虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    21/06/30(水)19:00:44 No.818666089

    わたしはいつも頑張っているとトレーナーは言うけれど、トレーナーはいつももっともーっと頑張っていると思う。だけどそんなトレーナーに、わたしはどうしたらいいのだろう?がんばらなくていいよ、と言えばいいのだろうか?それはなんだかシツレイな気がする。トレーナーのためになるようなことをしてあげたいから、シツレイなのはダメだ。 わたしがもっと頑張って、がんばって。レースに勝てるようになればいいのかもしれない。けれどそのためにはトレーナーももっとがんばることになるだろうし、そうしたらトレーナーは倒れてしまうかもしれない。トレーナーが倒れてしまったら、タイヘンだ。でも、たとえば。わたしが有馬記念に出れたなら、トレーナーは喜んでくれるだろうか? 聞いたことのある、すごいレース。みんなが目指すいちばんのレース。わたしはトレーナーがトレーナーになってくれてよかったと思っている。すぐ色んなことをわすれてしまう私が頑張れるのは、トレーナーのおかげだ。いつも優しくて、暖かくて、大好きなトレーナー。トレーナーのことを考えるだけで、心がすこしあったまる。これは秘密だ。

    1 21/06/30(水)19:01:01 No.818666183

    だから、トレーナーにいつか恩返しができたらいいと思う。びっくりするような恩返し。わたしのトレーナーが、わたしと一緒でよかったと思えるようなプレゼント。…うん、やっぱり。 有馬記念は、わたしでも聞いたことがあるのだから。きっとすごい、すごいレースなのだろう。スペちゃんやグラスちゃんやセイちゃんもよく言っていた。宣伝も聞いたことがある。 『年末の中山では、あなたの夢が叶う』 わたしの夢は、トレーナーが良かったと思ってくれること。ならば、決まりだ。 有馬記念を見に行こう。トレーナーと一緒に。 大勢のひとがスペちゃんたちを見ている。そこはわたしの知っているコースとは違って、緑の芝が綺麗だった。ダートも楽しいけれど、芝も走ってみたい。そう思った。スペちゃんがこわい顔をしているので、トレーナーに何故か聞いてみる。"キンチョウ"ということらしい。キンチョウすると、楽しいはずのレースが楽しくないのだろうか。一瞬そう思ったけれど、皆が一斉に走り出したのを見てその考えは消えた。

    2 21/06/30(水)19:01:34 No.818666333

    ものすごい歓声。足と芝の奏でる音はぱかぱかと素敵で、ずっとずーっと聴いていたいと思った。みんなのホンキが伝わってくる。どこまでも、どこまでも。いっしょうけんめいが束になって、本当に夢が叶ってしまいそうだ。 ちらり。少しだけ、トレーナーの方を見る。トレーナーと目があって、考えることは同じだと思った。大切な人の姿と、このレースを重ねて。何かを考えずにはいられない。きっと、そういうことだ。 ゴールイン。ずっと続いていたような気分だったのに、時計を見たらあっという間だった。スペちゃんとグラスちゃんが、真剣な目でまた走ろうと約束する。約束。わたしとトレーナーの約束。 「一緒に一着、たくさん取ろうね」 なんとなく、だけど。ぜったい、だと思った。有馬記念は、本当に夢が叶うんだ。だから、だから。わたしも、出たい。走りたい。目指したい。トレーナーの思う一着は、ひょっとしたら違うレースだったかもしれない。けれど、一緒なら。わたしは決めた。わたしも、ここで走りたい。息を吸い込み、トレーナーにセンゲンする。

    3 21/06/30(水)19:01:51 No.818666409

    「わたし、有馬記念に、でるーーーー!!」 少し迷ったような、驚いたような。そんな顔の後、トレーナーは言った。 「…できるか?」 「うん!」 トレーナーはびっくりしている。成功だ。トレーナーは喜んでいる。成功だ。なら、わたしはちゃんとトレーナーのためになれている。つまり、わたしは必ず走れる。 わたしはトレーナーのためなら、どこまででも頑張れるのだから。

