ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/07/04(日)19:50:33 No.820084018
マーベラスサンデーのお陰で逃げずに渡そうと決められたのは良かったものの、それで憂いなく渡せるという訳ではない。 これでいいのか。本当に喜んでくれるのか。美味しく食べてくれるのか。 自分の鞄の中に入ったお弁当のおかずを思い浮かべる度、そんな事が頭の中を巡る。考え込むスズカがぐるぐる左回り。なうろーでぃんぐ。 そのせいで午前中の授業には全く身が入らなかった。 そして、お昼休み。早くきて欲しかったとも、きて欲しくなかったとも思う時が遂にきてしまった。トレーナー室に向かう足取りは重い。 楽しいはずのお昼休みに重苦しい顔をしてトレーナー棟に向かうあたしの姿は、呼び出された被告人の様に見えるだろう。 トレーナー室への階段、ゴール前の坂はまるでゴルゴタの丘。傍らに携わるのは自らを磔にする十字架。己の足で向かう審判の場所。 救世主でも何でもないただのウマ娘のあたしは、一体何の罪で裁かれるのだろうか。
1 21/07/04(日)19:51:08 No.820084314
遂に辿り着いたトレーナー室の扉の前。この扉を開ければ裁きが下される。 引き戸に手を伸ばし、戻し、伸ばし、戻し。永遠とも思える逡巡。 授業中に浮かんだ憂いがここにきて一際強くあたしを苛む。あたしの気分は絶不調まで直滑降。また呻き声と呪詛が出そう。 深呼吸一つ。お昼休みは有限。お腹を空かせている彼をこれ以上待たせる訳にはいかないと、覚悟を決めて引き戸に手を伸ばす、けども、そこに既に引き戸は無かった。 ガラリと勝手に開いた扉。そして私の目の前には。 「あれ、ネイチャ?」 「うにゃあ!?」 あたしに裁きを下す裁判長が立っていた。
2 21/07/04(日)19:51:37 No.820084549
「いやードンピシャだったね」 「ソウデスネ……」 まさか3分ほど扉の前で入るの悩んでました~、なんて言えるはずがない。彼はお昼に備えて自販機に飲み物を買いに行こうとしたらしい。戻ってきた彼の手にはお茶が2本。彼と、あたしの分。 「さて、ネイチャさん。お待ちかねのものをお願いします」 「……ハイ」 ミーティング用の長机に向かい合って座るあたし達。開廷宣言は彼の口から。震えそうな手であたしは緑のペイズリー柄のバンダナに包まれたお弁当を手渡す。今十字架は登り切った坂の上にあたしの手で立てられた。 「……ドウゾ」 「はは~ありがたき幸せ。いやー楽しみで楽しみで仕方がなくてさ、午前中仕事が手につかなかったよ」 なんとかやり切ったけどさ、とバンダナの包みを解きながら朗らかに笑う彼。その期待を裏切ってしまうのかもしれないと考えると真っ直ぐには見られなかった。
3 21/07/04(日)19:52:08 No.820084818
「では、いただきます」 芝居がかった神妙な挨拶と共にお弁当箱の蓋を開ける彼。思わず見ていられず顔を背ける。全身が緊張で強ばる。 遂に、遂にきてしまった。裁きの時だ。 「おお……」 その声は感嘆か、失望か。 ゴール前、最終局面。心臓はもはや破裂寸前。 かちゃりと箸を動かす。口に運び、入れる。咀嚼。その全ての音を鋭敏なウマ娘の聴覚が拾いあたしに知覚させる。塞げる事なら塞いでしまいたかった。そして彼の判決は。 「……美味い」 「……はぇ?」 無罪。ハナ差であたしは憂いを差し切った。
4 21/07/04(日)19:52:38 No.820085015
「美味い。美味すぎる。こんなにふっくらしたブリは初めてだ」 「……ホント?う、嘘とかお世辞じゃなくて?」 「いや本当に美味しいよ。味付けも最高だし、ブリの照り焼きでこんなに感動するなんて思わなかった。今までで1番美味しい」 「……よかっ、たぁ……」 憂いが一気に反転して安堵に変わる。 鼻がツンと痛くなって、目元が熱くなって。 でもその痛みは悔しい程に愛しかった。 「ほら、ネイチャも一緒に食べよう」 「……っ、うんっ」 彼に促されて赤のペイズリー柄のバンダナを解いて自分用のお弁当を開く。もう憂鬱な気分など綺麗さっぱり消えてしまっていた。 その後も彼はお弁当を口にする度に美味い美味いと連呼して、あっという間にお弁当箱を空にしてしまうのだった。
5 21/07/04(日)19:53:10 No.820085225
