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  • 帰って... のスレッド詳細

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    21/05/29(土)15:14:48 No.807648817

    帰ってこない。 喜びも、悲しみも、時間の歩みさえも、何ひとつ。自分が生きているのか死んでいるのかさえ、今の私にはわからない。 大切なひとがいた。私の夢も苦しみも、何もかも分け合った愛しいひと。 私からそれをもっていって、遠いところへ行ってしまったひとが。 帰ってこない。 彼は逝ってしまった。もう、何も戻ってこない。 ──私が、殺した。

    1 21/05/29(土)15:15:19 No.807648937

    「君に生きていてほしい。 どうか、幸せに」 私にはもう何もできない。この身体を捨てて、君に償うことすらできない。ここにあるのは唯の抜け殻。悲しみにも飽いた、無価値な残骸。 ごめんね。 謝りたいのに、もう声が届かない。 はやく、君と同じところに行きたい。でも、きっと君は怒るだろうな。 ──どうして。 どうして、私は、生きて──

    2 21/05/29(土)15:15:31 No.807648996

    どれくらい経っただろうか。 いくつもの季節が過ぎ去ろうと、私の時間は永遠に止まったままだ。だから、もう誰も立ち入らないでほしい。 ドアを叩く音が耳障りだ。その音がやがて鍵を開ける静かな音に変わったとしても、もう私には関係ない。 私のことを心配して面倒を見てくれている娘たちだろうか。仮に強盗か何かだとしても、もうどうでもいい。 いっそ殺してくれ。そうすれば楽になれる。 暗い部屋に光が差す。洞窟の暗闇に棲む虫のように、光から目を背けた。 そんな私を現実に引き戻したのは、その人影があまりにも見覚えのあるものだったからだ。 「…モルモット、くん?」 か細い声で呟いた後に、漸く頭が追いついてくる。 遂に幻を見るようになってしまったのか。数日の間何も口にしていなかったから、当然かもしれないが。 迎えが来る、なんて非科学的な話を信じるつもりはない。私の脳が最期に作り出した、あまりにも都合のいい幻覚だろう。 でも、最期に見るものが君なら、いいかな。

    3 21/05/29(土)15:16:01 No.807649140

    「──タキオン」 「…もしかして、本当に迎えに来てくれたのかい」 嫌にリアルな幻覚だ。こんなにはっきり声が聞こえるなんて。けれど、どうして彼の息遣いさえ、こんなによく聞こえるのだろう。 「…うん」 「…よかった。なら、はやく連れて行ってくれ。 もう、君のいない世界は嫌なんだ」 歩み寄ってくる彼に手を伸ばす。きっとこの手を取れば、私は自由になれるのだろう。 ああ、やっと──

    4 21/05/29(土)15:16:14 No.807649198

    けれど、重ねた掌の感触は、妙に現実味を帯びていた。 「ねえ、どうしたんだい?はやく──」 「うん、行こう。こんな狭くて暗いところにずっといたら、身体に悪いよ」 穏やかに微笑む彼を見遣りながら、違和感を覚えた。その途端に、携帯がけたたましく鳴った。 メッセージの送信者は、彼の主治医だった者と学園の理事長だった。 『彼の治療が終わった。今そちらに向かっている』 ──信じられない。 確かに彼は死んだはずだ。そうでなければ最期に立ち会えなかったことを、どうしてあれほど後悔するだろうか。 けれど、私を心配そうに、申し訳なさそうに覗き込む彼の瞳も、倒れそうになった私を抱き留めてくれた彼の手の温度も、紛れもない本物だ。 「…夢、じゃないの? 本当に、君なのかい?」 彼の腕に包まれた視界が、涙でぼやけた。 本当に、本当に── 「ごめんね。ずっと、辛い思いをさせてきて。これからは、ちゃんとそばにいるから。 ──君が、それを望む限り」

