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    21/04/01(木)01:47:10 No.788693208

    アグネスタキオンのトレーナー、女性としてはやや高身な彼女は、トレーナー室の引き戸に手をかけ、生唾を飲み込んだ。 「タキオンが、何もしない筈がない」 4月1日、エイプリールフールである。 「でも、流石にこんな大事な時期に……」 来る4月15日、アグネスタキオンは自身初出場のG1レース『皐月賞』を控えていた、クラシック三冠の一角である。皐月賞を取るか取らないかで、アグネスタキオンの今後の評価は雲泥の差になるだろう。 「そもそも」 アグネスタキオンがエイプリールフールに興味を示すのか、トレーナーには窺い知れなかった、彼女をスカウトしたのは去年の今頃を過ぎたあたり、それから年中行事にはわりと積極的に参加しているが、エイプリールフールのような浮かれた行事を彼女は好むのだろうか。 「だけど、油断しちゃダメだ」 その印象を逆手に取って油断した隙に『実験』を仕掛けてくるかもしれない、若しくは警戒していることを利用した『実験』だ、どのみちモルモットになる事は避けられない。 「……ふぅ」 脳内に幾つかの想定を巡らせ、その上で想定外の事態への警戒心を心に留め、トレーナーは音を立てて戸を引いた。

    1 21/04/01(木)01:47:29 No.788693256

    「おはようタキオン、来てたんだね」 そもそもアグネスタキオンに合鍵を渡した事が間違いであった、彼女は拠点としていた空き教室から私物をちょくちょく持ち込み、今では室の半分ほどがアグネスタキオンのスペースにされてしまっている。 「……あぁ、トレーナーくんか!いい朝だね」 挨拶する事は会話の先手を取る事である、挨拶をして、挨拶を返され、その後に先行して会話を切り出す権利が与えられる。トレーナーは敢えて、今日がエイプリールフールである事を確認しようと考えていた、それはできる限り早い段階でお互いの手札を把握したいという焦りでもあった。 「ねぇタキオン、今日はエ──」 「皐月賞まであと2週間だね、早いものだよ」 アグネスタキオンはトレーナーが喋り出すのにも構わず口を開いた。

    2 21/04/01(木)01:47:45 No.788693292

    「あ……うん、今日も頑張ろうね」 トレーナーはアグネスタキオンの会話スタイルを忘れていた、彼女は自分が口を開きたい時に、それを我慢しない。 「今日は午後からのトレーニングだったね、退屈な授業をサボって来たが、4時間ほどゆっくりできる」 「はは……出席日数だけ、気を付けてね」 トレーナーの脳内から描いていたシナリオは霧散し、ただの普段の会話がそこにはあった。 「ちゃんと計算してるさ、それに重賞前だからね、多少は大目に見て貰える、そういえば君、今、何か言いかけて無かったかい?エとかなんとか」 「あっ、うんっ、それはね……」 「……ああ、エイプリールフールかい?」 「うっ」

    3 21/04/01(木)01:48:00 No.788693347

    「あっはっはっはっ!どうせ私がそれを利用して、何か実験をしようとしてるとでも思ったんだろう!残念ながらね、君を実験体として私が開発者と観察者を兼ねる今の実験スタイルで二重盲検法は取れないんだ、その上で君に効果を隠して薬を飲ませるにしても、わざわざこんな警戒される日は選ばないよ」 「そっ、そっか!ごめんね、変に疑ったりして」 「それで、今日の実験なんだがね」 トレーナーの顔から血の気が引く 「するの、結局」 「大事な時期だからね、下手に負担のかかる実験はしないさ、レース前に下手に休暇を取ると、寝不足でコンディションが崩れたりするだろう?それをなんとかしたい」 アグネスタキオンは錠剤と注射薬を取り出した。 「これが飲めばたちまち些細な悩みが吹き飛ぶ錠剤、これが注射した瞬間に眠くなる薬剤だ」 「大丈夫?それ」 「実用化されてるものだから何も心配しなくていいさ、さぁ、早く飲みたまえ!」 トレーナーは勧められるがままに錠剤を飲み込み、慣れた手つきで右手の静脈を差し出した 「順従なモルモットで助かるよ」 アグネスタキオンが注射を打つと、トレーナーは船を漕ぎ、そのままテーブルに伏した。

    4 21/04/01(木)01:48:12 No.788693383

    「実はひとつだけ嘘をついてたんだ」 アグネスタキオンは、顎に手を当て目の前の健康な成人女性が確かに眠りに着いている事を確認し、消防士のように担ぎあげた。 「飲ませたのは市販のGABA含有のタブレット、注射したのは私が調合したビタミン剤、眠くなったのはプラセボ効果、おや」 タキオンは左手が無意識に3本も指を立てていることに気付いた。 「数えてみればみっつも嘘を吐いていたね、これは失敬!まぁ、あんまり根を詰められても困るんだ」 アグネスタキオンはトレーナーをソファに寝かせると、自身が春先まで膝にかけていたブランケットを腹部に掛けた。トレーナーの目には、大きなクマができていた。 「2時間後にアラームが鳴るよ、おやすみ、トレーナーくん」 アグネスタキオンはトレーナーのバッグを勝手に開けて『タキオンの』と書かれたひとまわり大きな弁当箱を見つけると、まだ食事の時間でも無いのに蓋を開けて、満足そうに頷いた。

    5 21/04/01(木)01:48:24 [s] No.788693416

    以上です

    6 21/04/01(木)01:52:00 No.788694099

    カタログに光が差したと思ったらモルモットだった

    7 21/04/01(木)01:53:42 No.788694405

    タキオンさんはこういうことします

    8 21/04/01(木)01:56:59 [s] No.788694994

    su4734038.jpg 消防士みたいな担ぎ方の参考です

    9 21/04/01(木)01:59:07 No.788695384

    原作にこういうエピソードあった気すらしてくる

    10 21/04/01(木)02:27:08 No.788700088

    そうそう肩にかついでそのまま背骨をメキメキっと

    11 21/04/01(木)02:29:04 No.788700354

    大事な大事なモルモットは丁寧に運ぶよ

    12 21/04/01(木)03:46:09 No.788708235

    寝る前にいいものを見れた

    13 21/04/01(木)04:01:03 No.788709097

    被験体の管理は研究者としての責務

    14 21/04/01(木)05:14:27 No.788712142

    素晴らしいです!!!

    15 21/04/01(木)05:20:13 No.788712363

    タキオンとモルモットの怪文書は健康に良い