ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/06/24(木)22:21:51 No.816636998
『ウララさん…貴方には…貴方にだけは、そんな言葉、かけてほしくなかったわ。……さよなら』 遠い昔、この有馬記念を巡る繰り返しの日々に陥る前、誰かに言われたことがある。失敗は成功の母、できる失敗はいくらでもするといいと。 でも、それは裏を返せば取り返しのつかない失敗はどう取り繕ってもしてはいけないという当たり前のことで。 あの時、顔を見せないまま、部屋を去っていくキングちゃんを見て、わたしは人生で2度目の、『取り返しのつかない失敗』をしてしまったのだと悟った。
1 21/06/24(木)22:22:39 No.816637332
皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック三冠。生憎わたしには縁のないレースだけど、それにキングちゃんが並々ならない想いを持っていたことは知っていた。 脚質の適正不足、偉大な母親を持つ重圧、それらを跳ね返すくらいの気高さと、優しさを持っていた彼女――そして、そんな彼女が力及ばず夢破れて苦しみ、堕ちて行った未来を見てきた。 だからこそ、こうして時を遡り、再び彼女が壁にぶつかったのを目の当たりしたとき、口に出さずにはいられなかったのだ。
2 21/06/24(木)22:23:00 No.816637505
『キングちゃん、キングちゃんがそんなに苦しむくらいなら、もう諦めちゃってもいいんじゃないかな。きっと誰もキングちゃんを責めたりしないよ。キングちゃんのママも、トレーナーだって…』 彼女に放つ言葉の全てが、自分へと跳ね返ってきていることに当時のわたしは気づいていたのだろうか。あるいは、分かった上で目を逸らしていたのかもしれない。 どちらにせよ、放ってしまった言霊はもう2度と戻ることはない。これもまた、何度も思い知らされていたはずなのに。 代償は、もう語るまでもない。ただ、その世界でキングちゃんが戻ってくることは2度となかった。
3 21/06/24(木)22:23:22 No.816637660
「……さん、ウララさん。ほら、いい加減起きなさいな。でないと授業、遅刻しちゃうわよ?」 朦朧とした意識の中、聞きなれた声が鼓膜を揺さぶる。ゆっくりと体を起こし、寝ぼけ眼をこすりながら顔をあげた。 そこにいた彼女は記憶と何一つ変わらない、気高く、美しく、それでいて優しさに満ちた、わたしのお友達の――― 「……キングちゃん?」 「おはよう。最近はいつも私よりも早起きだったものだから一体どうしたことかと思ったけど…ウララさんはやっぱりウララさんね」 ひどい顔をしているわよ。ほら、早く顔を洗ってきなさい。 そう言うと、彼女は手慣れた様子でわたしをベットから立たせ、洗面台まで送り出すのだった。
4 21/06/24(木)22:24:11 No.816638018
ジュニア級5月某日の朝。もう何度目かも分からない『有馬記念』での敗北を迎え、わたしがこの時間へと舞い戻ってきてから幾らかの日々が過ぎていた。 顔を洗いながら、鏡越しに自分を見つめる。両手で口角を吊り上げ、目をパッチリと開き、『ハルウララ』の仮面をかぶる。毎朝の『わたし』の儀式。 「…キングちゃんにあんな顔を見せたのは失敗だったかな?」 小声でそっと、ひとり呟く。時計を見れば、いつもならもうグラウンドに出て、鈍ってしまった身体を鍛え直すべくトレーニングを始めている時間だ。 いくら夢見が悪かったとはいえ、まさか以前のような寝坊をかますとは。おかげで朝練はすっぽかすし、キングちゃんに仮面の下は見られるしで今朝は散々だった。 最後にぱちんと頬を叩いて気合を入れ直す。笑顔を作って貼り付けて、わたしは『ハルウララ』。大丈夫、ちゃんと演じられる。
5 21/06/24(木)22:25:05 No.816638392
「キングちゃんお待たせおはよー!おかげで目もばっちり覚めて、気分もうらら~って感じだよ!」 「はいはい。ほら、着替える前にその寝癖、直してあげるからこっちに来なさいな」 促されるまま、とてとてと近寄り彼女の膝へすとんと居座る。 最後にこうして彼女に髪を梳かしてもらったのは、もう擦り切れた記憶の彼方だったと思う。でも、わたしの髪を触る彼女の指捌きは、何一つ変わっていないと体は覚えていて。 「…」「…」 2人だけの、静かで、優しい時間が過ぎていく。つい先ほど引き締め、凍り付かせたはずの心が早くも融解しそうになるのをぐっとぐっと我慢する。 思えばこの繰り返しの中、すり減る心に蓋をし、虚勢を捏ねて取り繕うことだけはうまくなってきた。繰り返せば繰り返すほど傷は確かに増えているのに、痛みを感じない様に見ないふりをし続けて…腐らせていく。 そう、だからきっと気づかなかったのだ。 背後のキングちゃんがわたしを見る視線、そこに、憂いの色が混じっていたことに。
6 21/06/24(木)22:27:35 No.816639464
fu109060.txt これまでのまとめです 有馬記念をとうとう突破したのでキングちゃん仲良しなハルウララさんを書きました遅くなって申し訳ありません
7 21/06/24(木)22:27:48 No.816639568
有馬の闇は深いな…
8 21/06/24(木)22:30:25 No.816640731
キングは理由はわからないけどウララが擦り切れていることには気付いているのか