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21/06/12(土)03:54:16 あの日... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1623437656109.png 21/06/12(土)03:54:16 No.812279508

あの日からだけどれだけ経っただろう まだ1日しか経ってないような、もう1か月は経ったような。 私はただぼんやり過ごしていた。 彼は私を助けてくれなった。 自分で立ち上がるしかないって突き放された。 身体まで使っておきながらこの有様だ。 もう消えてなくなりたいと思っているのに、彼の言葉が頭から離れない。 『トレーナーは神様でも、魔法使いでもない』 『君は自分で立ち上がるしかないんだ』 彼なら私の手を引いてくれると思った。 彼なら今の私でもどうにかしてくれると思っていた。

1 21/06/12(土)03:55:03 No.812279564

もう私は無理だ。 走る理由はもうない。 仮に治ったところで恥を晒すだけだ。 二冠バの末路があれと後ろ指差されて終わるだろう。 だったら、もういいんじゃないか。 怪我で早く引退する娘なんていくらでもいる。 今引退すれば、怪我さえなければと惜しんでくれるかもしれない。 強かったウマ娘がいたって後から語ってもらえるかもしれない。 あぁ、なんだかそれでいい気もしてきた。 もう世間だって私のことなんて求めていない。 エルは海外に戦場を移すらしく騒ぎになっている。 グラスとスぺちゃんは有マで彼女に負けたのが悔しかったらしく、打倒キングに燃えている。 そして彼女はトゥインクルシリーズに籍を置きながらも海外挑戦を正式に表明して話題になった。 もう、私の出る幕はない。 私のレースは終わったんだ。

2 21/06/12(土)03:55:27 No.812279597

「スカイさん」 どれほど考えこんでいたんだろう。 ノックの音共にトレーナーの声が聞こえる。 ちょうどいい、引退することを伝えよう。 そうすればこの人とももうおさらばだ。 「お加減はいかがですか?」 相変わらずだの慇懃無礼な態度。 いつもだったら軽くかわしていたのに、なぜか無性に怒りが湧いてきた。 「見てわからない? 最悪なんだけど」 「……失礼しました」

3 21/06/12(土)03:55:49 No.812279621

あぁ、やっぱり腹が立つ。 やっぱり何もかもがトレーナーのせいだと考えてしまう。 「ねぇ、もっと気の利いた事言えないかなぁ?」 彼はびっくりした顔をしている。 ここまで直接的な嫌味は初めていった気がする。 「いっつもいっつも理屈や事務的なことばっかり! 彼だったらそんなことはないのに!」 引退を決めたんだ。最後なら全部言ってしまおう。少しは傷つけばいいんだ。 「なんで彼みたいに励ましてくれないの! なんで彼みたいに寄り添ってくれないの!」 「私だって、彼みたいな人に……」

4 21/06/12(土)03:56:06 No.812279638

それ以上は何も言えなかった。 涙がとめどもなく溢れてくる。 「……私はそういうことは苦手です」 あぁ、やっぱりこいつはダメだ。 もういい、一発殴ってやろうか。 そう思った瞬間だった。 「でも、そんな態度がスカイさんを苦しめていたんですね。すみません」 そう言って、彼は頭を下げた。 握りしめた拳から力が抜ける。 「スカイさんは深入りされることが苦手と勝手に思い込んでいました。それに甘えてしまっていました」

5 21/06/12(土)03:56:35 No.812279687

あぁそういえば最初はそんなこと思っていたっけ。 でも彼を見て、羨ましいと思ってしまった。あんな人に傍に居てほしいって思ってしまった。 「私は彼みたいなトレーナーにはなれません。ですが、もう少ししっかりとコミュニケーションができるように努力します」 なんなんだこの人は。 今更歩み寄ってくるなんて、何を考えているんだろう。 「今更? もう走れないウマ娘に用はないでしょ?」 「走れないと決まったわけではありません。屈腱炎から復帰したケースはいくらでもあります」 「もういいじゃん、ぜんぜんリハビリの結果も出ないし。私はもう……」

6 21/06/12(土)03:56:47 No.812279702

辞める、と言おうとした瞬間、トレーナーが被せるように遮ってきた。 「私は諦めたくないです!」 「えっ?」 「スカイさん。私はあなたはまだ走れるって信じています」 思わず気圧された。トレーナーがこんな風に語気を荒く語るのは初めて見るかもしれない。 「時間はかかるかもしれません。でもリハビリをしっかりすればまだきっと走れます」 言い返す言葉が出てこない、なんでだろう。 「リハビリは辛いかもしれませんが、きっとあなたなら乗り越えられるって信じています」

