虹裏img歴史資料館

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21/07/16(金)22:01:17 前回 fu... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1626440477886.jpg 21/07/16(金)22:01:17 No.824159086

前回 fu166735.txt

1 21/07/16(金)22:01:46 No.824159305

“父親”は必要な事以外は喋らなかった。人間。推定年齢30代前半、動作の挙動を見れば特殊訓練を受けている事が分かる。一応外で聞かれた時に応えるための名前はあったが偽名なのは明白で、本名は知らない。僕と彼女は『父さん』としか呼ばなかった。 “母親”は更に無口だった。ウマ娘。推定年齢20代後半、こちらも動きを見れば特殊訓練を受けている事は分かった。同じく『母さん』と呼び、本名は知らない。

2 21/07/16(金)22:02:06 No.824159458

僕の“家族”の日常は、訓練施設と比べて平坦だった。 朝、僕と『姉さん』は起きると『母さん』の用意した朝食を食べる。午前中は『母さん』の家事の手伝い。『母さん』は僕と『姉さん』の身の周りの世話をしてくれた。掃除、炊事、洗濯、買物。それらを黙々とこなしていた。『父さん』に言われて僕と『姉さん』も『母さん』を手伝う様になったが特段何か教えて貰う事は無く、『母さん』の家事の動きを真似るのみ。でも間違えば手で静止され、正しい動きを見せてくれた。拳や脚が飛んでくる事は一度も無かった。 『父さん』の言う学校には通わなかった。この国は就学率があまり良くなく学校に通わず働く子も多いため怪しまれない、との事だった。その代わり昼食後の午後は『父さん』から様々な事を教わった。数学、物理、歴史、生物学などの義務教育から市政のルール、常識、法律、普通の子供の振舞い方、主要外国語まで。分からない事は質問すれば明確に答えをくれた。拳も罵倒も飛んでくる事は一度も無かった。

3 21/07/16(金)22:02:24 No.824159603

夕方になると『母さん』の買物を手伝うために僕と『姉さん』のどちらかが一緒に外出する。『母さん』と商店街を周り、荷物を持つ。隣人や街の人には会釈のみ。会話は極力しない。『父さん』から言われた事。外出しない方は『父さん』と夕食の仕込み。勉強の様に淡々と教えてくれたお陰で料理はある程度出来る様になった。そして全員で夕食を食べて、代わる代わる風呂に入り、僕と『姉さん』は割り当てられた部屋で就寝する。 そして、就寝までの短い時間が、僕と彼女の時間だった。 「『こうして青いバラはおうちの窓辺に飾られて、道行く人たちをたくさん、たくさん幸せにしましたとさ』」 「また、その本読んでるの」 「う、うん。何度読んでも、素敵なお話だから」 二段ベッドの下で彼女は施設から持ってきた絵本を読んでいた。本の角は擦り切れて丸くなっている。彼女の絵本を読む癖は此処でも続いていた。『父さん』が偶に児童向けの小説とかを渡してくる事はあったが、彼女はやはりその絵本を1番読んでいた。

4 21/07/16(金)22:02:46 No.824159769

「そういえば、その本、何処で手に入れたの」 「え?こ、この本?前に居た施設で、だよ」 「それって、訓練施設?」 「ううん、その前。ちょっとしかそこには居なかったけど、優しい大人の人が居たんだ」 「へぇ」 優しい大人。僕には分からない概念。僕の周りに居た大人で優しいと言える人は居なかったから。 「そ、その人からね、この本を貰ったんだ。あなたにはこの絵本が似合うね、って」 「絵本が、似合う」 「あ、えっと、た、多分その人は、自信のないわたしと、この青いバラの最初が似てるって言いたかったんだ、と思うの」 そう言って彼女は絵本の表紙に描かれた青いバラを撫でる。絵を見つめる彼女は『父さん』達の前では絶対にしない、笑顔を浮かべていた。

