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    21/06/09(水)02:17:28 No.811289100

    秋天当日、天気は私の名前を現すような快晴。 秋のGⅠで私とスぺちゃん、そして彼女が出走するとあって客入りはかなりのものだ。 一番人気は彼女だった。 合宿明けの彼女はスプリンターズSも勝ち、春秋スプリントも制覇した。 今年だけでGⅠ3勝、人気が高くなるのはわかる。 冷静な人もちゃんといる。 結局彼女は2000m以上走れるのかわかっていない。 むしろクラシックの成績を考えると分が悪い。 だけど、そういう人は春天を制し宝塚記念2着のスぺちゃんを支持している。 私だって日経賞に続いて札幌記念を勝っているが、今年GⅠを勝てていない私は3番人気に甘んじている。 その事実が私をイラつかせる。 スぺちゃんはまだわかるが、私は彼女より後ろを走ったことがないのに。 GⅠ勝利数も抜かれてしまったが、直接戦えば絶対私のほうが強い。 今日はそれをはっきりとさせてやる。

    1 21/06/09(水)02:18:13 No.811289190

    「作戦は以上です。行けますか?」 「あいあい、大丈夫ですよー」 レース前。 私は控室でトレーナーと最終ミーティングを行っている。 資料に目を通し、トレーナーの言葉に軽く返事を返すが私の内心は闘志が煮えたぎっている。 メイクデビューやクラシックの時でもここまでの熱が入ったことはない。 早く彼女を叩きのめしたい。 「スカイさん。あなたがこのレースに対してならない熱を持って挑んでいたことは私も理解しています」 いくらこのトレーナーでも流石に気付かれるか。 過去一番と言っていいぐらいらしくもなくトレーニングを積んできた。

    2 21/06/09(水)02:18:29 No.811289234

    「ですが、レースではクールに」 「わかっているってば」 「あなたのレースコントロール力は間違いなく超一流です。ですが、それは冷静な思考があって初めて成り立つものです」 うるさいなぁ。 もうちょっと気が利くことを言ってくれないのだろうか。 彼だったらきっと熱く送り出してくれるだろう。 私はきっと苦笑いしながらも心を躍らせてレースに挑めたはずだ。 『――世代と言われていますが――間違いなく――』 トレーナーが何か言っているがあまりに耳に入ってこない。 私はレースまでの間、彼との会話を浮かべながら過ごした。

    3 21/06/09(水)02:19:33 No.811289373

    ゲートに入る。 どれだけレースに出てもこれだけは苦手だ。 まるで檻に閉じ込められたみたいで落ち着かない。 だが今日はその苦手意識を上回るぐらいの熱があった。 ゲートが開いた。 完璧なスタートだった。 今日のレースでは逃げを得意とするのは私だけだ。 前にも両脇にも私と同じペースで走る娘はいない。 都合がいい、後続のペースを滅茶苦茶にしてスタミナを削り取ってやる。 軽く後ろを振り返る。 スぺちゃんは集団後方、いつもの位置だ。 だがそれより驚くべき事実があった。 彼女が集団前方に付けている。

    4 21/06/09(水)02:20:24 No.811289484

    (先行策!?) 彼女は脚質と性格の両面から逃げ・先行には向いていないのが私の見立てだ。 集団先頭付近にいるとどうしてもペースを保てず自滅する。 その証拠に彼女がこれまで勝ってきたレースは全て差しだった。 だというのに彼女は私の4バ身後方、2位をキープしている。 (何考えているのか知らないけど) わざわざ自滅しにくるとは考えづらい。 もちろん何らかの作戦だろうが、これまでレースで出していなかったことを不得手な距離で初出しするとは嘗められたものだ。 まずはプラン通り、ペースを上げてみる。 もう一度ちらりと振り向いた。 距離が離れていない。 つまり彼女も釣られてペースを上げたのだ。

    5 21/06/09(水)02:20:59 No.811289556

    (あーあ) 彼女の脚質では絶対にこのペースではもたない。 直近のスプリンターズSと比べると800mも長いので感覚が狂ったのだろうか? このペースをキープすれば彼女は勝手に崩れていく。 これ以上ないほどみっともない敗北だ。 彼の失望する顔が見られるかもしれない。 そう思った時だった。 足音がすぐ後ろに迫ってきていた。 (えっ!?) 後ろに視線をやるとそこには彼女がいた。

    6 21/06/09(水)02:21:40 No.811289654

    今にも私を追い抜きそうなペースで私の右斜め後ろを走っている。 その表情は鬼気迫るものがあり、苦しそうだった。 まだ500mしか走っていないというのに、スパートを思わせる速度だった。 今にも私を抜かそうとしている。 その表情と走りは完全に掛かっている。 なるほど、このレースに燃えていたのは彼女も同じだということか。 だけど、冷静さを失ったらどんなレースだって勝てはしない。 (いいよキング、一緒に走ろうか) (でも、どこまでもつかな?) 私は彼女に先頭を譲ることなく、走り続けた。 第3コーナーが見えてくる。

    7 21/06/09(水)02:22:34 No.811289765

    府中の第3コーナー手前には坂がある。 彼女はそこまでは何とか私についてきていた。 だけど上り切ってすぐだった。 「か、はっ」 間違いなく彼女の声。息が入った。 もう一度後ろを見ると彼女のペースが落ちている。すでに3馬身ほど離れている。 (あーあ) 第3コーナーは下り坂だ。 上り坂は遮二無二に走れば早く走ることができる。 だが、下り坂でバランスとスピードを維持したまま走ることは難しい。 まして掛かりきってペースを崩した状態だったらなおのこと。

