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  • 前半 fu... のスレッド詳細

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    21/07/20(火)23:03:29 No.825631413

    前半 fu178213.txt 後半前回まで fu178216.txt

    1 21/07/20(火)23:03:55 No.825631571

    それから僕はホテルのベッドの上で身動き一つせず過ごした。泡立つ胸を押さえながら、胎児の様に丸まって。どうやら僕の心も彼女と同じく胸に存在していたらしい。浅い眠りの中見た夢では彼女が幸せそうに笑っていた。あの男の隣で。その度目が覚めたが見る夢は変わらなかった。 何度目か分からない覚醒。胃が長時間の未補給に痛覚で訴える様になった頃、ブブ、とホテル備え付けの机の上に放っていたスマートフォンが振動した。起き上がるのも億劫だったが、どうにか起きて立ち上がりスマートフォンを手に取る。表示された時間は彼女と再会してから二十四時間が経過していた。メールが一通、届いていた。 『現在地を知らせろ』

    2 21/07/20(火)23:04:15 No.825631679

    それは恐らく『父さん』からの連絡。このスマートフォンの連絡先を知るのは『父さん』しかいない。僕は一度逡巡し、正直に現在地を打ち込み送信した。 『日本 東京』 返信は直ぐだった。ファイルが添付されたのみのメール。画像ファイルが二つ。テキストファイルが一つ。僕は先に画像ファイルをタップし開いた。映し出されたのは。 久しい『母さん』の顔。 僕は次の画像ファイルをタップする。その指は、無意識に震え出していた。映し出されたのは。 彼女の、『姉さん』の、ウマ娘ライスシャワーの、顔。 任務の、ターゲットの“処理”命令を下すメールだった。

    3 21/07/20(火)23:04:38 No.825631839

    テキストファイルにはターゲットの所在地と行動範囲や必要な物を調達するための東京のコーディネーターの連絡先など、任務に必要な情報が簡潔に記載されていた。指定された決行日は三日後。それまでにターゲットの行動パターンを調べ“処理”計画を組み立てる。組み立てなくてはいけない。僕一人で。 スマートフォンを机に置き僕は両手を机につく。表示される彼女の写真を見つめる。望遠で撮られた制服姿の彼女。僕の知らない日常を過ごす彼女。僕は彼女を“処理”する。殺す。殺さなくてはいけない。僕の手で。 ごぽり。ごぽ。ごぽごぽごぽ。 感情が沸き立つ。沸騰する様に。 顔を上げる。鏡に映った僕は初めてみる表情をしていた。

    4 21/07/20(火)23:04:57 No.825631974

    次の日、日の登る前。僕は『母さん』から調査を開始した。『母さん』は府中市内の市営アパートに一人で住んでいた。今日は平日。早朝の閑静な住宅街は静まりかえっていた。僕は地域住民に怪しまれない様に場所を変えながら『母さん』の部屋を伺う。 始発で出勤するだろう人が駅に向かいはじめてからおよそ一時間後、アパートから『母さん』が出てきた。灰色のパンツスーツ姿にショルダーバッグを肩に掛け、片手にはゴミ袋。ゴミの集積場所にゴミを出す。近所の住民らしき年配の女性と挨拶を交わしている。顔馴染みの様だ。そのまま駅に向かう『母さん』を追い僕も駅に向かう。

    5 21/07/20(火)23:05:16 No.825632093

    電車内では『母さん』は立ったまま動かない。他の乗客の様にスマートフォンを見る事もなくひたすらに一点だけを見つめている。電車の揺れにも全く動じないのが『母さん』らしかった。電車を乗り継ぎ辿り着いたのはオフィス街。その中の一つのビルに『母さん』は入っていった。平凡なオフィスビル。『母さん』の職場なのだろう。 夕刻『母さん』はビルから出てきた。朝と同じ様に電車を乗り継ぎ家のある駅に着いたら『母さん』は駅前の商店街で買い物をした。野菜が数点に肉専門店で精肉を購入した。店員とは顔馴染みの様で、笑う店員に対して真顔の無言で頷いてるだけだったが。買い物を終えた『母さん』は家に戻る。アパートに灯りが灯る。赤く染まる空が黒くなり日付が変わる頃、その灯りは消えた。 『母さん』の行動パターンはテキストファイルに書いてあったものとほぼ一致した。平日なら大きく変わらないだろう。僕は計画を頭の中で組み立てる。『母さん』のタイミングはそう難しくはないだろう。 次は、彼女だ。