5 21/07/16(金)22:03:04 No.824159902

「わたしと青いバラが似てるなら、わたしもいつか、誰かを幸せにできるのかな、って、この本を読むと、そう思えるんだ」 「幸せ」 これも僕には分からない概念。幸せ。辞書で引いても腑に落ちる事は無く、衣食住を賄われてる今は幸せなのだろうか、とも思う。『母さん』の作る食事は今までの食い物の中で1番美味しいと思えるし、暖かくて柔らかいベッドに、隙間風の少ない家。少なくともストリートや訓練施設よりは格段に境遇は良い。 じゃあ、彼女の言っている幸せとは何なのか。誰か、つまり他人を幸せにするとは?此処の様な衣食住を与える事?確かに境遇が高まれば幸せには近付くかも知れない。だが彼女の絵本で言っている幸せとは違う。青いバラは道行く他人に衣食住は与えていないからだ。分からない。

6 21/07/16(金)22:03:23 No.824160043

「幸せって、何」 「ふぇ?し、幸せって何、って。え、えっと」 彼女は考え出した。彼女も明確な答えを持っている訳では無いらしい。今度『父さん』にでも聞いてみようか。いや、あの人は教育内容から外れた質問は答えてくれない。前にもターゲットの資料に書いてあった『趣味:SMプレイ』について聞いても、任務には関係ない、の一言で終わったからだ。 「あ、青いバラはね。多分みんなを、笑顔、にしたんだと、思う」 「笑顔にする」 「う、うん。青いバラを道行く人は、綺麗だな、って思って笑ったんだよ、多分」 「綺麗が、幸せ」 「綺麗だなぁ、とか。美しいなぁ、とか。すごいなぁ、って」

7 21/07/16(金)22:03:41 No.824160159

すごい。すごいは、綺麗。じゃあ、僕が最初に絵本を目にした時の色彩は。 「僕は、その絵本の色がすごいと思った。それは、綺麗?」 「え?う、うん!この絵本の絵は、とっても、綺麗だよ」 「絵本は、綺麗。だから、笑ってたんだ」 「え?」 「さっき、青いバラを見て笑ってた。幸せだったから」 絵本と彼女を交互に指差す。 「絵本を読むと、幸せになる」 「う、うん、そう!あたしは、絵本を読むと、幸せになれるの!」 「そう、なんだ」

8 21/07/16(金)22:04:02 No.824160324

「あ」 そこで彼女は目を丸くして驚いた表情をしていた。僕の顔をまじまじと見て。 「今、笑っ、た?」 「僕が?」 「うん。にこ、って」 思わず顔に手を当ててみる。口角が無意識に僅かながら上がっている。これは、一体。 「笑ったってことは、今、幸せだったんだ、よ!」 「僕が、幸せ?」 「うん、うん!すごい、ね!やったね、っ!」 彼女は絵本を見て笑っていた。僕が笑っていた時、見ていたのは。僕の幸せは。確証は無い。間違いかも知れない。でも。思う時、見てる時、傍に居る時、確かに温かさを感じていた。

9 21/07/16(金)22:04:32 No.824160540

「おじさん」 「あぁ?なんだぁ、ガキ」 曇天が厚く光を遮る昼下がり。往来がそこそこ多い大通り。街灯に凭れて煙草を吹かすターゲットに僕は話しかけた。子供の僕にしてみれば見上げる様な大男。髭面の男はじろりと睨め付ける様に僕を見下す。 「靴紐、ほどけてるよ」 「ンだぁ?チッ」 彼に気付かれない様に僕が解いた靴紐を指差す。彼は下を見て舌打ちするとその場に屈み込み靴紐を手に取り。 「お、ガッ」 僕はジャンパーの懐に隠したコンバットナイフを抜き彼に飛びつく様に柔らかい鳩尾に突き刺し捻った。

10 21/07/16(金)22:05:04 No.824160838

「おやおや駄目じゃないか。おじさんに迷惑かけちゃ」 即座に『父さん』のフォローが入る。ターゲットの背後から往来から見えない様にターゲットの口を押さえて声を出せなくしており、同時に頸動脈を掻き切っていた。 「おじさんは飲み過ぎな様だね。少しそっとしておこう」 力が抜け始めたターゲットの身体をゆっくり座らせ街頭に凭れかける。酔い潰れて座り込んでいる様にしか見えない様に。 「行こう。母さんが待ってるよ」 にこやかに笑う『父さん』に手を引かれその場を離れる。往来に紛れて路地裏に入り、血の付いた服を着替えて鞄に詰めると家に帰る。服はアパートの屋上のドラム缶で焼き灰にする。 僕の初めての任務は、そうして終わった。柔らかい鳩尾にナイフを突き刺した感触だけが手に残るだけだった。 人を殺したのは初めてだった。