    4 21/06/30(水)19:02:25 [有馬記念後] No.818666559

    有馬記念に出たい。彼女がそう言った時点で、止めるべきだったのだろうか。 勝ちたい。彼女が初めてそう思ったのを、へし折るべきだったのだろうか。 最後方にぽつんとひとり。それでも必死に、他のウマ娘が全てゴールしたあとも、ずっと。ハルウララががんばる姿から、目を覆うことすらできなかった。 彼女の脚は芝に適していないことなど、分かっていた。彼女の身体は2500mを走れるようにできていないことなど、分かっていた。 一人のトレーナーとして、当たり前のように分かっていた。それでも。 彼女には夢の舞台に登る権利がある。彼女には勝利を求める資格がある。 …彼女のトレーナーとして、当たり前のように彼女を信じていた。それでも。 現実は、冷たく。痛々しい。俺はどんな顔をして、ハルウララを迎えればよいのだろう。

    5 21/06/30(水)19:03:09 No.818666799

    「はあ~っ!トレーナー、ただいまっ!」 「おかえり、ウララ」 それでも、彼女は笑っていて。こちらも釣られて笑顔になる。 「あのねっ、すごかったんだよ!走ってる間ずっとね、声が途切れなかったの!」 ウララの走りはいつもみんなを元気にする。今日も、それは変わらなかった。 「全部聞こえてたの!ウララちゃんがんばってーって!」 楽しそうに、矢継ぎ早に。その言葉を、噛み締める。 「うん」 「それでね、前の子を追い抜こう追い抜こうって、すごくがんばったの!」 前を走るウマ娘は果てしなく遠く。ライバルの背中すら、見えなかったけれど。 「走ったの!けどねぇ、すっごく速くてね、追いつけなかったんだあっ」 果たして俺が同じ立場に立ったとして、彼女の見た景色が幸せなものだったと言えるだろうか。 「あともうちょっと、わたしの脚が長かったらね、きっと追い抜いてたんだよ!」 夢と現実。その差を知っていたはずの俺は、トレーナーとして止めるべきだったのか。一人のファンとして、俺は彼女の勝利を信じていた。

    6 21/06/30(水)19:03:25 No.818666875

    「それでね、それでねっ……」 ウララの目が潤む。桜色の瞳が、無色の泡をぽたり、ぽたり。 「ぐすっ……」 この気持ちを知れたことは、ウララにとって得難い経験だっただろう。でもそれは。 「あ、あれぇ?へんだなぁ」 この先も、ウララは走り続けるのだから。そのために、彼女はまだまだ成長しなければならないし、きっと成長できる。けれど。 「すっごく楽しくて、もっとずーっと走りたいって、ぐすっ、思ってたのに」 大粒の涙が、落ちる。 無垢な桜の花に、泥の味を教えるその行為は。ヒトとして、許されるものだったのだろうか。 「頑張ったな、ウララ!」 ウララを労う。この場に二人、何一つ間違っていない存在は、彼女だけ。だから彼女は尊ばれるべきなのだ。 「……っ!うええぇぇ~ん!」 涙の痕が決壊する。きっと、彼女は今知ったのだ。本気で走るということの意味を。悔しいという感情を。 間違いなく、成長した証だ。

    7 21/06/30(水)19:03:46 No.818666984

    彼女が落ち着くよう、背中を撫でてやる。泣きじゃくる彼女を、優しく抱き止める。 彼女は全てをかけて、いのちのかぎり走った。 そして、心に傷を負った。それでも、走ることを投げ出したりはしないだろう。だけど。 俺はトレーナーとして、彼女を見届ける権利があるのだろうか。 URAファイナルズは間近に迫っている。ハルウララは今度こそ、その脚に向いたダートで、短距離で。晴れ舞台のセンターだって夢じゃない。でも。 そこに至る罪の糸。 "自分はハルウララを有馬記念で負けさせた"。 その事実は、赦されないような気がした。 …ウララの涙は落ち着いたようだ。彼女は確かに強くなった。それを実感した。 「大丈夫か?」 きっと、大丈夫だろう。 「…うんっ、ありがとう。トレーナー」 大丈夫じゃないのは。 「ライブ、行ってこい。ウララ」 送り出す。ウイニングライブのバックダンサー。有馬記念ともなれば、それも大役だ。

