虹裏img歴史資料館

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21/05/05(水)19:23:07 「さて... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1620210187288.png 21/05/05(水)19:23:07 No.799685193

「さて、どこから話したものかな。」 朝練の時間、ボクはトレーナーの部屋に話をしに来ていた。 あれだけ散らかっていた部屋は何事もなかったかのように綺麗に掃除されていた。デスクの上のノート、端のインクが染み付いたそれだけがあの日の惨状の名残を残していた。 改めて見直すと、ベッド、トレーニング教本や難しい本に、いつも持っているバインダーがいくつも詰め込まれた本棚、小さめのテーブルとデスクのどっちにも椅子はない。そして大きめのテレビと繋がれたノートパソコン。必要最低限の家具しかない部屋。トレーナーとしての機能しかない部屋。 なんとなく居心地が悪い、確かにトレーナーに呼ばれて来たのに、歓迎されていない場所に来たような感覚を受ける。

1 21/05/05(水)19:23:43 No.799685404

テーブルの上にはミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーが紙コップに二杯。 ちなみに意外なことトレーナーは甘党だった。糖分は速効性の燃料だからとか言ってたけど、角砂糖4つは多すぎると思う。ボクは2つで十分だ。 一口飲むと、コーヒーと言うよりカフェオレみたいな味がした。 「まぁ、昔話は後にするか。私も思い出す必要があるからな。」 トレーナーはノートパソコンを操作して、ヒトのレース映像を流し始めた。 「まぁ正直、大した競技ではない、参考にしようとは思うなよ。フォームが崩れる。」 ごくごくとボクの倍は甘いだろうコーヒーを飲みながら、トレーナーは画面を見つめている、その横顔をちらりと見る。いつもの無表情。 画面に目を移すと、地面に手をついて片足を後ろに伸ばした不思議な格好でスタートを待つヒト達が並んでいる。 勝負服じゃない、皆同じ動きやすそうな服を着ている、練習試合かな?

2 21/05/05(水)19:24:13 No.799685596

「なんであんなポーズしてるの?」 「クラウチングスタートといってな、ヒトの場合あちらのほうが初速が出る。短距離走のスタートの仕方だな。これは400mだ。」 「短いね。」 「そうだな。」 『オンユアマークス』『セット』 ボク達のとは違う掛け声で選手達が構え、パーン、という破裂音とともに一斉に走り出した。 ボクは驚いた。 「これって……。」 「世界大会だ、ヒトの世界のトップレベルの選手たちだよ、『この遅さでも』な。」 そのあまりの遅さに。ウマ娘なら開始数秒軽く到達するような速度、それに到達するまでその何倍もの時間をかけて、そしてそれが精一杯なんだろう、必死な顔で選手たちがゴールテープを切った。 歓声が上がるけど、映像越しだとしてもメイクデビュー戦のより少なかった。世界大会で?トップクラスの大会なんてもっと、いっぱい人が集まって、もっと早くて……。

3 21/05/05(水)19:24:47 No.799685801

「では次は長距離だ、丁度私が出た奴がある。これも世界大会だ。」 また画面に映る同じような格好をした人たち、その中に今とほとんど変わらないトレーナーが居た。 一番違うのは自分の足で立っていることじゃなくて、その表情だった。痛みを堪えるような、とても苦しそうな顔。 同時に何か覚悟を決めたような、邪魔をする人が居たら容赦はしない、そんな顔。緊張しながらもレースを楽しむ、レース前に皆がしている顔とは全然違った。 「距離は5000m、長距離の場合はお前達と同じように立ってスタートする。」 淡々と解説するトレーナー、その横顔は興味とか、懐かしさなんて全く感じているように見えない。とても同じ人だとは思えない。 『オンユアマークス』『セット』 同じ合図と破裂音でスタート。やっぱり、遅い。長距離で脚を溜めているのか、さっきの短距離走より遅い。 「退屈なら早送りするが。」 「ううん、このまま。」 「そうか。」

4 21/05/05(水)19:25:01 No.799685868

団子になっていた集団がだんだんとバラけて縦長の行列のようになる、ここはウマ娘と一緒だ。ほんの少し安心した。 「私はこの時期二番手につき、スパートで抜いてゴールする戦法を好んだ。お前達で言う先行だな。  だからお前にも自分の経験に基づいて教えられる。速度は段違いだがな。」 解説は続く、ボクはそれを聞きながら時折ズームされる画面の中のトレーナーの表情を見つめていた。 そしてスパートから一着になってそのままゴールするトレーナー。観客席を見ることもなく、そのまま流しながら速度を緩めて、関係者から水分を受け取って何か話し込んでいる。 まるで面倒な作業を終わらせただけというような、無感動な勝利。これがトレーナーの居た世界。

5 21/05/05(水)19:25:17 No.799685956

何本か目のビデオ、トレーナーが出てくるのは3回目ぐらい。どれもボク達のレースとは比べ物にならないぐらいお客さんも少なくて、淡々としたもの。 「この頃から私は戦法を変えた。最初から最後まで先頭に立ち続ける、逃げだな。」 「どうして?」 「………ペースを合わせてやるのがもどかしくなった。集団に紛れるのは楽だ、風を浴びず、どれくらいの速度で走ればいいか周囲が指標になる。  それがどうしても嫌になってな、私は独りで走るようになった。」 言葉通り、トレーナーだけが別のレースを一人で走っているみたいだった。距離に合わせて自分の出せる限りの速度で走り切る。 勝っても負けても誰も関係ない自分だけの問題、すごく孤独な走り方。 ゴールした画面の中のトレーナーの顔は、今のトレーナーと同じ顔をしていた。

6 <a href="mailto:sage">21/05/05(水)19:28:13</a> [sage] No.799686949

前回までのログですsu4827983.txt 逃げで最初から最後までバ群に紛れない走り方ってすごく孤独だと思うんですよね

7 21/05/05(水)19:40:38 No.799691918

逃げは競馬でも割と日本特有の戦法だったと聞く

8 21/05/05(水)19:44:22 No.799693312

このテイトレが日々の楽しみだ

9 21/05/05(水)20:15:47 No.799706619

トレーナー頭スズカさんだったのか…

10 21/05/05(水)20:21:33 No.799709043

おつかれさまでした

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