ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/07/15(木)20:27:33 No.823797047
「人の覚悟を奪わないで。」 知らない円香の顔。 「知ってる?一緒に死んだら、次も一緒に生まれ変わるって迷信。」 知らない円香と、俺の関係。 「最悪じゃない?」 その言葉が、その声が、その関係が、その顔が、脳裏にこびり付いている。 月明かりの下で、彼女は。 「円香―――」 轟音が響いて、目を覚ます。もう夜の帳が下りていた。 俺の職場だ。283プロ。俺を雇ってくれた場所。俺はプロデューサーで、担当アイドルは――― 「大丈夫ですか?」その声で確信する。アレは夢だ。 「ああ、ご心配なく。わかっていると思いますけど、もちろん頭の方の心配ですから。大声で担当アイドルの名前を叫んで飛び起きて、ずいぶん情熱的な夢を見ていたようですね?」 起きがけに罵声で迎えられる。こういう手荒い挨拶が、今の俺には何よりもありがたかった。 樋口円香。俺の担当アイドル。そして俺は円香のプロデューサー。俺はワトソンでなく、彼女はホームズでない。 夢を見るなんていつぶりだろうか。最近睡眠時間をとれていなかったからああいう夢を見たのだろうか。全身から噴き出た冷や汗が体を容赦なく冷やしている。
1 21/07/15(木)20:28:32 No.823797366
胸にかけられたピンクのブランケットを取って、丁寧に畳んで置いた。 「聞いてるんですか?」「ああ…ブランケット、掛けてくれたんだな。ありがとう。」「いえ、そっちではなくて。どういう夢を見てたんですか?内容によっては周囲に言いつけますが。」 少し冷静になったら、恥ずかしくなってきたかもしれない。頭を少し掻いた。まるでハリウッド映画さながらのアクション、サスペンス。そして爆死。 これをそのまま伝えるのは、成人男性にとっては辱めにも等しい。 「いや、正直ほんとに恥ずかしいんだけど。言わなきゃダメか?」「ダメ。特にそういう逆に気になるような言い回しが。」「うぅ…はい。」 円香は目を細めた。思いどうりに俺に言うことを聞かせて気分がいいのだろうか。 「まず、円香が探偵なんだ。そして俺は助手。とある殺人犯を名推理で捕まえるんだけど、実はそいつは爆弾魔でもあって。 円香はひそかに奴が仕掛けた爆弾のありかに目星をつけていて、俺を置いて解除しに行くんだ。」 円香は沈黙している。それは嘲笑かそれとも軽蔑か。仕事中うたた寝をした罰というにはあまりにもひどい。俺だって好きでこんな夢を見ているわけではない。
2 21/07/15(木)20:29:41 No.823797793
特にラストだ。担当アイドルが死ぬなんて冗談ではない。夢でも御免だ、まして目の前で。 「俺は円香を追いかけて、そして二人で爆発に巻き込まれた。終わり。ああ、恥ずかしかった。最悪だ。」 「何が」 円香の声が、急に怒気を帯びる。やってしまった。俺は彼女の顔を見上げることができなかった。虎の尾を踏んでしまった。それだけは分かる。 「何が、最悪なんですか?」 その声は怒気を孕みつつも、後悔の様な、なにか大切な思い出を逆撫でされたような、そんな震えを伴っていた。慙愧の念が胸を支配する。俺は彼女を悲しませてしまったのだ。 まずそれが、重くのしかかって、溶けた鉛の様に渦巻いた。わからない。円香がどういう思いをしているのか。どんな悲しい気持ちなのか俺は分からない。それだけが歯痒い。腹立たしい。 それでも俺は真摯に答えなければならない。とっくの昔に夢は覚めている。俺は助手でも、ましてやワトソンでもない。彼女のプロデューサーなのだから。 「円香が死んだことだ。夢だったとしてもそれだけは嫌だ。」
3 21/07/15(木)20:30:06 No.823797946
顔は見れない。それでも言葉を絞り出す。 「助手なのに気づけなかったことも、プロデューサなのに円香を助けられなかったのも。」 「そうですか。」 小さくつぶやく。 「…そう。」 「本当にお人よし。」 円香の声から、怒気が消える。俺はようやく顔を上げた。青白い月明かりが、彼女の薄い肌色を輝かせて、その表情には。 ――「最悪じゃない?」―― 既視感。あの時と同じだ。最悪の再開を誓い合った時の。夢のはずなのに消えてくれなかったその表情が、目の前にあった。 「私だって。私だってあなたが死ぬのは嫌…だった。」その声は消え入りそうなほど小さくて、俺には聞かせる気が無くて、それでいて、俺には聞こえてしまった。 目を奪われていた。心が軋む。あの顔だ。俺の脳裏にこびり付いていたのは。 少しの沈黙の後、円香が口を開いた。
4 21/07/15(木)20:30:23 No.823798061
