21/06/24(木)00:34:35 先日、... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1624462475338.png 21/06/24(木)00:34:35 No.816366851
先日、父が亡くなった。オグリが出走するレースの二日前の事だった。 元々身体の強い人では無かったし、俺が地元から出る頃にはもう病院通いだったのを覚えている。 電話で訃報を伝えてくれた母に、帰ってきて欲しいと言われる事は無かった。 オグリのレースが近い俺の事を慮ってくれたのだと思う。 最善を期したい。オグリの走りを見届けたい。 だが、家族の事も気がかりだ。 どうすべきか迷っている俺へ、電話越しに『大丈夫だから』と震えた声で言う母。 ……俺は、母が差し伸べてくれたその言葉に甘え、『わかった』とだけしか言えなかった。 大丈夫な訳、無いだろう。長年連れ添ってきた愛する人が死んだのに。 「……ナー、トレーナー」 「え?」 気がつくと、オグリが心配そうな表情で俺を見ていた。 「大丈夫か?」 「……あぁ、大丈夫。すまない」 「……そうか」
1 21/06/24(木)00:34:48 No.816366933
「トレーナー。あっちにも気になっていたお店があってな……」 「ハハッ、わかったよ」 オグリのレースも終わり、父の葬儀も済ませた。 もう一つ、日が近い出走レースがあったため、終わってすぐに慌ただしく中央へと戻ってくる事となったが。 帰ってきてから、ずっと、考えていた。 現実感が無い。 父のご友人が目の前で焼香をするところを見ても、母が堪え切れず泣き崩れたところを見ても。 葬儀の間、涙一つ流れなかった。 「うん、美味しい……!トレーナーもどうだ?」 舌鼓を打っていたオグリが俺に差し出した、クレープ。 それを前に、力無く首を横に振る。 「いや、いいよ。オグリが全部食べて」 「……む」 差し出されたクレープが、ゆっくりとオグリの方へ戻っていく。
2 21/06/24(木)00:35:02 No.816367021
……今はオグリに連れ出され、街を散策していた。 オグリは優しい子だ。俺を元気づけようとしてくれているのだろう。 とはいえ、いまいち食欲が湧かずに、食べている様子を見るだけになっている。 「トレーナー!あれはどうだ?きっと美味しいぞ!」 笑顔で指した先には、また別のお店。 「そうだな、食べておいで」 そう答えると曇っていく笑顔が、申し訳なかった。 「……いや、やはり別の物にしよう。次は、こっちだ」 手を引かれるままに、街を歩く。 目的地に向かう間にも、勧められた店が何個か。 その全てを断り、歩いた。 街に出たのは昼前。 そろそろ日が沈み行く頃だが、俺は何も口にしていなかった。
3 21/06/24(木)00:35:26 No.816367175
次の店。また一緒に食べようと勧められたが断り、オグリを見送る。 「トレーナー」 そして、戻ってきたオグリに声を掛けられた。 ……表情からは、強い意志を感じる。 唇を引き結び、怒っているようにも取れるが違う。 真面目に向き合おうとする時、オグリはこういう表情をするんだ。 「なんでもいい。どうか、食べてくれ」 「……いや、俺は」 「帰ってきてから、ちゃんとご飯を食べていないように見えるんだ」 「……」 「お願いだ、トレーナー」 懇願と共に悲しそうな表情へと変わり、ペタンと力無く垂れる耳。 ……オグリにそんな顔をさせたいわけじゃなかった。 「ごめんな、オグリ。次はいただくよ」 見たくなかった表情は、たった一言で、頷きと共に笑顔へと変わる。
4 21/06/24(木)00:35:39 No.816367235
「何か食べたい物はないだろうか?気にせず言って欲しい。私が買ってこよう」 勢いよく振られる尻尾。気の早いオグリに少し笑ってしまう。 突然笑った俺に、理由がわからず首を傾げるオグリ。そんな様子もどこかおかしくて、噴き出してしまった。 ……最後に笑ったのは、いつだっけ。微笑むくらいなら、戻る前は毎日のようにしていた気がするのに。 疑問は疑問のまま、答えは出ず。だけど、なぜか心の何処かが晴れた感覚。 そして、それに合わせるように。俺の鼻へ、食欲を刺激する良い匂いが舞い込んだ。 ぐぅうう。 どうやら、身体は心よりも正直らしい。その匂いに釣られて、お腹が空腹を訴える。 自分の事ながら、思い切り鳴ってしまった。恥ずかしいが出てしまった物は仕方ない。 ……だが、こんな音を、今の過保護なオグリに聞かれたらどうなるか。 「む!今のは……あっちの屋台だな!待っててくれ、トレーナー!」 答えはすぐに出た。 匂いの出処を自慢の嗅覚で察知。少し離れた場所に出ていた屋台からだと判断。 俺の返事を聞くことも無く、ずっと側で見てきた駿足で走っていってしまったオグリ。