    5 21/05/29(土)15:16:42 No.807649318

    言葉が出ない。 もう一度君に逢えたら、言いたいことがたくさんあったはずなのに。感情に押し流されて、もう何も言えない。 ただ、彼の腕の中で震えていた。 「…私は君の人生を、めちゃくちゃにしたんだよ? …いいの?それでもまた、私と一緒に、生きてくれるの…?」 少しだけ、彼の表情に影が差す。それでも、彼は優しく私を抱きしめてくれた。 「当たり前だよ。 ──僕が生きてきたのは、君のためなんだから」 溢れ出した感情が、瞳から零れ落ちていく。涙なんて、とうに涸れてしまったと思っていたのに。 「ごめんね、ごめんね…! …ありがとう、帰ってきてくれて…生きていてくれて…!」 もう、他になにもいらない。 ずっと、君と一緒にいさせてください。

    6 21/05/29(土)15:16:54 No.807649366

    後から聞いたところによると、彼はどうやら海外で治療に専念していたらしい。その際に法律的にかなり危ない方法をいくつも使ったために、今まで秘密にしておくしかなかったのだとか。 その日は眠るのが怖かった。目が覚めたらいつもの暗い部屋に戻っていて、彼が隣にいないことを想像すると、どうしようもなく不安になった。 「…手を、握っていておくれ。君がちゃんとここにいるって、私に伝えて」 「大丈夫。僕はちゃんとここにいるよ。 おやすみなさい。また、明日」 また明日。 そんなありふれた言葉が、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。明日が来るのも、ただ時が流れてゆくのも、苦しくて仕方なかったはずなのに。 君のいた時間から遠ざかることしかできなかった。でも、今は君が隣りにいる。 今日も、明日も。これからも、ずっと。 おはよう。 ただいま。 おやすみなさい。 君と一緒にいるだけで、あたりまえの日々がこんなにも温かい。 ああ、そうだったんだ。 ──こんなにも私は、君のことが好きだったんだ。

    7 21/05/29(土)15:17:27 No.807649500

    朝、目が覚めて君に逢えたとき、私がどれだけ嬉しいか、君はわかっているのかい? 「起きたまえ、モルモットくん。 無為に過ごした時間は戻ってこない。だからその分、これからの時間を価値あるものにしなくてはならないんだ。 ──飽きるほど幸せにしてあげるから、覚悟したまえ」 少し気だるげに、隣で眠っていた彼が身体を起こす。 「そうだね…。じゃあ、まずはごはんにしようか」 「そのあとは一緒に買い物に行くんだからね、忘れないでくれよ?せっかくラボも掃除したというのに、使わなければまた埃を被ってしまうからねぇ」

    8 21/05/29(土)15:17:39 No.807649560

    まだ眠たそうに起き上がってキッチンに向かおうとする彼の手を取って引き留めた。此方に向き直った彼の前に、目を瞑って顔を合わせる。 「ん…」 薄く開けた視界で、彼が少し恥ずかしそうに顔を背けていた。まあ、仕方ないかな。昔はこんなに直截なことはしてこなかったから。 でも、だめだよ。 私はもう、何も隠さないって決めたんだ。 「んっ…」 彼の胸に飛び込んで、こちらから唇を奪った。 「おはよう、モルモットくん。 ──大好きだよ」 重ねた唇から、幸せの味がした。

    9 21/05/29(土)15:18:05 No.807649661

    幾度となく交わしたはずの、初めてのやりとり。 矛盾している。でも、嘘じゃない。僕の頭の中には君と過ごした記憶があるけれど、君とこうして歩くのは、これが初めてなんだ。 ごめんね、タキオン。 久しぶりというのは嘘だ。本当は、はじめましてと言わなくては。 子供の頃の記憶がないことを自覚しだしたのは、いったいいつからだろうか。周りの人と違うことを悟られないように、それでも普通に生きてきたはずなのだが、そんな時間はある日突然終わりを告げた。 ある日、物々しい封筒が家に届いていた。送り主は日本トレーニングセンター学園と、テレビでしか聞いたことがない有名な医学研究機関。どちらも自分には縁のないものだった。 非常に重要なことを伝えたい、誰にも言わずに指定の場所まで来てくれ、と言われたときには何かの犯罪を疑ったけれど、印章も本物で、問い合わせてみても間違いないと言われれば、行くしかなかった。