「…私は、あなたを置いて死のうとしたりしません。だって、死ぬなら多分あなたが先でしょ?ミスター・ワーカーホリック。」 【私は】と【あなたを置いて】の間に、小さく息を吐くような【もう】が入っていたのを、俺の耳は聞き逃してはくれなかった。 「あんまり気にしない方がいいですよ、夢なんて。だって夢じゃない?」それは円香の優しさなのだろう。それでも。まどろみの中で見た夢幻はいつかのふたりなのだろう。 「夢を見るのは記憶の整理と言いますし、よほど酷い映画でも見たんじゃないですか。」それに、と円香は、俺の確信を否定しようとする。 「それが悪夢なら、思い出さないほうが良いことなんじゃない?」その言葉は多分、本心を乗せていた。辛いことなど思い出さなくていい。 だって今の私とあなたではないのだから。そういう強さが、優しさが、アイドルとしての樋口円香にはあった。 「まあ、あなたの夢見がちなところは、普段は美徳と呼ぶべきものなんでしょ。それに…」
5 21/07/15(木)20:30:36 No.823798137
私も、嫌いじゃない。その言葉は、その顔は、俺にとってどんな報酬よりも特別だ。わかってやっているのなら、やっぱり今の彼女は探偵ではなく、アイドルなのだろう。それも、魔性の。 月明かりが照らす下で、彼と彼女は、最悪の結末を迎えた。そして今。 月明かりの下で、彼女は笑っていた。 彼は見蕩れていた。
6 21/07/15(木)20:31:53 No.823798616
私こういうの好き!
7 21/07/15(木)20:31:58 No.823798648
エイプリルフールネタから膨らませた人生2回目書きPまど怪文書です
8 21/07/15(木)20:34:07 No.823799392
いい…
9 21/07/15(木)20:36:48 No.823800366
エイプリルフールは妄想広がるネタ多くていいよね…
10 21/07/15(木)20:42:22 [sage] No.823802501
エイプリルフールいいよね… 最悪じゃない?の顔はきっと笑ってたしアイドルとしての樋口の笑顔とは絶対的に別種のものなんだろうなって考えたら妄想が止まらなかった あと今日の深夜に投下した初めて書いた怪文書も貼っとこうかと思ったけどテキストファイルの張り方わかんなくてやめた あとsageってこういう使い方でいいのかわからなかった 何もわからない雰囲気でimgをやっている
11 21/07/15(木)20:42:23 No.823802515
泣いた
12 21/07/15(木)20:49:09 No.823805200
助手を置いて1人で行こうとする樋口いいよね
13 21/07/15(木)20:52:26 No.823806487
メモ帳マークつけろ
14 21/07/15(木)20:58:42 No.823808840
にちゅれる…
15 21/07/15(木)21:01:32 No.823809997
いい…
16 21/07/15(木)21:02:36 No.823810438
2周目いい… 今回のエイプリルフールネタは特に妄想のしがいがあって良かった
17 21/07/15(木)21:12:05 No.823814286
片方だけ完全に記憶引き継いでる二週目いいよね
18 21/07/15(木)21:14:08 No.823815054
最初から前世の記憶あったのならシャニPとの出会いが大変味わい深くなる
19 21/07/15(木)21:14:10 No.823815071
円香は完全に覚えていたのか…
20 21/07/15(木)21:14:18 No.823815127
>片方だけ完全に記憶引き継いでる二週目いいよね 前回の記憶に似たシチュエーションで焦るんだけどなんやかんやうまいことやって未来を変える話いいよね
21 21/07/15(木)21:17:00 [sage] No.823816159
>>片方だけ完全に記憶引き継いでる二週目いいよね >前回の記憶に似たシチュエーションで焦るんだけどなんやかんやうまいことやって未来を変える話いいよね 次は共依存っぽいPまど書こうと思ってたけどそれもいいね… どっちも書こうかな
22 21/07/15(木)21:19:24 No.823817152
エイプリルフールは制作側のシャニPとアイドル死なせてぇ~!が凄かった
23 21/07/15(木)21:20:10 No.823817484
今更World×Codeの話するのもあれだけどホントライターの人の性癖を直球なのをお出しされた感があって楽しかった
24 21/07/15(木)21:20:35 No.823817662
赤い線だけは切れなかったの良いよね
25 21/07/15(木)21:27:00 No.823820224
あのエイプリルフール好きだから二次創作はありがてえ