7 21/06/12(土)03:57:29 No.812279758

全く確信のない精神論。 ぜんぜんトレーナーらしくない発言だった。 「……なんで、そこまで言えるのさ」 もうやめようってウジウジとしている負け犬に何を期待しているんだろう。 私のその問いにトレーナーは私の目をのぞき込んでくる。 逸らすことは許さないと言わんばかりに。 「理由はひとつです、スカイさん」 「私はあなたが最強のウマ娘だと信じているからです」 思いもがけない答えに言葉が出なかった。

8 21/06/12(土)03:57:54 No.812279782

「初めて見た模擬レース、衝撃でした。デビュー前とは思えない完璧なペース管理、レースコントロール、体内時計」 トレーナーが天を仰ぐ。 そう言えばこの人が1番に声をかけてきたんだっけ。 実績もあるみたいだし何も考えずスカウトを受けたけど。 「驚きました。これまでにも才能ある娘を見てきましたが、スカイさんのようなタイプは初めてでした。間違いなく、トゥインクルシリーズの歴史に残るウマ娘になるという確信がありました」 「そんな大げさなこと思っていたの?」 歴史に残るとは大それた発想だ。 私にそこまでの才能を感じていたとは思わなかった。 「いえ、今でも思っていますよスカイさん。私はあなたの走りに魅せられています」

9 21/06/12(土)03:58:39 No.812279839

その発言にはドキリとした。 なんだろう、口調はいつも通りなのに。 こんなことを言う人だったろうか? 「スカイさん。私が信じられないのであれば……彼にトレーナー交代を打診します」 「えっ?」 「それで、あなたがもう一度走ってくれるなら、私は甘んじて受け入れます」 ズキリ、と心が痛んだ。 何でだろう、ずっと望んでいたはずの提案なのにひどく後ろめたい。 悪戯が見つかった子供のようなばつの悪さを感じた。 「ただ、スカイさん。もう一度私にチャンスをくれませんか? 私は……私は」

10 21/06/12(土)03:58:54 No.812279854

      「私は、貴方と勝ちたい」       

11 21/06/12(土)03:59:17 No.812279883

「……はは」 事務的だと思っていたトレーナーがそんなこと思ってるだなんて。 全く知らなかったし、予想もしてなかった。 「あはは」 違う、私がわかろうとしなかっただけだ。 彼と比較ばっかりして、トレーナーのことをわかろうとしなかった。 この人はつまらない人と勝手に思い込んで、勝手に壁を作っていた。 「あ、あぁ」 トレーナーは自分がコミュニケーションが苦手だから、と言っていたけど違う。 私が一方的にトレーナーを遠ざけていただけだ。

12 21/06/12(土)03:59:43 No.812279915

酷い話だと思う。 間近に私を信じてくれる人がいたのに無視して勝手に絶望して。 先ほどとは違う理由で涙が出てくる。 「トレーナー」 「はい」 「ごめんなさい、私。ずっと、トレーナーに酷いことばっかり……」 「いえ。私が貴方をそこまで追い詰めてしまったんです」 その言葉に更に涙が出てくる。 布団に大きなシミができる。

13 21/06/12(土)04:00:01 No.812279938

「と、トレーナー」 泣きすぎて声がうまく出ない。 でも、伝えなきゃ。 「はい」 「わ、私も、私も勝ちたい。も、もう一度、勝ちたいよ」 不思議だ。 私のことを信じてくれる人がいるというだけでそんな気持ちが湧いてきた。 さっきまでもうやめようと思っていたのに。 「はい。一緒に勝ちましょう」

14 21/06/12(土)04:00:52 No.812279984

「み、みんなに、キングに、勝ちたい」 「はい。絶対に勝ちましょう」 私は馬鹿だ。 もう少し早くこうやって話ができていれば、もっと違う結果になっていたかもしれない。 でも、もう遅い。彼が言っていた通り起こったことはなかったことにはできないんだ。 「スカイさん。また1からやり直しましょう」 でも、やり直すことができる。 1人のトレーナーとウマ娘として。 もう一度、この人のことを信じて。 もう一度、走ろう。

15 21/06/12(土)04:01:53 No.812280051

それからの日々は正直辛かった。 固まってしまった足を動かすのは想像以上の痛みが伴う。 本当に私の関節はこうやって曲がっていたのかと疑問に思うぐらいだった。 リハビリはなかなか進まなかった。 目標にしていた春天の頃にはまだまっすぐ歩く訓練をしていた。 春のグランプリである宝塚記念の頃にようやく軽く走る訓練を始めた。 世間がスプリンターズSで盛り上がるころ、私はようやくトレーニングを再開した。 軽いジョギングは問題なかったが、本格的なレースとなると話は別だ。 ブランクの影響で感覚やスタミナはボロボロでとてもじゃないけどレースに出れる状態じゃなかった。 足に爆弾を抱えてしまった私はそこまでハードなトレーニングができない。 本当に地道なトレーニングを繰り返すしかなかった。 雨の日も風の日も本当に地道に走り続けた。 秋天を迎え丸1年の欠場が決まったときも折れそうになったけど走り続けた。 あの日トレーナーに言ったもう一度勝ちたいという言葉を胸に走り続けた。

