虹裏img歴史資料館

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21/07/17(土)22:38:06 前半 fu... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1626529086400.jpg 21/07/17(土)22:38:06 No.824552133

前半 fu169652.txt

1 21/07/17(土)22:38:37 No.824552492

数年が経ち、僕が彼女に身長で並んだ、恐らく二人とも年齢が二桁になったであろう頃。『父さん』から任務の変更を命令された。 「“父親”と“弟”は此処で任務を継続。“母親”と“姉”は新たな戸籍を与えるので日本に向かえ。任務は異動先でまた言い渡される。出発は明日の朝。荷物を纏めておけ。以上だ」 突然の終わりだった。僕と彼女はその日、手伝いも勉強もしなくてよくなり二人とも部屋で過ごした。 僕はベッドに腰掛けて、のろのろと少ない荷物を与えられた旅行鞄に詰め込む彼女を後ろから見ている。彼女はあの結婚式の時に着たドレス一式を鞄に入れていた。移動の際、手荷物は必要最低限にして残りは捨てるのが鉄則だったが、彼女は背が伸びて着る事が出来なくなってもそのドレスを未だ大事に取っておいていた。 僕は首元の革紐を引っ張り、懐から紐先にぶら下がる小瓶を取り出した。小瓶の中には白い粒。あの時の米だ。お互いの頭に振りかけた後に米を回収し、更に小さい小瓶二つに入れて彼女と分け合ったのだ。革紐で縛りネックレスにした小瓶は、指輪が用意できない僕と彼女の家族の証。それをひっくり返したり、戻したり。米が動く様子をぼんやりと眺めた。

2 21/07/17(土)22:39:07 No.824552719

夕食を食べ、風呂に入り、部屋に戻って数刻。ばくん、ばち、ばち、と旅行鞄が閉じられる音を聞いて、彼女がようやく荷物を纏め終わった事が分かった。ベッドに寝転んでひたすら小瓶に入った米を眺めていた僕の隣に、ぽす、と荷物を纏め終わった彼女が座った。彼女は俯いていた。スカートの裾をぎゅっと握り締めて。 「ごめん、ね」 今にも消え入りそうな程か細い彼女の声。 「何で、キミが謝るの」 「だって、だって、っ!家族、なのにっ」 「任務は、絶対だよ。従わない訳にはいかない」 「でも、でも、っ!わたしは、アナタと、一緒に居たい、っ!」 あぁ、やはり彼女は兵士には向いてない。喜怒哀楽を理解できない僕と違って。あんなに過酷な訓練や緊迫する任務をこなしてきても。こんなに豊かな感受性を損わず、こうやって悲しむ事ができる。彼女の感受性は絵本によって守られていた。幸運の青いバラによって。僕はそれを美しいと思う。世界中の何よりも。

3 21/07/17(土)22:39:36 No.824553012

「『家族は、離れていても家族だ』」 「、っ」 「本で、読んだ。戦争で離れた、家族の話」 いやいやと首を振る彼女が僕を見て目を見開く。その目は潤み、今にも溢れ落ちそうだった。物語の中、離れ離れになった母親に会いたいと泣く子供に、父親が言う台詞。 「『家族は、心で繋がっているんだ』って」 「それ、ほんと?」 「分からない。でも、父親のその言葉で子供は泣き止んで、戦争が終わった後、母親と再会できていた」 身体に心という臓器はない。心臓と同一の言葉で表される事もあるけど、心臓ではない。脳とも違う。心というものが僕には分からない。恐らく彼女にも。でも人間は必ず一つ持つと何処かで読んだ。それが正しいなら、僕も彼女も心を持っている。 「僕とキミも、心で繋がっている」

4 21/07/17(土)22:40:01 No.824553228

「ここ、ろ」 彼女は胸を押さえる。彼女の心は胸にある様だ。結婚式のドレスの胸元に咲いた青いバラの様に。 「だから、大丈夫。僕とキミは繋がっている。離れても」 「っ、うん、うんっ!」 彼女の瞼から許容限界を超えた水滴が溢れ落ちる。彼女は泣いた。初めて僕の前で涙を流した。それは、とても綺麗だった。僕は彼女を抱き締める。そうするのが良いと思ったから。 「離れていても、僕とキミは家族だ」 「うんっ、アナタとわたしは、家族、だよっ!きっと、忘れない、忘れないからぁ、っ!」 彼女は僕の肩に顔を埋めて、声を殺して泣いた。服に染みる彼女の涙は熱くて、僕はこの熱さをずっと覚えておこうと思った。最後の夜は、あの結婚式の夜、家族になった夜の様に寄り添って眠った。

