ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/07/12(月)02:34:58 No.822644503
アタシが負ったのはかすり傷ぐらいだった。レース中で転んでも、体がいかれるような転び方ではなく、後続の誰にも踏まれず、これを幸運と呼ばずになんと呼べるだろう。 だが、テイオーは、テイオーは…。 嫌に真っ青な空の下で、テイオーはピクリとも動かなかった。観客席も実況もざわめきさえも、他のウマ娘たちの息遣いの方が大きく聞こえる位異様に静かで、思わず静寂から耳を伏せたくなる。 「テイ、オー…」 何とか呼びかけてみるけど、返事なんかは帰ってこない。生きてるのか死んでるのかさえも分からない。 脚に感じた嫌な感触が、また足の裏から伝わってきて自分が何をやったのかがはっきりと突きつけられる。アタシが、アタシが、テイオーを脚で、脚で…! 「あ、あ…あぁ…そ、んな…そんな…! テイオー…!」 震えて言うことの聞かない脚を放っておいて、這いずるようにしてテイオーへと向かおうとするけど体も上手く動かなくてちっとも前に進まない。走ったら一秒もかからずに届く距離なのに、3200mよりも長く感じる。
1 21/07/12(月)02:35:18 No.822644564
「アタシ…アタシが…」 思わず目が涙で見えなくなる。芝を抉る指にも力が入らなくなってきた。なにがいけなかったんだろう、アタシはただ掴みたかったのに、夢を、煌めきを、自分の走る意味を。 何かを掴もうと、その手に包もうとするたびに、指の隙間から零れ落ちていく。目指すこと自体が愚かだと言われるように。 それでもと、歯を食いしばって、脚に力を入れた。 それが今、兄貴の約束を果たすこともできず、憧れを踏み潰して、虫のように地べたを這いつくばっている。 これが、これが、アタシの結果? 努力も、勝利も、別れも、涙も、笑いも、出会いも、別れも、悲しみも、希望も、今までやってきたことはこんな事の為だったの? そんなの、そんなの、あんまりだ。あんまりじゃないか。 まだクラシック級なんだ、まだまだいろんなレースに走って、色んな人に褒められて、いろんなキラキラの中にいて、曇りない笑顔を作れるはずなんだ、テイオーは。テイオーはそんな走りで皆から愛されるはずなんだ。 それを、アタシが… 「アタシが…」 もう嫌だ、なにも見たくない、なにも感じたくない、何も、何も――誰か、助けて。
2 21/07/12(月)02:36:49 No.822644749
「ウッララーーーー!」 ふと聞き覚えのある声が、声を取り戻した観客のざわめきと共に近づいてきた。涙まみれの顔を上げて横を見ると、そこにはピンク色の髪が揺れていた。 知っている、有名な子だ。ハルウララ、走りじゃなくてキャラで愛されるウマ娘を名前で出すとすればこの子が一番にあがるだろう。そんな子だった。 そんなウララは老婆を背負いながら目をぎゅっとつぶっていた。おばあちゃんはロボットを運転するようにウララの耳を掴んでいて、それで器用に誘導していたようだ。 「トレーナー! もう着いた? 着いた? みんな大丈夫なの!」 「着いたよ、此処で降ろしておくれ。大丈夫だからくれぐれも目を開けるんじゃあないよ、あたしが降りたら回れ右して一秒、二秒スプリントした後、そこでやっと目を開ける。そのあとは外で待ってな」 「はーーーい!」 よっこいしょという声と共に背から降りたトレーナーらしきばあちゃんは、言いつけ通りに走っていくウララちゃんをにこやかに見送ると、一転して不機嫌そうな顔を隠そうとせずにアタシを見た。
3 21/07/12(月)02:37:39 No.822644871
「アンタ、脚はどうにもなってないんだから。さっさと立って中の方に行きな、邪魔だよ。それとも動けないのかい?」 「えっ……?」 「転んだ時に耳でも打ったのかい? 動けるのかい、動かないのかい? 何とか言いな、ただアホみたい芋虫になりながら泣いたら時が戻るわけじゃないんだ」 「は、はい…」 そういって言われるがまま立とうとするけど、やっぱり脚が震えて腰も抜けて立つことも動くこともできない。ウララのトレーナーはそれを見て舌打ちをすると、ごう、と老婆とは思えないほどの声を張り上げた。 「何をぼさぼさとしてんだい! ウマ娘に抱っこされるのがそんなに恥ずかしいかい! あとそこのカメラ、いつまで映してんだいさっさと止めな! 映してて楽しいもんかい!」 その声に遠くのカメラマンがびくっと震えて慌てて何かのスイッチを弄り始めたようだった。同時に後ろからまたウマ娘の足音が聞こえたかと思うと、そこに色んな娘とトレーナー達がおぶわれたり、抱えられたりしてやってくる。それぞれ手には医療道具やタンカを持っていた。 その中には桐生院さんやサブトレーナーだけじゃなく、マックイーンとライアン先輩の姿もある。
