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「トレ... のスレッド詳細

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21/06/02(水)01:06:50 No.808910999

「トレーナー、ねえトレーナー」 「ん……あ、ああごめん、どうかしたかい」 「ありゃ、眠いの?」 「ああ、ちょっと……いや、ちょっとだけな」  一日の終わり、やわらかなオレンジが射し込むトレーナーの部屋。夏の日差しも少しだけ穏やかになり、日常の賑やかさも落ち着いてきた夕暮れ時。いつものようにベッドに座り、ぼんやりと窓の外、朱に染まり行く府中の街並みを眺める。私にとってのご褒美の時間、隣に座るのは私のトレーナー。今は私専用の肩貸し屋さんに転身中だ。そんな肩貸し屋さんはサイドテーブル上のノートパソコンと取っ組み合いしてたはずなんだけど。ちらり見やったときには既にえっちらおっちら船を漕いでいて、どうやらすごく眠いらしい。 「どうせ昨日もがんばっちゃったんでしょ~」 「いやいや、違うよ、昨日は……」 「ううん、分かるよ~?」  微笑みを崩さずに断定すると、彼はばつが悪そうにはにかみながら、ぽりぽりと頬をかいた。

1 21/06/02(水)01:07:31 No.808911170

「……お見通しかあ、スカイには」 「にゃはは、だってクマ、おっきいもん。バレてない! な~んてわけないじゃん?」 「ま、それもそうだなぁ」 「徹夜?」 「ん……そういうわけではないよ、レース映像確認してたら三時回ってて……」 「寝たの何時?」 「一時間だけ仮眠とって、朝練に……」 「おバカだ」 「うるせ、ちがわい」 「じゃあ時間経過にさっぱり気付かないお子さま?」 「……くっ……舌戦じゃ敵わん……」 「んふ、私と戦おうなんて百年早いのであーる」 「……お見逸れしました。スカイ様」 「んっふっふ。それほどでも。あ、そうだ良いこと思いついちゃった。働き者のトレーナーに、何かご褒美あげよっかな?」 「ええ? ご褒美って?」

2 21/06/02(水)01:08:07 No.808911310

 困惑しきりの彼に、私があげるご褒美。男のひとなら多分喜んでくれるだろうプレゼント。私はにこやかに笑いながら、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。 「……は?」 「なーに、女の子に言わせるの?」 「いや、それはさぁ……流石に」 「敵わないついでにさ、私に甘えてみよーよ?」  相変わらず奥手なんだから。まごつく彼をその気にさせようと、上目遣いで熱っぽく囁いてみる。ほんのり色づき始めるほっぺた。夕日のせいで分かりづらいけど、黒目がとっても泳いでいるから、照れているのはバレバレだ。 「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」 「だからそんなんじゃなくて、いや、その……」  あ、あともう一押しだ。言葉に詰まるとテンポよく瞬き三回するトレーナーのクセが出た。よし、ちょっとした駆け引きと洒落込むぞ。気付かせちゃいけないのは一つ。ベッドに座ってるんだから、何も膝の上で寝なきゃいけない訳じゃないってこと。でもまあ多分、いや絶対トレーナーはそんなこと分かってる。ベッドって何のためにあるんだっけ。寝るんだったら枕使えばいいもんね。そういうエトセトラは無数にあって、だけどそんな野暮なことはさせやしない。

3 21/06/02(水)01:08:49 No.808911439

 体をぐっと動かして、枕のそばに私のお尻を持ってくる。枕は、取られないように背中に隠した。 「ちょっ」 「スカイさんから逃げられると思わない方がいいですね~」 「いやさ、だってスカイの膝で、とか……そんなん寝れないよ、その……」  恥ずかしいしとか言われる前に、トレーナーの頭を引っ掴む。 「なにさ、スカイさんの膝じゃやだって?」  こっちだって退けないんだ。今更じゃあやーめた、なんて言えるほど肝は座っちゃいないし、トレーナーを労いたい気持ちだって嘘じゃない。でも、トレーナーは甲斐性なしで、私の想いなんて一顧だにせず腰を上げようとする。 「や、違……はあ……分かった、分かったよ。寝ません、ちゃんと起きます。ご飯も作らないとだし起きますよ、なんでちょっと失礼、水飲んできま……」  逃げ出そうとしたトレーナーの服の裾をぎゅっと引っ張る。聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさで、どっかいかないでよと呟くと、彼はいててと溢して溜め息混じりにまた座った。

4 21/06/02(水)01:09:33 No.808911615

「ホントさぁ……」 「本当にやなの?」 「そうじゃないけどさ……本当に恥ずかしいんだよ」 「んふふ、うぶだねえ、トレーナーさんは」 「うるせって」 「あーあ、こんな機会きっともうないだろうなあ」 「まったく……んじゃ、いいのか? 本当に、君の膝の上で寝るぞ?」 「はいはい、どうぞどうぞ~」 「あとで退いてくれって言っても知らないぞ」 「寝てたら寝言しか言えないでしょ。いいからスカイさんに任せなって」  ほら、おやすみ?  仕方ない、お言葉に甘えようか。  諦めたように傾いでいく彼の身体を、私の方へと引き寄せる。 「んふふふ……」 「ご機嫌だなぁ……」