    8 21/06/30(水)19:04:04 No.818667070

    「…うん!見ててね、トレーナー!」 客席へと、自分も向かう。心の靄は、黒く、暗く。 「あっ、ウララちゃんのトレーナーさん!」 ステージの客席へ向かうと、ウララをいつも応援してくれた商店街の人たちに捕まった。 「お疲れ様でした。ウララちゃんを有馬記念に出走させてくれて、ありがとうございます」 そんなことを言われた。そうだ。ウララが有馬記念に出走したのは、やはり俺のせいなのだ。 何故、自分は感謝を述べられているのだろう。 何故、自分は責められていないのだろう。 何故、自分は赦されようとしているのだろう。 「おっ、出てきた!ウララちゃーん!」 わっと周りから歓声が。ライブが始まり、ウマ娘たちがステージに躍り出た。 もちろん今日の主役はハルウララではなかったし、ファンの数だって決して他と比べて多いとはいえない。 それでも、いつも皆を元気にする。それがハルウララというウマ娘だ。…そのトレーナーとして、自分は相応しいのか。 わからなく、なっていた。

    9 21/06/30(水)19:04:33 No.818667211

    「…それでね、スペちゃんがね…」 時間はあっという間で。ハルウララと二人、帰路につく。ウララはすっかり元気になっていた。 けれど、悔しさを忘れたわけじゃないだろう。そしてその道は、皆とは違う。 ハルウララが有馬記念を走れるのは、きっとこれが最初で最後だった。その一回を、俺は敗北で迎えた。なら、なら。もう俺は─ 「…トレーナー。少し、お願いがあるの」 その時。ハルウララがそう言って、歩みを止めた。 「約束して。どこにも行かないって」 「どうしたんだ、急に」 「約束して。ぜったい、いっしょだって」 はぐらかすトレーナーに向けて、わたしは約束だけを言い続ける。 「うーん、一人になりたい時もあるしなあ」 わかる。わからないけど、わかる。わかるようになった。トレーナーのおかげで。 なんとなくヘンだった。このままじゃ、トレーナーがどこかへ行ってしまう気がした。それはぜったいな気がして。でも、そんなの嫌だった。

    10 21/06/30(水)19:04:53 No.818667316

    「約束できない…?」 「そうだなあ、わからないなあ」 ウソだ。わかる。わたしでもわかるんだから、トレーナーはきっとわかってる。 「…トレーナー、ちゃんと、正直に話して。隠してること、あるよね」 わたしのトレーナー。そう、"わたしの"トレーナーだ。 「…なあ。ウララは悪いことをしたいと思うか?誰も見てなかったとしても、だ」 気づけば俺たちは川辺に座り、二人で夜空を見上げ。話を始めていた。 「…それは、いやだよ。わたし、悪い子になりたくないもん」 「…じゃあ、悪いことをして、バレなくて。謝ることすらできなかったら、どうする?」 「…あやまったら、だめなの?」 「謝ったら、相手を嫌な気持ちにさせちゃうんだよ。だから、それは悪いことで、謝れない」 「…うーん、むずかしい…」 「ごめんごめん。とにかく謝ったら、悪い子になっちゃう時。謝らなくても、悪い子になっちゃう時。どうしたらいい?」

