ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/05/08(土)19:25:35 No.800675765
何本もヒトのレースを見て、朝練の時間が終わりに近づいた頃。トレーナーは甘過ぎるコーヒーを飲み干して、口を開いた。 「さて、そろそろ昔話を始めようか。」
1 21/05/08(土)19:26:02 No.800675941
「昔々、あるところに、バカな陸上選手が居ました。そいつはウマ娘ばかりが脚光を浴びる陸上競技の世界を一人勝手に憂いており、愚かにも自分一人でなんとかするつもりでした。 そいつは自分が出られる大会ならどこへでも飛んでいって走っては、トロフィーを獲得して回りました。 メディアもこぞって取り上げ、新聞記事に大見出しで載るほどまでになりました。 しかしそんなことを繰り返していればいつか限界が来ます、でもそいつは医者や仲間が止めるのも無視して走り続けました。 骨を折り、ボルトを埋め込んで、一歩踏み出す度に激痛が襲ってきても走り続けました。 ある日そいつは倒れ、もう足がどうしようもなくなっていました。 そして、振り向いてももう誰もそいつにはついてきていませんでした。 両足を切断し走れなくなったそいつは瞬く間に世間から忘れ去られ、陸上の華はウマ娘が独占する構図は変わらず、何の意味もなく足を失っただけでした。 そいつは今もどこかで生き恥を晒しています。めでたしめでたし。」
2 21/05/08(土)19:26:30 No.800676109
「何もめでたくないよ…。」 「バカが自分の愚かさのせいで痛い目を見る話はいつもめでたしめでたしだろう?それだけの話だ。」 「トレーナーは……。」 平坦な声、何の感情も籠もっていない声、でも多分本当は違うんだ。録画の中のトレーナーはある時期から今と同じ無表情になった。 多分、足が痛むようになったのと同じ時期。この人は痛みを見せないために表情を捨てたんだ。 「今も足が痛むの?」
3 21/05/08(土)19:26:56 No.800676260
「…………それを聞いてきた奴はいくらか居たな、痛むわけがないだろう。もう切断した足だ。」 無造作に足を指先で突付くトレーナー、その指先は全くズボンに沈まないで、カチカチと固い音を立てる。 「嘘。」 「言い切ったのはお前で二人目だ。だがそれがお前に何の関係がある?」 トレーナーは人に弱みを見せたくないんだ、そうしても誰も助けてくれなかったから。 なくなった手足に痛みだけ残る後遺症、聞いたことがある。トレーナーは自分の足にまだ苦しめられてるんだ。 そして独りで走り続けている、ゴールのないコースをずっと。 それに気付いたら、この部屋の居心地が悪い理由もわかった。この部屋は椅子がない、マグカップも多分トレーナーの分しかないから紙コップでコーヒーが出てきた。 全部、トレーナー以外が使うことを考えられていないんだ。誰も立ち入ることを許されない所に、他の人に聞かせたくないから仕方なくボクを入れたんだ。 トレーナーは今でも独りのまま、痛みに耐え続けてるんだ。
4 21/05/08(土)19:27:13 No.800676368
「キミはボクのトレーナーだよ。だから関係ある。」 「だったらどうする、時計は巻き戻らない。私がもう一度走れるようになるのか?」 「それはボクには出来ない、でも、トレーナーの苦しみを和らげてあげたい。」 「私は苦しんでいない。」 トレーナーの声がわずかに固くなる。 「私は苦しんでなどいない。」 そして不気味なほど冷静な声で繰り返した。 「だからお前の助けは必要ない、ただ聞かれたから事実を話したまでで、お前に人生相談など頼んでいない。理解したか?」 冷え切った鉄みたいな、これ以上触れているとそこから凍っていくような、拒絶が込もった返事。 「だったらなんで。」 でもここで放しちゃいけない、ようやく開いたトレーナーの心の殻の、ほんの僅かな隙間なんだ。 「ボクが倒れたときにあんなに辛そうだったの?走れなくなったのがどうでもいいと思ってるなら、あんな風に、走ろうとするボクを必死で止めたりしない。 自分が辛かったから、ボクに同じ思いして欲しくないから、止めてくれたんじゃないの?」
5 21/05/08(土)19:27:42 No.800676555