5 21/07/17(土)22:40:25 No.824553414

彼女と離れたそれからは乾燥したものだった。 “家族”の日常は大きく変わらない。『母さん』の役割を僕がやる様になった。炊事、掃除、洗濯、買物。『父さん』が仕事で居なければ他は自由時間。買物時に街の市民館で借りてきた本を読んだ。夜、彼女と語り合った時間もひたすら活字に没頭した。文学に哲学、歴史医学技術。幾ら読んでも満たされる事は無かった。 彼女と離れて三年が経った頃、座学での勉強は無くなり、午後の勉強の時間はアパートの屋上で『父さん』と体術の組手を行う時間になった。僕が擬似ナイフを使っても素手の『父さん』を組み伏せる事は一度も無かった。この頃から任務の頻度は次第に増えていた。 そして首都でクーデターが起こった。圧政に耐えきれなくなった市民と政府軍が衝突したのだ。クーデターは各地に飛び火し市民派と政府派に真っ二つに別れて戦況は泥沼化した。

6 21/07/17(土)22:41:05 No.824553769

陰鬱なこの街にも戦火が忍び寄り買い物にも不自由しはじめた頃、あの教会に迫撃砲が落ちて崩れ落ちたと商店で聞いた次の日の朝。『父さん』は僕に命令を下した。 「此処を放棄し異動する。出発は今夜。荷物を纏めろ。以上だ」 僕の荷物は少なく朝から始めた荷物纏めは昼前には終わった。『父さん』は朝から外出していた。昼食を作り食べながら、此処を放棄するなら洗い物も掃除もしなくてもいいのか、と考えついた。外出して市民館に借りていた本を返した後、結局時間が余ったので洗い物をしていつも通りに掃除をした。

7 21/07/17(土)22:41:15 No.824553858

僕は部屋でベッドに座って部屋をゆっくりと見渡す。僕と彼女の少ない服を収めていた小さいクローゼット。彼女と一緒に星を見上げた小さい窓。そしてこの二段ベッド。此処に彼女と並んで座って他愛もない話をした。寝る時は僕は上で、彼女が下で。彼女の絵本を読み上げる小さい声を聞いて眠った。家族になった日には教会になり、彼女と寄り添って寝た。その三つしかない小さな部屋。何処を眺めてもあの頃の彼女が笑っていて。いつの間にか僕は服の下の小瓶を握り締めてた。夜『父さん』が戻ってくるまでの時間、そうやって僕は彼女との部屋の最期を過ごした。

8 21/07/17(土)22:42:01 No.824554235

アパートから出た僕と『父さん』は三年各地を転々とした。徒歩で、トラックの荷台で、貨物列車で。時には野宿もした。各地で戦闘に参加した。提供されたアサルトライフルを携えて、市街地を駆け回り敵を撃ち、荒地の塹壕に潜り込み敵を撃ち、森林で泥に潜んで敵の喉笛を掻き切った。『父さん』に命令された通りに敵を“処理”した。敵が何なのか知らぬまま。聞く気も無かった。 僕は『父さん』から暗殺者としてだけではなく傭兵としても十分な知識を教わった。武器の調達ルートや必要な情報の収集方法、非合法な取引相手、傭兵専門のコーディネーター、等々。この頃には『父さん』と変わらないくらいの身長になっていた。

9 21/07/17(土)22:42:11 No.824554321

「此処からは別行動とする。貴様は何処に行って何をしてもいい。だが命令が入れば命令に従え。私からの命令は以降これで連絡する。必要な物はコーディネーターに言え。以上だ」 ある日突然そう僕に命令した『父さん』は、その日の内にキャンプから居なくなっていた。『父さん』から手渡されたのはこの地に似合わぬ最新のスマートフォンと僕への報酬が入っているというクレジットカード、グロック19。僕は傭兵コーディネーターの男に日本国籍と日本への移動ルートを要望した。彼女と離れてから六年が経っていた。

