21/04/14(水)10:58:45 必要の... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1618365525082.png 21/04/14(水)10:58:45 No.792661326
必要のないレースだった。 目標は既に達成され、URAに挑む資格も得た。 このまま順当にいけば、 文句なしの一流ウマ娘として認識されるに違いない。 ――たとえそれが、母親に認められるものではないとしても。 ――今や彼女は、間違いなく一流だった。 「なのに、どうしてかこのレースに参加しちゃったのよね」 私は愚か者かもしれない。ウマ娘には適性というものがある。 芝が得意だったり、ダートが得意だったり、 差しが得意だったり、短距離が得意だったり。 自分の脚は、長距離にはあまり向いていない。 それをよく、よく理解した上で。今、自分は有マ記念のレース場に立っていた。
1 21/04/14(水)10:59:00 No.792661381
深呼吸すると草の匂いが鼻についた。 五感が鋭敏になっているな、と思いつつ芝に手をつける。 ……柔らかい。 今日は曇天、昨日の雨で水を吸った芝が抜けやすくなっており、 ウマ娘――特に差し脚のウマ娘は、晴天の時よりもずっとスタミナを消耗する。 ついでに言うと、先行するウマ娘によって跳ね飛ばされた泥が、服に纏わり付いて重くなることもある。 1200メートルであれば、そんなものは気にならない。 だが、2500メートルであれば話は別だ。 それがどこまで、自分に影響を及ぼすか――。 「キングちゃん」 「あら」 スペシャルウィークの声に顔を上げた。
2 21/04/14(水)10:59:14 No.792661432
「どうしたの? 大丈夫?」 その言葉に、自分が蹲っていたことに気付いて立ち上がる。 髪を掻き上げ、いつものように笑う――笑えているだろうか。 「何でもありませんわ」 「いよいよ来ましたね、有マ記念!」 屈託のない笑み。走ることが楽しくて待ちきれないという感じ。 キングはその態度は、決して嫌いではない。 「それも、皆で走るなんて!」 その言葉を聞きつけたのか、次々と彼女のもとへウマ娘たちが駆け寄ってくる。 「まさか本当に実現するとはね~。長生きしてみるもんだ」 のんびりした口調のセイウンスカイ。 「長生きって同じ歳でしょうに」 呆れた口調のキングに、セイウンスカイはにへらと笑う。
3 21/04/14(水)10:59:28 No.792661468
「勝つのは一人だけ、ですけど。このレース……一生の思い出になるでしょうね」 穏やかな口ぶりで、胸にそっと手を当てるのはグラスワンダー。 「もっちろん、勝つのはワタシでーす!」 ピン、と立てた人差し指は一位の証明か。 エルコンドルパサーが割り込んできた。 『黄金世代揃い踏み』 それが今年の有マ記念のキャッチフレーズである。 ダービーを制したスペシャルウィーク、 皐月賞、菊花賞を鮮やかにすくい取ったセイウンスカイ、 ジャパンカップだけでなく、海外にまで戦績を残したエルコンドルパサー、 前年度有マ記念の覇者であるグラスワンダー、 そしてスプリンターとして数々の記録を打ち立てたキングヘイロー。
4 21/04/14(水)10:59:42 No.792661503
「キングは大丈夫? 長距離、去年の菊花賞以来でしょ」 セイウンスカイの言葉に侮りはないが、余裕はある。 数々の並走、模擬レースの経験から、キングの脚が長距離向けでないことを知っている。 「ええ、全く案ずる必要はありませんわ。安心なさい、セイウンスカイ」 いつものように、手を口に当てて高笑い。 「全員まとめて、この一流のウマ娘キングヘイローのバックダンサーにしてあげるわ」 「おお怖い怖い。それは嫌だから、本気でいくよ?」 セイウンスカイの目が光る。 スペシャルウィークはむん、と両拳を握り締め、 グラスワンダーは微笑みつつも、不退転の闘志がオーラで見えるかのようだ。 エルコンドルパサーも、マスクの奥で爛々と勝利への渇望を見せている。 誰も彼もが超一流で、油断も怠惰もなく、勝つのは自分だという自信と勇気を持っていた。 ――本当に凄いわね、みんな。 キングは素直に感嘆する。
5 21/04/14(水)10:59:56 No.792661535
走ることに闘志を燃やす者、 自信の最優さを見せつけることに微塵の疑いもない者、 ただ退くことをよしとしない者、 そして……全力で走ることが、ただただ楽しい者。 それらはキングには無く、彼女たちにのみ許された強者の特権だった。 下バ評では、スペシャルウィークとセイウンスカイが本命でほぼ拮抗しており、 わずかにグラスワンダーとエルコンドルパサーがその後塵を拝している。 無論それはわずかであり、この四人の誰が一位でもおかしくはない、 と評論家やファンたちは囁き合っていた。 唯一、スプリンターとしての実績しかなく、 日本ダービーと菊花賞では4着に甘んじたキングヘイローのみ、 四人と比べると一枚……否、三枚ほど落ちる、というのが彼らの分析だった。
