます。 「母上と父上が送ってくださったのです!トレーナーさんにもぜひお裾分けを、と!」 「そりゃわざわざありがとう。ご両親にも宜しく」 「ええ!トレーナーさんがそれはもう大層感激した様子で差し入れに喜んでおりましたと、私からも伝えておきます!このスイカ、トレーニングの後で一緒に食べませんか!」 …オヤ?何だか苦笑いをしているトレーナーさん。はて、トレーナーさんスイカはお嫌いだったでしょうか。ムムム?そんなはずは? 「ほどほどによろしく……西瓜は喜んで頂くよ。俺が冷水で冷やしておこうか。学園なら氷もたくさんあるから」 「食べていただけますか!私、安心致しました!では、お渡しします!」 トレーナーさんは私が差し出したスイカを受け取ると、外を走ってきた私を気づかい、冷たい麦茶をマグカップに入れてくださいました。ありがとうございます!ゴクゴク!はー!オイシイですね!
3 21/07/21(水)20:55:25 No.825907019
「そういえばトレーナーさん!今日のトレーニングは予定通りできるのでしょうか!」 麦茶を飲み終えた私はトレーナーさんに尋ねます。 「例の話ね。ああ、予定通りだよ」 オオッ!ついにこの日が来たのですね!私がトレーナーさんにお願いした、1800mのタイム計測日が! … 休日の芝コース。平日と違い、他のウマ娘たちの姿は見えません。とてもがらんとしているせいか、コース幅もいつもより広く感じます。 小1時間程のアップを済ませた私の体調は……、絶好調です!!パカラ!パカラ!
4 21/07/21(水)20:55:47 No.825907178
「ぐるっと見てきたけど、学園と調整した通り他のウマ娘はコース上にいない。計測も各ハロンの地点で自動に行われる。最後に距離……。1600でもいいけど」 「1800で行きますッ!フッフッフ、2000でも2400でも構いませんよ!なんと言っても私、優等生ですから!」 「……1800にしよう。あと今日の結果に関わらず夏のレース日程は以前決めた通りで……」 「3600m、ですね!」 トレーナーさんは言葉を止め、私の顔を正面から見据えました。私はニコリと笑い、言葉を続けます。 「ええ、モチロン!分かっておりますとも!」 「……あ、ああ。今月の函館スプリントS、CBC賞、セントウルSで計3600mを……制覇。それがこの夏の目標だ」 「ハイッ!」 「うん。……じゃあ、俺は号砲と同時にゴール地点へ移動するよ。くれぐれも無理しないように」 「分かりました!号砲、よろしくお願いしますッ!」 「ああ。行くよ」
5 21/07/21(水)20:56:20 No.825907398
―号砲 長らく待ちかねたその合図を聞くと同時に、前傾姿勢で勢いよくスタートを切ります。芝を蹴り出す脚はこれ以上ないほどの反応で、私の体はアッという間にトップスピードに達します。 ―最初のコーナー。直線。そしてコーナー 余力は十分あります!スピードを保ったまま……!バクシン!バクシン!バクシィィィン!!! ―視線の先に600のハロン棒 あそこまで行けばラスト600m。フウ、まだまだですッ!バクシン! ―残り600m 1200mのスプリントであればここがゴール地点…あと600… ―400m 呼吸が辛くなってきました。あと、400……。遥か先のゴール地点にトレーナーさんの姿が見えました。 ……トレーナーさん…
6 21/07/21(水)20:56:41 No.825907523
―200m …トレーナーさんは私を信じてくれました。母上と父上以外誰も可能性を信じてくれなかった私を、2年以上ずっと信じ続け待ってくれています。 そして、私のための嘘をついてくれています。 あと少し待っていてください。いつか走りきってみせます。2000mも。2500mも。 なぜなら、私は皆さんの模範であり続ける学級委員長ですから。そして、優しいトレーナーさんにこれ以上の嘘をつかせたくありませんから。 だから、だから。もう少しだけ私を待っていてください。 あの日、スプリングSで届かなかったこの距離をきちんと走りきることができたら……………たくさん、褒めてください。 トレーナーさんと一緒なら、きっと私は…
7 21/07/21(水)20:57:01 No.825907653