11 21/07/16(金)22:05:24 No.824160990

僕と『姉さん』の任務は『父さん』から始まる。 月に一度ほどのペースで朝食後に『父さん』からターゲットの写真と資料を渡されると、次の日には『父さん』か『母さん』に連れられて首都に向かい、民衆に紛れるターゲットに接近する。 ある人は日中の大通りで通り過ぎ様に、ある人は人目を盗み夜の闇に紛れて、ある人は直接自宅に押し入って。僕と『姉さん』で挟撃する事もあれば単身で忍び込む事もあった。相手は子供という事で油断する人が多く、任務達成は容易かった。 僕と『姉さん』が多く使ったのはナイフだ。音もなく、最小の動きで仕留める事ができるナイフは最適だった。僕は飾り気ないコンバットナイフを、『姉さん』は何処から入手したのか儀礼用の装飾ナイフを刃付けして愛用していた。重く使いづらいのに、と彼女に使い続ける理由を聞いた事があったが答えてはくれなかった。 僕と『姉さん』は淡々と任務をこなしていった。

12 21/07/16(金)22:05:43 No.824161136

「任務だ。だが今回の任務はいつもと違う」 ある朝、『父さん』から命令されたのは不可思議な任務だった。『父さん』は仕事をしている。市井に紛れるための表の仕事だ。何をやっていたかは知らない。今回はその表の仕事に関する、普通の“家族”として怪しまれないためのものだった。 「同僚の娘の結婚式に“家族”で参列する。式は一週間後。この地の結婚式のルール等については後で資料を渡す。命令は後で追って出す。以上だ」 結婚式。他人同士の大人が婚姻を結び家族となるのを公表する行事。『父さん』との勉強や偶に渡される本で知った。大勢の人が集まり婚姻を結んだ二人を盛大に祝福する。祝福。また知らない概念。幸せとは違うのか。外は知らない事ばかりだ。最近少し辟易している。 「結婚式、だって!わたし、一度、見てみたかったの」 その日の夜。彼女はいつになく笑顔で興奮している様だった。何故。確かに今までの任務とは毛色が違う、人を“処理”しない任務は初めてだ。それがここまで笑顔で興奮する様な事だろうか。

13 21/07/16(金)22:06:00 No.824161259

「結婚式。知ってるの」 「え、ううん。多分、知ってる事は、同じだと思う」 お互いの知識を照らし合わせても、彼女は僕と同じ知識量。でも彼女はそこから興奮できる要素を感じ取っていた。 「結婚式には、ね。幸せがいっぱいあるの」 「幸せ。それって、祝福があるから?」 「そう!祝福はね、幸せな人を見て、自分も幸せになって、幸せな人に、もっと幸せになって欲しい、って思うこと」 幸せの連鎖。幸せとは、笑う。つまり、結婚式には笑顔の人がたくさん居ると言う事。想像しようとしても、僕は彼女の笑顔しか知らないから、彼女の笑顔を思い出すだけだった。でも、その時僕は彼女の笑顔を見て笑った。あれは、祝福だったのだろうか。彼女に幸せになって欲しいと。思えば、あれから確かに彼女には、笑っていて欲しかった。

14 21/07/16(金)22:06:27 No.824161478

それから三日経って、『父さん』から任務の追加命令が来た。 「これを着ろ。サイズを確認し、合わなければ報告しろ。問題無ければ以降は当日まで仕舞っておけ。以上だ」 テーブルの上には大きな箱が二つ。『母さん』に無言でそれぞれの箱を手渡された僕と彼女は部屋に戻り着替え始めた。僕の箱の中身は子供用の礼服が入っていた。 「ふぁあ、っ!」 彼女の箱にはドレスが入っていた。パンジーの様な深い紫のオフショルダーのドレス。膝丈の裾には黒いフリルが広がり、同色の大きなリボンがふんわりと腰の後ろに付いている。チュールの付いた小さくて丸いトーク帽と黒い艶やかなドレスシューズ。そして、そのトーク帽とドレスの胸元には。 「青い、バラだ、っ!」 彼女の大好きな、青いバラの造花があしらわれていた。

