ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/05/02(日)00:02:34 No.798359161
獄卒嬢は曾祖母が懐から出した家屋を象った木板の絵マを預かり、 書かれている内容を確認してタブレットに入力していた。 「確認できました。帰還準備に向けて手続きと計算を行います。 完了しましたらお知らせしますので暫くお待ちください」 「曾婆さん、申し訳ない。こっちで過ごしてるのに手間かけさせちゃって」 「困っとる大事な曾孫を助けるのが苦な訳がなかろうて。もう謝りなさんな」 穏やかで慈しむ顔が若い姿のウマ娘を女神のように見せる。 「あの世からのお迎えとは逆に、こっちから送り出さなきゃ帰れんのじゃし」 更には走った後の熱が抜け切っておらず、上気した頬や奥襟から覗く首筋の襟足が艶気を漂わせる。 ウマっ気が出そうなのを鋼の意思で雑念を振り払う。水分補給と冷却、小休憩も体調管理として重要だ。 「飲み物とか何か飲むのなら買ってくるよ?」 幸いにも臨死中の服にも財布が入っていて、中身の硬貨は自動販売機で使えた。 運動の前後に適した浸透吸収率の良いスポーツドリンクがあったはずだ。
1 21/05/02(日)00:05:31 No.798360476
「水なら持って来ておるよ。旦那さんが拵えてくれたのがあってな、えへへへへ」 今までとは違い、デレた顔で袖の脇側に開いた振りへ逆手を入れて取り出したのは竹の水筒だった。 口ぶりからして恐らく自分からすると曾祖父にあたる人だろう。 栓を抜いて口をつけて傾け、少しずつ喉を潤す。これで飲む水は美味いなー、とご満悦だった。 「手先が器用なヒトでなぁ。戦時中に物資不足の時には近所で 竹を貰ってはアレコレ作ってくれてなぁ」 その姿はもう彼氏自慢の女学生か、学園で射止めた担当トレーナー自慢するウマ娘と変わらない。 「このかんざしだって徴兵前に半年懸かりで彫ってくれてなー。 これが無かったら東京優駿で優勝できんかったわい」 こっちで揃ってからも仲睦まじくで、もォーこれが一心同体ってヤツぢゃよー、 と身悶えしている。 「舞台に上がって演目を舞ったり、唄ったりはどーにも苦手なんじゃけど、 旦那さんは走る姿が良いってなーもぉー!!」 自分の気力が下がる音した気がする。 「あと、いらないと思うけどボンタンアメ食べるかぁ?」
2 21/05/02(日)00:07:02 No.798361117
再度袂へと手を入れ、紺と黄色に赤白の紙箱を取り出し、 オブラートに包まれた四角い菓子を摘んで差し出した。 受け取って口に入れると甘さ、かんきつ類の酸味と香りが鼻へと抜ける。 「懐かしい味……爺ちゃんが食べてた気がする」 アメと名が付くが、もち米を加えているので柔らかく、ゼラチンで固めたグミとは違う食感だ。 「あの子はこれが好きでなぁ。何かとせがまれたもんだね」 二つ三つと口へ連続で放り込み、むちむちと食む。そして竹筒の水を飲む。 「まぁ、良がった。立派になったお前さんとこうして話せるとは思わなんだし。 確かウマ娘の競争指導員じゃったな? 苦労するだろうが、頑張りな」 「どうしてそれを」 「実家に帰省しては正月に産土神様へ初詣するし、お彼岸とお盆に墓参りしてたやろ? 氏子とご先祖様宛てで見ておったよ」
3 21/05/02(日)00:07:45 No.798361403
