21/07/05(月)22:30:58 最初は... のスレッド詳細
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21/07/05(月)22:30:58 No.820486991
最初は一人ずつだった。それにある種、安堵していた部分もあるんだろう。それはただの油断で、私たちの怠慢だった。そのことを自覚すればするほど胸の内に流れる血流は不穏に蠢く。ちょっとした体調不良を引き起こすには十分だった。 「…ごめんなさい、トレーナーさん。」 「いや、いいよ。しばらく寝てて。」 そういって、絞った布や水をそばに置いて熱を出した私をトレーナーさんは甲斐甲斐しく世話をしてくれた。その言葉に甘えて、ゆっくりと瞼を閉じる。つめたいものが気持ちよくなって、ゆっくりひんやり体を冷やしていく。その感覚に溺れながら、意識を少しだけ遠くに置くことにした。 目が覚めたのは夜半だった。部屋の灯もつけず、机の電灯だけをつけて難しくうなるトレーナーさんが見えた。机のほうに目をやると、あの資料の山々が重なっておいてある。私の代わりに、色々考察を考えてくれているのだろうか。 「…トレーナーさん。」 「ん?おお、起きたか。調子はどう?」
1 21/07/05(月)22:31:09 No.820487056
作業を中断し、疲れ目をやわらかく歪ませてこちらに微笑む。その様子を見ると、どこか心が安らぐような気がした。ゆっくりとベッドから起き上がって、少しふらつきながら机にもたれる。 「…これは。」 私の目に飛び込んできたのは、トレーナーさんによってスケッチされたであろう、黒い影の正体。フクキタルちゃんのトレーナーさんの書いたものよりもある程度鮮明に、そして不気味に書かれていた。 「…グラス。グラスに一つ、いいニュースを教えてあげたい。いいかい?」 「…はい、なんでしょう?」 ごくりと喉を鳴らす。どのようなことがその口から飛び出るのか、私はそれを待つ。その時間は、1分よりも長く感じ取れた。 「…もしかしたら、みんなを救えるかもしれない。」 そういうトレーナーさんの口は、少し後悔の念が込められていた。 「…どういう理由で、ですか?」
2 21/07/05(月)22:31:19 No.820487129
そういうと、少しずつ頭の中で整理する様子を見せながら、トレーナーさんは話してくれた。曰く、図書室で似たような事件を扱った文献があったこと。曰く、それは神隠しの文献であったこと。曰く、その原因は全くの不明ということ。ただ、とある条件を満たせば消えた人々は元居た場所に戻るらしい。 そんな都合のいいことがあっていいのか、と思う。ただ、見せられた文献にはそのように書かれてあったし、その文献の結末も大団円で終わっていた。ただ一つ、その方法を使った人を除いて。 「…この、条件が一番のネックになる。…それは───」 その口ぶりから察するに、あまりいい方法ではない。それに加えて、語ろうとするその顔は嫌に歪んだもので、私は耳を閉じようとしてしまった。だが、今この状態が続くよりも。それで、みんなが助かるなら。 「───その人は、その怪異と一生を共にしないといけない。そうなるために、怪異に会わなきゃならない。会ってから、呪文をこう唱える。…ただ一言、ありがとうと。」
3 21/07/05(月)22:31:29 No.820487191
私の予想を裏切るような、あえて言うと陳腐な。まるで子供に読み聞かせる、おとぎ話に出るような条件に呪文。一瞬その耳を疑いたくなったが、トレーナーさんは何も撤回はしなかった。 「…拍子抜けだよな。あれだけ、人を苦しめたやつを治めるには。その苦しめたやつに、感謝を言わなきゃいけない。…いや、今の話は忘れてくれ。何か別の方法が───」 ただ、その方法がどれだけ拍子抜けで、どれだけ子供じみたものでも。それで彼女たちが、彼らが助かるのなら。私はそれをせねばならないし、それが使命だと思ってる。 「…トレーナーさん。私が、やってみます。」 手が震える。毛先に至るまでの神経がびりびりと逆立つ。その言葉の意味は、私の犠牲によって成されるから。キングちゃんにあの時、ぴしゃりと叱った言葉が自分に返る。どうしても、頭にこびりついて離れなかった。 「いやいや…まだこれも確証があると決まったわけじゃ」 そうしてトレーナーさんがごまかそうとすると、ドアがこんこんと鳴る。ほどなくして入ってきたのは、フクキタルちゃんのトレーナーさんだった。