… ――0m 勢いの無くなったその足で、1800mに到達しました。 呼吸がままならず、平衡感覚が狂い、倒れてしまいそうでした。なんとか足を1歩1歩前に出すことで倒れないように。1歩。そしてまた1歩。 ……何かが近づいてくる音。音の方へと顔を向けるとトレーナーさんがラチを越え、私のすぐ目の前まで駆け寄ってきています。 その姿を見て安心した私は倒れこむように体を投げだします。トレーナーさんは崩れる私を体全体で受け止めてくれました。 『すみません。あと100mが、バクシンできませんでした』 そのように言ったつもりが、代わりに聞こえてきたのは獣の息遣いのような呼吸音だけでした。ああ。声が出せません。
8 21/07/21(水)20:57:18 No.825907777
「いいんだ。先に呼吸を整えよう」 私を抱きかかえるトレーナーさんの声がすぐ近くに聞こえます。私は小さく頷く事でトレーナーさんへお返事をします。 「よくあそこで無理せずに止まれたよ。頑張ったな。よくやったよ」 …違うのです。 今日こそは絶対に走りきるつもりでした。 走らなければなりませんでした。 なのに、なのに。私は、あれ以上走る事ができなかったのです。
9 21/07/21(水)20:57:41 No.825907938
しばらくして呼吸を取り戻した私は、保健室に行こうかというトレーナーさんの提案に首を振り、トレーナー室で少しお休みしたいですと答えます。 トレーナーさんは何も言わずに頷くと、トレーナー室まで私をおんぶで連れて行ってくれました。 トレーナー室に着くとトレーナーさんは横長のソファに私を寝かせ、体が冷えないようにとブランケットをかけてくれます。 「あと、何かできる事があるかな」 執務机から椅子を持ってきてソファのすぐ横に座り、心配そうな顔で私の顔を覗き込むトレーナーさん。私はトレーナーさんの手をすっと握り、言いました。 「トレーナーさん」 <これが私の限界なのですか>
10 21/07/21(水)20:58:02 No.825908074
口先まで出かけた言葉は、すぐに飲み込みました。 その言葉の先で起こる事を受け入れる勇気が無かったからです。もしかしたら私は優等生でも学級委員長でもない存在になってしまうかもしれないと思ったからです。 そして、トレーナーさんの口から『そうだ』と告げられるかも知れない。それが何より怖かったのです。私は慌てるようにできる限りの笑顔で言いました。 「その、何でもありません…」 私は胸がいっぱいになってしまい、頭が真っ白になります。 心細さと孤独感から、不安が膨れ上がります。目の前にいるトレーナーさんに対しても、私を見捨てどこか遠くへ離れて行ってしまうのではというような猜疑心を抱きはじめています。 どこにも行きませんよね、トレーナーさん…。声こそ出なかったものの、私は懇願するようにトレーナーさんの手を握りました。 トレーナーさんは私に突然手をぎゅっと掴まれたので驚いたご様子でしたが、素早く手を握り返すと、優しく諭すように私に語りかけました。
11 21/07/21(水)20:58:26 No.825908240
「マイルは過去最速タイムが出ていたよ。マイルGIでも、もう勝ち負けを競うレベルにまで達してる」 「…??マ、マイル…?ですか?」 「ああ。ラップタイムも理想的だ。フォームも最後まで崩れず美しかった。全てが想像以上だったよ。よく頑張ったな。それにこの……」 …マイル。思ってもいない切り口でした。途方に暮れる一方だった私は突然の話にぽかんとしてしまいます。 私への称賛の言葉はまだまだ続きます。トレーナーさんは良かった点をひとつひとつ挙げ熱弁されています。 ふだん褒められ慣れているのに至近距離で手を握りながら聞くトレーナーさんのお言葉が妙に気恥ずかしく全くミミに入りません。頭がぼうっとして全身がムズムズします。 「ピードが……事……学級委員庁があれば……委員長官………」 トレーナーさん、すみません!あの、あのですね!次々とお褒めの言葉を頂き、私自身はとても、ヒジョウに嬉しいのですが、なぜか頭がぽわんぽわんしていてお言葉が頭に入ってこないのです!あとトレーナーさん近いですね!え!?あッ!このままでいいですよ!とても模範的距離間です!
