虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    21/06/09(水)23:09:19 No.811561953

    レースウマ娘として無事に引退し、子供を成し、育て、孫が産まれ、そろそろひ孫の顔が見られるかも知れないと言う時でした。 愛しいヒト、ゴールドシップは言いました。 「アタシ達は此の侭老いちゃいけない」と… 「唐突ですね、シップ」 読書をしていた私は眼鏡を外しながら言いました。彼女が唐突なのは何時もの事ですが。 「なぁジャスタ。お互いに色々あって、こうやって落ち着いて、アタシは改めて思ったんだ。アタシ達はウマ娘だ。走ってなんぼだ。風を感じるのがアタシ達の古い時代からの生き様の筈だ」 相も変わらず美しい芦毛を揺らしながら彼女は人参を囓って居ました。

    1 21/06/09(水)23:10:14 No.811562308

    「ですがシップ、私達はもうお婆ちゃんですよ。見た目こそ人間と比べたら圧倒的に若々しいですが、体を改めて鍛え直しても以前の体には戻れませんし、良くて足の速い人間よりも幾ばくか速く走れるのが精一杯です」 「だったらさ、作れば良いんだよ。アタシ達の『新しい足』を」 「フムン?」 私は彼女の悪巧みに耳を貸しました。楽しい事は嫌いではありません。彼女に染められてしまいましたから。 さて、はて 「悪巧みとはこう言う事ですか」 「イシシ。どうせ無駄に金は持ってるんだ。消費する方が世の中の為って事よ」 そう、彼女は『クルマ』を作ろうと言い出したのです。

    2 21/06/09(水)23:10:41 No.811562490

    走る喜びは『クルマ』もそう変わらない。マルゼンスキーもそう言っていたと、彼女はそう言うのでした。余りにも突飛な話でしたが、私は不思議とソレが魅力的に感じました。 今や世の中はデータを突っ込めば簡単に『クルマ』を構成するボディやシャーシなどを簡単に機械が作ってくれます。 私はシャーシの担当を。愛しいヒト、ゴールドシップはボディのデザイン等を担当しました。 しかし私の愛しいヒトは度々茶々を入れるのです。 曰く、荒々しいV型エンジンを乗せろだの、我が儘なキャブレターを付けろだの、シフトレバーはハンドルじゃなくてシャーシの真ん中に配置しろだの。電子制御は要らないだの。私が彼女の我が儘の真意を知る事は、もう少し先の話の事でした。

    3 21/06/09(水)23:11:11 No.811562667

    さて、そんな感じで私がシャーシの設計に彼や是やと我が儘を押し込み、愛しいヒト、ゴールドシップは嬉々として自分好みのクルマのボディを作っていきました。 それは無駄を削ぎ落とし洗練され、とても大変美しい物でした。クリクリと愛らしいライトを収めたリトラクタブルヘッドライトが愛嬌が在って個性的です。そして何よりも… 「屋根を打っ手切る、ですか?」 「おうよ。風を感じたいんだ。屋根なんて邪魔な物なんて要らないだろ」 そう笑う彼女の言葉に、成る程確かに、『クルマ』を作ろうと提案した彼女の言葉を思い出しました。 走る喜び。風を切って駆け抜ける感動。それはウマ娘の原初の生き方。 故に、屋根を打っ手切ると言う彼女の主張はウマ娘に取って至極合理的な話なのです。

    4 21/06/09(水)23:11:28 No.811562769

    設計図が出来上がり、データを入力し、私達は暫くの間待ちました。それはまるでレースが始まるのをゲートの中で待つ様な気分。 それからして、トレーラーに乗せられて現れた物は紛れもなく私達の作り上げた『クルマ』でした。 ホワイトの下地に、ボディのセンターを走る赤と緑のストライプ。そのカラーリングは「アタシとジャスタのクルマだからな!」と、愛しいヒト、ゴールドシップの心からの言葉でした。 私達は徐に『クルマ』に乗り込み、シートベルトを締めた時、ふと思いました。 「この子の名前は何というのです? シップ」 彼女は待ってましたとばかりに微笑みました。 「此奴の名前はな。バルケッタ。バルケッタ・雪風。アタシとジャスタが乗る為の小舟だ」 「では、雪風と言う名前は?」

