ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/05/25(火)17:05:13 No.806362654
深夜は気楽だ。 誰も見ない、誰も知らない、私が走っている事実だけがある。 ステップワンツー、よーいどん。一周2000を早駆けして、脚にしっかり負荷を与える。 努力は人に見せる必要がない、自慢するものではないという感情が、この時間に私をフィールドに駆り出す。 面倒な性格だとは思いつつ、サボり魔な自分も気に入っているから、結局はこの形態。 いつかは私もデビューする。その時、自分の努力不足に足を引かれるのは困る。 そんな思いで走って、戻ってくると、カツン、カツン、と、規則正しい金属音が聞こえる。 私たちが履くシューズに着いた、競争用蹄鉄とは全く違う質の音。小さく、高く、工業的というか、椅子なんかがそんな音を立てる感じだ。 何者かであれば良いが、侵入者であるなら割と嫌だ。 警備も抜かりないとは聞くが、広い学舎はなんだかんだでそんな噂も絶えない。 目を合わせる前に退散するかと、小さな荷物をまとめようとした時。 「努力は人に見せへんタイプか、キミ」 そう、私を呼ぶような声が聞こえる。
1 21/05/25(火)17:05:34 No.806362728
「……君、だれ?」 「キミの元・先輩や。今はまあまあの他人やろな」 カツン。音を立てながら暗闇を掻き分けて現れたのは、流星目立つ栗色が鮮やかで、すらりと華奢な────ともすれば、やや病的な細さのウマ娘。 学園の制服で居るところを見れば、彼女がこの学園の生徒であることは一目瞭然。元、という言い方は引っかかるが、どうやら先輩であるらしい。 そこまでは分かったが、 「ははあ、先輩。して、わざわざ夜のトレーニングに励む後輩を冷やかしに?」 今ここに居る理由は分からない。学園内でも少し外れにある、整備の甘い芝コース。深夜のこの場所まで、わざわざ来る意義がない。 そう思って、頭半個ほど高い目線の先に、少し不機嫌に、疑問をぶつけると、
2 21/05/25(火)17:05:59 No.806362815
「久々にガッコ戻ったら部屋割変えられとってやなあ、ひとりや寂しいし、寝れんなってもうてフラフラしとってん」 そう、僅かに憂いを帯びた視線と共に、返事がかえって来る。 どうやらしばらく、寮を空けていたらしい。 へえ、と相槌を打ちながら思い返す。そんな先輩に心当たりはあっただろうか。もしかしたら美浦寮じゃないのかも。そもそも、他人に気を向けることがあまりなかったかな。 そう思いながら視線を落とした先、彼女の脚に目を向けると──── 「────あんまり見んほうがええで、キミ」 彼女の左脚、膝から下が、ぽっかりと消えていた。 いや、正確には────そこにあるはずのものが、無骨な、工業製品に、取って代わられていたのだ。
3 21/05/25(火)17:06:20 No.806362890
「それ……。ああ、もしかして────」 知らぬ人の居ない、あの先輩。 雪降る中のレース、トップスピードに乗り始める第4コーナーで事故を起こした先輩。 1ヶ月以上の入院の果て、しばらく姿を消している先輩。 凄惨な事故。完全に折れた、開放骨折。 きらきらと黄金に輝いていた栗色の毛はくすみ、身体は痩せ細り。 すっかり様変わりした雰囲気は、すぐさま気付けぬほどになっていて。 「────そうやな。私がその当事者や」 左脚、義足をぷらぷらと揺らしながら、彼女が頷く。 怪物と噂されながら、無念の退場となった、そんなウマ娘が、私の目の前で、寂しそうに話をしていたのだ。
4 21/05/25(火)17:06:38 No.806362945
「……で、化けて出たの?」 「だれがお化けや。まあ、化けて出たっちゅうのも間違いとはちゃうんかな……」 はあ、と溜息をつく先。2000mの芝コースが、眼前に広がる。 「……未練っちゅうのは、あるわなあ」 そう呟いた彼女は、未だ消えぬ炎を、ずっと宿したままなようで。 きっと、その目で私を、眺めて。 「……その足、一切走れないんで?」 「走れたとして、生身とちゃうからレースには出られんやろ。 せやから、今はサポート科受けてん。一年留年するようやけどな」 そう言ってからりと笑う彼女の目は、笑っていない。
5 21/05/25(火)17:07:16 No.806363085
「……トレーナーとかさ、なったりしないの?」 無念なんでしょ。そう言うと、彼女は少し、暗い顔。 「そうは言うけどやな……。勉強難しいし、この脚見て、嫌な顔せん子ら、おらんやろ。 そら、怪我の抑止力にはなるかも分からんけど」 そう、まるで言い訳がましく語る彼女に向かって、私はつい、 「もしバッジ取るなら、私が生徒一号になってあげるからさ」 そう、口を滑らせる。 初対面の相手になにを。そう思う自分と、深い情念を抱えた相手に対する共感、共鳴が、脳内を渦巻く。 彼女のレースは見た事がある。一時は憧れたこともある。いかな無念かは推して知るところ。 そう、私は、私が、私を、
6 21/05/25(火)17:08:02 No.806363248
「私を、走らせてよ。代わりには、ならないかもしれないけど」 走る、最初の理由。 ぽっかりと空いてた場所に、入れたいもの。 「……ほんなら、来年まで待ってや」 「ちょうど、それくらいになりそうなんだよね」 「さよか」 そう言うと、またカツンと音を立てて、彼女がこちらに背を向ける。 そして、 「……名前、聞いとらんかったわ」 そう、振り向いた先に。
7 21/05/25(火)17:08:32 No.806363344
「……セイウンスカイ」 「そうか、スカイちゃん。 また夜来たら、会えるんかいよ」 「うん」 「ならまた、会いに来るで。 教えられることは教えるさかいにやな」 ほんならよ。 そう言って去る背中と、カツン、カツンという音を見送る。 月明かりの下、くすんで見えたはずの彼女の栗毛が、僅かに、きらりと、黄金に輝いた気がした。
8 21/05/25(火)17:09:12 [s] No.806363485
幻覚を並行して見る羽目になったので合体させました
9 21/05/25(火)17:12:17 No.806364125
かなり好き
10 21/05/25(火)17:15:05 No.806364753
この先輩マルゼンスキーの一個上の…
11 21/05/25(火)17:21:54 No.806366268
ああテンポイントって関西所属…
12 21/05/25(火)17:26:25 No.806367321
流星の貴公子…
13 21/05/25(火)17:27:56 No.806367644
晩年めちゃくちゃ痩せたらしいからな…なるほど…
14 21/05/25(火)17:29:52 No.806368106
セイテンか…
15 21/05/25(火)17:34:53 No.806369189
激マブがどうしても戦いたかった相手のひとり来たな…
16 21/05/25(火)17:37:13 No.806369716
テンポイントの悲劇か
17 21/05/25(火)17:57:59 No.806374776
陣営はせめて生かそうと懸命ではあった でもそれが裏目に回った…だったか?
18 21/05/25(火)18:05:18 No.806376611
予後不良で安楽死しないとどうなるか みたいな結果のような感じに見える
19 21/05/25(火)18:14:03 No.806378885
このあと自分が取れなかったクラシック持って帰ってくる後輩…
20 21/05/25(火)18:19:42 No.806380326
自分の出来なかった事を悔やんで嫉妬するのか無念を晴らしてくれたと思うのかどっちだろうな…