6 21/04/14(水)11:00:14 No.792661590
秋の天皇賞2000メートルを取ってはいたが、 今回はそこから更に500メートル伸びている。 ウマ娘にとって、2000メートルと2500メートルは天地ほども差があり、 それを覆すだけのスタミナも脚質もキングヘイローには存在しない。 ゲートに入る。 鼓動が激しい。デビュー戦だってこんなに緊張したことはない。 不意に、トレーナーの顔が見たくなった。 「一流だ」と言い張った自分の前に現れた、自称一流の新人トレーナー。 どれほど笑われても、忠告されても平気な顔で自分を信じてくれた、最初の一人。 トレーナーは、祈っているだろうか。 あるいは信じているのだろうか。 どちらでもいい気がした。 「年末の中山で争われる、夢のグランプリ。有マ記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!」
7 21/04/14(水)11:00:29 No.792661635
パン、とゲートが開いた。 思考は迷走していたのに、鍛え上げられた神経がその一歩を勝手に踏み出していた。 各ウマ娘、一斉にスタート。 ぬめるような、沼に踏み入ったような感覚。 たった100メートルを走るだけで、とてつもない疲労感。 それでも本能が、理性が、走ることを良しとする。 ポジションを確認し、ひとまず合格点だと自分を褒める。 現状の位置は理想的。何度も、何度も、何度も、練習して身についた場所だ。 まずはそこへしがみつく。 先頭を行くのは変わらずセイウンスカイ。きっと快調に飛ばしているのだろう。 あるいは、芝が予想以上の緩さで泣きたくなっているかもしれない。 内側からエルコンドルパサーがセイウンスカイの隙を窺っている。 キングヘイローは後方の先頭あたりに位置していたが、それは彼女にとって嫌な場所だった。
8 21/04/14(水)11:00:45 No.792661665
スペシャルウィークとグラスワンダーが、すぐ傍にいる。 二人とも泥を被ることの不利より、この2500メートルで先行する恐怖を取ったのだろう。 長い。とてつもなく長いのだ。 しかも芝は柔らかで、一歩一歩が容赦なくスタミナを奪っていく。 キングヘイローは途中で深呼吸して新鮮な空気を吸い込み、脚力を取り戻した。 しかし、二度三度とやれるものではない。 根本となるスタミナが尽きてしまえば、そこで終わりだ。 彼女にとって、地獄のような1000メートルが過ぎた。 けれどポジションは変わらず後方。 力尽きてずるずると降順するでもなく、キングは自身の位置を保ち続けていた。
9 21/04/14(水)11:01:05 No.792661739
勝つことは嫌いではない。 だが、負かせることは苦手だった。 自分が知っている、あるいは知らない誰かが敗北して、 俯いて悔し泣きをするのが嫌だった。 母親が「向いてない」というのは、レースそのものではない。 誰かと己を比較し、優劣を競い合うことそのものだった。 キングヘイローは鬼にも修羅にもなりきれない、あまりに優しすぎた。 そのことを本人も、よく理解している。 だけど。 ああ、だけど。けれども。 一つだけ、キングには誰にも譲れぬものがある。 「先頭を行くのは変わらずセイウンスカイ! しかしエルコンドルパサーが、徐々ににじり寄っていく!」
10 21/04/14(水)11:01:20 No.792661772
キングヘイローが健闘しているのは、誰の目にも明らかだった。 短距離のときと同じく、後方に位置して最後の直線で全員をブチ抜いていく。 それが彼女の勝利の方程式。だが、それは天皇賞・秋の時点ですらギリギリだった。 そこから更に500メートル伸びた有マでは、恐らく無理だろう。 「絶対に勝つ……!」 セイウンスカイは燃えている。 「一番はワタシ……!」 エルコンドルパサーは自信に満ちている。 「日本一のウマ娘に……!」 スペシャルウィークは夢を見ている。 「ここで戦わずして、いつ戦うか……!」 グラスワンダーは猛っている。 そして。 キングヘイローは。
11 21/04/14(水)11:01:35 No.792661803
――多分、私は気持ちで負けている。 そんな風に思った。 子供の頃からそうだった。一流になりたいと思っても、 そも子供の頃からキングヘイローは一流だった。 ただし、それは親に与えられた一流だ。 最初は受け入れ、そして疑問が生まれ、今は反発している。 けれど、母親の言うことには一理も二理もあった。 自分でも驚いたことに。 キングは、勝つことが怖かった。 勝つことで優劣が付くのが怖かった。勝つことで誰かを負かすことが怖かった。 一流であるためには、そんな感情は不要だとずっとずっと長い間、蓋をしていた。 でも、残り1000メートルを切った今なら認められる。 私は、キングヘイローは。
