ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/06/05(土)19:49:34 No.810109047
「トレーナーとカイチョーは親戚、ってこと?」 「ああ、随分と遠縁の、な。 家同士がどうだったかもうわからないが、私とルドルフは仲が良かったよ。よく追いかけっこなんかして遊んでいた。勝つのはいつも私だった。幼いうちは。 『おねーたんまって』なんて回らない舌でとことこついてきたのを覚えているよ、あの頃は楽しかった。それが今じゃあトレセン学園の皇帝だ、変わるもんだな。」 砂糖4つの甘すぎるコーヒーを飲みながら、遠くを眺めるような顔でトレーナーは話している。きっとその視線の先には、あの頃の思い出が映っているんだろう。 カイチョーにも子供時代がある、当然のことだけど、ボクが知ってるのは皇帝としてのカイチョーだけ。 どんな子供だったんだろう、トレーナーとどう過ごしていたんだろう。
1 21/06/05(土)19:49:48 No.810109136
「でも段々と、何かが変わってきた。ルドルフが私に追いつけるようになってきて、遊ぶ時間が減っていった。代わりにあいつはダートや芝のコースを走るようになった。 そして私の母も変わっていった。何が起きたのかは今でもわからない、元から虚栄心が強い性格だったのか、ルドルフが稀代のウマ娘として脚光を浴び始めてそうなったのか。 私に、ただの人間である私にウマ娘のようにトレーニングをさせるようになった。そして走り終わる度に言われたものだ。『お前がウマ娘なら良かったのに』。」 一瞬コーヒーが苦く感じた。ヒトがどれだけ頑張ってもウマ娘に敵うわけがない、この間の録画で見せつけられた。 ウマ娘のボクでも、どこか痛ましく感じたのに、それをトレーナーは子供の頃から走る側として、ずっと味わい続けていたんだ。
2 21/06/05(土)19:50:31 No.810109420
「それでも走るのは嫌いじゃなかったから、陸上競技を続けていたよ。走っている間は他のことは考えなくて良かったからな。 中学も、高校も、大学も、ずっと。そうしたらスポーツ特待生だの、期待の新星だの、余計なものがひっついて来るようになってな。 国際大会に出られるようになる頃にはしがらみだらけになっていた。義理立てだの貸し借りだの、面倒なものが絡みついて、もう走ることだけ考えていられなくなった。 だからだろうな、柄にもなく競技界の未来なんて考えてしまったのは。そうしたら走ることすら苦しくなって、脚が痛むようになった。 逃げに転向したのはその頃、他に合わせるのが嫌になったと言ったが、それ以上に、少しでも痛む時間が短く済むようにしたかった。 もう走るのは苦痛でしかなかったが、走るのを止めたら私には何も残っていない、だから走り続けた。 医者にはもう走るなと言われたが、聞かなかった。数少ない仲間にも止められたが、無視した。」
3 21/06/05(土)19:52:04 No.810110032
「ポーカーフェイスだけがどんどん上手くなっていったよ、今も抜けきらんぐらいな。そして、京都でのレースだったかな、雪が降っていたのを覚えている。 除雪はされていたが少しコースは濡れていた、別にそのせいだったとは言わない。最終コーナー、スパートをかけた左足がぐにゃりと曲がった。 あの瞬間、後ろから引っ張られて、沈んでいくような感触をはっきりと思い出せる。そのまま倒れ込んで一歩も動けなくなった。」
4 21/06/05(土)19:52:23 No.810110159
「左足を見ると、血の赤と筋肉の桃色と、脂肪のレモンのような色が見えた、そこから折れて飛び出した真っ白な骨もな。 ここまで痛い目を見ても懲りなくてな、折れた骨をボルトで繋いで、大型動物用の痛み止めを注射しながらまだ走った。 当然まともに記録が出るわけがない、レースも負け続け、痛み止めの量だけが増えていった。 ある日ついに痛み止めが効かなくなって、這いずりながら医者に診せたらもう手遅れだ、切断しかないと言われた。 ……なんと言うかな、ほっとしたような、安堵感すら覚えたよ。もう走らないでいいんだ、そう思ってしまった自分がいた。」 走るしかなかったはずなのにな、と小さくこぼしながらコーヒーを口に運ぶトレーナー。
5 21/06/05(土)19:52:45 No.810110302
「その後はトレーナーとしての道を目指した、こうまでなっても走ることに関わりたかったんだ。だが、どこの誰が自分の足を駄目にした奴から教わりたいと思う? もう私の周りには誰も居なかった、ヒト競技界の期待と持て囃したマスコミも、おこぼれに預かろうとすり寄ってきた連中も、そして仲間も、皆私から離れていった。 そうしてからはあまりよく覚えていない、貯金を食い潰しながら呆けたように日々を過ごしていたように思う。 トレセン学園からのスカウトに受けたのもどうしてだろうな、ウマ娘相手だとしても、走ることに関わりたかったのかもしれない……。」 トレーナーのこれまでの人生、それはとても重苦しく、少しでも助けになれればなんて考えていたボクを張り倒したいぐらいだった。