4 21/07/05(月)22:31:43 No.820487279
「…外から聞いていたが、なるほど。やっと思い出した。…残念なことに、それは本当だ。ただ、君がする必要は…」 「…以前、同僚さんでもダメでしたのですよね?それなら、フィジカルの勝る私のほうがよろしいのでは?」 付け焼刃にも程がある論理で、そう切り返す。目には熱く何かがこみ上げて、それを押し込むように彼を睨む。 「…本当に、後悔しないな?」 その声には、諦感が混じっていた。私の目を見て、もう止められないと判断したのか、それとも止めるだけ無駄だとあきらめたのか。どちらかは分からないが、少なくともそう思っているように感じた。 「…はい。」 「それなら、囮は俺がやる。…すみません、フクのこと。頼めますか。」 そういって、私のトレーナーさんに懇願する。断る理由もなく、黙って頷いた。 「…よーしそれじゃあ、仕掛けだな。少し待ってろ。」 彼が踵を返して部屋を出ていく。残った私たちは、なんとも言えない空気に包まれて何をするわけもなくただ立ち尽くしていた。
5 21/07/05(月)22:31:55 No.820487340
「…大丈夫ですよ、きっと。偶然が重なれば、きっと。」 その言葉には何ら意味もない。ただ、慰めと覚悟にほんのちょっとの悲壮感を加えただけの、何ら意味のない言葉の羅列。その私を気にしてか、背中を何度か撫でてくれる。それに大きな勇気をもらって、彼が帰ってくるまでの数分を満喫した。 「良し。そろそろだ、行くぞ。」 フクキタルちゃんのトレーナーさんが私を呼んで、それについていく。外にやるかと思ったら、学園の端の納屋に案内された。 「この中でちぃと待ってろ。…ノックがしたら、開けて、アレを言うんだ。分かったな。」 「…はい。」 張りつめる空気が、納屋全体を覆う。最後に見た空は、暗雲のように黒い煙がそこかしこに点在していた。 一分経っただろうか。まだ来ない。二分経っただろうか、まだ来ない。三分、四分、五分… 刻々と過ぎていく時間が私の精神を逆撫でする。早く終わらせて、この緊張から解き放たれたい。早く、友を救いたい。そう思ってしまっていると、運命の音が納屋に響いた。 こんこん。
6 21/07/05(月)22:32:07 No.820487425
喉に詰まる唾がうまく通らない。ぐぐ、と鈍い音を立てて無理やり飲み込んで、古びたドアノブを回す。ぎちり、という腐食した油と金具がこすれる音がして、ゆっくりと扉を開いた。 そこに立っていたのは、先ほど別れたはずのフクキタルちゃんのトレーナーさん。私を見て、開口一番にこう言い放った。 「お前とまた対峙するとはな。」 耳障りで、気持ち悪い声。なのに、何かを返さなきゃいけない感じがして。どうしても、どうしても喉に引っかかる言葉を抑えてしまう。だけど、これが最後だ。これで、終わり。これで─── 「…あり、がとう。」 震える声でそう返す。すると、世界が白く染めあがる。その影と私だけが同じところにいて、暫くの間立ち尽くすしかなかった。 その黒い影が、徐々に形を成して。私と瓜二つの姿になると、そっと頭を撫でてくれた。 「───んでくれて───りがとう」 そうした途端、黒い影が眼球の奥から迫って私の意識はそこで途切れた。
7 21/07/05(月)22:32:21 No.820487534
目覚めると、そこは私の自室。隣にはエルがいないベッドがあって、何故かは知らないが戻ることが出来たのだと直感で理解する。起き上がって、時計を確認する。…ちょうどあれから、2時間は経っていた。 廊下に出ようとして、扉のノブに手をかける。すると、こんこんとドアを叩く音が聞こえた。恐る恐る、ノブをひねって開く。 「…さようなら。」 私と同じ姿かたちをした少女が、そう告げた。またしても意識は途切れ、闇の中へと置き去りにされる。 目に光が入る。それは陽の光ともいえる優しく暖かな光。完全に意識が覚醒すると、私の手を握る私のトレーナーさんと、焦燥の様子でこちらを覗き込むフクキタルちゃんの顔があった。 「…!グラスさん!よかったです…!」 抱き着くフクキタルちゃん。単なる夢だと思っていたそれらは、確かに伝わる体温と共に現実を染め上げる。軽く抱き合ってから、私のトレーナーさんが事情を説明する。
