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21/07/08(木)19:22:11 「ねえ... のスレッド詳細

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21/07/08(木)19:22:11 No.821359500

「ねえ、早く連れて行って」 マンハッタンカフェと初めて会った時、何処へでもなく彼女が呟いたのを覚えている。祈るように、待ち構えるように。飢えた獣が懇願するのは、その渇きを満たすことのみ。 女優としても活躍していた彼女のことはトレーナーを志す前から知っていた。レース以外に華々しい舞台を持つ彼女は、走らなくても満たされているのだと思っていた。そもそも自分にとっては関係のない世界の人物で、決して交わらない平民と貴族のような。だから、彼女がトレーナーを探しているという噂が立った時は驚いた。マンハッタンカフェは度々選抜レース場に出没し、走らずに帰っていく。それも大勢のトレーナー候補が押し掛けるので、俺のような新人には姿を見ることすら叶わなかったのだ。 目を疑った。学園からの帰り道、闇に紛れるように歩く彼女を見た。帽子を深く被り、ロングコートでシルエットを隠したマンハッタンカフェは、いつもテレビで見るような姿ではなかったけれど。

1 21/07/08(木)19:22:39 No.821359630

安っぽい言葉で言えば、オーラがあった。確かに彼女はそこにいた。闇に紛れるようにか細く、けれど夜に光るようにしっかりと。分かってしまった。彼女に今、声をかけねばならないと。まるで本能が叫ぶように、俺はマンハッタンカフェに話しかけた。 「なあ、きみ…」 その時。その時に、彼女は一言。静かに叫んだ。 「ねえ、早く連れて行って」 何処へ連れていくのか。そもそも俺に向けた言葉なのか。こちらに気付いていたかもわからなかったのに、俺は焦るように言葉を繋げる。 「わかった」 「俺が君を連れていく」 手を離したら、何処かへ消えてしまいそうな気がしたから。 返答はなく、彼女はくるりと踵を返す。こちらに近づいてくる。言葉はなく、横を通り過ぎていくのを黙って待ってしまう。…いいやダメだ! 「あの、明日またここで」 そう言った時、わずかに彼女の脚が止まった気がした。

2 21/07/08(木)19:22:57 No.821359710

私は物語が好きだ。皆私にない輝かしい人生を語るからだ。幼い頃の私はどうしても彼らのようになりたくて、女優を志した。演じるのではなく、彼女たちに私が"なる"。私は鏡であり、薄い台本の上にあるヒトガタを舞台へ映し出すのだ。その役割の中で、わずかに私は退屈さを忘れられる。たとえば情熱的な恋を間近で見れば全ての景色が色づくように錯覚する。たとえば憎悪に身を焦がす殺人鬼を模せば流れる血がとても綺麗に見える。人生は退屈すぎて、それぐらい一生懸命に何かに打ち込まないと楽しめないのだと思う。きっと、彼も。彼女も。何かにその身を捧げているから幸せに生きている。 私には、それがない。だから私はつまらない。本能から満たされない。 自殺を考えたことはない。いくら生きるのがつまらないといっても、死はもっとつまらないからだ。それは永遠に続くのだから。代わり映えもなく、孤独の中で全てを後悔し続ける空間になる。だから私は生を求める。生き続ける先に、答えがあると信じて。

3 21/07/08(木)19:23:27 No.821359841

私にレースの話が舞い込んできたのは、マネージャーの指図だった。あのマンハッタンカフェがデビューすれば大きな話題になると。馬鹿馬鹿しい。私は話題になるために女優をやっているわけじゃない。けれど少しの期待を求めて動いてしまうのは、飢えた獣の性なのだろう。選抜レースを見届けて、彼女たちの見る景色に想いを馳せる。風を切るのはそんなに楽しいだろうか。脚を早く回すのはそんなに興奮するだろうか。わからない。演じるように、自分に彼女たちを映し出す。何かもどかしい感覚があったけれど、それ以上には届かなかった。 いつものように変装して、私は学園を出る。とはいえオフの私を目ざとく見つける人などそういない。私に映された物語には色が付いているけれど、私自身は真っ黒な黒子に等しいのだ。演技がない私には、つまらない人生を送る一人のウマ娘という記号しか残されていない。

4 21/07/08(木)19:23:53 No.821359964

ああ、いっそ。何か罪を犯す殺人鬼の気持ちがわかればな。一人、その心をシミュレートしてみる。たとえば私は世界の全てが憎たらしい。誰でもいいから人の命を台無しにしてみたい。だって羨ましいから。手が届かないから。そうして殺人を達成した後、私は一躍時の人になる。今度は誰もが理解できない、埒外の人間に躍り出る。誰からも相手にされない無欲の人は、誰からも憎まれる全ての敵になる。うん、悪くない。そうして最後、断頭台へ連行されることが決まった時。私はうっとりと呟くのだ。 「ねえ、早く連れて行って」 そこまで思考を巻いた時、誰かの声が聞こえた。最初は私に声をかけているなどとは思わなかったし、私の心は宙に浮いていた。けれど。 「俺が君を連れていく」 こちらの台詞に反応したのだろうか。独り言に対して会話しようとは殊勝な人だと思った。ゆっくりと声のする方を見る。…思えばその時にはもう。私の命は、始まりを告げていたのかもしれない。

5 21/07/08(木)19:24:08 No.821360044

言葉はなかった。聞き間違いだったかもしれない。私を断頭台へ連れていってくれる人などいない。そこはある種のゴールで、物語が幕を閉じる場所だけれど。私にはゴールがない。そういうことなのだろう。 その男の人はどこかで会っただろうか。もし知り合いだったなら、礼儀作法は通さなければ。芸能界の付き合いに興味はないけれど、無理に嫌われる筋合いもない。そう、ゆっくりと近づいて。通り過ぎようとした時に、彼の言葉がナイフのように突き刺さった。 「あの、明日またここで」 その時。明確に。心臓が止まるような感覚があった。血が流れ出すような幻覚があった。脚を進められなくなる錯覚があった。私は確かに殺された。そんなふうに思った。けれどそれは一瞬。すぐにつまらない人生が戻ってくる。だけど。色鮮やかな血染めの世界を、その一瞬私は垣間見た。 そんなふうに昨夜のことを思い出しながら、今日の予定を確認する。…夜は、空いている。なら。 もう一度行ってみようか。そうして、もう一度。今度はしっかり乞うてみようか。 ねえ、早く連れて行って。 楽園への道筋は、未だ方角すら見えず。

6 21/07/08(木)19:29:36 No.821361821

ワッフルワッフル

7 21/07/08(木)19:30:39 No.821362187

旧カフェいい…

8 21/07/08(木)19:30:48 No.821362239

このカフェは依存する姿が楽しみになりますね

9 21/07/08(木)19:32:36 No.821362855

初期カフェの残滓はキャラソンの「楽園」に残ってるのでリッスンナウ!

10 21/07/08(木)19:53:20 No.821370149

旧カフェにはいい感じに危うさがある

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