虹裏img歴史資料館

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21/05/01(土)00:23:49 どうし... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1619796229876.jpg 21/05/01(土)00:23:49 No.798017513

どうして此処に居るのか、わからない。 目が覚めた時にはうらぶれた映画俳優みたいにベンチに座っていた。 後ろには草原と花畑が続いていて霧雨に霞むようで果てが見えない。 前は護岸で整えられた船着場だ。コンクリートで均され、 大半はレンガが敷かれている。 水上バスと同クラスの客船やレジャーボート、数人乗りの漁船に、 貨物を積み込む船が舫い紐で係留されている。 老若男女、人は多く、会話や行き交う雑踏が耳に入り込んできた。 誰もが川の向こうへ行こうとしている。背後の花畑と同じように遠くの対岸は 朝靄がかかったようにぼやけてしまっているのだが、そこは確実にあると認識している。 ここで呆けていてもしょうがない、チケットを買いに立ち上がろうとした時に人影が 自分の前で足を止めてこちらを向き、 「Can… May I help you?」 聞き取りやすい発音の英語だった。 「あ、I'm all set」

1 21/05/01(土)00:24:27 No.798017720

返事をして顔を上げると、声を掛けてきた人物の奇抜な服装が目に飛び込んできた。 白い縁取りのされた股下までの黒いロングパーカーを着込んでおり、 フードは目深に被って口元だけが見えて、タイガーストライプのラップスカートは膝丈。 足元は茶色のショートブーツだ。 そのボディラインから想像するに二十歳未満と思われた。 毎日のようにその年代の姿を見ているのだ。 「待って、どうしてそんな年頃の女の子を見ているんだ?」 疑問が意識を一気に覚醒させる。それと同時に 「やっぱり日本の方ですよね。……あの、大丈夫ですか?」 自然な日本語で心配する若い女性。 「あぁ、大丈夫。えっと君は?」 「わたしは船着場の案内係をしています。お困りのようなのでお声掛けさせていただきました」

2 21/05/01(土)00:25:00 No.798017931

彼女は一人分のスペースを開けてベンチに座り、肩に掛けていた灰色のトートーバックから タブレット端末を取り出した。 「ここは色々な地域の方がいらっしゃるので言葉から推測したりするんです」 カバーを開いて下端のボタンをタッチして起動、画面に掌を乗せて認証させる。 ペン型デバイスを本体から引き抜き、アプリを起動。 その動きは余りにも滑らかで、それが数え切れないほど繰り返された末のものだと判った。 「随分と長くこの仕事をしているみたいだけど」 「そうですね。やっと中堅くらいですけど。それでは質問にお答えください。 どちらの国または地域からいらっしゃいましたか?」 続くのは馴染みのある宗教と寺社仏閣の名称にその所在地。 アンケートにしては妙だった。個人情報の基本は名前、住所、職業、電話番号だ。 不審に思い彼女を見るがフードに隠れて表情は見えない。 視線を前へ戻すと岸壁際に建てられた倉庫から小型の貨物船へ荷物が次々と投げ込まれていた。 モコモコとした雲のような形と涙を浮かべるペンギンのぬいぐるみらしき物、 横向きの三角とリンゴの描かれたカード、虹色の十二面体の結晶体。

3 21/05/01(土)00:25:25 No.798018076

それらは箱やバケツで引っ切り無しに膨大な量が積載されて続けている。 「続いてお名前と生年月日をお伺いします。はい、はい。 グレゴリオ暦でよろしいですか? 元号暦がございましたら、それも」 入力している手元が動く。 手応えのない蜘蛛の巣を絡めてしまったような違和感がずっと纏わり付いている。 レース前に見た不吉な夢のような、深刻な故障を起こす寸前の確証も無いカンのような。 「では、確認でご本人様の記入をお願いします」 「さっきまで入力したのは一体?」 タブレット端末とペンを渡され、画面を見れば答えた事柄と同じ項目が空白で並んでいた。 電子署名の入力も普及し始めて、何度か書いた事がある。 「記入欄をタッチすると拡大手書き、欄の端をタッチするとキーボード入力です。 ローマ字とかな入力の切り替えはこれです」 設計も然ることながら、案内が実に慣れている。 入力に集中をしていると周辺の音が気になる。トレーナーとして記録しつつ 周囲を聞いて警戒する習性のようなものだ。