6 21/06/05(土)19:53:11 No.810110465
「こんなに喋ったのは、久しぶりだな。」 喉が渇いたのか、残ったコーヒーを飲み干すトレーナー。 「そのことって、カイチョーは。」 「家を出てからのことはあまり知らんだろうな、話すのはお前が初めてだ。」 「あの、カイチョーのこと、ううん、ボクたちウマ娘のこと、恨んでる?」 トレーナーは空になったマグカップに視線を落とす。 「筋違いだというのはわかっているが、恨んだ時期もあった。お前達さえ居なければと思うこともあった。 だが今は……どっちとも言えん、憎んでいるわけではない、だが……何かを押さえ込んでいる自覚はある。 お前のトレーニングには影響を出していないと思うが……どうだろうな……。」 「そんなことない、キミのメニューは厳しいけどちゃんとしてた。絶対、ボクが憎くてわざと苦しめたりしてない。」 それは身を以て理解している。だからボクはトレーナーのことが、信頼できる。
7 21/06/05(土)19:53:27 No.810110569
そして、この前答えをもらえなかった質問をもう一度。 「トレーナー、足、まだ痛むんでしょ。」 「………ああ。」 「どんな時?」 「……走ってる奴を見ている時や、自分も走りたい、そう思った時だ。思い出してしまうんだろうな、あの頃感じていた痛みを。」 じゃあ、練習やレースを見ているトレーナーは、ずっと痛みと、もう走れない絶望に……。 「まぁ、痛みはあるが、お前のトレーナーをやるのは辛くない。歯医者に行くようなものだと思っている、痛いが有益だ。」 でもそれじゃ、もう一年近くトレーナーはずっとずっと我慢してきたことになる。 トレセン学園で過ごす毎日、練習する子たちを見ない日はないと思う、その度にトレーナーは痛みを堪えて、ボクのために……。 「そんな顔をさせたくないから、話したくなかったんだよ。お前の足手まといにだけはなりたくない。 さっきも言ったが、しがらみをくっつけたまま走るのは面倒だ。お前には前だけ見ていて欲しい。私なんかのためにお前の道を「キミは!」 例えキミ自身からでも、キミを悪く言って欲しくない、軽く言って欲しくない。私なんか、なんて、そんな悲しいこと言わないでよ。
8 21/06/05(土)19:54:03 No.810110801
「キミは、ボクのトレーナーだよ。ボクを無敗の三冠バにしてくれた、凄いトレーナーだよ。 痛みも不安も、全部堪えて、ほとんど出さないでずっと頑張ってきた、ボクの自慢のトレーナーだよ。」 「お褒めの言葉痛み入る。なら約束してくれ、私に何が起きても立ち止まるな。」 「何か起きる予定があるの?」 「タキオンの件だ。奴のモルモットが阻止しているが、タキオン自身は私の提案に乗る素振りを見せた。求められれば、私は応える。」 「どうして?担当でもないのに、専属トレーナーが別にいるのに、それに逆らって自分から辛い思いをしにいくの?」 沈黙、何もしないのに耐えきれなくなって冷めきったコーヒーを飲み干す。甘い、けど冷たい。
9 21/06/05(土)19:54:19 No.810110917
「前も言ったが、思うように走れない辛さがな、わかるんだよ。あいつも私みたいに周囲の勝手な都合で思うように走れないんだ。 奴は一族の期待株なんだとさ。だが脚が弱くて、故障を心配するトレーナーに強度の低いトレーニングしかやらせてもらえない。 一月、一月だけ私に預けてもらえれば、なんとか出来ると思う。だが無理強いは出来ない、故障の可能性が付き纏う、私のせいで競技人生を台無しにするかもしれない。 救うというと、傲慢かもしれん、だが……出来ることがあるのに手をこまねいているのは、性に合わん。」 組んだ手テーブルの上にぱたりと落ちた、それを見つめるトレーナーは迷っているように見える。いつも自分の中で決まったことをボクに突き付けてくるトレーナーが、ボクに、まるで許可をもらうように。 その手にボクの手を重ねる。トレーナーの、淡いピンクの瞳を見つめる。 「じゃあ、キミも約束して。もしタキオンから頼まれて、トレーニングをして、タキオンが故障したとしても、自分を責めないで。 ボクは危ないのがわかってキミのメニューに挑んだ。タキオンもきっと同じ、それを、自分のせいだなんて考えたら、失礼だよ。」
10 21/06/05(土)19:54:53 No.810111141