12 21/07/21(水)20:58:56 No.825908424
ややややッ!気づけば私、汗が滝のように!えッ熱中症!?いいえこの通り元気も元気です!3600mも今すぐ走れます!しかし今はトレーナー室なので天井に向かって叫ぶのが模範的ですね!ちょわーっ! もう自分が何を言っているのかも全くわかりませんでした。正面のトレーナーさんを見ている私の目がぐるぐる回りはじめたような気がします。今もしかして全世界中が回転していますか?宇宙が膨張していますか?私の名前はサクラバクシンオーですか?トレーナーさんはいかがお過ごしですか!? トレーナーさんは完全に困惑されています。それは私も同様でした。いよいよトレーナーさんの顔を見ていられなくなり、逃げるように視線を逸らします。 目を逸らした先に。それを見た瞬間、私は瞬時に落着きを取り戻しました。 目の前に、重なり合うようにして二人をつないでいる私達の手がありました。 それは私でありトレーナーさんでした。手を取り合っている二人の姿がそこにありました。 私は思いだします。トレーナーさんは、共に歩み始めた日から私を見続けてくれている、今この瞬間も私に寄り添ってくれていることを。
13 21/07/21(水)20:59:21 No.825908573
心細さと孤独感、そして興奮状態のすべてから解放された気がした私は、ソファに横になっていた上半身を跳ねるように起き上がらせ、トレーナーさんをまっすぐに見ました。 「スイカを食べたいです!トレーナーさんと一緒に!」 …… トレーナーさんが給湯室で切ってくれた半月状のスイカがふたつ、トレーナー室のテーブル上に仲良く並びます。それをトレーナーさんと一緒に食べました。朝から冷やし続けていたスイカはよく冷えています。父上と母上が送ってくださったスイカはとても甘く、みずみずしいスイカでした。 トレーナーさんはスイカを食べる私を笑顔で見ていました。美味しいよと言いスイカを食べるトレーナーさんを、私も嬉しいような、幸せなような気持ちで見つめます。 「はい!私もとってもオイシイと思います!トレーナーさん!」 打ちひしがれていた私の心は、いつの間にか今日の雲ひとつない青空のようにキレイに晴れ渡っていました。
14 21/07/21(水)21:00:07 [s] No.825908883
オワリ すいかを食べる委員長を書きました
15 21/07/21(水)21:00:49 No.825909192
オレ コウイウノ スキ
16 21/07/21(水)21:01:14 No.825909370
夏だね…
17 21/07/21(水)21:02:13 No.825909817
マンゾクシタ カワイイイインチョウアリガトウ
18 21/07/21(水)21:02:42 No.825910072
いいものを見た…
19 21/07/21(水)21:03:40 No.825910530
ジュブナイル的で後味爽やかでとても良い…
20 21/07/21(水)21:03:45 No.825910568
>すいかを食べる委員長を書きました なんかもっとすごいこと起きてなかった!?
21 21/07/21(水)21:06:03 No.825911662
>なんかもっとすごいこと起きてなかった!? はい!瑞々しいスイカでした!