12 21/04/14(水)11:01:48 No.792661842
レースという競技で、決して彼女たちのような一流ではなかった。 特筆すべき異常性もなく、全てが凡庸の位置に留まるウマ娘だった。 継承された脚質もセンスもなく、ただ過剰なまでの誇りだけがあった。 それはキングヘイローと付き合えば、すぐにそれと悟ってしまうこと。 分かっている。 分かっているのだ、けれど。 キング自身も気付かぬ本性を、トレーナーは言い当てていた。 「キングはさ、負けることが嫌いなんだよ」 ――ああ、何て自分を端的に現してくれたのだろう。 脚に力が籠もる。残り400メートルを切る。
13 21/04/14(水)11:02:16 No.792661921
コーナーを優雅に回りながら、キングヘイローは思う。 負けることが嫌いだった。 屈することが嫌いだった。もうダメだと思うことが、心底嫌いで恐ろしかった。 負けることの辛さも、弱さも、惨めさも、無力感も。 何もかもを知っている――三流のウマ娘だから。 コーナーを曲がりきると、四人のウマ娘が思い思いに勝負を賭けてきた。 セイウンスカイは限界を超える走りを見せ、 エルコンドルパサーは必死にそれへ追いすがる、 既にスパートをかけていたスペシャルウィークとグラスワンダーは キングヘイローの先を行っていた。 誰も彼もが、あのゴールを目指している。 勝ちたいために。 でも、キングは思う。 「負けて――たまるかぁ!」 吼えた。先行していながら力尽きて垂れていくウマ娘たちをするりと抜けて、最後の最後で加速する。
14 21/04/14(水)11:02:31 No.792661963
三流でいい。冷えた一流より燃える三流だ。 異能なんて望まない。だが、負けてはやらない。 王の誇りに掛けて。 己の限界の限界の限界まで絞り尽くして、このレースに命をくれてやる。 「な……キングヘイローが! キングヘイローが猛追している!? 先頭を行く四人のウマ娘たちに脚が届く!」 実況の言葉に、観客たちが一斉にどよめいた。 彼女の言葉通り、誰もが忘れかけていたキングヘイローが、外ではなく内側から飛び出していた。 狂奔とも呼べる猛烈なストライド、限界を超えたはずの自分たちを抜き去る、疾風の怪物。 それでもウマ娘としての本能が脚を止めることを許さない。 許さないのだが。 セイウンスカイは、エルコンドルパサーは、スペシャルウィークは、グラスワンダーは、確かにソレを見た。 生命をガソリンのように消費し疾駆する少女。 我はこの一走に賭ける修羅。
15 21/04/14(水)11:02:46 No.792662003
懸命などという言葉では片付けられない、人生を捧げるような走り。 見惚れた。 王の名を冠するウマ娘の、あまりにも泥臭くあまりにも痛切な走りに、息を呑んだ。 背中を見送ってしまった。 「一着は――キングヘイロー!」 どよめきが大歓声へと変わる。 けれどその中に、茫然自失する者たちがいた。 余裕の走り、懸命な走り、楽しげな走り、ウマ娘の走りも様々だが―― ここまで己を捧げ尽くした走りは、見たことがなかった。 走り方に、表情に、叫びに、彼ら彼女らは確かに見た。
16 21/04/14(水)11:02:58 No.792662045
不本意な人生、遣る瀬の無い、無為な生き様。 ただダラダラとその日その日を過ごすしかない、二流三流の存在。 どれほど足掻こうとも、届かない背を見送るような、そんな自分たち。 負けるはずだった。勝てないはずだった。才能と努力の差に、圧し潰されるはずだったウマ娘。 なのに、勝った。 立って、走って、そして戦って、勝った。 ああ――どれほど泥に塗れても、その姿はまさに王だった。
17 21/04/14(水)11:03:11 No.792662091
「キングちゃん!」 へたり込んだスペシャルウィークが泣いていた。 悔しさからではなく、全てを感じ取って泣いていた。 エルコンドルパサーも、グラスワンダーも、セイウンスカイも、誰もが泣いていた。 知っていたから。 キングヘイローが、今までどれほどの悔しさを抱え込んでいたか知っていたから。 「泣きすぎよ、あなたたち」 キングヘイローは笑って―― そしてそう言いつつ、自分も涙を零した。 体が熱く、脳が熱く、心が熱かった。 それは決して勝ったからではなく。 自分のウマ娘としての全てを捧げ尽くした、そんな走りができたからだ。 「キング!」 駆け寄ってくるトレーナーに、手を伸ばす。 何を言おうか少し迷って、下らない質問を投げた。
18 21/04/14(水)11:03:22 No.792662125
「ねえ、どうだった?」 「――――」 トレーナーの答えは、風に吹かれて消えていった。 この日、一人のウマ娘が伝説を刻んだ。 彼女の名はキングヘイロー。 幾度の敗北を経て、それでもと吼え続け―― 不屈を証明した少女だった。