トレーナーがボクの前で見せた弱み、保健室での会話。『私のようになって欲しくない』そう弱々しく言ったトレーナーは、どう見ても過去のことをどうでもいいと切り捨てられてはいないようにしか見えなかった。 そして、日記に繰り返し書き殴られた『私のせいだ』という言葉。トレーナーは助けを求めてはいないかもしれない、でも、足の痛みに、心の痛みに苦しんでる。 「トレーナー、あの時の言葉、返すよ。ボクはそんなに信頼出来ない?辛いことを辛いと言える相手に、ボクはなれないの?」 グシャッ、とトレーナーが紙コップを握りつぶす。その手をじっと見下ろす。沈黙が何分にも引き伸ばされて感じる。
6 21/05/08(土)19:28:01 No.800676666
「………ふぅ、言うじゃないか、中等部のお子様が。私に信頼されたいだと? なら、結果が先だ。怪我を治し、菊花賞で勝ってみせろ。そうすれば………考えてやらんでもない。」 空気がほんの少しゆるんだ、綱渡りを渡り終わったような安心感に、小さく息を吐く。 すっかり冷めたコーヒーはやっぱり甘すぎて、少し飲み干すのに苦労した。そして、トレーナーからの挑戦に受けて立つ。 「ワガハイは無敵のテイオー!絶対に勝つ!そうしたら、トレーナー、またお話聞かせてよ。」 「ああ、勝ったらな。」 「約束だからね。」 「いいだろう。しかし、そろそろ始業時間だぞ。テイオー様は遅刻しても構わんのか?」 「うわー!早く言ってよ!急がなきゃ、またね!トレーナー!今度は椅子とボクの分のマグカップ揃えておいてよね!」 走れればすぐだけど車椅子だとどれぐらいかかるかわからない、ボクは急いで校舎に向かって車輪を転がした。
7 21/05/08(土)19:28:20 No.800676785
…… 「こうなってから、家を招くのも足の痛みを言い当てられたのも、ルドルフに続いて二番目か……。 こんなところまで蹄跡を辿らなくてもいいというのに、全く……。」
8 21/05/08(土)19:29:52 [sage] No.800677380
前回までのログです su4835989.txt 中々難産で前回から間が空いてしまいました 申し訳ありません
9 21/05/08(土)19:32:52 No.800678472
モトカノ…?
10 21/05/08(土)19:33:21 No.800678668
カイチョー…?
11 21/05/08(土)19:34:37 No.800679169
カイチョー…
12 21/05/08(土)19:34:53 No.800679279
やっぱ会長と距離近すぎるからなんかあると思ったよ!
13 21/05/08(土)19:36:56 No.800680068
まあ車椅子トレーナーは男とも女とも取れる感じだし…
14 21/05/08(土)19:37:14 No.800680184
でもテイオーとの距離感とか後方会長面考えるとそう近い縁ではないかもしれないし…
15 21/05/08(土)19:37:14 No.800680185
ネトラレ…?
16 21/05/08(土)19:43:59 No.800682848
この世界線の会長はどんな感じなのか…
17 21/05/08(土)19:44:24 No.800683003
車椅子トレーナーは会長の親戚なのかな?
18 21/05/08(土)19:48:22 No.800684680
精一杯背伸びしてみせるテイオーがいいんだ
19 21/05/08(土)19:49:07 No.800684980
まぁ恋人だったら会った時に婆さんは元気かから会話始めないし親戚か何かだろう
20 21/05/08(土)19:57:19 No.800688472
続きが気になる・・・
21 21/05/08(土)19:58:55 No.800689054
>ネトラレ…? それを言いたいのは会長では…
22 21/05/08(土)20:01:28 No.800690016
ここに来て刺客を差し込んできてる…
23 21/05/08(土)20:14:14 No.800695577
シンボリルドルフ差し切ってゴール! トレーナー寮訪問一番乗りを手にしました!
24 21/05/08(土)20:14:26 No.800695671
ファントムペイン...
25 21/05/08(土)20:20:57 No.800698299
しっとりしててこのシリーズ好きだよ ゆっくりでいいから完結迄どうか