4 21/07/12(月)02:38:22 No.822644984
「お嬢様! お嬢様もここで! 後はわたすが! スタッフさんの手伝いを頼みますだ!」 「ライアンも、スタッフの指示に従って救急車の搬入を手伝え! 120秒以内で救急車は来る、行けっ!」 「その前に、そこの嬢ちゃんを誰か抱えていきな。そっとだよ」 「はい! 私が行きます!」 トレーナー達がテイオーの元へと駆け寄っていくと、ウララのトレーナーの指示の元、素早く幕のように黒い布が壁のように周りに張られて外からは見えなくなる。 アタシはタンホイザにおぶわれながら、遠ざかっていく黒い幕の向こうにいるテイオーにただただ謝り、祈っていた。祈るしかなかった。
5 21/07/12(月)02:38:46 No.822645029
〇 「トレーナー君、何故止める! いかせてくれ、私にも何かできるはずだ、テイオーが…あそこに!」 「ダメだ。今の君は冷静さを失っている、行っても邪魔になるだけだ」 静かなスタンドの個室の中で、出ていこうと止める彼女の手を掴んで止める。ウマ娘の腕力なら私ごと引っ張っていくのなど容易いことだろうに、振りほどこうともしないのはルドルフもまた頭の隅で自分が言っても何もできないことが分かっているからだ。 「私は…私は何もできないのか…? 私に憧れ、私を目指してくれた少女に。そのせいでテイオーは…」 「君は悪くない、ルドルフ。あれは事故なんだ、誰も予測は出来なかった、誰もあんなことが起こるとは…」 「トレーナー君にもか…?」 「……もちろんだ、彼女には不調などなかった」
6 21/07/12(月)02:39:36 No.822645164
嘘をつく。これで何度目の嘘か。 弟は間に合わなかった、それかそれでも走らせたか。トウカイテイオーは予測通りネイチャと争い、脚に限界が来た。その結果も想像通り。 私がルドルフに伝えて無理やりでも止めさせるべきだったのかもしれない、だがそうしなかったのは弟とテイオーの夢を壊すのが怖ったからか、それとも… 「どうすればいい…、トレーナー君。私はどうすればいい…道を示してくれ…」 まるで初めて会った時の少女のようにルドルフに不安げな表情が浮かぶ。私しか知らない表情、日々、尊敬と憧れと責任を背負う偉大なウマ娘ではなく、未だ誰かから守られるべき一人の少女だということを思い出させる表情。 このまま本当のことを言っちまえよ。そう心の中のどこかで自分のささやきが聞こえる。突き放せ、真実を伝えろ、昔からの恨みを浴びせろ、そうすれば復讐は完遂されるんだ。もういないアイツの代わりにこいつを地獄に突き落とせ。 そんな言葉が耳鳴りがするほどに頭の中で響いてくる。口角がいびつに上がろうとする。 「ルドルフ…」 「あぁ……」
7 21/07/12(月)02:41:18 No.822645369
そっと彼女の肩を持つと、彼女の目が私の瞳を捉える。そうだ、言うんだ。言うんだ。 「今日は幸運だった…ハルウララのトレーナーが来ていてくれたのだから。あれほどウマ娘の体に精通している人間はいない」 頭の中で違う自分が怒りの声を上げた。頭の中から外に出ようと頭蓋骨を叩きつけているように頭痛がする。 「あ、あぁ…ミスターシービーも担当していたからよく知っている…」 「彼女を信用しよう。命は必ず助かる、だからその間に病院の手配をするんだ。手術後、できる限り設備の良い、名医のいる病院で過ごせるように」 「しかしそれはあの父のように権力を…いや、そうは言ってられないな。そうしよう、そうするべきだ」 「そうだ、それでこそルドルフだ」 「ありがとう。だが、君のお陰だ、トレーナー君はいつだって私が迷うと導いてくれる。始めて出会った時のあのころから」
8 21/07/12(月)02:42:03 No.822645476
ルドルフの微笑みに笑みで返すと、携帯を持って部屋から飛び出していくルドルフを見送る。 頭の中の叫び声が静かになるまでに、少し時間がかかりそうなことに苛立ちながら、黒い布の壁を眺めた。今自分が思っているのはどっちだ、助かってくれか、歩けなくなれか。 わからない。何もかもが。あぁ頭が痛い。
9 21/07/12(月)02:42:42 [s] No.822645572
遅くなりましたし長くなりましたしお休みしちゃったしでもう何もお詫びのしようがありませんですがスリーゴッデスが全て悪いので自分は悪くありません許してください
10 21/07/12(月)02:47:13 No.822646166
救いは…救いは…
11 21/07/12(月)02:48:58 No.822646392