    11 21/06/30(水)19:05:10 No.818667394

    「…どうしても、悪い子なの?」 「そう、そういうことだ」 これが、今の俺を縛る罪の糸。誰も知らない罪を密やかに積み上げている。 わかっていて、わからなくて。ハルウララを有馬記念に出走させた。 負けさせた。 「…あ、わかった!ならひとつ、いい方法があるよ。 …この答えがあってたら、隠してること。教えてね?」 「ああ、いいよ」 板挟みになって。俺の出した答えは一つだった。"逃げてしまえばいい"。もっと大きな罪を重ねれば、小さな罪は潰れて見えなくなってしまうのだから。 ウララもその答えが分かったのだろうか。分かったとしたら、俺は正式にウララのトレーナーを辞めることにしよう。全てを伝えて。 「…えーっとねー…」 少し、考えている。嬉しい。悩むだけ、俺はウララのそばにいられる。

    12 21/06/30(水)19:05:26 No.818667463

    トレーナーが言っている話は、もしかするとトレーナーが今悩んでいることを、ちょっとだけ言ってくれたのかもしれない。 力になりたい。わたしはそう思った。だって、今までトレーナーは、わたしの力になってくれたのだから。 そう、だから。 答えはひとつだ。 「謝られる人が、嫌な気持ちをしなければいい!」 「…どうかな、トレーナー?」 予想外の答えだった。 「でもね、わたし思うんだ」 声が出てこない。彼女の言葉を聞き続ける。 「好きな人の言うことなら、なんでもしあわせだって!だから、わたしもトレーナーの言うことなら。なんでも聞いちゃうよ? …ねえ、聞かせて?トレーナーのおなやみ」 ふぅ、と息を吐く。本当に、彼女は。俺が思っていたより、ずっと成長していた。 「ありがとう、ウララ」 なら、俺が言うべきなのは。

    13 21/06/30(水)19:05:43 No.818667546

    「…実は有馬のことで一生懸命だったから、言わないようにしてたんだが。来年明けにはURAファイナルズがある。覚えてるか?」 "こっちだ"。 「ゆーあーるえーふぁいなるず?」 ウララの頭上にハテナが浮かぶ。 「そう!ある意味ではGⅠより大変かもしれないな。ウララの得意なダートの短距離。そこで一番のウマ娘を決める!…それに向けて、これからの練習。それを一緒に考えたいなと思ってたんだ」 「…これから。なら、トレーナーはどこにもいかないってこと!?」 「ああ、そうなる─うわっ!」 ウララが横から思いっきり抱きついてきて、痛いほど締め付けられる。気づけば、彼女はまた泣いていた。 「…よかった、よかったぁ~!あのね、トレーナーがなんだかどこかに行っちゃう気がして、なんでかわからないけど、さっきからずっとで…」 「心配ない、どこにもいかないよ」 …また泣かせてしまったな。いつも笑顔な彼女を、2度も。でも、逃げられない。ひしりと捕まってしまったし。 ハルウララは俺の担当ウマ娘で、俺はハルウララのトレーナーだ。今まで通り、これからも。 そう、心の中で描いた言の葉を咀嚼する。

    14 21/06/30(水)19:06:02 [おわりです] No.818667641

    「ごめんな、何度もウララを泣かせて」 ぽんぽんと、背中をまた撫でてやる。ウララの小さく力強い身体は、より俺の身体にしがみつく。 「…むー。…そうだ!泣いた分、もういっこお願いを聞いてよ、トレーナー! …眼を、つむってほしいなー…?」 逆らえるわけがない。意図もわからず、眼を瞑る。 沈黙。どうしたんだろう、でも眼を開けるわけにはいかないし…。一言声をかけようか、迷う。そして、口を開く。その時だった。 柔らかい感覚が、開かれた口を塞ぐ。声は出せない。驚きで、すこしも動けない。 感覚は離れて。ウララは何事もなかったかのように、言葉を紡ぐ。 「…えへへ、トレーナー!これからもよろしくね!」 月明かりに照らされたその顔は、桜桃のように真っ赤だった。

    15 21/06/30(水)19:07:15 No.818667977

    よかった…いなくなるトレーナーはいなかったんだ