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21/06/25(金)02:03:13 泥の夜... のスレッド詳細

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21/06/25(金)02:03:13 No.816715951

泥の夜の円卓

1 21/06/25(金)02:07:24 No.816716678

直投げだと7レスくらいあるんだけど深夜だしいいよね

2 21/06/25(金)02:10:45 No.816717179

「わわっ」 急に腕を引っ張られて、ぼくは隣を歩くジゼに抱き寄せられた。 突然のことでびっくりしたけれどもすぐに理由が分かる。ぼくが進もうとした先には汚水の水たまりがあった。 薄汚れた街路の街灯はまばらで灯りも頼りない。半端に灯っているのがかえって不気味さを強調する。 「あ、ありがとうジゼ」 「こんな状況だ、ぼやっと歩くんじゃない。だいたいアイツを信じていいのかさえ分からないんだぞ」 ぼくにしか聞こえないよう小声で囁いたジゼが剣呑な目つきで目の前を行く背中を睨む。 革のジャケットは夜の闇より尚昏い。まるでバイクのライダーの様に全身をロックな衣装で包んでいる。 髪の毛が詰め込まれたキャスケット帽さえ真っ黒だった。襟元や袖から見える微かな肌だけが白かった。 確かに怪しいと言えば怪しい。暴漢に追われてぼくらが逃げ込んだ先、地下の営業していない古びたバーでひとり酒を飲んでいたんだ。 「…でも、不思議とぼくはなんだか信じていいような気がするんだ、あの人のこと」 「ええ?本気かよ。私にはどうも腹が読めないというか、それが気味悪いんだが…」

3 21/06/25(金)02:10:59 No.816717215

ジゼは人間観察力については人より抜きん出ている。それがよく分からないというのがジゼには腑に落ちないんだろう。 「…こそこそお喋りするのは結構だが程々にな。ここに巣食っている奴らは囁き声でも聞きつけるぞ」 粛々と前を歩いていた彼女が振り返って釘を差してくる。目元のサングラスが街灯の光を受けてきらりと光った。 ひとまず落ち着ける場所に送ってやる、と言う彼女に従いぼくらは暗い通りを歩いていた。 散乱しているゴミ、刺激臭のする水たまり、クスリでもやっているのか虚ろな目で座り込む小汚い人々。 全てがテレビや小説の中でしか見たことのないスラム街の夜の有様だった。───どういう理屈か、ここでは夜は明けないのだという。 ぼくは勿論、隣を歩くジゼの表情もあまり余裕がない。なんだかんだでお互いずっと誰かの庇護の下で生きてきたんだ。形はどうあれ。 こんな最悪の治安の街に踏み込むなんて生まれて初めての経験だった。 新宿、なのだという。信じられるわけがない。ぼくが知識として知る新宿はこんな街ではない。人々が行き交う若者の街だ。

4 21/06/25(金)02:11:11 No.816717241

いや、日本の何処を探してもこんなにモラルの崩壊した街は無いはずだ。標識が日本語で書かれているのが悪い夢のようだった。 「…なあ、あんた。いきなり何で私たちの面倒を見てくれる気になったんだ」 「またその話か。気分だよ、気分。お前らがあんまりにも不安そうな顔をしてるもんで仕方なくな」 「…そもそもなんであんなところにいたんだ」 「それもお前らとそう変わらないんじゃないか。お前らが余所者なのと一緒で私も余所者さ。この街にとってはな」 訝しげに尋ねるジゼへ振り返りもせず黒い彼女は面倒くさそうに答えた。 歩み方に淀みは無い。こちらのペースを気にせず早回しのペースで歩いていくから時々小走りで追いつかなきゃいけないくらい。 彼女が不親切だからではなくのんびり歩いている暇などこの街には存在しないからというのはさすがにぼくにも分かった。 …彼女は一体何者なのだろう。突然ぼくらの前に現れ、ぼくらを導いてくれている彼女は。 だがジゼに語った通り、何故かぼくは彼女に親しみを覚えずにはいられなかった。 意味不明な状況に陥っているのにあの背中を見ていると何処か安心してくる。きっと最後まで彼女はぼくらを裏切らない。

