ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/06/25(金)00:10:19 No.816682753
窓の外から覗く曇天は暗く、朝方から降り続く雨で白みがかっていた 季節外れの大雨 台風でも何でもないというのに、時々吹き荒れる暴風が窓枠をガタガタと揺らす この悪天候ではまともなのトレーニングはおろか、道悪のトレーニングをすることも出来ずに風邪を引いてしまうだろう だから今日は予定を変更し、トレーナー室で過去のレース映像観賞会を行うことにしたのだ 「それじゃあライス、そこの棚にあるDVD出してくれるかな?」 「うん」 俺はテレビや周辺機器のセッティングをしながら担当ウマ娘であるライスシャワーへ指示を出した しばらくして彼女は胸いっぱいにDVDの束を抱えて俺の元へ戻ってきたが、その手にはDVDではない何かが握られていた 「お兄さま、このCDはなに?」 「ん?」 ライスシャワーが右手に持っていたのは透明なケースに入れられた、一枚の真っ白いCDだった
1 21/06/25(金)00:10:46 No.816682907
「DVDを出そうと思ったら棚の奥に入ってたんだ。ライス、ちょっと気になっちゃって……」 俺はそれの正体を悟ると同時にハッと息を飲んだ そして久し振りに見かけたそれを見て、ふと昔を懐かしみながらライスに訊いてみた 「あー……多分それ、表面に『ひとりぽっちのダービー』って書かれてない?」 「うん、書いてあるよ」 「それは昔、俺の友達が俺のために作ってくれた曲を俺が歌ったヤツだよ」 そう言うと、ライスは驚いたように目を見開いた 「ホント!? お兄さまが歌ってるの!?」 「ああ。雅志……あー、その友達に比べれば下手だけど、一応聴けるくらいの出来にはなってるよ」 「へぇ……すごい……」 レコーディングのために忙しい仕事の合間を縫って数ヶ月間ボイトレを続けたのが功を奏したのか、本業の歌手には遠く及ばないものの、なんとか聴ける程度には完成された、自慢の一曲だ
2 21/06/25(金)00:11:11 No.816683087
当時、アイツからは実際にCDを売りに出してみないかと提案されたが、俺の歌が顔も名前も知らない誰かに聴かれると思うと気が引けるので断った 俺みたいなド素人が歌った曲で誰かから金を取るだなんてと思うと同時に、歌手って相当面の皮が厚いんだなと感心したのをよく覚えている 「あの、お兄さま。この曲、聴いてみてもいい?」 「うん、いいよ」 ライスは部屋の隅に置かれていたラジカセにCDを入れ、再生ボタンを押した 少し古いラジカセのスピーカーから流れ出てきたのは、静かな歌だった まるで語り掛けるような歌声が、窓を雨粒が叩く音だけが響く室内を満たす 一度もレースに勝てないまま怪我を負い夢を捨て、勝負とは無縁な環境で暮らすウマ娘の心情を、それと同時に掴み取った、勝利とはまた違う形をした幸せを描いた曲だった アコースティックギターを主軸に弾き語りのような曲調で、どこか懐かしさを感じるようなメロディーラインが心に染み渡る 自分自身の歌声を聴くのは少し恥ずかしいが、真剣な表情で聴き入るライスの横顔を見ると茶々を入れたり、おどけたことを言って誤魔化すことも出来なかった
3 21/06/25(金)00:11:42 No.816683299
……気付けば曲は終わり、部屋は再び静かになっていた 7分間という長い時間が一瞬に思えた 雨音だけが響く室内でポツリとライスが呟く 「すごくいい歌だね」 「だろう?」 「お兄さま、すっごく上手だったよ」 「そんなことないよ」 「……お兄さま」 「なに?」 「…………ライス、頑張るね」 「…………うん、頑張って」 俺がそう言うと、ライスは潤んだ眼を細めて満面の笑みを浮かべてみせた
4 21/06/25(金)00:19:59 No.816686391
ライスはこうやって緩やかに過ごしていく時間が似合うなあ… 雰囲気すごくよかったです
5 21/06/25(金)00:23:08 No.816687636
さだまさしの『ひとりぽっちのダービー』 本当に名曲だから、一度は聴いてほしい
6 21/06/25(金)00:25:31 No.816688553
いや雅志ってさだまさしだったのかよ!?
7 21/06/25(金)00:26:07 No.816688740
さだまさしがトレセンで働いてる世界線か…
8 21/06/25(金)00:26:28 No.816688880
浩之お前トレーナーになったのか… って思ってた
9 21/06/25(金)00:34:45 No.816691973
わりと雰囲気いい文体だからネタ系とは思わんかった…
10 21/06/25(金)00:40:22 No.816693975
名曲を元にってそういう...