19 21/04/14(水)11:04:10 No.792662266
レース名は昔漢字を使ってた名残があるから有馬はカタカナのマじゃないぞ
20 21/04/14(水)11:04:12 No.792662273
長くなりましたが終わりです 有馬を取れたときは絶叫しました
21 21/04/14(水)11:08:00 No.792663026
いいよね… 俺の時もURAに向けたスキルpt稼ぎに駄目元で有馬走らせたら1着取ってくれて思わず涙ぐんじゃった
22 21/04/14(水)11:08:17 No.792663069
>有馬を取れたときは絶叫しました よくやった! 最近熱血怪文書少しずつ見かけるようになってきて助かる
23 21/04/14(水)11:10:20 No.792663491
>レース名は昔漢字を使ってた名残があるから有馬はカタカナのマじゃないぞ 点二つしかない独自フォントだから「馬」とも違うぞ
24 21/04/14(水)11:10:32 No.792663533
キングの有馬制覇はURA優勝よりも嬉しい
25 21/04/14(水)11:11:14 No.792663673
距離適性と詰みたい青因子の兼ね合いが大変難しいからな…
26 21/04/14(水)11:12:26 No.792663916
美しい…
27 21/04/14(水)11:13:55 No.792664197
>有馬を取れたときは絶叫しました 全員集合な有馬を取ってこそのベストエンディングだからな 事前に下準備しておかないと難しいけれどその分達成感はひとしおだし不器用なキング母の心情もようやくわかる
28 21/04/14(水)11:15:27 No.792664509
馬のアレは変換できないからマで良いと思うぜ! 良い物を見た
29 21/04/14(水)11:16:01 No.792664632
もはや怪文書って言っていいのかわかんねぇな!
30 21/04/14(水)11:17:37 No.792664966
実録キングヘイロー日誌だこれ
31 21/04/14(水)11:17:51 No.792665008
(;´Д⊂)
32 21/04/14(水)11:18:53 No.792665210
レース内容にガッツリ踏み込んでる怪文書読んだの2つ目だ 奇しくも同じ有馬記念だけれど…
33 21/04/14(水)11:19:02 No.792665228
スキルを違和感なく織り込むのいいね
34 21/04/14(水)11:22:14 No.792665824
そして有馬を取ったキングはチームレースでへっぽこになるという…
35 21/04/14(水)11:23:18 No.792666023
有馬だけに出る必要は有りません…ふふふ…
36 21/04/14(水)11:23:39 No.792666107
大丈夫?燃やし尽くし過ぎてURAファイナルズ予選で敗退しちゃわない?
37 21/04/14(水)11:24:23 No.792666230
ここで燃え尽きて引退お嫁さんでもきれいだと思うよ
38 21/04/14(水)11:24:34 No.792666262
>有馬だけに出る必要は有りません…ふふふ… キングヘイローの調子が下がった
39 21/04/14(水)11:24:54 No.792666307
うちのキングは最後の有馬でスペにハナサで負けたよ… 勝負服新調したらまた来るからな
40 21/04/14(水)11:42:17 No.792669739
やっぱりレースシーンのある怪文書は読みごたえあるな…
41 21/04/14(水)11:55:56 No.792672793
キングの有馬は差しで根性育成なら割とスタミナ盛らなくても行ける ただ短・長距離両用はやっぱキツいな
42 21/04/14(水)12:11:16 No.792676877
王は俺のような下々の者にも勇気をくれる…
43 21/04/14(水)12:12:22 No.792677201
負けてもいいから出ちゃうんだよな毎回 引っ張ってくれた同期に報いたくてさ
44 21/04/14(水)12:16:18 No.792678268
その後何とかURAを好成績で終えるも無茶日程を鑑み暫く調整に充て 短距離に専念するという流れもいいと思いますよ私は
45 21/04/14(水)12:18:48 No.792679040
丁度昨日URA前の有馬にキングで行ったよ スキルポイント稼ぎに行ったら専用台詞あってビックリした 結果は6着だった
46 21/04/14(水)12:19:57 No.792679377
>大丈夫?燃やし尽くし過ぎてURAファイナルズ予選で敗退しちゃわない? それはそれで笑い話にして、また年明けから走り出すんだろうなキングは…