8 21/07/05(月)22:32:34 No.820487622
「…なんとも信じがたいことだが、みんな無事に見つかった。セイウンスカイ、キングヘイロー、スペシャルウィーク…ヒシアマゾンに、その他失踪していた学園生徒。フクキタルトレーナーやヒシアマゾントレーナーも、みんな無事に見つかった。それだけは、伝えておきたい。」 信じられないものを語るような口ぶりで、そうぽつぽつと話し出す。セイちゃんやキングちゃん、スぺちゃんやヒシアマ先輩は自室で倒れていたところを見つかったらしい。トレーナーさんたちも、ほぼ無傷で見つかったとか。 あの時の伝承には、ウソが混じっていたのだろうか。覚悟していた割にはあっけない終わりで、しかも大団円で終わる。そんなことがあっても、よかったのだろうか。そう思うと、一気に緊張の糸が切れた。ふっと白い枕に体を預けると、窓の外に何かが見えた。 私と瓜二つの栗毛が、こちらをにたりと笑いながら見据えていた。
9 <a href="mailto:s">21/07/05(月)22:33:12</a> [s] No.820487901
霊障がちょっとひどいのでここらで切り上げました fu138306.txt
10 21/07/05(月)22:38:24 No.820490015
結局何だったんだ…
11 21/07/05(月)22:38:58 No.820490240
わからん…
12 21/07/05(月)22:45:52 No.820493068
怪異の気まぐれか...これから先ずっとナニカの陰に怯えて生きるのかな 多分忘れたりしたらまた消されるだろうし
13 21/07/05(月)22:47:30 No.820493707
>霊障がちょっとひどいのでここらで切り上げました さらっと言ってるけどこっちも怖くない…?
14 21/07/05(月)22:47:55 No.820493876
グラスが二人…競わせたら楽しくなるな!
15 21/07/05(月)22:48:06 No.820493954
自分の姿をコピーしたあいつが死ぬまで憑いてくるって事なのか… 視界の隅に常時映り込んでる様な感じだったりして
16 21/07/05(月)22:49:36 No.820494538
なんでわざわざ大勢攫ったんだ…
17 21/07/05(月)22:50:47 No.820495012
フクトレの昔の同僚は…?
18 21/07/05(月)22:52:43 No.820495800
もう一人の自分がいるとか普通なら怖いけどグラスなら嬉々として倒しに行きそう
19 21/07/05(月)22:55:38 No.820497022
遊び足りないのかもね
20 21/07/05(月)22:55:44 No.820497053
しゅみです。みたいにちょっと借りてるだけなのかもしれない 沼男みたいにもう手遅れなのかもしれない
21 21/07/05(月)22:56:07 No.820497222
>霊障がちょっとひどいのでここらで切り上げました >fu138306.txt おばか! 怪談怪文書でよくないものを呼び込むなんて危ないでしょ!?
22 21/07/05(月)22:59:07 No.820498418
故人的にはこの手のホラーって結局何だったのかわからない解決したようで解決したのかもわからないモヤっとした感じになるのが1番好みではある
23 21/07/05(月)23:01:46 No.820499481
>故人的にはこの手のホラーって結局何だったのかわからない解決したようで解決したのかもわからないモヤっとした感じになるのが1番好みではある 成仏して
24 21/07/05(月)23:10:24 No.820502730
>故人的にはこの手のホラーって結局何だったのかわからない解決したようで解決したのかもわからないモヤっとした感じになるのが1番好みではある 早く彼岸に帰りなさる
25 21/07/05(月)23:10:42 No.820502837
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
26 21/07/05(月)23:11:58 No.820503331
>No.820502837 ありがとうございます