4 21/05/01(土)00:25:46 No.798018198

「2023年、大明二十六年にサービス終了の■■■に出演者の方はこちらでーす」 恐らくは隣に座る彼女の同僚なのだろう、入力を終えてタブレットを手渡してから声がした方向を見る。 手持ち看板には■■■ご一行様と張り紙がされ、それを掲げた案内係は ハンディスピーカーで対象者の案内と整列を促していた。 「みんなどれかの船に乗るみたいだけど、自分も乗るのかな」 「今本部から読み込でいる情報が来たら解りますよ。この川を渡る為には乗船券が 必要なんですけれど……あっ、来ました」 読経の際に聞こえる木魚と御鈴の音が響いてから彼女は数度画面を操作してこちらに見せた。 「これと引き換えなんです。ポケットに入ってたり、服の隙間に挟まってないですか?」 画面に表示されている 見本 サンプル と斜めに注意書きされた書面。書類目は死亡届だ。 「ウワーッ!! ココって三途の川だーッ!?」

5 <a href="mailto:s">21/05/01(土)00:38:24</a> [s] No.798022165

流行ってたらしいのでモブトレによる臨死体験です トレーナーの性別と担当ウマ娘は設定していません 15行で22回分ぐらいの量があるのでGWの暇つぶしにどうぞ

6 21/05/01(土)00:45:27 No.798024100

慌てて言われた場所を触って探すが、役所に提出する独特の紙質と音がしない。 「服は脱いだりしないでくださいね。野球拳や脱衣麻雀のほか合計八段の奪衣婆が やってきて、絶対にスッペンペンにしますから」 不穏な事を知ったので上着を脱いで探すのは止めた。 「死亡届をお持ちで無い。また情報でも寿命がまだ尽きていませんので、 こちらにいらした前の状態でお戻りになれます」 慌てる事も同情も無く平然とした口調の案内だった。 「それは、今はまだ瀕死とか生死の境を彷徨っている状態?」 はい、そうです。と肯定して続ける。 「念のため確認なんですが、早世なされますか? その場合は処理と死亡届転送で少々お時間がかかります」 「戻る、戻ります!! できれば急ぎで!!」 専属の担当バが待っている。苦楽を共にして目標を駆け抜けたウマ娘を残して逝けない。

7 21/05/01(土)00:45:50 No.798024201

「かしこまりました。こういった機会に因果運命律の数線が違ったり、 世界定理式が別の世界への転移を希望される方が最近多いものでして」 タブレットへ情報を入力し終えると、トートバックから携帯電話を取り出して直接通話を発信。 「もしもし、現世帰還を一名願います。貴担当番号は参七壱伍番ですね、はい。 対象の情報をそちらに送信しますのでお願いします」  通話を終えるとスマートフォンをバッグに収めてタブレットを再度操作。 「これで請求が済みました。最適な方がこちらへいらっしゃいますので、お待ちください」 まだ安堵が出来ず、何を話題にして口にすべきか迷い、妙な間が出来てしまった。 さっきの携帯電話の扱い方は学園の中で見ている。 「君はもしかしてウマ娘なの?」 とっさに出てしまった言葉に彼女の動きが不自然に止まって、一息のあとに平然と動く。 「どうしてそう思うのですか?」 今までと代わらない丁寧な言葉使いと口調ではあるのだが、 刃物を向けられたような堅さが滲む。

8 21/05/01(土)00:46:11 No.798024301

「スマートフォンを頭の横に当てないでハンズフリー機能を使った。 頭頂部に耳があるウマ娘の使い方だ」 「根拠になりませんよ? ――でも、それを指摘したのはあなたが初めてです。  ここに来た方が恐れてしまうので秘密にする事を約束してください」 判ったと頷くと彼女は握手を求めるように手を差し出し、小指だけを向けた。 「指切りげんまん、ウソついたら針山地獄に放り込む。いいですね?」 話す口調はまったく変わらないが、寒気と感じるほどの威圧感、それは本気の凄みだった。 絡めた小指を解くと彼女はこちらを見ず正面を向いたままで 「ご挨拶が遅くなりました、地獄が門の番たる牛頭(ごず)と馬頭(めず)に従いし獄卒、 その第七九四八零号。短い間ですが宜しくお願いします」 大振なパーカーの裾端から尻尾を、被ったフードからウマ娘独特の耳をちらりと見せた。

9 21/05/01(土)00:46:33 No.798024392

ベンチに座り、倉庫の壁際に設置された自動販売機で買った希少珈琲の缶ボトルを傾けた。 品名は筆文字で別格と書かれ、パッケージが金色の市松模様で妙に豪華で神々しい。 「これは死後の世界だから、ありがたい極楽浄土な雰囲気だったりする?」 「いいえ。販売終了によって終わりを迎えたという意味合いで販売機に納品されました」 獄卒ウマ娘が飲むのは日本冠茶で、学園で接するウマ娘達よりも渋い好みをしていると思える。 黒いフードの頭頂部が内側で微かに動いた。 「最速の方法でいらっしゃったようです」 遠くから大太鼓を連打するにも似た音が連続し、それは次第に大きくなってくる。 果てが見えない川向こうの風景に変化があった。靄が部分的により濃くなったのだ。 それもまた連打音と同時に輪郭がはっきりしてくる。 川面に高い水柱が連続して立っている。 アクションか戦争映画で見た水面への機銃掃射を数倍にしたかのような光景、 その先端には人影がある。 日没前の運動場で何度も見て、ヒトと安易に区別できるようになってしまった 独特のシルエット。

