真夏... のスレッド詳細
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21/06/13(日)20:35:59 No.812918042
真夏日、茹だるような日差し、蒸した青臭さが鼻をつく中、ただ黙々と手を動かす。 草を抜くときは、葉をではなく根本を握ることが大事だ。雑草と呼ばれている草達は時に人間の想定を越えた成長力を見せることがある、葉だけちぎって根っこを残してしまっては意味がない。だからこそ残酷ではあるが、文字通り根こそぎ引き抜かなくてはならない。 「……なんだか、随分と様になってきた気がするなぁ」 根っからの都会育ち、草抜きなんてまともにやってこなかった俺がこなれた手付きで雑草たちをひょいひょい引き抜き籠へと放り込む。昔からの友人や同期に見られでもすれば、きっと笑われてしまうことだろう。
1 21/06/13(日)20:36:21 No.812918254
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2 21/06/13(日)20:36:58 No.812918636
けど例え笑われたとしても気にしない、何も罰や嫌がらせで草抜きをしているわけじゃないんだから。 真夏の炎天下、麦わら帽子とタオルを着飾り草を抜いているのは訳がある。それは── 「お~い、トレーナーさ~ん!」 土と草と泥だらけの軍手だけの世界に、爽やかで涼やかな風が吹く。タオルで汗をぬぐいながらも中腰を止め、待ちわびた君を見つめた。 「お昼ごはんの時間ですよ~!」 ああそうだ、その訳は──他でもない、誇れる愛バの頼みなのだから。
3 21/06/13(日)20:37:43 No.812919095
⏰ 「いやぁ、ほんとご苦労様です。こんなあっつい日に扇風機も無しで、しかも草抜きだなんて」 「セイの頼みだ、これぐらいなんてことないさ」 そう笑顔で労ってくれる彼女に合わせるように、こちらも笑顔で返答する。嘘なんかじゃない、本心からの言葉だ。セイのためになるというのなら、こういうことだってなんの苦でもない。 縁側に腰かける、築何十年とあるこの家では何をするにも材木の軋む音が聞こえてくる。それがなんとも言えない、落ち着きを与えてくれる気がした。 ああ、本当に、俺は都会から離れたのだなあ。と実感する。
4 21/06/13(日)20:38:23 No.812919469
右を見れば緑、左を見れば緑。前も後ろも緑ばかりで、そうじゃないのは真上だけ。ビル郡なんて影もなく、見上げる物といえば青々とした木々だけ。都会とは程遠い、ノスタルジー漂う田舎に俺はいる。 おろした籠の中には午前に抜いた雑草達、それを覗くのはお揃いの麦わら帽子を被った彼女、セイウンスカイ。ここにいる理由だ。 「しかし、随分と引き抜いたね~。トレーナーだけでなく、こっちの方にも才能があるんじゃない?」 よっ、草抜き名人っ。なんて囃し立ててくるけれど、正直あまり嬉しくはない。どこか得意気になる心があるのは確かだけれど。これを本職で生かそうとするのは難しい気がしてならない。
5 21/06/13(日)20:39:08 No.812919883
「いや全く!! 大したもんだトレーナーさんッッ!!!」 「うぉうっ!?」 背後からの大音量に、思わず漏れだす驚きの声。驚きで声どころか肩も跳ね上げてしまったしまった気がする。 ちょっと恥ずかしい。 「最近の若いもんはなっちょらんと皆は言っておりましたが、どうやらトレーナーさんはそうじゃないようで!! 午前中のあれだけの時間で、これだけの量を抜いてくるとは全くもってスカイの言う通りかもしれんな! もしかしてもう半分以上は終わったんでは?」 「え、ええまぁ……もう数分もあれば次の畑にいけるかと……」 「いや大したもんだっっっ!!!! うちの農家でもここまで手際が良いのはそうおりません!!」 ワシには負けるがな! と大音量のまま豪快に笑うのは、担当セイウンスカイのおじいさん。セイの頼みの中心人物でもある。今は頼みを引き受ける代わりに家の一部屋を貸してもらっている。
6 21/06/13(日)20:39:55 No.812920283
以前に一度お会いしたことはあったが、こうしてひとつ屋根の下で付き合ってみると豪快なのは声だけではないということがよくわかった。けれどその性格や言動にえぐ味は一切感じられず、いい意味でも悪い意味でもセイの血筋を強く感じれる人だ。 「ポックリ行っちまった後の畑が悩みの種だったが、トレーナーさんがおれば安泰です!! うちの畑も一緒にこのままスカイも貰──」 「おぉっと脚が滑った~!」 「ぉごーーーーーッッッ!?!?!?!?」
7 21/06/13(日)20:40:32 No.812920648
セイの小足がおじいさんの腰にクリーンヒット。哀れおじいさんは野を越えるような悲鳴をあげてその場にダウン、話には聞いていたが間近で目撃すると本当に痛そうだ。 「にゃはは。ごめんねじいちゃん☆ けどもう歳なんだから、あんまりはしゃがない方がいいよ~?」 「ぅ、ぅごお……!!」 「だ、大丈夫ですか……?」 「あー、いいよいいよトレーナーさん。放っておけばいいんですよ、自業自得なんですから」 そう言って居間へと向かうセイは、おじいさんを一瞥もしない。何を伝えようとしたかはともかくとして、口を滑らせただけでもあの一撃。けれどそこには、二人の関係の親しさが見て取れるような気がした。
8 21/06/13(日)20:42:07 No.812921523
ほら、ごはん食べましょ。と障子から半身出して手招きをしている彼女を見て、後ろ髪を引かれるような想いではあったが呼ばれるままに腰を上げた。おじいさんは痛みが引くであろう頃合いを見て、また声をかけにいくとしよう。 薄葱色の髪を追いかけ、何となしに隣に並ぶと、セイはこちらの速度に合わせて歩いてくれる。 「けどおじいさんはきっと嬉しいんだよ、孫と一緒に寝泊まりできて」 「それぐらいはわかってますよぉ。でもはしゃぎすぎなのも本当。年甲斐もなくばあちゃんに良いとこ見せようとするから腰を痛めたりなんかするんだよ」
9 21/06/13(日)20:42:52 No.812921936
思わず愛想笑いが溢れる。腰を痛めたからとは聞いていたからこうやって手助けに来たのだけど、あれは想像以上に辛そうだ。ヘルパーさんが来るまでの間ではあるけれど、微力を尽くしていこうと思う。 「そういえば、思ってたんだけどさ」 「ん? ちっちゃい頃からかわいいセイちゃんのお話をご所望で?」 「それはそれで気になるなぁ。じゃなくて、セイもさ、将来はこういう所で住みたいって思うか?」
10 21/06/13(日)20:43:45 No.812922440
ふと沸いてきただけの、何気ない疑問だった。問いかけると彼女は顎に指をあて、んーと悩み出す。しかしすぐにこちらを見上げて笑顔のままこう言い放った。 「デリカシーのない騒音爺さんの近所は嫌かな~」 「……」 もしかしたら、俺には修復も難しい深い溝のようなものが、知らぬ間に出来ていたかもしれない。 飄々とした笑顔の奥に何か冷たいものを感じながら、ただひたすらに戦慄した。
11 <a href="mailto:スレ">21/06/13(日)20:45:52</a> [スレ] No.812923503
大変お見苦しく無駄に長い文章になってしまったことを重ねて謝罪申し上げます。 今日は蜃気楼の向こうに麦わら帽子のセイちゃんが見えた気がしたので書き連ねました。もしかしたら続くやもしれません