    5 21/06/09(水)23:11:49 No.811562937

    私の問い掛けに彼女は頷きました。 「その昔、雪風って言う船があったんだとよ。其奴は『何があっても帰ってくる』らしい。だから彼女の名前を貰った。アタシ達が無事にアタシ達の家に帰ってこれる様に」 「良いですね。縁起の良い験を担ぐのは」 「だろう? それじゃ行くぞ」 彼女はそう言うと燃料ポンプスイッチを引き、キャブレターチョークを調整して、キーを捻りました。 次の瞬間には、背中からデュルルルン! と力強く、荒々しく、粗野で、然し生き物の様な力強い振動が響きました。 「うし、それじゃ行くぞ」 愛しいヒト、ゴールドシップはそう言うとアクセルを何度か煽り、ギアとクラッチをミートさせました。 『バルケッタ・雪風』は好調に走り出し、私達の家の直ぐ近くにある峠道へと愛しいヒト、ゴールドシップはハンドルを切りました。

    6 21/06/09(水)23:12:22 No.811563144

    風が吹き抜けます。長らく感じる事の出来無かったスピード感が心地よく、右へ左へと踊るようにコーナーを駆け抜けていく様は、まるでレース場のコーナーを思わせてくれて。 小気味良く、キュキュキュと鳴るタイヤの音が宛らターフを踏み込む音の様に聞こえて。 非効率も甚だしい、ゴールドシップが注文した乱暴で荒っぽいアナログなエンジンはとても躍動感を感じさせてくれました。まるで全力でターフを駆け抜けている最中のバクバクと唸る心臓の様に。 不意に私は運転席に座る愛しいヒト、ゴールドシップの顔を見ると、とても若々しく見えました。まるで共に青春を走り抜けたあの時の様に。 やがて私達は峠の展望台へと辿り着き、広い街を見渡せる景色が其処にはありました。 「なぁ、ジャスタ」 「はい、なんでしょう」 「アタシはさ。此れからずっと、願いが叶うまでお前と一緒に二人で走りたい。ずっと、ずっと走りたい。走り続ける事が出来るまで走り続けたい。…こんな我が儘、聞いてくれるか?」

    7 21/06/09(水)23:12:46 No.811563289

    私は彼女の願いに微笑みました。 「ええ、今からでも、何時までも、此れからも、ずっと」 そう微笑むジャスタの顔は、びっくりする位若々しくて、驚いたアタシは目をグシグシと擦っても、ジャスタの奴はとても若々しく見えて。 私は愛しいヒト、ゴールドシップの胸の中に飛び込みました。 「シップ、私の我が儘を聞いて下さい。今夜、久しぶりに蕩ける様な甘い一夜を下さい。私はもう…もう、貴女の若々しく輝く姿に魅せられてしまいました」 「ああ、帰ったら必ずな。アタシもな、ジャスタの横顔に今一度惚れ直しちまった。吃驚するぐらい、輝いてた」

    8 21/06/09(水)23:13:15 No.811563482

    . 『クルマ』、それは私達の穏やかで緩やかに灰色へと染めていくウマ生に再び極彩色の世界を与えてくれた… ーー魂の籠もった愛しい機械ですーー .

    9 21/06/09(水)23:13:58 No.811563753

    尾終い 自分の中の走る思いとウマ娘、そして某有名タイトルを掛け合わせて見ました。 完璧な余談ですが、劇中のクルマは屋根を打っ手切ったAW11かストラトスを考えています。 作中のゴルシとジャスタは結婚しました。結婚しました。(重要) 年老いたゴルシとジャスタに再び色鮮やかなスピードの世界を味わって貰いたいと思ったお話です。遅い奴にドラマは追えないのです。 ホイール洗ってきます