16 21/06/12(土)04:03:35 No.812280163

世間では私は完全に忘れられている。 トゥインクルシリーズではテイエムオペラオーという怪物の話題で持ちきりだ。 同期の皆は苦戦している。 キングは短距離では海外含め凄い成績を残しているけれども、中~長距離では完全に歯が立っていない。 特に中~長距離が主戦場のスぺちゃんは全くGⅠの勝ち星がなくなった。 私があそこに居れば、と何度も思った。 でもテレビの前で応援することしかなくて歯がゆかった。 そして、年末の有マ記念でテイエムオペラオーに負けたスぺちゃんとグラスはドリームトロフィーリーグ移籍を決めた。 私が復帰するトゥインクルシリーズで一緒に走る機会は失われた。 正直悲しかった。もう一度一緒に走りたかった。 スぺちゃんやグラスもそう思っているんだろう。 寮や学園で顔を合わせてもお互いに意図的にその話は避けた。 私一人置いて行かれている事実に焦ることも多かった。 それでも私は復帰を目指して走り続けた。 トレーナーと一緒に。

17 21/06/12(土)04:03:53 No.812280175

―――――――――― ――――― ―― ― 地下バ堂の空気を吸うのは久しぶりだった。 周りのウマ娘に知り合いは少ない。 当たり前だ、実に1年半ぶりの復帰なのだから。 「スカイさん、行けますか?」 見送るトレーナーの顔はいつも通りだった。 だけど、若干の心配が見て取れた。 「ん、大丈夫。調子も悪くないしねー」

18 21/06/12(土)04:04:26 No.812280204

「……長かったですね」 「そうだねぇ」 泣きたくなることもたくさんあった。 苛立つこともあった。 不安で押しつぶされそうなこともあった。 でも、そういったことすべて乗り越えてやっとここに辿り着いた。 すべては『もう一度勝ちたい』っていう私のトレーナーの願いのために。 「大丈夫です。やれることはすべてやってきました」 「ありがと。まぁ、頑張ってくるよ」 「はい。信じています」

19 21/06/12(土)04:04:45 No.812280224

トレーナーに見送られて地下バ道を歩く。 出口の明かりが見えてくると同時に、久しぶりに見る姿があった。 「……キング」 「久しぶりね、スカイさん」 キングとは寮が違う。 もともとスぺちゃんと比べると会う機会は少ないけれども私が意図的に会うのを避けていた。 「まさかキングが春天に出るなんてねぇ」 「えぇ。テイエムオペラオーが出ると聞いたからリベンジにね」 「ビックリしたよ。でもさすがにこの距離はしんどいじゃない?」

20 21/06/12(土)04:05:07 No.812280246

「何言ってるの? 『一流』たるこの私、キングヘイローに不可能はないのよ!」 あぁ、この感じ。 久しぶりだ。 「まさかドリームトロフィーリーグに移籍しなかったのって……」 「当然よ。私はまだトゥインクルシリーズでやることが残っているのよ」 「はは、流石だねぇキング」 この勝利への執念。 首を下げないこの姿、私が好きだったキングだ。 久しぶりに穏やかな感情で話ができている気がする。

21 21/06/12(土)04:05:46 No.812280287

「それに、スカイさん。あなたとの勝負もあるしね」 「はっ?」 突然何を言い出すのだ。 それはもう秋天でついたのに。 「いやいや、キングさん。2年前の秋天で勝ったじゃん」 「あれは皐月賞の分よ。まだ菊花賞の借りが返せてないわ」 呆れた。どれだけ執念深いのだこのお嬢様は。 もう3年前のことなのに。 「そもそも私がスカイさんに何回負けてると思ってるのよ! まだまだ勝ち足りないわ」

22 21/06/12(土)04:06:45 No.812280350

「にゃはは。キングってば私のこと好きすぎでしょ」 「べ、別にそう言うわけじゃ……」 私の言葉にもごもごと言葉を濁す だけどふっと表情が真剣なものになった。 「スカイさん。足は万全なのよね?」 「もちろん。みっともない走りはしないよ」 「そう、よかった……」 相変わらず甘いねぇキング。 でも、そういうところが嫌いじゃなかったんだ。