5 21/06/25(金)02:11:23 No.816717265

ぼくらしくもなく、そんな根拠もない直感を信じていた。いや、信じたいと感じていた。 ───と。 突然前を歩いていた彼女の足が止まる。 ぼくらもそれにつられて歩みを緩めた。急なことなもので、先に何かあるのかと肩越しに覗き込むと─── 「ひ───」 思わずぼくの噛み締めた歯の隙間から小さな悲鳴が漏れた。 街灯ふたつぶんくらい向こう。電球が切れかけなのか、点滅を繰り返す灯りの下に───『それ』がいる。 大きい。2メートルくらいあるだろうか。その居丈高だけでも凄い威圧感なのに、格好はもっと悪趣味だった。 ぼくらを先導していた彼女が黒なら『それ』は赤だ。赤いコートに赤い帽子。血を頭から浴びたみたいに全身真っ赤。 その上黒い彼女と違って『それ』は僅かな肌さえ晒していなかった。顔には不気味な仮面。首元や手指にはボロ布みたいな包帯。 そして…その腕は冗談みたいに巨大な鋏を支えている。握ってるんじゃない、大振りな剣でも携えているかのように支えているんだ。 紙や布を断つためのものではないなんて誰の目にも明らかだった。では何を切るのかといえば、そう、例えば、人間の首。

6 21/06/25(金)02:11:35 No.816717292

「―――私、キレイ?」 『それ』はノイズ混じりのラジオみたいな、錆びた鉄を擦り合わせるような、心をヤスリにかけるような声で何かを言った。 何もかも異常なこの街で更に輪をかけて異常だった。そもそも、ぼくらは前を見て歩いていたのにいつの間にあんなところに───? ジゼも同じ様子だった。視界が狭まる。あの真っ赤だけが視界の中に絞り込まれる。怖い、怖い、怖い怖い怖い─── そんな霜が降りていく心の中へ、真っ黒な背中が不意に現れた。 すた、すた、と『それ』へ向かって歩を進めていく。ゆっくりと、綱渡りでもするみたいに慎重に。 まるでかけられた呪詛がすぱっと断ち切られたかのようにそれを見ただけで緊張が僅かにほぐれた。 「厄介なのと出くわしちまったな。いいか、そこから路地を一本奥に入ってから真っ直ぐ前に向かって走れ。  2ブロック先あたりに教会があるはずだ。そこに飛び込め。そこならひとまずは安全だろ。後のことはそこにいるヤツから聞けばいい」 「ま、待って!」 「お前はどうするつもりだ!」

7 21/06/25(金)02:11:51 No.816717339

「こいつを引きつける。悪いが勝って追いつくから先に行けだなんて言わないぞ。サーヴァント相手に勝てるだなんてそんな虫のいい話はない。  …ま、死にもしないけどな。いいからさっさと行け。ああ、言うまでもないが…ここから教会に辿り着くまでの安全までは保証しないからな」 振り返ることもしないまま、冗談めかした調子で彼女は言った。 ゆらりと巨大な鋏の口を広げた真っ赤に対し、真っ黒はポケットに手を突っ込んだまま無造作に近づいていく。 かち、かち、かち。時計の秒針みたいな音がする。黒い彼女の周囲に結晶のようなおぼろげな影がいくつも浮かんだ。 戦うつもりなんだ───そう理解した途端、ぼくは横で呆然としていたジゼの手首をがっちりと掴んだ。 ぼくがぼくじゃないみたいに、きつく、強く。 「っ、蘭!?」 「行こう、ジゼ!あの人ならきっと大丈夫!何が何だかよく分からないけど、このチャンスを無駄にしちゃ駄目だ!」

8 21/06/25(金)02:12:02 No.816717358

ジゼに活を入れるように鋭くぼくは叫ぶと一目散に横へ続いている道へと駆け出した。まだまごついていたジゼを引っ張りながら。 魔術回路に魔力を叩き込み、肉体を強化する。なけなしだけれど無いよりマシだ。 ジゼと一緒に路地を進んでいる間に、重い鉄と鉄がぶつかり合うような轟音が空気を震わせてこちらまで届いてくる。 怖い。恐ろしい。ビルをひとつ挟んだ向こうで、真っ黒と真っ赤がきっと魔術師同士の闘争なんて児戯に見えるような戦いを繰り広げている。 でも足を止めちゃ駄目だ。絶対に駄目だ。だって彼女がくれた機会を逃すことだけは───ぼくにとって何よりも忌避すべきことに思えたんだ。 ぼくとジゼは走った。無我夢中で。件の教会の門を潜り抜けた時ぼくが最初にしたことは来た道を振り返ることだった。 もうあの音は聞こえてこない。真っ赤もいないが、真っ黒もいない。 彼女はどうなったのだろう。───再会はそれからもう少し後のことになる。

9 21/06/25(金)02:28:15 No.816719589

魔女パイだ…きっと魔女パイだ…

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