    6 21/07/20(火)23:05:33 No.825632199

    テキストファイルによると彼女は基本トレセン学園の敷地内から出る事はあまりなく、トレセン学園の敷地外に出るタイミングはバラバラだ。朝は決まって寮の門を出て真向かいのトレセン学園の門へ入る。ここは論外だ。人目が多過ぎるし待ち伏せるのも目立ち過ぎる。後は午後のトレーニング時間に外でランニングをする時がある。狙うならこのタイミングだが、決行日にタイミング良くランニングを行う確証はない。 僕は一先ず彼女の一日を観察する事にした。

    7 21/07/20(火)23:05:51 No.825632317

    朝から彼女の姿を見る事は叶わなかった。トレセン学園の警備は厚く、中を伺う事はほぼ不可能だ。塀に囲まれ見通しが良いトレセン学園の周囲にいつまでも滞在できる訳もなく、僕は学園近くで場所を変えながら待機するしかなかった。 夕刻、トレセン学園の生徒がトレーニングを終え寮に帰る頃。僕はトレセン学園近くの喫茶店で待機していた。通り沿いの席を確保し本を読みながらコーヒーを飲む。あわよくば彼女が彼女がランニングから戻ったり外出で通りがからないかと。今日彼女を見かけたとしても明日の計画は不確定要素が多い賭けになる。そうだとしても僕は彼女の姿を一目見たかった。明日を迎える前に。

    8 21/07/20(火)23:06:08 No.825632427

    夕陽が沈み始め店内の電気が明るくなる。午前中に古本屋で日本で人気だったという小説は佳境を迎えていた。大病を患い日毎に衰弱していくヒロイン。主人公はかつて自分の欲のために「病気の友人が居る」と嘘をついた自分のせいだと悩んだ果てに、ヒロインがかつて行きたくても行けなかった海外に連れて行くため、豪雨の中ヒロインを入院中の病院から連れ出し空港を目指していた。計画性のない突発的な犯行。不安を煽る豪雨。二人だけの逃避行。待機中の手慰み程度に購入した小説で展開に目新しさはないが、日本語での情景描写は他言語にはない美しさを感じる。日本文学に興味が湧き始めていた。喉の渇きを覚えて小説から目線を外しコーヒーカップに手を伸ばした時。 彼女が、ライスシャワーが店の前の通りの向こうを歩いているのが見えた。

    9 21/07/20(火)23:06:26 No.825632541

    飲み残しのコーヒーを置いて急いで会計を終わらせて後を追った。彼女は友達であろうウマ娘と共に歩いていた。彼女より背が大きい栗毛色の長い髪。恐らくネットニュースで散々騒がれていたミホノブルボンの様だ。ネットニュースでは対立を煽る様なものが大多数だったが当の本人達は揃って出掛けるほど仲が良いらしい。彼女達は駅の方に向かっている。反対側の歩道からそれを追った。 彼女達は駅前の大型ショッピングモールに入っていった。中で彼女達はコーヒーショップでドリンクを買い、雑貨屋を冷やかし、ウマ娘用のスポーツ店で幾つか商品を買った様だった。彼女達は常に隣り合い商品を見ては話をし、ころころと表情を変えていた。彼女は驚き、困り、笑っていた。国では僕との時間か結婚式でしか見せなかった笑顔。僕だけが知っていた彼女の笑顔。日本に来た彼女は普通の女の子の様に当たり前に笑える様になったのだ。胸にぎり、と締めつけられた様な痛みが走り、僕は胸を押さえた。