23 21/06/12(土)04:07:47 No.812280418

「スカイさん」 「なぁに」 「戻ってきてくれて、ありがとう」 「別にキングにお礼を言われることじゃないような。私は走りたいから戻ってきたんだし……」 「ねぇ、スカイさん。私はあなたのこと一番のライバルだと思ってるわ」 「えっ?」 「でも秋天であなたが怪我したとき……もう戻ってこない、もう一緒に走れない、って思ってしまったの」 ごめんなさい、とキングは頭を下げた。

24 21/06/12(土)04:08:27 No.812280451

「いいよそんなの。正直、引退も考えたしねー」 「だけど、スカイさんは戻ってきてくれた」 キングの目頭が潤んでいる。 ライバルが戻ってきて涙するなんて本当に甘い子だ。 「だから、ありがとう。お礼を言うのは変だってわかってるけど、どうしても言いたかったの」 馬鹿な子だ。 もう走るレースがないから移籍すべきと周りから言われてるのに私を待つために残るなんて。 私がずっとキングのことをどう思っていたのかも知らずに、まったくおめでたい。 だからもうちょっとからかってやろうと思ったのに、言葉が出ない。 なぜか私の目頭も潤んでくる。

25 21/06/12(土)04:08:57 No.812280485

待っててくれた。 皆、戦う場所を変えた中でキングだけは待っていてくれたんだ。 私が帰る場所で、待っていてくれたんだ。 また一緒にキングと走れるんだ。 その事実が嬉しくて。 そして、ちょっと後ろめたくて。 ボロボロと、涙がこぼれてきた。 止めようと思っても止められない。 「キング、ごめん。ごめんね」 その謝罪は何に対してだろうか。 内心見下していたことだろうか。 嫉妬していたことだろうか。 彼に迫ったことだろうか。

26 21/06/12(土)04:09:31 No.812280523

「もう、なんで謝るのよ」 「ごめん、ごめんねキング。ごめん」 「おばか」 キングが優しく抱きしめてくる。 そう、私は馬鹿だった。 勝手に見下して。 思い込みで人を遠ざけて。 人に理想を押し付けて。 馬鹿だった、本当に馬鹿だった。 でも、みんなが私を助けてくれた。 叱って、手を差し伸べて、待っていてくれた。 自分がどれだけ恵まれた環境にいたことにやっと気づけた。

27 21/06/12(土)04:10:39 No.812280583

「ほら、そろそろ時間よ。行きましょう」 「うん」 涙を拭う。 そうだ、レースが始まる。 いつまでも泣いていられない。 さんざん間違えた。さんざん迷惑をかけた。 でも、その人たちがみんな、私が走ることを望んでくれた。 ならば走ろう。 私を支えてくれた人たちのために。 走って、勝って、笑おう。 トレーナーと一緒に、勝って笑おう。 そのために走ろう。どこまでも。

28 21/06/12(土)04:11:11 No.812280611

      「負けないよ。キング!」 「こっちこそ!」      

29 21/06/12(土)04:12:18 No.812280667

『天気に恵まれた良バ場の京都競バ場。天皇賞(春)、いよいよ開幕です』 『1枠1番 キングヘイロー。実績あるウマ娘ですが、流石にこの距離は分が悪いとみられているのか? 本日3番人気です』 『1枠2番 セイウンスカイ、私の一押しウマ娘です。久しぶりにターフに帰ってきました。3年前に魅せたあの菊花賞での逃げを再び見られるか?』 『さぁ出揃いまして、今スタートです!』 おわり

30 21/06/12(土)04:13:49 No.812280740

NTRなんてなかった あったのは少女たちの青春だった

31 21/06/12(土)04:14:12 No.812280766

ここまでのテキスト 読んでくれた人、感想くれた人たちありがとうございます それにしても怪文書書いてる間にウンスが実装されるとは思わなかった 幻覚はここまでにして本編のウンスを愛でたいと思います まだ引けてないけど fu76538.txt

32 21/06/12(土)04:14:32 No.812280780

最後までキントレを好きになれなかった

33 21/06/12(土)04:21:00 No.812281137

ついに完結...!

34 21/06/12(土)04:21:46 No.812281180

ありがとう とてもよかった セイちゃんに幸せあれ

35 21/06/12(土)04:23:10 No.812281241

それぞれがやれることをやって掴み取ったエンディングだ 俺は嬉しいよ

36 21/06/12(土)04:23:37 No.812281271

感動した

37 21/06/12(土)04:28:15 No.812281537

ギリギリ健全なルートで終われたな!

38 21/06/12(土)04:28:40 No.812281564

キングのおばか好き

39 21/06/12(土)04:29:18 No.812281602

ウンスのトレーナー何とか男見せたな

40 21/06/12(土)04:33:05 No.812281810

キングもキントレもセイトレもセイちゃんもみんなほんとに良い人でよく頑張った

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