15 21/07/16(金)22:07:07 No.824161811

僕のズボンとベストも彼女のドレスと同じ深い紫だった。サイズも可動範囲も問題なし。ズボンの裾の下に小さめなナイフぐらいは仕込めそうだ。そしてこちらにもベストの胸元に飾るための、青いバラ。 僕と彼女の服装を揃えて姉弟感を出すのは任務上理解できる。では、この青いバラは?偶然にしては出来すぎている。彼女が絵本の青いバラが好きな事を明確に知っているのは僕くらいだ。 考えられるとすれば『母さん』。基本的に僕らの部屋は僕らで掃除するが偶に『母さん』も掃除に加わる。その時に彼女のベッドの上に載る絵本を見る可能性はある。でもあの無口な『母さん』がわざわざ口を開いてまで報告する様な事だろうか。

16 21/07/16(金)22:07:19 No.824161911

では『父さん』が?『父さん』が僕らの部屋に入った事は全く無い。『父さん』との勉強はダイニングのテーブルで行われていた。日中の『父さん』は基本仕事に出ていて、家に居る時は基本ダイニングテーブルでパイプを吹かしながら新聞を読むか、自分の部屋で過ごしているかだ。彼女の青いバラの絵本を見かけるタイミングは無い。 考えても考えても不可解だったが、ドレスを身に付けて何度もクルクルと回る彼女の笑顔を見たら、考えても無駄だと切り捨てる事にした。

17 21/07/16(金)22:07:55 No.824162234

結婚式当日。僕ら“家族”は連れ立って結婚式が開かれる街外れの教会に入った。石造りの教会は古く簡素ながらも良く手入れされていて、中は天井が高くこの街の雰囲気と違って閉塞感はあまり感じさせなかった。僕ら“家族”は他の参列者と同じように木製の長いベンチに座り式の始まりを待った。 式が始まりパイプオルガンの曲と共に新婦が入場してくる。シンプルながらも白く長いドレスを身に纏う新婦は初めて見たけど、それは本に出てくる新婦の姿そのままだった。 「ふぁああ、っ!綺麗、っ」 僕の隣に座る『姉さん』は興奮しきりだった。頬を紅く染め新婦を一目たりとも見逃さないとばかりに見開いたその顔は任務という事を忘れている様だった。部屋の外で彼女の笑顔を見るのは初めてだった。 新婦が新郎の元に辿り着くと真ん中に立つ牧師が朗々と話し始めた。

18 21/07/16(金)22:08:08 No.824162334

「貴方がたは今神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」 「「はい、誓います」」 新郎と新婦が同時に誓いを肯定する。二人は向かい合い、新婦のベールを新郎が持ち上げ、そして見つめ合った二人は誓いのキスをした。『姉さん』は口に手を当てていて興奮が最高潮になったようだ。これが家族になる儀式。案外、呆気ないものなんだなと思った。

19 21/07/16(金)22:08:29 No.824162495

結婚式後、僕らは教会の外に立たされて何故か生米を握らされていた。資料には書いてなかった事だ。僕は隣に立つ『父さん』に予想外の任務について聞いてみる事にした。 「『父さん』」 「何だ」 「この米は何ですか」 「教えなかったか」 「教わっていません」 こちらを見下ろす『父さん』は資料に書いてあっただろう、という目をしていたが、資料には確実に書いていなかった。僕は事実を言った。『父さん』は自分の掌にのる生米を一瞥し、そして前を向いた。『姉さん』も僕と『父さん』の会話に気付いて耳を傾けているようだった。 「これはライスシャワーだ」

20 21/07/16(金)22:08:53 No.824162699

曰く、米は豊作、豊かさの象徴。つまり結婚式を終え教会から出てきた新郎新婦に参列者が米を振りかけるこの儀式は子宝や飽食を、彼らの人生に祝福や幸せを願う意味が込められているとの事。 いつもの勉強の様に淡々として無駄の無い説明。でも並べられたその言葉達は不思議に熱を帯びていたる様だった。祝福、幸せを願う。つまりそれは、相手に笑っていて欲しいという事。言葉が実体を持ち頭を熱くさせる。僕は握った米を少し、ズボンのポケットに入れた。 新婦新婦が出てきて僕らは目の前に来た彼らに米を振りかけた。たくさんの参列者から彼らに降り注ぐ米はまるで雪の様で、施設での過酷だった雪中訓練を思い出した僕は無意味に身震いした。 僕の隣で『姉さん』は今にもぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いで少しずつ米を下手に放っていた。他の任務中では絶対あり得てはならない目立ち具合だが、他の参列する子供、特に女子は明らかに年下だったが似た様なものなので偽装として間違いではなかった。むしろ無表情で立ち尽くす僕の方こそ目立っていたかもしれない。