5 21/06/24(木)00:35:52 No.816367305
待っている間、暮れていく陽を見つめながら、また思考の海に意識が沈む。 ……そう、いえば。 前にも。ずっと前にも、こんな事があった気がする。 いつだっけ。小さかった頃にあった。 夕暮れ、空腹。 ……確か、父と、レースを見に行った帰り道だ。 『最後の直線でね!あのウマ娘さんが、ぐいーって!』 二人で同じものを見ていたのに、レースの初めから最後までを、身振り手振りで楽しそうに語っていた。 『うん、そうだね。すごかったよね』 微笑みながら、優しく頷いてくれた父を覚えている。 そうして語っていると、お腹がぐぅ~っと鳴ったんだ。 『なにか、美味しい物でも食べに行こうか』 父の言葉に、ニッコリと笑って頷いて。 燈色に染まる街並みを、二人で手を繋いで歩いた。
6 21/06/24(木)00:36:09 No.816367401
懐かしい思い出だ。 その時に見に行ったレースが、トレーナーになろうと志したきっかけでもあった。 ……あの頃はまだ、外を出歩けるほど健康だった父。 少しずつ、しかし確実に弱っていった父。 中央に発つ日。病院のベッドに寝たきりだった父は、俺を笑って見送ってくれた。 こうやって思い返して気づく。 すっかりやつれていたけれど、あの時の笑顔は、思い出とまったく同じだった。 郷愁、だろうか。胸がクッと締め付けられる。 最後に父と共にご飯を食べたのは、いつだったか。 話したのは……発った日の会話が最後だったっけ。 ……そうだ、たまの電話で話すのは母ばかりだった。 中央で起きた事、感じた事。オグリとの出会い。 話したい事が、色々ある。一日かけても、語り切れないくらい。 あぁ、また、二人で。 ……一緒に、ご飯を……。
7 21/06/24(木)00:36:22 No.816367477
「あ……れ……?」 何かが頬を伝う。止めようと手で触れる間もなく、伝って落ちた。 それは俺の手を気にも留めず、続々と頬を滑っていく。 拭っても拭っても、埒が明かない。 出処である目を思い切り、袖で擦る。 止まらない。止まってくれない。 それに続くように、鼻水まで垂れてきた。唇が、震える。 「ひぅっ、ぐっ……」 まるで顔を庇うように、両腕で抑え込む。 それでも、止まってくれなかった。 「トレーナー?」 自分で覆った視界。見えない前方から、オグリの声。 もう戻ってきてしまったらしい。なんてタイミングの悪い。 「ご、ごめん……すぐ、もどるっ、からっ」 言葉が上手く紡げない。呂律も思うように回らない。
8 21/06/24(木)00:36:34 No.816367547
ただ歯を食いしばって、目から溢れる物が収まるのを待つしかないのか。 「……トレーナー、こっちへ」 悪戦苦闘していると、オグリの呼ぶ声。それと同時に、顔を覆っていた片腕が剥がれる。 開けた視界。滲んだ世界の中で、オグリは俺に背を向け走り出す。 腕を引かれて、オグリと共に走る。 ウマ娘の走る速度についていけるか不安だったが、距離はそう長くは無かった。 すぐ近くの路地裏に入り、腕を離すオグリ。 『どうしたんだ?ここに何かあるのか?』 そう疑問を投げかける前に、温かさが俺を包んだ。 ……オグリに、抱きしめられていた。 「我慢しなくていい。それは、我慢しちゃいけないんだ」 オグリの胸の中。優しい声が頭上から聞こえる。 「……吐き出してくれ、全部」 ……なにかが、崩れた。
9 21/06/24(木)00:36:59 No.816367693
