ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/04/04(日)15:39:47 No.789718341
ふと、悪夢にうなされていた日々を思い出す。 ジョギングをしているとだんだん突き放されて、ついにはみんなから置いていかれる夢。 私が呼びかけてもみんな振り向いてすらくれない、そんな夢。 どうしてあんな夢を見たんだろう? もし走れなくなったら、今まであった関係が跡形なく崩れ去っていくとでも思っていたのだろうか。 …いや、それはそれで正しい。 トレセン学園はウマ娘至上主義を掲げてはいるが、実際に掬い取るのはその中でもほんの少しだけ。 そうして掬い取ったものを篩にかけ、残り続けたものだけがスターウマ娘と呼ばれる。私もそのひとりだった。 そうあり続けるのが難しくなったと見るや、自分自身を見限ってしまったけれど。 何がいけなかったんだろう? 私もみんなも絶好調で…だからああいうレースが出来て…でも、決着はつかなかった。 みんな会心の走りをしただろうに。勿論私だって。 …思い返すと、そのモヤモヤを解消出来なかったのが不調の一因だった気がする。誰も何も言わないから、いつの間にか自分だけのものと思うようになっちゃった。
1 21/04/04(日)15:40:02 [sage] No.789718422
──そんなことを考えていたら、もうゲートの中。 貸してもらった服は、まるで誂えたかのようにピッタリ。 …トレーニングを欠かさなかった甲斐はあった。 行きずりの相手と作った娘。 妊娠が発覚するまでの荒んだ生活は、振り返るのが莫迦らしいほど下らないものだったけど、感謝もしている。 紛いなりにもそのお陰で母親になれた。 とはいえ恥の多い日々であったことに変わりはないし、お母ちゃんにどれだけ悲しい思いをさせたかを考えたら、到底胸を張れないものだ。 だからこそ、母親になってからはそう呼ばれるに相応しい行いをしてきた。 100点には程遠い。それでも50点か60点、あるいは一足飛びに80点を目指したいと思い励んだのだ。 …スペシャルウィークの名は捨てていた。 逃げ出したり落ちぶれたりを差し引いても、そう名乗るのが今後をよくすることに繋がらないのは明らかだったから、ヴァイオラと名乗っていた。 気晴らしに観た演劇の主人公から拝借したものだ。 母親になってから、世間では概ねその名前で通してきた。娘に事情を話したのもつい最近のことだ。
2 21/04/04(日)15:40:18 [sage] No.789718517
年頃の娘に自分の赤裸々な過去を明かすのは恐ろしかったが、そもそも私は娘に嫉妬するあまり、その才能を地方で飼い殺しの状態にしようと企んでいたのだ。 それに比べれば過去の恥などどうということはなかったし…私は、娘がそんな母親のことなど嫌いになってしまえばいいとさえ思っていた。 「──。今だから言うけど、私はあなたに嫉妬してたんだよ?」 「知ってるよ。多分、お母ちゃんが思ってるよりずっと前からね」 そうだろうとも。 娘は私よりもずっと賢いから、やはりバレていた。 旅の恥と同じように恥をかき捨てればいいと思っていたが、こうなると耐え難い苦痛がやってくる。 「でもね、おばあちゃんが言ってたの。お母ちゃんはスゴいウマ娘だったってこと、耳にタコが出来るくらいに教えてもらった。だからさ、お母ちゃんが今の自分を悪く言うのは悲しかったんだ」 悪く言うのは仕方ないじゃないか。実際そうなんだから。
3 21/04/04(日)15:40:43 [sage] No.789718691
「だってあそこまで言うことないじゃない。そりゃあ、それまでに比べたら散々だったんだろうけど…私が生まれてからは、一所懸命に働きながらおばあちゃんと一緒に私を育ててくれたんじゃない」 「…そんなの当たり前じゃない。そうじゃない場合はあるけど、よそはよそだよ」 「何にしてもさ、自嘲はもうしないでよね。勿論、私が家からいなくなってからも止めて欲しい」 「うん、分かった」 今更機嫌を損ねたくはない。 なにせこれから娘を見送るのだ。後腐れがあってはダメだろう。 「あの、そろそろいいですか?」 ああいけない。もう私たち以外、みんなゲートに入っちゃってる。 娘が先にゲートへと入った。 それから私も。ああ、久しぶりのゲートだ。 懐かしさのあまり感極まって、出遅れてしまいそう。 ──バンッ! ああっ!本当に出遅れちゃった!