    10 21/05/29(土)15:18:34 No.807649768

    「君には真実を知る権利もあるし、知らずに帰る権利もある。どちらかを選びたまえ。 我々は君の選択を尊重しよう」 僕を待っていたのは、緑色の服の女性と、理事長と名乗った女の子。それと、これもまたテレビの向こうでしか聞いたことがない、世界一の名医と呼ばれている医者だった。 こんなことを言われて、ただで帰れる訳がない。一体何のことなのか教えてほしい、と言うと、彼らは意を決したように、一本の映像を見せた。 そこには、自分と瓜二つの男が、あるウマ娘と一緒に過ごす様子が映し出されていた。 「彼は君と同じ人間だ。遺伝子上はね。 彼はもう既に死んでいる。君は彼の体細胞クローンなんだ」 彼から、全てを聞かせてもらった。科学者だった彼女が、知らず知らずのうちに愛していた彼を死に追いやってしまったこと。絶望した彼女が、彼の遺体の細胞からクローンを創り出そうとしていたこと。それが誤った行いと気づき、けれど彼の似姿を自分で処分することもできずに、作ったクローンをコールドスリープさせていたこと。 そして、機械の誤作動でコールドスリープが解け、目覚めたのが僕だったこと。

    11 21/05/29(土)15:19:05 No.807649901

    「すまない。信じられない気持ちはわかる。ただ、これが真実なんだ。 君がどうしたいかを聞かせてほしい。我々も、できることは全てやるつもりだ」 何もかも聞かせてもらった後でも、どうすればいいのかなんてわからない。 ただそれでも、ひとつだけやりたいことはあった。 「彼と彼女のことを…アグネスタキオンと僕のオリジナルがどんな関係だったのかを、教えてください」

    12 21/05/29(土)15:19:25 No.807649999

    それからはずっと、彼と彼女が歩んできた軌跡を追いつづけた。彼女のレースの映像、二人で映された写真、彼らを知っている人の話も、全て。 その全てに、何故か覚えがあった。きっかけがあれば、あるはずのない彼女と過ごした記憶が、どうしてか鮮明に思い出せた。僕にそれを見せた彼らも、どうしてかわからないと困惑していた。 遺伝子に記憶が刻まれている、魂が乗り移った、などというのは非科学的な話だが、そうでもしないと説明がつかない。 今まで生きてきた自分が消えてしまうのではないかと、不安になったこともあった。けれどそれでも、彼女との想い出を探し続けることを止めようとは思わなかった。 ──忘れ去って、目を背けてしまうには、それはあまりにも眩しすぎたから。

    13 21/05/29(土)15:19:44 No.807650090

    「彼女は今、どうしているんですか」 全てを見届けた、否、思い出した後、僕はそんなことを尋ねていた。 「…あらゆる治療も、支援も拒否している。もう廃人同然の状態だ。 ──自業自得の面もあるのかもしれないが、とても見ていられるものではなかったよ」 無理もない。記憶の中の彼女は、彼と過ごしているときは本当に幸せそうだった。自意識過剰とも言えまい。 ──きっと、本当に深く愛し合っていたのだろう。 「君は君だ。彼ではない。 だから、彼女や彼に遠慮をする義理もないし、その必要もない。もし君が、身勝手な都合で君を創った彼女に復讐したいと思っても、それは何ら他人が咎め立てする権利はない。 私は悲しいが、それも立派な君の権利だ。私にも彼女にも、君のオリジナルたる彼にも、縛られる必要はない。 その上で、君はどうする」 今でも、どうしてこんなことに、と思うことはある。けれど、自分がどうするべきなのかはそれでもはっきりと形を得ていた。

    14 21/05/29(土)15:20:00 No.807650167

    「本気かね。それが、本当に君のしたいことなのだね?」 「はい。 ──彼女は、もう十分すぎるほど苦しんできたと思います。僕にできるのなら、救ってあげたい」 「…わかった。君は海外で長期の治療を受けていたと、彼女には説明しておこう」 「…ありがとうございます、先生」 「礼には及ばんよ。所詮、二人の患者を両方とも救えなかった薮医者だ。私に役に立てることなら、好きに使いたまえ」 始めは自分でもよくわからなかった。ただ、これ以上彼女の苦しむ姿を見たくないということだけがはっきりしていて、どうしてそこまで彼女にこだわるのか、はっきりと説明できなかった。 けれど、彼女に会って、彼女と共に過ごすうちに、はっきりと自覚してしまった。 ──僕は彼女を、愛してしまっていた。 彼女の声や仕草を、無意識のうちに追いかけてしまっている自分がいる。日に日に元気を取り戻していく彼女を、ずっとそばで見ていたいと思った。 走り終えた彼女を迎えに行くときに、その日あった他愛のない話に興じながら家に帰るまでの時間が、何よりも好きになっていた。