10 21/07/17(土)22:42:36 No.824554526

初めて降り立った日本は恐ろしいほどに清潔で、恐ろしいほどに人との距離が近かった。空港から首都中心に向かう地下鉄に乗った時は乗り合わせた人と接触した時は反射的にカウンターを打つ所だった。寸での所で拳を止めた。相手には怪訝な顔をされた。 辿り着いたのは日本の首都東京、渋谷。 彼女の手掛かりは六年前に日本に向かったという以外全く無い。とりあえず中心地にくれば人流に詳しい稼業の人間が見つかるだろうと考えてだった。

11 21/07/17(土)22:42:57 No.824554709

その前に必要な事を行わなくてはいけない。非合法といえど僕は日本国籍を持つ。東京の若者に溶け込まなくてはいけない。カモフラージュだ。手近なアパレルショップに入る。 「いらっしゃいませぇ~」 中の女性店員と目が合った。この国には『客は神』と言う特有の格言がある通り、異常にホスピタリティを高める傾向にあるらしい。それは此処に来るまでにも散々味わった。空港の税関、外貨両替、駅までの案内。正直監視されている様で警戒が解けず気が休まらない。不平を言った所でどうにかなる訳でも無いのは分かっているけど。

12 21/07/17(土)22:43:17 No.824554879

そもそも此処は人が多すぎる。道いっぱいに人が埋め尽くされて、何度すれ違う人とぶつかりそうになったか分からない。しかも彼らはぶつかる直前まで手元のスマートフォンを見ていて此方を感知していないのに、目の前でいきなり進む方向を変えるのだ。すれ違う人が皆その体捌きなのでやはり日本はニンジャの国なのだと思い知らされた。疲労からかそんな無駄な事を考えながら陳列された服でカモフラージュに良さそうなものを探していると。 「えーっと、めいあいへるぷゆー?」 先ほど店に入った時に目が合った店員が話しかけてきた。またホスピタリティか。少し辟易しながら日本に来てもう何回目かの言葉を向ける。 「あー、日本語、しゃべれます」 「あ、そうなんですね。良かったぁ」 『父さん』の勉強の中には日本語学もあった。正直使うとは思っていなかったが日本に来て教わっといて良かったと思う。

13 21/07/17(土)22:43:42 No.824555105

「日本語お上手ですねぇ。てっきり外国の方かと思ってました」 「ハーフです。でも日本には初めてです」 嘘だ。非公式で入手した戸籍上そうなっているだけだ。でも僕は幸運な事に髪が黒く肌も黄色人種に近いため日本人とそう遠くない。ただ目の色だけ平均的な日本人のブラウンではない。そのため日本人との混血という設定でカモフラージュしていた。 「ハーフなんですか!だからそんなイケメンなんですね!」 「イケメン?」 「カッコいいって意味ですよ!目も紫?で綺麗ですし」 「僕、目立ちます?」 「えぇ、とっても!お店に入ってきた瞬間イケメンだ!って思っちゃいました!」 何という事だろう。自分では黒髪で肌色が近しいから目立たないと思っていたのに、僕の容姿はこの日本ではとても目立つらしい。大丈夫だろうと考えていた僕はだいぶ甘かった様だ。

14 21/07/17(土)22:44:03 No.824555317

「それで、どんなのを探してるんですかぁ?」 「Hmm.暗い、影が、欲しいです」 「暗い、影?あ、モノトーンって事ですか?」 「Yes,monotone.お願いします」 そうして女性店員から勧められる服を取捨選択してカモフラージュに向きそうな服を買い揃えた。店員は気を抜けば、お兄さんこちらもきっと似合うと思うんですよぉ、と要望に添わない派手な服を勧めてくるので断るのが大変だった。 その場でタグを切って貰い試着室で着替える。黒のフード付き綿パーカーに黒のスキニーパンツ。スキニーパンツは勧められた時には動き辛いから断ろうと思ったが、試着してみると予想以上に伸縮し関節の動きに追従してくれるので驚いた。なんでも新素材を使っているのだとか。これには思わず技術の進歩に感心してしまった。