22 21/07/21(水)21:06:12 No.825911759
この委員長官は有マも驀進するな
23 21/07/21(水)21:07:03 [s] No.825912151
ついでに fu180612.txt この前書いた話のをオチ含めあっさりめに書きすぎたので直しましたすいませんこの場で… 手書きのお礼間に合いませんでしたがとても嬉しかったですありがとうございました
24 21/07/21(水)21:08:13 No.825912773
私も美味しいですよ
25 21/07/21(水)21:08:41 No.825913009
>fu180612.txt サクラシットリオー!この雰囲気いいすごく好き
26 21/07/21(水)21:09:27 No.825913409
心の奥底で健気な委員長は私の性癖にあっていますよ…
27 21/07/21(水)21:10:06 No.825913708
通常は1200の速度で1800走ったりはしないだろう…?
28 21/07/21(水)21:10:52 No.825914077
ヒョエ~~~!ヒョッ
29 21/07/21(水)21:11:14 No.825914265
だが学級委員長なら?
30 21/07/21(水)21:12:21 No.825914769
バクシーン!
31 21/07/21(水)21:13:26 No.825915275
バクシンと担当トレはどこまでも互いを高め合う信頼感があるって 確信出来てほっこりできる…
32 21/07/21(水)21:13:59 No.825915537
ちょわーー!
33 21/07/21(水)21:14:31 No.825915754
安易にぴょいしないのが嬉しい日もあるのだ
34 21/07/21(水)21:15:09 No.825916097
これはとても健全な委員長ですね
35 21/07/21(水)21:15:32 No.825916286
>通常は1200の速度で1800走ったりはしないだろう…? 委員長とバクシンは切っても切れない関係だから…
36 21/07/21(水)21:15:39 No.825916346
>学級委員庁があれば……委員長官……… なんて?
37 21/07/21(水)21:15:43 No.825916379
学級委員庁という意味不明な単語から バクトレが普段からありとあらゆる語彙で褒めまくってるのが分かって良い
38 21/07/21(水)21:17:18 No.825917150
夏というシチュの良さが全部ある
39 21/07/21(水)21:17:21 No.825917179
いい...すごくいい物をありがとう...
40 21/07/21(水)21:23:58 No.825920371
>トレーナーさんは完全に困惑されています。それは私も同様でした バクシンしすぎている…
41 21/07/21(水)21:25:44 No.825921265
バグちゃん
42 21/07/21(水)21:28:16 No.825922429
トレーナーも頭バクシンだなさては
43 21/07/21(水)21:29:32 No.825923056
いい話だ…いい話だけど3600がふつうに委員長にバレバレなトレーナーかわうそ…
44 21/07/21(水)21:32:48 No.825924606
学級委員省があれば…委員大臣…
45 21/07/21(水)21:32:49 No.825924607
3600理論は流石にばれるだろそりゃ
46 21/07/21(水)21:35:52 No.825925990
末永く幸せになれ優しい嘘つき共!
47 21/07/21(水)21:37:39 No.825926765
いい…それしか言えない…
48 21/07/21(水)21:37:48 No.825926821
スイカ クウ バクシン ゲンキニナル トレーナー ゲンキニナル バクシン バクシーン
49 21/07/21(水)21:39:23 No.825927502
バクシン エガオ ミル オレ ゲンキ ナル
50 21/07/21(水)21:48:29 No.825931593
>末永く幸せになれ優しい嘘つき共! 本編で嘘つき…❤とかやってるコンビだ 面構えが違う
51 21/07/21(水)21:48:49 No.825931756
しばらくバクシコできなくなりそうなくらい尊かった…
52 21/07/21(水)21:50:39 No.825932585
風景が目に浮かぶ いい文章だぁ
53 21/07/21(水)21:50:49 No.825932682
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
54 21/07/21(水)21:51:24 No.825932962
赤字で絵がきた!?
55 21/07/21(水)21:51:41 No.825933104
>No.825932682 名画きたな…
56 21/07/21(水)21:51:56 No.825933232
バクシンオーがトレーナーさんに騙される話好き
57 21/07/21(水)21:52:15 [s] No.825933399
>1626871849577.png ありがとうございます…ありがとう…