    8 21/06/09(水)02:23:09 No.811289857

    (お疲れ、キング) 私はまだ足を残している。 このまま第4コーナーからロングスパートをかける。 府中の直線は長い。 スぺちゃんの末脚に捕まらないだけのリードを確保しなければ。 そう思ってさらにペースを上げようとした時だった。 (あ、あれ?) 足が出ない、足が重い、呼吸が乱れる。 既に2000メートル走り切ったかのようだ。 だけどまだ500メートル以上残っている。 何故、と思うと同時に蘇ってくる記憶。 この状況、経験したことがある。

    9 21/06/09(水)02:23:58 No.811289975

    1年前ちょっと前。 同じ東京競バ場で、同じメンバーで走ったあの時。 (これってダービーの時の……!) あの時は彼女が破滅的な逃げを行い私もその後ろを走った。 傍から見るとにスローペースなレースだったようだけど、実際は異常なハイペースだった。 そう、レース全体のペースが彼女の逃げで吊り上げられたのだ。 そんなペースで走ったら足が持つわけがない。 彼女は第4コーナーの出口で失速し、私はロングスパートをかけることができずスぺちゃんに差し切られた。 だが、あの時と違うことがふたつある。 ひとつが今回は彼女が仕掛けた罠だということだ。 逃げ・先行策を取る娘が少ないとみて彼女が私のペースを崩しに来たのだ。 屈辱であるはずの自らの失敗を逆手に取って。

    10 21/06/09(水)02:25:18 No.811290150

    そして、もうひとつ。 (来るっ……!) 今回の彼女はまだ足を残しているということだ。 第4コーナーを出たと同時に後ろから複数の猛烈な足音が聞こえてくる。 第3コーナーでペースを落としたのは疲労からではない。 私のペースを十分崩したとみて自分は息を入れたのだ。 後ろの様子が気になるが、振り返っている余裕はない。 まだ1位だがセーフティとはとても呼べないリードなことは間違いない。 残り僅かな力を振り絞って何とかペースを上げないと差し切られる。 ホームストレッチ前では観客がとてつもない声援を浴びせてくる。 その中ではっきりと聞こえる、彼女の名をコールする声が。 間違いなく、来ている。

    11 21/06/09(水)02:25:57 No.811290248

    あと2ハロン。 心臓が破裂しそうだ。 息が吸えているのか疑わしくなるぐらい苦しい。 いま私はどっちの足を出しているのわからない。 数百メートル先のゴールが宇宙の果てにあるように遠く感じる。 あと1ハロン。 すぐ後ろに足音が聞こえる。 後ろを振り向ける状況じゃないが、誰が来ているかは分かった。 足音で誰かわかるぐらい一緒に走ってきたから。 左後ろにスぺちゃん、そして右後ろに彼女だ。 今にも私を差そうとしている。 一瞬右にヨレることを考える。 そうすればスぺちゃんには負けるが彼女には負けない。 その考えを必死に振り払った。

    12 21/06/09(水)02:26:34 No.811290323

    ――負けたくない。 ――彼女にだけは負けたくない。 ――ここで負けてしまったらもう言い訳できない。 ――私のほうが『下』になってしまう。 ――それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。 ――レースでも勝てなくなったらもう私に勝てることが、ない。 ――そんなのは絶対に嫌だ。 ――キングより私のほうが『上』なんだ!

    13 21/06/09(水)02:27:11 No.811290406

        『キングヘイロー今1着でゴール!』 『2着はスペシャルウィーク! 3着はセイウンスカイ!』 『キングヘイロー! 春秋スプリントに続き天皇賞秋を制しました!』    

    14 21/06/09(水)02:28:54 No.811290618

    本日開催予定のNTRファイナルズ、現在のバ場は重となっております。雨は降り続いており最終的には不良になることが見込まれます。 つづく

    15 21/06/09(水)02:30:27 No.811290824

    これまでのテキスト あと3~4回ぐらいで終わると思います fu69275.txt

    16 21/06/09(水)02:34:49 No.811291297

    ウンスの自我が崩壊する

    17 21/06/09(水)02:42:42 No.811292111

    キングに対する感情がデカすぎる

    18 21/06/09(水)02:46:08 No.811292466

    レース以外はもう負けてると思ってるのも痛ましい…

    19 21/06/09(水)02:51:16 No.811292963

    キングはなぁ、取っ付きづらいけど心優しいし面倒見いいし人望あるし ウンスと対極すぎてそりゃコンプレックスも抱くか

    20 21/06/09(水)02:52:26 No.811293093

    この後ライブできるんですか?

    21 21/06/09(水)03:00:04 No.811293802

    まだ後3、4回もある事に良い意味で驚いたわ

    22 21/06/09(水)03:01:30 No.811293932

    ウィニングライブが気が気じゃない!

    23 21/06/09(水)03:02:45 No.811294040

    丁寧なレース運びで大変読み応えがありました

    24 21/06/09(水)03:03:21 No.811294090

    相手の術中にハマって負けてライブ後にキングからあなたたちと同期で良かったと言われるとか脳破壊される

    25 21/06/09(水)03:09:15 No.811294619

    ここから寝取るとか急展開なのでは

    26 21/06/09(水)03:10:15 No.811294722

    寝取るといってもスカイの独り相撲の可能性

    27 21/06/09(水)03:35:42 No.811296472

    ぐにゃぁ~

    28 21/06/09(水)05:14:44 No.811300871

    左右によれずに走りきっただけでえらい