    10 21/07/20(火)23:06:46 No.825632660

    僕は通りの路地裏に潜み、彼女達を待った。胸の痛みは消えず呼吸も浅くなり今にも喘ぎそうなほどだった。 「……面白かったねぇ。雑貨屋さん」 「あれにはびっくりしました。まさかあんな事になるなんて」 「びっくりしたけど、思わずライス、笑っちゃったよ。ふふ」 「笑わないで下さい。ライスさん」 「ふふ、ごめんなさい、思い出したら、ふふふ」 彼女達の声が聞こえてきた。学園への帰り道でも彼女達は笑い合っていた。その姿は普通に生きる女の子達にしか見えなかった。 「『姉さん』」 「……ッ!?」 僕は路地裏から彼女だけが分かる国の言葉で彼女を呼んだ。彼女は反応した。それを確認して僕は通り過ぎた彼女達の後ろを通り、彼女達が歩いて来た方向へ歩く。彼女にはそれだけで十分分かる。

    11 21/07/20(火)23:07:05 No.825632826

    「……ライスさん、どうかしましたか?」 「……ブルボンさん、ごめん。ライス、忘れ物しちゃったみたい」 「忘れ物?持参した物や購入した物は、忘れていない筈ですが」 「……ううん、買い忘れ。ライス、戻って買って来るよ」 「買い忘れ、ですか。なら二人で戻って」 「ううん、もう時間もないし、ライス一人で大丈夫だよ。ブルボンさんは、先に戻ってて」 「ですが、ライスさん」 「ごめんね、ブルボンさん。行って来るね……!」 「ライスさん!」

    12 21/07/20(火)23:07:24 No.825632949

    「……アナタッ!」 少し先の角を曲がった僕に、彼女は直ぐに追い付いた。ゆっくりと僕はフードを外しながら振り返る。息を切らす彼女。 「……会いに、来た」 「どうして、今……」 「聞きたい、キミの、六年を」 そうして彼女は路地裏で語り始めた。彼女の六年間を。

    13 21/07/20(火)23:07:43 No.825633069

    曰く、『ライスシャワー』は与えられた戸籍に書かれていた名前だと。日本に来て小学校に編入し、周囲との価値観の差に愕然としたと。人は殺してはいけないのだと。けど日本に訪れてからは“処理”任務は全く無かったと。人を殺した罪を自覚してから不幸体質が始まったと。そして中学で走りを認められトレセン学園に高等部から編入したと。 そしてお兄様、トレーナーとの出会い。 不幸体質で結果を出せない自分を見出してくれたと。お兄様と呼ぶのは彼があの青いバラの絵本に出てくる登場人物の様で呼び始めたと。トゥインクルシリーズを戦う中で自分を一番に考え支えてくれたと。はっきりとは言わなかったけど自分の不幸体質の原因である罪への懺悔も受け入れてくれて、一生懸命生きて人々を笑顔にする事で償えると教えてくれたと。

    14 21/07/20(火)23:08:00 No.825633161

    時折僕からの質問を交えながら、彼女は六年間を話し終えた。喋り疲れたのか彼女は溜息を吐いた。 「ありがとう、話してくれて」 「……アナタの、六年間は……?」 「……ずっと、変わらない日々だったよ」 僕は腰掛けていたエアコンの室外機から降りて路地裏の奥に歩き始める。聞きたい事は聞けた。十分だ。 「アナタッ!」 背中に彼女の声が掛かる。不安を乗せたその声色は。 「……また、会えるよね……?」 僕は、答えず路地裏の闇を進んだ。

    15 21/07/20(火)23:08:19 No.825633279

    彼女は今間違いなく幸せだ。あんなに笑い合える友達も居て、彼女を一番に支えてくれる人も居て、レースで沢山の人に幸せを与え、祝福されている。彼女を中心に笑い合う沢山の人々の輪。僕はその外側でナイフを銃を手に、泥と硝煙と返り血に塗れて立っている。僕は輪の中に入れない。だって彼女が生きる此処は、人口飽和で、潔癖で、平和な日本なのだから。 僕はキャップの上からフードを被り路地裏を進む。もう胸の痛みは無くなっていた。 ホテルに着く前に『父さん』からメールがあった。メールには一体何処から入手したのか、彼女の明日のスケジュールがテキストファイルで添付されていた。計画の不確定要素は、無くなった。