5 21/06/02(水)01:10:16 No.808911770

「そうお? そうかなぁ?」 「そうだよ、そう、さ……」 「きもちいい?」 「うん……やわらかくて……」 「……あら、もう寝ちゃったかあ。ホントは夜なべしてたんだろうなあ」  よほど疲れていたんだろう、二言三言交わしたあとすぐ無言になって、息遣いも穏やかなものに変わった。脈打つ彼の胸は、リズム良く膨らんだりへこんだりを繰り返している。何故だろう、いとおしいものを見ると頬が緩む。こんな機能が付いているなんて、私たちってやっぱりへんだ。そう思いながら、眠る横顔を覗いた。  いっつも私が寝ているばかりだから、こうやってまじまじと寝顔を見るのは初めてかも知れない。閉じた目蓋を彩る睫毛。少し骨っぽい鼻の筋。顎とかほっぺたとか、んーとあれ、これは剃刀負けしてるのかな。肌荒れのあとが残るもみ上げの下を見つめていると、なんだろう、少しだけ照れ臭くなってきた。私ってば、恋人でもないのに度胸だしすぎだ。ふう、暑い熱い。手を団扇にして火照りを冷ます。

6 21/06/02(水)01:10:42 No.808911880

 あー、でも恥ずかしいからだけじゃないって、だって今は夏真っ盛りなんだもん。世間一般だと晩夏かも知れないけど、たまたま一部地域は酷暑だった……いや残暑だっただけなんだよ。別に誰に伝えるでもないけど、これは断じて、言い訳なんかじゃない。これ以上同じことを考えていたら、頭が沸騰してしまいそうだってだけだ。他意はないんだ、決して。  しかしまあ暑い。手元に置いておいたリモコンを操作して、地球と懐に配慮された温度から、色んなものにちょっとだけ負担を与える温度へと変えてやる。さっきより冷たい風が私の肌をなでる。気持ちいい、過ごしやすい、居心地がいい。気分が良くなったついでに、私のために頑張ってくれた彼のことをもっともっと労ってやろう。ベッドシーツをたわめていた右手を持ち上げた。  すうすう寝息を立てる彼の頭を撫でて、髪の質感を確かめる。少し、べたつく。夏だし仕方無いよね、嫌な気持ちはしないけど。一旦撫でるのをやめて、手を鼻先に持っていく。くん、嗅いだ匂いは独特で、変ではないけど手放しに褒めるのも出来ない、不思議な心地をもたらしてくれた。

7 21/06/02(水)01:11:08 No.808911980

 私は上機嫌なまま、眉毛と眉毛のあいだをつん、と指さした。そして、そのままの勢いで眉間をぐりぐり擦るようにいじくる。彼は不愉快そうに眉根を寄せて、眠っているのにうんうん唸っている。普段なら絶対見れない姿を垣間見て、私は思う。なんか、かわいくてしかもおもしろい。  次のターゲットは耳だ、指先をつうっと滑らせて、耳に辿り着いたら人差し指と親指で耳たぶを挟む。冷房の色に染まったそこは、とても冷たくて、ぷるぷるしていて、まるで彼のものじゃないような気さえする。ふにふに、ぷにぷに。男のひとの一部なのに、実感のない感触ばかりが指先に返ってくる。調子に乗ってこね回すと彼を起こしてしまいそうだ。名残惜しさを振り切って、右手を彼の肩口にそっと寄せた。  もしかして、トレーナーも私の寝顔を見て、いろいろ思ってたりしてるのかな。不埒なことを考えると、なんとなくお腹の底が熱い感じがする。気のせいだと思いたくてシャツの上からお腹を擦ると、あまりからっとしていない、微熱を帯びた溜め息が漏れた。 「私ってよくばりだなぁ……」

8 21/06/02(水)01:11:38 No.808912124

 こんな穏やかな日々が、ずっと続いてくれたらいいのに。適度にトレーニングして、適度にレースに出て勝って褒めてもらって、たまにご飯を食べに行って、時々トレーナーの部屋で一緒に過ごして。出来すぎた日常を噛み締めるたび、薄くて半透明な不安がほっぺたを伝いそうになる。本当なら感じる必要もない感傷だって分かってる。だってこれは、私たちの三年という額縁に、パズルのピースを嵌め込んでいる最中だから出来ることであって、パズルが絵に変わった瞬間、飾れるようになってしまえば、私の手のひらから離れていく類いのもので。ただ、それが恋しくて、そして悲しい。  前にトレーナーが言っていた、私ならまだまだ高みを目指せるって。俺と一緒に頑張ろう、真剣な眼差しと差し出された彼の手のひら。 「うんって、言えなかったなあ……」  思い出して、少しだけ悲しくなる。手持ち無沙汰だった左の手の平をじっと見つめた。もう少し、考えさせて。先延ばしにしたくて曖昧に答えたら、トレーナーは分かったとしか言わなくて。あれ以降催促もされないから、もう数か月経ってしまった。