寝る前にこんなの読ませやがって……救いは…うう
12 21/07/12(月)02:49:05 No.822646403
ルドルフ周りの爆弾がでかいよぉ…
13 21/07/12(月)02:49:09 No.822646413
ルドルフ父はルドルフからも微妙な感じなのね
14 21/07/12(月)02:50:17 No.822646549
辛いし辛いが読まないと気になって眠れない
15 21/07/12(月)02:50:17 No.822646550
これが愛されウマ娘の姿かよ…辛い…
16 21/07/12(月)02:50:51 No.822646628
手段と目的を取り違えて破滅していくやつしかいない
17 21/07/12(月)02:51:09 No.822646675
ウララタクシーかわいいなー俺も乗りたいなー つらい……
18 21/07/12(月)02:51:43 No.822646738
どいつもこいつも地獄への片道切符しか握ってない…
19 21/07/12(月)02:51:51 No.822646755
仏頂面の弟はさぁ…
20 21/07/12(月)02:53:04 No.822646901
これ本当にみんな幸せになれるんですか…?
21 21/07/12(月)03:10:19 No.822649017
どいつもこいつもコミュニケーション不足すぎない?
22 21/07/12(月)03:10:56 No.822649102
どうすんだよこれ感凄い
23 21/07/12(月)03:12:37 No.822649322
>もう嫌だ、なにも見たくない、なにも感じたくない、何も、何も――誰か、助けて。 何も見たくねぇ…
24 21/07/12(月)03:15:20 No.822649694
一回現実からドロップアウトしよう
25 21/07/12(月)03:23:50 No.822650637
よしネイチャに怪我はなさそうだな!
26 21/07/12(月)03:29:32 No.822651273
身体は大事に至らなくて良かったな 身体は
27 21/07/12(月)03:32:08 No.822651558
自分とこの兄弟におもいっきりぶんまわされてグロッキーになってるところに他所の兄弟の因縁に追突事故起こされたネイチャの明日はどっちだ
28 21/07/12(月)03:38:13 No.822652204
なんか凄え田舎モンのトレーナーが居なかったか?
29 21/07/12(月)03:41:48 No.822652557
ウラトレすげぇ強キャラだな...
30 21/07/12(月)04:04:06 No.822654557
お辛くて耐えられないのに続きが気になってしょうがない 寝る前になんてものを…
31 21/07/12(月)04:32:21 No.822656281
>自分とこの兄弟におもいっきりぶんまわされてグロッキーになってるところに他所の兄弟の因縁に追突事故起こされたネイチャの明日はどっちだ 追突したのはネイチャだろう
32 21/07/12(月)04:34:21 No.822656388
事故起きた瞬間にスタンドで見てたウマ娘とトレーナーたちが柵を飛び越えて駆け出したんだろうなと思うと少しは世界は捨てたものじゃないと思える
33 21/07/12(月)04:47:35 No.822657019
どうすればここからハッピーになるんだよ
34 21/07/12(月)05:35:37 No.822659242
どうせ恋愛ダービーな以上勝者以外誰もがバッドエンドだ 主人公ならハッピーエンドになれるなんて前提から疑え
35 21/07/12(月)05:37:54 No.822659351
心という器は一たびひびが入れば二度とは
36 21/07/12(月)05:38:55 No.822659392
め̷̷̷ざ̷̷̷せ̷̷̷!̷̷̷!̷̷̷ 無̷̷̷敗̷̷̷の̷̷̷ 三̷̷̷冠̷̷̷ウ̷̷̷マ̷̷̷娘̷̷̷!̷̷̷!̷̷̷
37 21/07/12(月)05:57:58 No.822660218
大丈夫? これ描写されてないところでテイトレ喉掻き斬って死んでない?
38 21/07/12(月)06:03:23 No.822660457
あれ?ウララって初登場? なんか前にオババトレーナーとウララをみたことがある
39 21/07/12(月)06:04:51 No.822660519
大ベテランのおばあちゃんがウララトレやってる怪文書はアプリリリースされて日が浅いうちに何本か見たな
40 21/07/12(月)06:16:00 No.822661080
スリーゴッデスよ まさか柏葉栄一郎の邪悪さをここで炸裂させるというまいな…?