4 21/04/04(日)15:41:01 [sage] No.789718792
いつかのゴルシさん、それにいつかの私ほど致命的な出遅れではない。 それでも最後方に違いない。この時点で勝ちを目指すのはかなり厳しい。 先行争いをしている一団に目を向ける。私は番手につけたあるウマ娘を注視した。 彼女は門別でも指折りに入っていて、近頃は交流重賞でも入着しているほどの素質を持った子だ。 他の子を気にしつつ、まずはあの子に追いつけるかがレースの鍵になるだろう。 バ場は稍重。 私、レースはいつも良バ場を走っていて、そこでは縁のないものだったけど…お母ちゃんと特訓をしていた頃は、それが当たり前だった。 芝の手入れもレース場のそれほどいいものではなかったし、芝と言っても走る勝手はダートに近いものがあったかもしれない。 専門じゃないしダートが得意とは言えない。かと言って不得手でもない。練習でダートコースを使うのはよくあることだったから。 …とどのつまり。 「えっ、いつの間に!?」 出遅れを取り戻すくらいはやれるということ。コーナーワークで差を詰めて、後方の子を抜くくらいは簡単だ。
5 21/04/04(日)15:41:21 [sage] No.789718898
問題はここからだ。 余計な脚を使ってしまった分、先頭へ近づくのは難しくなった。展開はやや縦長。 注目の子…ウインドシアちゃんはグイグイと先頭への差を詰めて抜き去り、3コーナーへと入った。 娘もそれを追う形でペースを上げ始め、先頭へと向かう。 一方私はまだコーナーの少し手前。先頭まで後三人だ。 ウインドシアちゃんがコーナーを回り最終直前へ入るところで、娘がそれに追いついた。 内のウインドシアちゃんがペースを上げ、外を走る娘と並走。 差を広げようとするウインドシアちゃんだが差が広がることはなく、むしろジリジリと詰まっていた。 誰もが驚愕しているだろう。私もそうだ。 「お母ちゃん」 でも──ならやれるかもって思ってた。だからこそ、 「うん、行こう」 そんなあなたに追いつかなきゃ、あなたの娘として名乗れないからって頑張れたんだよ?
6 21/04/04(日)15:41:41 [sage] No.789719026
残り150m。 食い下がるウインドシアちゃんを尻目に、私と娘は置い比べをする。 速い速い。 残り100m。 苦しい。ああ、苦しい。娘が速すぎる。 でもまだ諦めたくない。勝ちたい。ここで勝たなくちゃ、私の負け越しになっちゃう。 「いけーっ!スペシャルウィークー!」 声が聞こえた。ああ、トレーナーさんの声だ。 もう…なんですか。私が勝ったら、娘がトレセンにいけなくなるかもしれないんですよ? ──でも今はいいですよね、そんなこと。 嫉妬なんてしてる場合じゃない。だって今は、私があなたの愛バですから。 あなたの夢を、叶えてあげなくちゃ。
7 21/04/04(日)15:41:59 [sage] No.789719120
50mを切った。 差が詰まる。脚が軽い。いつかの不調はなんだったのかってくらいに。今になって。 もう…!おそいよ…! やっと見えてきた先頭の景色。 私が見たかったのはこれだ、これなんだ。これが私の走り。 見てますか、みなさん。見てるかな、──。そしてトレーナーさん。私、やっと自分の走りを。 「スペェ!」 えっ、どうしたんです…あっ。ダメだ、止まれない。 外ラチはすぐそこだ。ああそうだ、内回りコースの最終直線は短かったんだ。 あんまり気持ちがよかったから、ついペースを落とすのを忘れて…あはは、私ってバカだなあ。
8 21/04/04(日)15:42:14 [sage] No.789719194
ああ、雲が晴れていく空って、こんなにもキレイなんだ──。
9 21/04/04(日)15:49:14 No.789721844
スペチャン
10 21/04/04(日)15:51:33 No.789722552
ドロドロがなくなってよかったぁ
11 21/04/04(日)15:53:02 No.789723037
ねえこれスぺちゃん大丈夫?
12 21/04/04(日)15:54:20 No.789723483
次で最終回?
13 21/04/04(日)15:55:04 No.789723715
止まれなーい!はギャグのはず…
14 21/04/04(日)16:01:03 No.789725575
はやく続き見てー!
15 21/04/04(日)16:03:57 No.789726383
40歳前くらいのスペちゃん…
16 21/04/04(日)16:22:21 No.789731738
お母ちゃんがおばあちゃんになってるって当たり前のことが怖い