「……すまない、オグリ」 ……結局、わんわんと大泣きしてしまった。 外で泣くのも久しぶりなら、場所は教え子の女の子の胸でときた。それも、大の大人が。 羞恥で顔が熱くなる。きっと、家に帰った後には痛烈に悶えるだろう。 ……だが、今は胸がスッキリしていた。 あれだけ止めようとしても止まらなかった涙は、俺の頬に痕を残して行方不明。後続は居なくなったらしい。 「いや、私は気にしていないぞ」 オグリが優しく微笑みながら、そう告げる。 だけど胸元の濡れた痕跡が、さっきまで俺が泣いていた事を突き付けて。 「本当に申し訳ない……お礼しないとな……」 「トレーナーには、日頃から世話になっているんだ。これくらいなんてこと無いぞ」 「だが、流石に俺にも面目が……」 「ふふっ。本当に大丈夫だ、気にしないでく」 ぎゅうううるるるる。 礼をするかしないかの問答途中で、オグリのお腹からこれまた一際大きな音がなった。
10 21/06/24(木)00:37:11 No.816367774
「……す、すまない。安心したら、お腹が空いたみたいだ……」 お腹を擦りながら、オグリが項垂れる。 「……っぷふ!ハッハッハ!」 それに、つい笑ってしまった。 腹から笑ったのは本当に久しぶりだ。息が苦しいけれど、嫌な感覚は無い。 「……わ、笑いすぎだと思うぞ……!」 「ご、ごめん……クッ、ハハッ」 まずいまずい。オグリがしょんぼりとしている。そろそろ抑えておかなければ。 そういえば、オグリが買いに行った屋台の料理はどうしたのだろう。 聞いてみると、俺の様子がおかしい事に気づいたオグリは、屋台で注文する事無く戻ってきてしまったらしい。 「……お腹が、空いたな」 「……そうだなぁ」 ……オグリは今、お腹が空いている。 見上げた空は、夕暮れ。 街が、燈色に染まっていく。
11 21/06/24(木)00:37:36 No.816367939
「オグリ」 さて、どうしようか。 なんて考える前に、口が名前を呼んだ。 振り向くと、微笑みを浮かべ、俺の提案を待っているオグリ。 だから、俺も微笑んで。 さっきと真逆に。今度は俺がオグリの手を引いて、大通りへと出た。 あの思い出と同じ色の街並み。 その中をオグリと共に歩きながら、オグリが待っていた提案を告げる。 「なにか、美味しい物でも食べに行こうか」
12 21/06/24(木)00:38:53 No.816368333
こういうのは俺の涙腺に効く
13 <a href="mailto:s">21/06/24(木)00:39:02</a> [s] No.816368382
遅刻しまくった父の日記念です 生きていくうえで起こる色んな事の中でオグリに一緒に居て欲しいなってだけのお話
14 21/06/24(木)00:41:49 No.816369331
泣きそう
15 21/06/24(木)00:43:39 No.816369924
いい…
16 21/06/24(木)00:43:55 No.816370006
いい…
17 21/06/24(木)00:44:08 No.816370087
オグリはこういうことする
18 21/06/24(木)00:50:13 No.816371931
俺の親父も今こんな感じで体調が悪くて入院してる 今じゃお見舞いも行けないから辛いっす…
19 21/06/24(木)00:51:00 No.816372164
名文をありがとう…
20 21/06/24(木)00:53:35 No.816372927
いい…
21 21/06/24(木)01:02:35 No.816375529
早く母親と墓前の親父にオグリ連れて挨拶しに行け
22 21/06/24(木)01:07:42 No.816376906
オグリは良い子だよ
23 21/06/24(木)01:08:28 No.816377108
>オグリは良い子だよ 知ってる
24 21/06/24(木)01:22:03 No.816380956
語彙が足りない…すごくいい…
25 21/06/24(木)01:27:50 No.816382475
イチャラブ怪文書もいいけどこういう登場人物の人生の奥行きを感じるテーマを主題にした怪文書は心に残る
26 21/06/24(木)01:34:45 No.816384121
>生きていくうえで起こる色んな事の中でオグリに一緒に居て欲しいなってだけのお話 この概念本当に素晴らしいですね…
27 21/06/24(木)01:44:31 No.816386322
過保護オグリいい…