    15 21/05/29(土)15:20:10 No.807650211

    同じ遺伝子を持っている以上、同じ人に惹かれてしまうのは仕方のないことなのだろうか。それとも、僕の中にある彼の記憶が、僕にそうさせているのだろうか。 けれど、日に日に大きくなっていく彼女への想いは、紛れもなく自分のもの。 だから、ここに来る前に渡された彼の遺品の指輪も、嵌めようとは思えなかった。 これを贈られたのは彼だ。僕じゃない。君が好きなのは彼なんだから。 騙しているのだ。彼女も、自分も。だから自分から、君と唇を交わす勇気が持てない。 きっとそれをしてしまったら、本当に君を裏切ってしまうから。

    16 21/05/29(土)15:20:51 No.807650397

    「少し味が変わったかな?」 「…ごめん、おいしくなかった?」 「…君の作るものが不味いわけがないじゃないか」 「…ありがとう、タキオン」 ごめんなさい。また僕は、君に大切なことを隠してしまった。 ──それでも、愛してる。

    17 21/05/29(土)15:22:08 [s] No.807650737

    例の理事長スレのタキオンを救済したいと思って雑なハッピーエンドを書くつもりだったのに気づいたらフルフロンタルを作り出してた 多分つづく

    18 21/05/29(土)15:23:32 No.807651073

    こんな残酷な事を

    19 21/05/29(土)15:23:45 No.807651134

    俺が書こうとしてたことを先に書いてくれていた もう思い残すことは無い……

    20 21/05/29(土)15:24:04 No.807651214

    このフル・フロンタル今だ!ってセリフと共にやられそうだな

    21 21/05/29(土)15:24:14 No.807651246

    タキオンに救済が来たかと思ったらそうでもなかった

    22 21/05/29(土)15:24:20 No.807651278

    ぬ、ぬおおお…

    23 21/05/29(土)15:24:51 No.807651422

    みんな!死人が生き返るなんて安易なハッピーエンドは嫌だよね!

    24 21/05/29(土)15:26:33 No.807651856

    まあ実際魔法じゃないんだから死んだ人が蘇るわけないよな

    25 21/05/29(土)15:26:37 No.807651873

    偽モルモット君覚悟決まりすぎでは?

    26 21/05/29(土)15:27:40 No.807652129

    いつか気づいちゃいそう 或いはもうどこかで気づいて目を逸らしてるのか

    27 21/05/29(土)15:28:03 No.807652208

    いやだ! 安易でも雑でもハッピーが良い!

    28 21/05/29(土)15:28:20 No.807652290

    ホントは駄目だけど!よくねぇ事だけど! 自分のやらかしでモルモットくんを殺して更にそのクローンまでも苦しめてる事を知ったタキオンが見たいィ~!!!

    29 21/05/29(土)15:28:47 No.807652392

    しかしこんな熱作だされちゃうと4か5レスぐらいしかかけないでしかもまだ書ききれない自分ってなんなんだって思えてきちゃうな… やめちゃうか…

    30 21/05/29(土)15:29:03 No.807652453

    スワンプマン…

    31 21/05/29(土)15:29:08 No.807652487

    こういうの好き…

    32 21/05/29(土)15:30:25 No.807652808

    >やめちゃうか… 長いのは長いので長距離適正ないと目が滑るんだ お前の適正を信じろ

    33 21/05/29(土)15:30:59 [s] No.807652935

    >しかしこんな熱作だされちゃうと4か5レスぐらいしかかけないでしかもまだ書ききれない自分ってなんなんだって思えてきちゃうな… >やめちゃうか… むしろ短くまとめられる方がすごいと思うよ だからもっと書いて…