21 21/07/16(金)22:09:18 No.824162903

その後新郎新婦を見送った僕ら“家族”は足早に帰宅した。結婚式の後は参加自由の食事会が開かれる様だったが『父さん』は断った様だった。家に帰って着替えればまた変わらず日常が待っていた。夕食を食べ、風呂に入り、それぞれの部屋に向かう。今日結婚し家族になった彼らは、これからどの様に過ごすのだろうか。

22 21/07/16(金)22:09:40 No.824163085

「はぁあ、とっても、素敵だったねぇ」 帰宅してから彼女はふわふわとしていて落ち着かない様子だった。今日の結婚式にいたく感動した様だった。 「家族って、ああやってなるんだね」 「新婦さんの白いドレスに誓いの言葉と、キス。結婚誓約書に、指輪交換。そしてライスシャワー。はぁあ、良かったなぁ」 「案外、呆気なかった」 「そう、かな」 「うん。家族って、あんな簡単になれるんだ、って」 「んぅ、でも、新婦さんと新郎さんは、偶然に出会って、惹かれ合って、一緒にいて、家族になりたくなって、多分、その時間が大事なんじゃないかな、って」 「結果より、過程が大事、って事?」 「そう。結婚を誓いたくなる、それまでの、お互いの気持ち」 胸に手を当てて彼女は笑う。それは今日教会で見た聖母像が浮かべる微笑みの様だった。

23 21/07/16(金)22:10:02 No.824163260

「これ」 僕は彼女にポケットに入れていた小瓶を見せる。使い終わった調味料の瓶をよく洗って取っておいた物だ。火薬を詰めて手製の手榴弾にも加工できるが、今は別のものが入っている。蓋を開けて彼女の手にさらさらと瓶の中身を出す。 「これ、お米?」 「ライスシャワーの時、少しとっておいた」 「どうして」 「僕は、キミと家族になりたい」 彼女は驚いた様に目を見開いて僕を見つめた。彼女は兵士にしては驚くほど感情が豊かで、分かりやすい。兵士として致命的だけど、それは今日見た普通の女の子と変わりない、と思った。 「僕はキミが笑っているのが好きだ。キミに笑っていて欲しい。キミの幸せを願っている。キミを祝福したい。キミと、一緒にいたい」

24 21/07/16(金)22:10:22 No.824163453

彼女は俯いて肩を震わせる。初めて見る彼女のその姿に僕は訓練でミスを犯した時みたく動揺した。ミスは致命的だろうか。リカバリーは、出来るだろうか。 「あり、がとう」 動揺する僕は状況を好転させたくて両手を忙しなく動かした。意味はなかった。そのせいで彼女のか細い声を聞き逃す所だった。ありがとう。彼女から良く言われてた言葉。行為に対しての感謝の言葉。つまり、この場合は。 「わたしも、アナタと、家族になりたい」 それは肯定だった。 ここに、家族になりたい他人が揃った。

25 21/07/16(金)22:10:45 No.824163663

「わたし達は今、神様の導きによって家族になろうとしています」 二段ベッドが僕と彼女の教会。お互いに向かい合い、今まで祈った事もない神に祈る様に両の手を合わせる僕と彼女は、交互に牧師の言葉を思い出しながら紡いでいく。 「汝、健やかなるときも、病めるときも」 「喜びのときも、悲しみのときも」 「富めるときも、貧しいときも」 彼女は昼に付けていたトーク帽を再度被り、チュールを顔の前に垂らした。ベールの代わり、と彼女は微笑んだ。 「これを愛し、敬い」 「慰め遣え、共に助け合い」 「「その命ある限り、真心を尽くすことを」」

26 21/07/16(金)22:11:04 No.824163821

「アナタは、誓い、ますか?」 顔を上げた彼女が問う。彼女の目を真っ直ぐ見ながら僕は。 「はい、誓います」 「キミは、誓いますか?」 今度は僕が問う。彼女は潤んだ瞳で僕を見て。 「はい、誓い、ます」