    16 21/07/20(火)23:08:48 No.825633473

    ホテルで僕は国から携えてきたリュックサックの各所から隠された部品を取り出す。分解し手持ちと輸送で分けて密輸したグロック19の部品。それらをホテル備え付けの机の上に並べ、順番に手に取り組み立てていく。 スライドにエクストラクターをピンと共に組み込む。プランジャーとストライカーを入れる。 僕と彼女はかつて同じ立場だった。ストリートチルドレンで泥を啜って生き長らえ、訓練で大人達に兵士として調教され、“家族”として過ごし、ターゲットを“処理”した。沢山の人を殺した。 ストライカーを押し込みながら後部の蓋を閉める。バレルとスプリングを組み入れる。ピンを下げながらフレームにスライドを滑らし入れる。 僕と彼女はお互いが唯一無二の存在だった。だから家族になった。あの生活の中で、お互いの存在だけが救いだったから。今は、違う。 マガジンを装填する。装填数は十五発。スライドを引いてイジェクションポートから弾が装填されたのを確認する。何度も繰り返した組立はあっという間に終わった。

    17 21/07/20(火)23:09:06 No.825633604

    ごとり、と部品群から銃として組み上がったグロック19をテーブルに置く。その隣にホルスターに入ったコンバットナイフを並べる。武器は揃った。 スマートフォンに映る彼女の画像を見る。望遠で撮られた制服姿の彼女。今日見て分かった、変化に富んだ彼女の顔が変わる瞬間の顔だ。驚きに目を見開く前の様な、慌てた様に困った顔をする前の様な、面白さに満開の花みたく笑う前の様な。 僕は、僕は。

    18 21/07/20(火)23:09:25 No.825633726

    任務もなしになぜ6年も…『母さん』が連れて逃げたのか?

    19 21/07/20(火)23:09:35 No.825633794

    → √A 「彼女が許せない」   √B 「彼女の幸せを願う」

    20 21/07/20(火)23:10:02 No.825634015

    僕は、彼女が許せない。 同じ境遇で、同じく人を殺したのに、日の当たる場所で、家族と友人と沢山の人に囲まれ、祝福を受ける彼女が。 家族の僕を忘れ、新たな家族を作った彼女は。 罪を、罰を、受けるべきだ。 僕のこの手で。 僕が、全てを壊す。

    21 21/07/20(火)23:10:22 No.825634189

    夕刻の市営アパート群は昨日と変わらず平穏だった。遠く公園で遊ぶ子供達の笑い声が響き、各々の家からは夕食の匂いが漂って来る。時折通りすがる人も帰宅への安堵に表情も柔らかだ。気を張り詰めている僕だけが異物だった。 『母さん』のアパートに辿り着いた僕はベランダ側に回る。『母さん』の部屋は三階、角部屋。一階ベランダの短辺側の手摺りに手を掛けて登る。排水パイプも利用して二階、三階と登っていく。日本の住宅は構造が一律化しているので楽に登りやすい。 『母さん』の部屋のベランダに着いた僕は機器を取り出す。コーディネーターから取り寄せたガラスカッター。引き戸の鍵部のみを丸くカット。準備は整った。後は外からも中からも死角になる位置で待機する。