「……その、ごめんね。初めての手作りなのに、こんな茶色くて可愛くないお弁当で」 「もしかして、気にしてた?」 「いや、まぁ……うん。出来上がった時に気付いて、やっちまったな~って」 「そんな気にしないで良かったのに。母親の弁当で慣れてるし、むしろ茶色いお弁当ほど美味いって思ってるからさ」 「そ、そうだったんだ。はぁ~、気ぃ張っててなんか損した気分」 「すまんすまん」 「卵焼き、良くこんな綺麗に巻けるね」 「実家で散々巻いてたからね~。納豆オムレツとか激ムズだけど作れる様になったし」 「納豆オムレツ?中に納豆入ってるの?」 「そ。母さん直伝の、ウチの定番B級グルメ」 「へ~美味しそうだなぁ」 「お弁当には向かないけど……今度、作ってあげようか?」 「本当?楽しみにしてるよ」 「……っし」
6 21/07/04(日)19:53:34 No.820085427
胃袋を掴んだからにはゴールまで後少しだ
7 21/07/04(日)19:53:36 No.820085441
「そういえば、なんでブリの照り焼きだったの?」 お弁当も食べ終わり、お茶を片手にゆったりとした時間。 ふとした疑問をトレーナー室に据え付けられたシンクでお弁当を洗う彼に向かって投げかけてみる。別にいいのに、と言ったけど彼は作ってくれたお礼だからと洗うのを頑として譲らなかった。 今までスポーツ飲料作りとかトレーニング関係でしか活用してなかったシンク。今日は自販機のお茶だったが、彼へのお弁当作りが常態化するのならお茶道具を揃えても良いかもしれない。 電気ケトルは彼に備品申請してもらうとして、道具はまた2人で商店街に買い出しかな。少し奮発して良いお茶っ葉を買おう。 最初の弱気は何処へやら、あたしの頭はこれからの事で一杯だった。 「ん?あぁ、魚屋さんに勧められたのもあるけど、上京して此処に来てからあんまり魚食べてないな~って思ってさ」 俺の出身海無し県で魚食べれない程じゃないけど苦手だったんだよね、と苦笑いする彼。
8 21/07/04(日)19:54:04 No.820085663
「リクエストしといて何だけど、いや、これ程美味しく食べられるとは思いもしなかったよ。おみそれ致しました」 「いやいや、此方こそ美味しく食べて頂き感謝ですよ~。気に入ったなら、これからもお弁当にお魚入れるね」 「ありがとう。ネイチャの魚料理なら毎日食べてもいいくらいだな~」 「ま、毎日……って、えぇ!?」 あまりの爆弾発言にあたしは声が裏返りそうなほど衝撃を受ける。 それって、つまり、君の味噌汁を毎日飲みたい、的な。 「あ、でも次は肉料理がいいかな。唐揚げとか」 「へっ?……あーはいはい。お弁当のおかずの話ね……」 「うん。ネイチャのお弁当、もっと楽しみたいからさ」 「~~っ!アンタって人はっ、も~~っ!」 今回のレース。差し切って憂いには勝利したが、この人との駆け引きには勝てそうにもないのだった。
9 21/07/04(日)19:54:35 No.820085868
終わり。 お弁当に勝って恋に負ける。ただの恋する乙女になってしまってもはやお金持ちイケメン彼氏募集中の欠片すらない。不徳の致すところ。 前話はtxt上げがどうしてもできないのでしぶの方に上げてます。良ければお願いします。
10 21/07/04(日)20:00:24 No.820088800
原案ネイチャだ
11 21/07/04(日)20:00:43 No.820088959
弁当が茶色い罪で担ぎ出されそうになるジーザス初めて見た
12 21/07/04(日)20:05:49 No.820091192
無罪!以上!閉廷!
13 21/07/04(日)20:08:59 No.820092514
クソボケ罪の方は?
14 21/07/04(日)20:11:54 No.820093721
>クソボケ罪の方は? 有罪ッ!被告人を終身刑に処すッ!
15 21/07/04(日)20:12:21 No.820093885
マ マ マ マ マ マ
16 21/07/04(日)20:14:34 No.820094821
マママママーベラス!
17 21/07/04(日)20:15:27 No.820095202
ボルテージ来たな…
18 21/07/04(日)20:16:54 No.820095843
>>クソボケ罪の方は? >有罪ッ!被告人を終身刑に処すッ! 宣告ッ!監視役の担当ウマ娘と、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うがよいッ!
19 21/07/04(日)20:27:14 No.820100437
ネイチャの作る弁当は茶色いというのは最早共通認識
20 21/07/04(日)20:36:16 No.820104496
>なうろーでぃんぐ。 はいお前可愛い
21 21/07/04(日)20:37:04 No.820104829
いい…いいね…