9 21/06/02(水)01:12:21 No.808912305

暦は八月の終盤にあって、一年のなかにおける、半分とプラスアルファの日数も過ぎ去っていて。逆算した方が早く数えられる日数しか、この日常を楽しめる合間は残っていないんだって理解して、やっぱり胸が締め付けられるぐらい……いや、少し。ほんの少しだけ悲しくなる。  ドリームトロフィーを目指すのに相応しいウマ娘であれたら、ためらうことなく尻尾振って飛び付いて、トレーナーの腕を抱き締めるのに。夢の杯は夢でしかない。いつかは直視しないといけない。訪れるだろう未来の風景を。 「どこに行けばいいんだろうなあ、わたし」  このままずっと居たい。そんなのは分不相応な願いなのは分かってる。だから、せめて何かで形を残したい。束縛はしたくない、せめて私にだけ分かるカタチで良いから証明が欲しい。 「あはは、ちがうや」  並べた文句なんて、うん、全部建前だ。  本当は、トレーナーが寝ている今のうちに、愛した過去を刻みつけたいだけなんだ。

10 21/06/02(水)01:12:53 No.808912415

「ああ、そうだなあ……」  私が覚えているかぎり、あなたは私のものだから。  私の想いがかなわなくたって、私が想うだけなら誰の罪にもならないから。  そう思って、トレーナーが夢の世界を旅しているうちに私は、彼のおでこに浅く、とにかく浅く口付けた。固そうなペールオレンジの額は、やっぱり固くて。けれどその固さにひどく安心する、私がしたことになんて気付かないと確信できる。額のキスマークはお風呂に入るまでにはきっと馴染んで、拭われることなく彼のなかに取り込まれていくだろう。誰も、気付かない。気付けやしない。私しか知らないうちに、彼に忘れようもない足跡を残せたことが嬉しい。私がここにいた証を、残せる、いや残したんだって実感が、クーラーで冷えた水っぽい気持ちをあたためてくれる。

11 21/06/02(水)01:13:10 No.808912482

「えへへ……」  不明瞭な達成感が私の胸を満たしたとき、図ったかのように夏の黄昏時が形を失っていく。芝もダートもすべからく色を失い、辺り一帯が冷たい夜の匂いによって満たされていく。夜になる。一日が終わる。今年の夏が、暮れていく。  彼の頭をまた優しく撫でて、窓の外に浮かぶうすぼけた月を見つめる。夜は嫌いじゃない。ゆっくり眠れるし、あと空もきれいだから。あ、それと。今だけは、トレーナーをひとりじめしてもいいから……好き、なんだ。もしかしたらそれが好きな理由の一番目の言い訳なのかも知れなくて、なんとなく可笑しかった。

12 21/06/02(水)01:13:18 No.808912518

大作だ…いい…

13 <a href="mailto:s">21/06/02(水)01:15:08</a> [s] No.808912948

夏の幻覚ばかり見ていたら季節に沿った連作の幻覚が浮かんできて形にせざるを得なかった 有マに続く予定

14 21/06/02(水)01:18:29 No.808913770

晩夏の切なさがよく似合うウマ娘だよ…

15 21/06/02(水)01:24:15 ID:2J/mfw6g 2J/mfw6g No.808915215

なんだい今晩はウンスの幻覚をよく見るが

16 21/06/02(水)01:25:01 ID:2J/mfw6g 2J/mfw6g No.808915373

このスカイには幸せになってほしいよ…

17 21/06/02(水)01:30:54 No.808916698

自分だけ見てよ、愛してよ そうは言えない子よね…

18 21/06/02(水)01:34:43 No.808917525

誰かの重荷になりたくない、は 誰かの重荷になりたい、の裏返しなんだろうか

19 21/06/02(水)01:38:19 No.808918296

あー…めちゃくちゃいい…

20 21/06/02(水)01:42:05 No.808919013

完成したらおしまいだから完成させたくない、はちょっとわかる気もする

21 21/06/02(水)01:52:23 No.808921130

ウンスは夏の季語

22 21/06/02(水)02:00:24 No.808922607

ウンス3本立て助かる...

23 <a href="mailto:s">21/06/02(水)02:00:35</a> [s] No.808922647

>このスカイには幸せになってほしいよ… 幸せにする幻覚しか見てないから安心してほしい…

24 21/06/02(水)02:09:11 No.808924078

ウンス文学賞もの

25 21/06/02(水)02:10:47 No.808924329

>ウンス文学賞もの 星雲賞だ…

26 21/06/02(水)02:12:23 No.808924596

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

27 <a href="mailto:s">21/06/02(水)02:13:27</a> [s] No.808924778

ありがとう…とても嬉しい…

28 21/06/02(水)02:17:51 No.808925480

幻覚絵「」今日も大忙しだな…いつもほんとありがたい…

29 21/06/02(水)02:44:09 No.808928895

幻覚で幸せになろう…

30 21/06/02(水)02:44:10 No.808928898

幻覚絵師の人ありがたい…だいすき…

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