虹裏img歴史資料館

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21/06/14(月)01:41:45 朝の日... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1623602505480.jpg 21/06/14(月)01:41:45 No.813033702

朝の日差しが痛いくらいに私を照らし出す。どうにも頭が重い。寝ぼけ眼も擦らずややしばらくぼうっとして、じっと自分の覚醒を待つ。痛い、身体がぎしぎしする。なんでだろう……ああ、布団で寝なかったからか。家具から贈られたプレゼントに眉根が歪む。頑丈さが売りの木製のチェアが憎たらしく感じた。  頭がはっきりしてくると、日課をこなさなければならないことに気付いた。乾いた塩の跡がいやに目立つテーブルから身を起こし時計を見上げる。時刻は五時を少し回ったぐらいで、彼はそばにいないのだから、やはり真実は真実のまま何も変わらなかったのだと知る。

1 21/06/14(月)01:42:20 No.813033813

 しかし、生きている限り憂いている暇はない。時は移り行く。今日は一秒だって待ってはくれない。台所に立ち、いつものように娘の弁当を拵える。ご飯をよそうために容器を二つ並べる。専業主婦の真似事もようやく様になってきた。育児が落ち着くまでトレーナー業には制限を掛けて貰っており、本日私は休暇の扱いになっている。普段なら私が休みの日は保育園にお休みの電話を入れるのだが、今日はきっと色々なことをやる必要がある。大人の都合に巻き込むようで申し訳が立たないが、今日ばかりは飲み込んでもらうしかない。御託は抜きにして取り掛かろう。朝の時間は夕方よりも早く過ぎる。娘の分に合わせて彼の分も作る必要があるのだから―― 「ああ、そっか」  娘の容器にだけご飯をよそい、そのあと彼の弁当箱を片付ける。そうだ、もう要らないのだ。彼のためには、もう。目蓋の裏から昨日が離れない、よそ事を振り切るように強くこめかみを揉んだ。  弁当作りが一段落つき、今日の天気が知りたくなってテレビを付けた。画面左上に浮かぶ時刻計は五時五十分。無気力ながらに眺めていれば、天気予報はすぐに流れた。

2 21/06/14(月)01:42:55 No.813033936

「今日の府中の天気は雲一つない快晴となっておりますが、夕方はにわか雨が降るおそれが……」 「晴れ、か……」  ちらり、視線を動かした先にあるガラス窓は、煌めくような朝日を取り込んでいる。その先の空はなるほど確かに雲一つなく、私の気分には全く似つかわしくない美しさに満ちていた。高層マンションから眺める美麗な太陽と青い空、なのに。ロマンチックで開放的であったはずの、最高だったはずの景色が、ひどく色褪せているように思える。はかなくて、くるしくて、見ていたくない。思い出を焼く陽光から、逃げるように目を逸らした。 「おとうさん、おかあさん、いってきまーす!」 「ええ、行ってらっしゃい」 「良い子にするんだぞ」  彼らを起こし、手早く朝食の準備を終わらせ、身だしなみを整えさせて。やることの多い朝を乗り越えたら、保育園の送迎バスに乗り込む我が子を見送り、排気の音もしなくなったあと彼の方へと向き直る。ビジネスバッグが良く似合うスーツ姿も今日で見納めなんだと思うと、やっぱり離したくなくなってしまう。

3 21/06/14(月)01:43:29 No.813034047

「……俺も、いくよ。とりあえず今日中は……いや、夕方までは街辺りにいるから。用意ができたらメールとか……うん、メッセージをくれ。それじゃあ、また」 「……ええ、分かりました。それ、じゃあ、また」  くしゃり、丸めたちり紙みたいに顔を歪めあって私たちは背を向けた。彼の足音が遠ざかっていく、引き留めたいけどそれは出来ない。昨日の彼の気持ちを思い遣るなら、手を伸ばして服を掴んで「行かないで」なんて言えようはずもなかった。  全てを見送り終えて、ふと時間が気になった。ポケットからスマホを取り出し電源ボタンを押す。時刻は八時をわずかに回ったところ。やはり今日は始まったばかりで、苦しさから深いため息が漏れた。  何もする気が起きない。部屋に戻りソファーに身を投げる。テレビを点けずにソファーのしわを数えていく。すぐに飽きて天井を見上げて、これからのことを想ってしまう。ああ、ひたすらに、虚しかった。 「換気、しなきゃ……」  やらねばならないことは山積している。とりあえずこれからの日常に必要な、些細なタスクを潰していかなければ。