27 21/07/16(金)22:11:26 No.824163972

ここに誓いのキスを。 僕は彼女のチュールを持ち上げ彼女と見つめ合う。 彼女の潤んだ目が閉じられるのを見て僕も目を閉じて首を傾ける。 「っ、ん」 彼女の柔らかい唇と誓いを交わした。

28 21/07/16(金)22:11:45 No.824164097

そして僕と彼女は手を取り合い教会を出る。瓶から米をお互いの手に出してお互いの頭に振りかけ合った。 「ふふっ、あはは、くすぐったい、ね」 「背中に入って、ムズムズする」 参列者はなく、大勢からの祝福はない。けど、僕と彼女はお互いの幸せを願い、お互いを祝福した。 誓約書も指輪もないけど、こうして僕と彼女は家族となった。 その日の夜は貨物列車に乗った時の様に二人寄り添って眠った。彼女はやっぱり温かかった。

29 21/07/16(金)22:12:08 No.824164261

終わり。 元同級生と出会うウマ娘から着想を得た暗殺者ライスシャワーです。自分と他人だった世界にキミとアナタが生まれ家族になりました。以降後半です。

30 21/07/16(金)22:13:03 No.824164734

長いし情景描写がきれい 力作だぁ...

31 21/07/16(金)22:13:43 No.824165078

素晴らしい…

32 21/07/16(金)22:14:03 No.824165212

この後どうなるか目が離せませんねこれは…

33 21/07/16(金)22:14:36 No.824165472

>元同級生と出会うウマ娘から着想を得た暗殺者ライスシャワーです。 これだから離れ離れになりそうで怖い

34 21/07/16(金)22:19:33 No.824167687

読むのが止められなかった…ありがとう でも後半がちょっとこわい

35 画像ファイル名:1626443536331.png 21/07/16(金)22:52:16 No.824183018

>そして僕と彼女は手を取り合い教会を出る。瓶から米をお互いの手に出してお互いの頭に振りかけ合った。 >「ふふっ、あはは、くすぐったい、ね」 >「背中に入って、ムズムズする」 >参列者はなく、大勢からの祝福はない。けど、僕と彼女はお互いの幸せを願い、お互いを祝福した。 >誓約書も指輪もないけど、こうして僕と彼女は家族となった。

36 21/07/16(金)22:53:58 No.824183824

もうここで終わりにしとかない?…だめ?

37 21/07/16(金)22:54:23 No.824184009

>1626443536331.png ウワーッ二人きりの結婚式!

38 21/07/16(金)22:54:25 No.824184032

>No.824183018 いつもいつもありがたい…… 絵本の挿絵の様で最高ですよ……

39 画像ファイル名:1626443725507.png 21/07/16(金)22:55:25 No.824184543

>いつもいつもありがたい…… >絵本の挿絵の様で最高ですよ…… ありがとうございます! ついでですが窓を修正しました

40 21/07/16(金)22:56:18 No.824184966

目を描いてないのが挿絵っぽい感じするんだろうか?この書き方結構好きだ

41 21/07/16(金)22:57:12 No.824185420

>もうここで終わりにしとかない?…だめ? いいや地獄まで付き合ってもらう

42 画像ファイル名:1626443880951.png 21/07/16(金)22:58:00 No.824185842

>にこやかに笑う『父さん』に手を引かれその場を離れる。往来に紛れて路地裏に入り、血の付いた服を着替えて鞄に詰めると家に帰る。服はアパートの屋上のドラム缶で焼き灰にする。 >僕の初めての任務は、そうして終わった。柔らかい鳩尾にナイフを突き刺した感触だけが手に残るだけだった。 >人を殺したのは初めてだった。 拙いですがもう一枚!

43 21/07/16(金)22:58:28 No.824186067

追い込みかけるなあ

44 21/07/16(金)22:58:51 No.824186233

>1626443880951.png ウワーッ初仕事!?

45 21/07/16(金)22:59:35 No.824186528

>No.824185842 2枚も……神に感謝です……

46 21/07/16(金)22:59:49 No.824186625

なんで結婚式に連れてったんだろう? と思ったらカモフラージュのためだったか… …親父さんちょっとだけ親心芽生えたりしてません?

47 21/07/16(金)23:00:31 No.824186950

最悪この2人は仲良く暮らしましたで脳内補完しよう...

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