    22 21/07/20(火)23:10:40 No.825634339

    十数分後、『母さん』が帰宅した音がした。時間通り。荷物を置き、着替え、買ってきた食材を袋から出す。調査通りの行動。そして『母さん』はキッチンに立つ。ベランダに背を向けて。僕は行動を開始する。カットした穴から手を伸ばしロックを解除する。引き戸を音が出ないほどゆっくりと開ける。『母さん』の包丁音を聴きながら僕は室内に滑り込んだ。 キッチンに立ち包丁を振るう『母さん』の後ろ姿。シンプルなカットソーに細身のジーンズを履き紺のエプロンを付けている。 その背中目掛けて僕はコンバットナイフを手に音も無く突進した。踏み込んだ先で床が軋む。母さんのウマ耳が瞬時に此方を向き、半身を捻り振り返った『母さん』に構わず僕はナイフを突き出した。ナイフは『母さん』の右脇腹に刺さった。致命傷にはならない。即座に『母さん』が右手に握る包丁が眼前に向かってくる。僕は首を逸らし回避するが頬が浅く切られた。

    23 21/07/20(火)23:10:58 No.825634462

    ナイフを脇腹から抜いて体勢を立て直す。鳩尾、心臓、頸動脈。低い体勢から致命傷を与える箇所を狙おうとして。僕は即座に回避行動を取った。ボッ、と僕の数センチ横で野球のバットを素振りした様な音がした。『母さん』の蹴り上げた右脚だった。休む間もなく左の回し蹴り。首を刈る軌道のその蹴りを僕は後ろに跳び回避する。『母さん』の回し蹴りがヒットしたダイニングテーブルは吹っ飛び、派手な音を立てて壁と衝突した。 ウマ娘の脚力。その威力は凄まじく、蹴りで人が殺せる、との『父さん』の教えは間違いではない。僕は残されたダイニングチェアの後ろに回り込み、それを『母さん』目掛けて放った。『母さん』はそれを振り上げてた左脚で蹴り止める。僕はそこ目掛けて母さんに突進した。椅子を蹴り止めた無理な体勢から蹴りはない。そう思っていたのだが。『母さん』は空中で身を捻り、振り抜いた右脚が僕の左脇腹を薙ぎ払った。

    24 21/07/20(火)23:11:16 No.825634589

    無理な体勢からの蹴りで殺人的威力はなかったが、それでも僕を蹴り飛ばすだけの威力はあった。僕は後ろに吹き飛び、障子戸を突き破って隣室に飛び込んだ。 「ッ、ガ、ぁ」 打ちつけた右半身も痛いが、蹴られた脇腹が肋骨が折れたのか酷く重く痛む。痛みに歪む視界。それでも敵を見据えなければ死んでしまう。蹴られた勢いで脱げてしまったフードとキャップが無くなり広くなった視界で『母さん』を睨めば。 トドメを刺そうと近寄ってきていた『母さん』が静止していた。 目は見開き、口を無意識に開いた顔。驚愕、困惑。“家族”生活では一度も見なかった『母さん』の初めての表情だった。

    25 21/07/20(火)23:11:36 No.825634746

    僕は痛みを押し殺し立ち上がり、『母さん』と向かい合う。相対した『母さん』は、見下ろすほど小さかった。『母さん』は動かない。僕は『母さん』の胸に飛び込んだ。 飛び込む寸前に『母さん』の右手から包丁が落ちたのが見えた。 呆気なく僕のナイフは『母さん』の左胸に沈んだ。僕はナイフの柄を捻り、トドメを刺す。『母さん』の身体から力が抜けていく。僕に凭れ掛かる様に倒れ込む『母さん』。終わった。そう思った時。 「ごめん、なさい」 声がした。初めて聞く声。背中に感じる感触。ぐっと引き寄せられる力を感じた後、力は直ぐに抜けて『母さん』は僕の足元にずるずると倒れ伏した。 床に赤い水溜りが広がる。窓から差し込む夕陽が部屋を赤く染める。遠く聞こえる子供の笑い声。漂う夕食の匂い。倒れ伏した『母さん』はもう動かない。任務は完了した。次に早く行かなくてはならない。でも、僕はしばらくそこから動く事が出来なかった。 もう、戻れない。