4 21/06/14(月)01:44:11 No.813034180

 起き上がろうとテーブルの方を向けば、さして鳴らない私のスマホがぶるぶるやかましく鳴動していた。どうせ送り主不明のメールとかだろう。後で確認すればいいと思い、ぼうっとスマホを見続けた。しかし、なんだろう。いやに長く震えている。もしかして、電話だろうか。ぐっと手を伸ばしスマホを掴もうとしたが、折り悪く手に取るよりも早くに動きを止めた。  一体誰だろう、テーブルに放り投げていたスマホを拾い上げ、ぱちぱちとロックを外す。 「え……?」  想定外の履歴に、私は目を見張る。 「ミーク、から……?」  通知欄にあったのは、かつての私の担当であった、ハッピーミークの七文字だった。 「着信……」  ほとんど何も考えず、着信履歴に残った電話番号をタップした。何故、このタイミングで、彼女からのコールがあったのか。分からない、けれど。正直、すがれるのなら何でもよかった。  無機質なコールの音が、一、二、耳を震わせて、はいもしもし、と声がする。あ、上手く、言葉が出ない。それでも、無言のままでは居られないから、無理矢理にでも声を振り絞った。 「ひさ、しぶり、ね」

5 21/06/14(月)01:44:40 No.813034281

「……うん、久しぶり。トレーナー、元気?」  儀礼的な質問を、曖昧な微笑みの相槌で誤魔化す。 「元気、じゃなさそう」  少しだけ怒ったような、気遣うような響きが私の耳に伝わる。 「あはは……やっぱりバレちゃいますね、私ったら」  ああ、やっぱり強がってもミークにはバレてしまうのね。昔から人の機微を察知するのがとても上手な子だった。 「葵、何かして欲しいこと、ないの?」  そして、嘘を吐いた私を慰めるように、私が最も欲しい言葉を探ろうとしてくれる。懐かしい、あの頃の記憶が蘇る。二人三脚で戦い続けた過去の記憶が。 「ねえ、ミーク……一つだけ、お願い。しても、いい……?」 「いいよ、葵」  これは私の問題だ。口が裂けても助けてなどとは言えない。でも、この悲しみを和らげるための、私を縛るくびきを緩めるだけの力が欲しい。だから、ただ直截的に、欲しいものを口にする。 「……私ね、あの……あなたに、会いたい……」 「分かった。じゃあ、会いに行く。府中の、あなたの住むあの街に。丁度、トレセン学園に用があって、近くまで来てるから。会おうね」 「……うん、うん、わかりました。はい、うん、じゃあ……」

6 21/06/14(月)01:45:13 No.813034397

すごい昔にこれの前の話読んだ気がする

7 21/06/14(月)01:47:10 No.813034816

 彼女に投げたお願いは二つ返事で了承され、何処で、何時にをつつがなく設定したあと電話は切れた。待ち合わせ場所は彼女が現役だったころよく一緒に通った馴染みのカフェ。ここから歩いて十分ほどの距離にあり、肩肘張る必要なく入れる有難い店だった。  ファンデーションを薄くのせて、軽くグロスを塗って。最小限の身支度だけ済ませて、ほとんど着の身着のままで部屋を飛び出た。足取りは軽くない。普段遣いのトートバックが重たく感じる。それでも、家のテーブルで離婚届と向き合うよりは万倍楽だ。誰かにこの想いのひとかけらでも聞いてもらえれば、どこかで踏ん切りが付くかも知れない。  彼と、一緒に居たい。ありもしない理想を打ち砕いて貰うために、私はカフェまでの道程をゆっくりと歩き始めた。なるべくポジティブに、出来る限りネガティブを捉えずに、一歩、また一歩踏み出す。  息は、まだし辛い。

8 <a href="mailto:s">21/06/14(月)01:50:07</a> [s] No.813035405

すごい前に投げたやつの続き 幻覚見たりするのが落ち着いたから自分の需要に合わせて書きました fu81695.txt これが以前のやつです

9 <a href="mailto:s">21/06/14(月)02:01:02</a> [s] No.813037714

寧ろ一ヶ月前ぐらいにぶん投げたやつを欠片でも覚えてて貰えたことに驚きを隠せないよ私は…

10 21/06/14(月)02:05:53 No.813038685

葵の怪文書はそう多くないからかな… いやでもカタログでアレかなってなったわ

11 <a href="mailto:s">21/06/14(月)02:27:48</a> [s] No.813042941

なるほど…葵とミークの真っ当なやつもっと増えても良いのにな…

12 21/06/14(月)02:33:27 No.813043845

…重い!

13 21/06/14(月)03:14:27 No.813049991

最初はわかんなかったけど真実は変わらなかったの当たりでわかったよ ミークと桐生院の関係に期待してるよ

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