親族一同は昔から信心深いもので、昔ながらの行事を疎かにしなかった。 そして唐突に木魚と御鈴が響いた。獄卒のウマ娘が使うタブレットの発する音だ。 「お待たせいたしました。準備が整いましたので、あちらへお願いいたします」 先に黒いパーカーの彼女が端末を手にしたまま立ち上がり、川原へ降りる階段を手の平で示して促す。 「おうおう。さて、あっちに戻って覚えていたら仏壇か墓に線香を多く手向けてくれるかい。 こっちじゃあれが飯の素でな。果物やらにんじんも供えてくれると先祖代々ありがたいの」 ベンチの背もたれで乾かしていた手ぬぐいを首に掛けて立ち上がった。 「ついでにボンタンアメもな」 カツンカロンと違和感のある下駄音が先に行く。
4 21/05/02(日)00:08:36 No.798361733
コンクリ舗装された川岸から丸石の敷かれた川原へ移動した。 「曾孫の立派な姿を直に見れたのは嬉しいが、孫が来てないちゅーのに、お前が先では困るわい」 手ぬぐいを畳み袖の袂へしまうと、たすきの端を咥えて袖を捲くって結び掛ける。 そして袴の腿横部分を摘んで引っ張り、帯へ挟み込んで足元を露わにした。 川原の石を蹴り掻くように下駄の歯を打ち付けると火花が散る。 「その下駄って何か補強してあるの?」 「おぅ、底鉄って奴でなー。ハイカラでモガな西洋式も流行っとたけど、 あたしゃぁ、こっちの方が脚質に合っとるのよ」 ひょいと片足を上げて見せ付けた下駄の地面に接する前後の歯の部分は鉄板が鋲で打ち込まれている。 足を乗せる台と歯の接合部やフチとカドは和金具で補強されて、さながら頑丈な和箪笥だ。 「ほんに旦那さんの見立てがぴったりでな? 壊れないわ走り易いわで。鼻緒の布も一緒に銀ぶらした時になー」 惚気てくねくねと悶える曾祖母。駄目だコイツ早く何としないと……やる気が下がる音がした。 「それでは帰還の準備を始めます。ここにお立ちください、こちらを向いて。はい、この位置で絶対に動かないでください」
5 21/05/02(日)00:09:11 No.798361956
あの世との船着場を案内する獄卒のウマ娘がタブレットを見ながら指示する。 曾婆が来た川側の方向を向いて丸石の多い川原に立つ。 相変わらずパーカーのフードを被っていたが、彼女が手にしていたタブレットの表示が少し見えた。 [ Repatriating.Manoeuvre.Moment.Calculation.System ] →〔Solve completed.〕 →〔positioning check?〕 殆どが見慣れない英単語の羅列だった。 下流側へ顔を横に向けると、砂利が露出した一直線の跡が花畑の手前まで残っている。 「ミナミホマレ様はこちらからお願いします。方法は以前と同じです」 「また全力でやるだけで良いんかい?」 「はい、それ以外はこちらで行いますので」
6 21/05/02(日)00:09:39 No.798362155
およそ25メートル程の先にレトロな女学生姿と黒服とトラ柄スカートのウマ娘が並んで立った。 そしてひと、ふた、みー、よーと歩数を数えながら、曾祖母はこちらへ近づいてきた。 「ところで、どうやって戻るの?」 指折り数えて間近に辿り付いた曾祖母に尋ねる。 「さてさて、曾孫や。善行は多ぁんと積むんよ? 指導者として悔いを残さんように全力を尽くすんよ? 祝言を挙げたら夜は盛んにな?」 それだけ言って笑いながら指定位置まで戻って行ってしまい、答えてはくれなかった。 「これから何が起こるの?!」 「名残惜しいと存じますが、お時間です」 距離を隔てた二人に等しく聞こえる凛とした声。 ウマ娘である事を隠す獄卒の手には赤い手旗があり、ミナミホマレの前にかざされる。 「Are you all set?」 目前を塞がれたウマ娘が構える出走姿勢は現代スポーツ運動学からすると酷く非効率で古典的だった。 赤いランプが灯ってゲートが開く、あの瞬間と同じ空気と金属音。 そして旗が水平に振られるた。開けた視界の先、曾孫である自分を指し示すように。
7 21/05/02(日)00:10:05 No.798362329