    26 21/07/20(火)23:12:17 No.825635059

    夜の闇の中、トレセン学園の門の前にヘッドライトを灯したタクシーが停まる。後部ドアが開き降り立つのはスーツ姿の男性と、紫色のドレスを着た少女。二人は降りてお互いに微笑みを返して、トレセン学園内へ足を向ける。 狙いは、そこだった。 背後から早足に近付く。少女のウマ耳が動く。 「お兄様っ!!」 振り向く少女が隣の男性を突き飛ばす。気付かれたがもう遅い。僕はナイフを紫色のドレスに突き立てた。

    27 21/07/20(火)23:12:41 No.825635223

    胸の青いバラの隣に突き立った無機質なコンバットナイフ。柄を捻ると鮮血がじわりと染み出し、ドレスの色を紫から黒に変える。 横で突き飛ばされ尻餅をついたスーツの男が顔面蒼白に此方を見ている。門の警備員は何が起こったか理解していない。 街灯は橙色に灯り、暖かく僕と彼女を照らし出していた。 ずるり、とナイフを引き抜く。溢れ落ちた鮮血がアスファルトにぽたぽた、と染みを作った。 彼女は傷を触り、手に付いた鮮血を見て、そして僕を見た。驚いたような、泣き出しそうな、彼女の顔。僕はただそれを見下ろしていた。 そして、彼女は。

    28 21/07/20(火)23:13:00 No.825635361

    僕を抱き締めた。 「ごめん、ね」 ひとりぼっちにして。 そして糸が切れた人形の様に僕の足元に倒れた。 僕はそれをただ眺めて。 自分の喉をナイフで掻き切った。

    29 21/07/20(火)23:13:21 No.825635509

    『……昨夜、府中市で母子二人が殺害される事件がありました。事件があったのは東京都府中市の市営団地内と学園正面の路上で、犯人は母親の住む市営団地に侵入して母親を殺害したのち、付近の学園に帰宅途中の女子生徒を路上で刃物にて刺し、女子生徒は病院に搬送されましたがその後死亡が確認されました。犯人の男性はその場で自殺しており、警察は男性の女子生徒へのストーカー行為があったかなどを調査しています……』

    30 21/07/20(火)23:13:47 No.825635669

    √A End Roll FGG/平沢進 https://youtu.be/9IyqmcA4d7 BERSERK Forces 1.5/平沢進 https://youtu.be/NFYTTDVmOTQ

    31 21/07/20(火)23:14:21 No.825635907

    √A終わり。 元同級生と出会うウマ娘から着想を得た暗殺者ライスシャワーです。ついったで知ったのですがアニメライスシャワー回にも渋谷駅が出てくるのですが、関係性はライスシャワー没後に渋谷のプラザエクウスでライスシャワー展があったみたいです。嬉しい偶然です。

    32 21/07/20(火)23:14:44 No.825636066

    これは...謎が明かされないルート!

    33 21/07/20(火)23:15:27 No.825636386

    書き込みをした人によって削除されました

    34 21/07/20(火)23:15:28 No.825636389

    書き込みをした人によって削除されました

    35 21/07/20(火)23:22:37 No.825639080

    そもそも日本に何故任務で送ったのか分からんね 産業スパイというわけでもあるまい

    36 21/07/20(火)23:22:46 No.825639140

    次回√Bは二日後の同じ時間くらいに。

    37 21/07/20(火)23:47:03 No.825649153

    >僕を抱き締めた。 >「ごめん、ね」 >ひとりぼっちにして。 >そして糸が切れた人形の様に僕の足元に倒れた。

    38 21/07/20(火)23:50:20 No.825650524

    >No.825649153 ありがとうございます…ありがとうございます… 悲壮感が最高です…絵本だったら子供のトラウマ確定です…

    39 21/07/20(火)23:53:18 No.825651680

    こんな絵本あってたまるかよ!

    40 21/07/21(水)00:02:58 No.825655473

    >床に赤い水溜りが広がる。窓から差し込む夕陽が部屋を赤く染める。遠く聞こえる子供の笑い声。漂う夕食の匂い。倒れ伏した『母さん』はもう動かない。任務は完了した。次に早く行かなくてはならない。でも、僕はしばらくそこから動く事が出来なかった。 >もう、戻れない。