10 21/05/01(土)00:47:10 No.798024533

「うあぁぁぁぁー?! ウ⋯ウマ娘が三途の川を走ってる!!!」 川面を踏んだ足が沈む前に次の足を踏み出す。自らの踏み込みで起立した 水柱の飛沫に濡れるよりも早く前へ。 「ここではバ・アタリハンテイ力学がより強く発現しますから」 両腕を機械化した女性傷痍軍人が湖に浮いた落ち葉を踏んで行くような美しさでは無い。 「こっちに来る! どう見てもオーバースピードだよ、船着場に突っ込んだら大事故だって!?」 「少し掛かり気味ですね、誘導しましょう」 缶ボトルのキャップを閉め、トートバックへ収納した手で引き出したのは黄色い手旗だった。 岸壁の柵前に立って旗を振る。振りと戻しと方向で整備された船着場の脇、 川原へ向かえと示すかのように。 それを認識したのか、急角度で進路が変わった。 ウマ娘の最大走行速度は時速60キロを超える。 科学では未解析の超常力場に支えられているとしても全力疾走抜きに水面は走れない。 水上という不安定な足場から固い川原に変わった際に転倒し大怪我をする恐れもある。 「芝とかダートとか、走り慣れて安全な場所は無い?!」

11 21/05/01(土)00:47:34 No.798024641

慌てて駆け寄ると極卒のウマ娘はあっさりと言う。 「やりますよ、彼女は」 旗の振り方は頭上で左右に二往復し、斜め前へを指し示す。 腕の動きに釣られて視線を辿ると砂利が堆積した浅瀬がある。 水上疾走の先端が浅瀬に到達。人影は一拍を空けて川原へと重心を落とした 低姿勢で滑り込み、川石と砂利を吹き飛ばす。 「だ、大丈夫なの?」 「問題ありません。進路変更と一度浅瀬を経由したことで息が入り 落ち着いて減速していました」 間もなく川原へと下る階段から薄い金属板がコンクリを叩く音が昇って来た。 「ふぅ、久々に河渡りなぞやったぞい。待たせたのー」 頭部上側に生えた耳、癖のある茶褐色の長髪を雑多にまとめて 細工彫りで揃えた木の櫛とかんざしを挿している。

12 21/05/01(土)00:47:54 No.798024729

格子柄の着物にたすき掛けで袖を捲り上げて、腰後ろから尻尾を出した海老茶色の袴は 側面の切込み部分の股立を引っ張り、袴帯へと挟み入れて裾をたくし上げてる為、 膝から下が見えていてた。 足元は足袋に白木の下駄だが、花緒と同じ柄の紐が側面と踵にも通されていて、 しっかりと足首に結ばれている。 「こりゃ。切れ上がった自慢の小股をマジマジと見るんでない」 少し照れた様子を見せてから裾を戻して脚を隠す。 「お疲れ様です。あちらでお休みください」 掌で促されてベンチへ向かったので追って行く。 水上爆走を終えたウマ娘を中心に獄卒と挟む形で席につく。 「えーっと。獄卒さん、こちらの方は?」 豆絞りの手ぬぐいで汗を拭く姿越しに尋ねてみると 「この船着場から帰還する作業においては、 こちらの存在となった親族の協力が不可欠です」

13 21/05/01(土)00:48:14 No.798024805

袖をたくし上げていたタスキを解き、汗で湿った手ぬぐいをベンチの背に広げて、こちらを向いて 「お前の曾婆ちゃんぢゃよ。覚えおらんかー?」  曾祖母が亡くなったのは自分がまだ物心つく前の事だ。 その最後は家の畳の上か、競技場で逝きたいと言ったらしく、最後は病院の治療を辞して自宅で 大往生を遂げたのだと、お盆やお彼岸に親族で集まった際に聞いたくらいでしかない。 「ごめんなさい。全然覚えてなくて」 申し訳なく頭を下げるが、彼女の声は朗らかで笑っていた。 「ほら頭をお上げ。そりゃそぉだなぁ、まだようやく立って歩けるくらいだったもんな」 加減しているのだろうが、こちらの肩や腕をバシバシ叩く手は結構力強い。 「まぁー、この格好じゃぁ余計にわからんかも知れんね」 祖父の話でも大正生まれだった筈だ。 功績と徳を積んでおくと、こっちで最盛期の姿で居られるぞーとカラカラ笑う。 「御血縁のミナミホマレ様ですね、ご足労いただきありがとうごさいます。 本人確認をよろしいでしょうか」

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