15 21/07/17(土)22:44:33 No.824555602

「後は、こちらですねぇ」 店員から渡されたベースボールキャップを被る。こちらも黒だ。目立つ瞳を隠すのに帽子は必須だった。目深に被れば瞳の色は分かりづらくなるはずだ。 「うわぁ、良くお似合いですよぉ!やっぱイケメンが着たら全身黒でもカッコよくなっちゃいますねぇ」 「良い買い物、できました。ありがとう」 「っ!い、いえいえ!こちらこそ良いもの見させていただきました!」 買い物を終え店を出る。またぜひいらしてください!と店員には言われたが恐らく訪れる事は無いだろう。キャップの上からさらにフードを被る。カモフラージュは出来上がった。後は調査だ。彼女の痕跡を探すため僕は渋谷の雑踏に溶け込んでいった。

16 21/07/17(土)22:44:52 No.824555766

調査は難航していた。昼はコーディネーターに用意してもらった路地裏の小さいホテルで睡眠をとり、夜になると街に出て情報収集。渋谷に新宿、下北沢、池袋まで。雑多で人が集まる所を重点的に歩いたが手掛かりは全くと言っていいほどなかった。路地裏という路地裏を歩き回り、そういう事情に詳しそうな人を探し、時には暴力に頼る事もあった。だが絡んで来るのは大体ヤンキー崩れで収穫は無かった。出国前にコーディネーターに日本の情報屋を教えてもらえば良かったと後悔した。 日本に来て五日。今日は再度渋谷を調査してみる事にした。日が違えば変わるだろうと考えての事だ。渋谷駅に向かい電車に乗る。電車内の人の距離は相変わらず近い。もう反射的に反応する事はないが、周囲の人の動きに反応してしまう暗殺時の習慣はそうそう抜けるものではない。僕はなるたけ死角が少ない搭乗口近くで夜とは思えない街の灯りが窓の向こうで後方に流れていくのを眺めていた。

17 21/07/17(土)22:45:15 No.824555953

駅構内を通り抜け日本で有名らしい犬の銅像がある改札口から出る。此処に来るのは二回目だが、日本で最も人が行き交うと言われているだけ合って人混みに圧倒される。 渋谷スクランブル交差点。高層ビルが並び立つコンクリートジャングル、ネオン煌めく不夜城の中心地。 今までいた所とは真逆の、土と硝煙と血の臭いのしない潔癖の都。そうであるはずなのにこんなにも吐き気を催すのは何故だろうか。人、人、人。人があまりに多過ぎる。人の出す声、体温、体臭、そして目線。それらが飽和した過密状態とはこんなにも不快なのか。こんな場所に彼女がいる。そう考えると怖気がする。 彼女は今、幸せなのだろうか。 日本に来る前より近くに来ているはずなのに、人混みが邪魔をして彼女の後ろ姿は全く見えなくなってしまった。

18 21/07/17(土)22:45:36 No.824556160

スクランブル交差点に向かう。歩行者信号は赤。信号を待つ人の列の最後方に並ぶ。車道が見えないほどの人垣。吐き気が込み上げてきそうで上を見上げる。目線の先には巨大な電光掲示板。映し出されていたのはウマ娘のレースの結果だろうか。字幕には。 『本日中山競バ場で行われたGll日経賞にてライスシャワーが1着』 ライスシャワー。幸せを願う祝福の雨。良い名だ。きっと見る人を幸せにするウマ娘なんだろう。そう思い映像を見ると。 ウマ娘が手を振っていた。小さい身体をいっぱいに伸ばして観客の声援に応えていた。黒く長い髪。紫色の瞳。パンジーの様な深い紫のオフショルダーのドレス。同色の大きなリボンがふんわりと腰の後ろに付いており、ドレスの裾には黒いフリルが広がる。小さくて丸いトーク帽と黒い艶やかなドレスシューズ。そして、そのトーク帽とドレスの胸元には。 「青い、バラ」 彼女を、見つけた。

19 21/07/17(土)22:46:27 No.824556606

終わり。 元同級生と出会うウマ娘から着想を得た暗殺者ライスシャワーです。再会までのパートはライスが出ないのでさっさと終わらせたかったのですが会話が少なすぎたので無理矢理産みました。次回、再会。

20 21/07/17(土)22:47:31 No.824557083

新順で更新してたら出てきた瞬間ヒッってなったよ いい再会になればいいけどなぁ...

21 21/07/17(土)23:01:09 No.824563692

なんの任務でライスは競争バになったのか 目が離せませんねこれは…

22 21/07/17(土)23:19:49 No.824573293

この世界線のライスが極まったらそりゃマックイーンも飲まれるわな… 比喩抜きに殺気を向けられるわけだし

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