「………わかった。コーヒー、お代わりいるか?」 トレーナーの手を握ったまま、首を振る。 「ううん、もうちょっと、このまま。」 「すまんな。」 「謝らないで、キミのわがままは今に始まったことじゃない、もっと言うことあるでしょ。」 「………ありがとう、テイオー。」 「それでよろしい。キミみたいなトレーナーに付き合えるの、ボクぐらいなんだからね、もっと感謝してよ?」
11 21/06/05(土)19:56:38 No.810111808
前回までのログです fu61445.txt 長い!長い!長い! つい筆が乗って偉いことになってしまいました、引き算苦手 トレーナーの過去はこれぐらいにして他の話が進んでいく予定です
12 21/06/05(土)20:01:29 No.810113640
やっぱりルナちゃん似の女性トレーナーだったか
13 21/06/05(土)20:02:50 No.810114141
いいぞ 長距離適性がSSくらいになってきたな
14 21/06/05(土)20:03:01 No.810114206
次はモルモットの説得か
15 21/06/05(土)20:04:01 No.810114564
壮絶な過去を歩んでますねトレーナー・・・
16 21/06/05(土)20:07:54 No.810115936
ウマ娘がいる世界で陸上しかも女性のってかなり逆風だなぁ…
17 21/06/05(土)20:08:29 No.810116140
俺たちに足は無い 逃げるのをやめたからだ
18 21/06/05(土)20:14:27 No.810118289
会長もつらかっただろうなあ...
19 21/06/05(土)20:16:31 No.810118930
>ウマ娘がいる世界で陸上しかも女性のってかなり逆風だなぁ… 強い子が台頭してくる度に もしウマ娘として生まれれば最強になっただろうに… とか言われちゃうんだよね…
20 21/06/05(土)20:20:16 No.810120180
おつらい…
21 21/06/05(土)20:22:03 No.810120793
女性だったのか 壮年のおじさんなイメージだった
22 21/06/05(土)20:23:45 No.810121360
何度も言われてるだろうけど性別わかるまではCVツダケンだったわ
23 21/06/05(土)20:25:54 No.810122089
幼い頃の思い出って抜けないし会長はかつてのトレーナーを思い出しながら話してるのかな
24 21/06/05(土)20:28:03 No.810122902
そのおねーたんが遺書持ってくんのキツイわ…
25 21/06/05(土)20:31:26 [sage] No.810124091
ああ、ヤッテシマッタ! 性別未確定のまま進めようとしてたのに普段の癖でおねーたんと書いてしまいました すみませんがそこは無視していただけるとありがたいです、次回のログからは直しておきます
26 21/06/05(土)20:32:25 No.810124446
女性だったら田中敦子、男性ならツダケンのイメージ
27 21/06/05(土)20:33:04 No.810124676
はー胸が締め付けられる でもすき
28 21/06/05(土)20:33:13 No.810124725
>性別未確定のまま進めようとしてたのに普段の癖でおねーたんと書いてしまいました もしかして普段から書き物してる方?
29 21/06/05(土)20:36:19 [sage] No.810125891
>もしかして普段から書き物してる方? ここで怪文書を投稿するだけの素人です 以前別のシリーズで女主人公をやっていたのでぽろっと出てしまいました
30 21/06/05(土)20:37:34 No.810126367
まぁどっちにしろあの世界で普通の人間の陸上してたってだけでもう色々と立場としてはおつらいよね
31 21/06/05(土)20:37:56 No.810126501
開放骨折はめちゃくちゃ痛そうだな…
32 21/06/05(土)20:38:12 No.810126588
遺書突き返した後で会長ボロ泣きしてたんじゃないか
33 21/06/05(土)20:39:41 No.810127087
このタイトレが壮絶過ぎる
34 21/06/05(土)20:41:04 No.810127611
とうとう性別確定させたのかと思ってたらうっかりだったのね
35 21/06/05(土)20:45:05 No.810129198
男性だった場合初恋の人とかだったらさらに拗れる
36 21/06/05(土)20:46:37 No.810129759
>すみませんがそこは無視していただけるとありがたいです オーケー忘れる
37 21/06/05(土)20:47:12 No.810129986
なんとなく目つきの悪いルドルフで想像してたけどぼかしてたのね