この程度の距離などウマ娘にとっては初速を得る為の助走でしかない。 滑り易い丸石が多い川原の上を平然と疾走、遠近法で小さく見えた姿が急激に大きくなる。 発射された散弾のように撒かれる石を背後に置き去りにして。その迫力と速度は腰を抜かす事すら許さない。 正面から見た若き曾祖母の走りは荒削りでありながらも、力強く眩しかった。 ドップラー効果で聞こえたのは神輿を担ぐ時以外には聞く事がない掛け声だ。 「わッ しょょョォぉーーーいいイィっ!!!!!」 鉄板で補強された下駄の歯が石を割り、下の砂利と砂を軸足で踏み込んで放たれる渾身の蹴り。 自分の何所に当たったのかも判らない、ただ全身が砕けて魂だけが後方の抜けてしまうような凄まじい衝撃。 少年サッカー漫画のゴールキーパーの如く蹴り飛ばされた浮遊感がある。 お盆に迎え火を焚く時期、待ち遠しいので速くと胡瓜で精霊バを、帰りは名残惜しく脚の遅い牛を拵える。 曖昧にぼやけた臨死世界の薄青い空が暗転する。 あぁ……、「ヒトの恋路を邪魔するヤツはウマに蹴られてしんじまえ」ってそういう……
8 21/05/02(日)00:10:29 No.798362506
目覚めてピントが合ってくると見えるのは、知らない天井から吊られたカーテンレールとライトブルーの布。 点滴棒にはビニールのパックがあり、チューブの先は腕に刺さっていて薬剤を自分の体へ投入していた。 独特な消毒液の匂い。人の活動が立てる音と規則的な電子音が微かに聞こえる。 「病院か……」 健康診断フルセットで一拍二日の入院検査をした時以来だ。 手首には識別用のリストバント、指先には計測器が付けられている。 首を捻じって枕元のナースコールのボタンを探して押した。 夢の内容は全て覚えている。着物と袴の女学生姿の勝負服を纏ったウマ娘だった若き曾祖母に出合い蹴り飛ばされた事。 線香と野菜果物の供え物とボンタンアメ。善行をし、トレーナーとして職務を尽くし、妻を娶ってうまぴょいせよ。 なにか ちょっと おかしい。最後が特に。 病室の扉が動き、早歩きの音が近づいてくる。 自分の容態よりも、担当するウマ娘が今どうしているか、それが気がかりだった。
9 21/05/02(日)00:10:55 No.798362687
蹴り飛ばした曾孫が彼方へと消えてから暫く、無事に息を吹き返して目を覚ましたと聞いたミナミホマレは安堵した。 耳と尻尾を隠した案内役のウマ娘は旗とタブレットをトートバッグに納めて、金色の缶ボトルの日本茶を口にした。 「満州に渡った息子に続いて曾孫まで助けて頂き、馬頭観音様にはなんとお礼を申し上げてよいやら」 黒服と寅柄の腰巻を纏った彼女に対して女学生姿のウマ娘は手を合わせ頭を垂れた。 「ウマ娘と関わる者の救済が務めですから」 合わせた手に触れて、あやすように肩を叩く。 「お疲れ様でした。身分証を乗船券場で提示すれば、帰りの船へ乗れるように手配してあるのですが…」 なんでも御伴侶様があちら側の岸辺まで迎えにいらしているそうですよ? 「船を用立てていただくなんて滅相もありませぬ!! 今直ぐに走って戻りますので!! 失礼いたします!!」 川面への水柱を連発があの世へ向かって続いて行った。船の出発を待ち、渡るのを待つよりも走る方が速い。 顔と正体を隠して馬頭観音は船着場での救済に戻った。
10 21/05/02(日)00:15:17 No.798364472
su4817280.txt su4817282.txt いままでのまとめ 妄想設定でモブを壮大に書きちらす奴、ミスタービーシーです…
11 21/05/02(日)00:42:09 No.798375037
音ゲのビーマニシリーズから SigSig/kos_k 動画で走り回ってるのがオススメ