21/03/11(木)20:01:40 よく... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1615460500167.jpg 21/03/11(木)20:01:40 No.782472033
よく手入れされている竹林の奥の奥に、方丈の庵が結んであった。暗く乾いた中へと入ると、和服のように見える白い服を着た一人の小柄な女性がじっと、下を向いて座っている。 声を掛けるのが憚れた。 女性は分厚いセルフレームの眼鏡を掛け、一つに束ねた髪を後ろに垂らしている。非常に小柄のようにも思えたし、たいそう大きな背格好のようにも思えた。 彼女の手元には筆が握られている。書道だろうか? 彼女がすうっと息をすう幽かな音が聞こえた。 すると筆の周囲の空気が僅かに歪み、筆に向かってキラキラとする小さな粒子が吸い込まれていく。 フッと息を吐くと、凄い勢いで筆を走らせていく。狂草という奴だろうか。ぐねぐねとしたラインが音楽を奏でる。 あれよあれよという間に踊る筆と紙の間に黒々とした筆線が引かれていく。と、思っていたら今度は原始的な……甲骨、金文、大篆、小篆と書体を自由自在に、いや天真爛漫とでもいうべきか、そのように変えながら紙の上にザクザクと文字が刻まれていく。
1 21/03/11(木)20:01:50 No.782472085
彼女が文字を書き終わると、今まで真っ白だった紙の上にはプリミティブな文字が舞を舞っていた。 そして、その全貌を確認すると彼女は急にビクッと体を震わせてその場で気をやってしまった。一体何が起こったのだろうか? 「空気中に漂う微生物を墨滴に変換して文字として紙に書き取ったのだ」 私が手渡した湿った手拭いで額を拭きながら居住まいを正して彼女が説明する。不思議なことをいう。 何でも彼女の家系に伝わる職人的技術だそうだ。こうして彼女は微生物だけで無く植物や、小型の生き物まで何でも紙に書き付けることが出来る云々と語る。 ちょっと信じがたいことではあるが、先ほどの光景を思い出すと信じない訳にはいかないだろう。 「これがレンティヌラ・エドデスと読む、まあ平たくいうとシイタケだな、私は嫌いだが祖父が昔栽培していたのが未だに残っている。それからこれが……」 と、読めるんだか読めないんだか分からない文字を次々に解説してくる。私は呆けてその姿をボンヤリと眺めていたが、その顔を見られて「何を胡乱な……」と若干顔を顰めながら非難の目……という訳でも無いがそんな感じの視線を投げかけてくる。
2 21/03/11(木)20:02:00 No.782472144
彼女はそれで生計を立てているそうだ。生物を単なる美術品? に書き換えて保存出来るので、人に言える話も人に言えない話も色々とあるそうだ。 ちょっとした悪さなら、ベトナムの奥地に咲く輸出厳禁の蘭の原種をプラントハントしてきて持ち込んだりなどとしていたそうである。 そんな中で聞かせて貰ったのがこんな話だった。 あるとき癌で亡くなった男性がいた。別に珍しくもない。普通の男性の死だったが、無論それで話が終わる訳ではない。 彼女の元に訪れたのは一人の医者であった。医者はある特殊な人たち専門で見ている医者である。 「ゲス・セクシャルなんですよ……無論私も」 そういうと彼は俯いた。 医者が言うには、患者もゲイだが家庭を持っていて、奥さんや子供などの家族や親戚にはいえなかったという。これもまた珍しい話ではない……と医者は言う。 医者とその患者は隠れたパートナーであった。そして患者は極めて珍しい心臓の癌を患っていたのだ。正確に言うと癌ではなく悪性肉腫というそうだが、患者にしてみればどちらでも一緒である。
3 21/03/11(木)20:02:12 No.782472214
患者は生前自分が亡くなったら、心臓を献体に回したい。受取人はその医師であると定めていた。 希少癌であるから、研究の役に立てて欲しいというのがその患者の意向だった。しかし、実際は「心」はその医師とともにありたい……というような内容のことだったらしい。 生前僅かに患者と医師に疑いを向けていた患者の妻が、それを薄々見抜いていたようで。「解剖などに回すのは遺書の通りにして貰って結構だが、心臓は必ず焼いてくれ」といいだしたのである。 医師は必死に「これは標本として取っておきたいのです」と主張したが妻は聞く耳を持たない。だからといって心臓をすり替えて……というのも具合が悪い。露見したら訴訟は免れないし、そうなれば患者と医者の間の隠していた関係が露わになってしまう。 「心臓がそのまま保存されているのではなく、肉が一かけも残らないよう処理してもらえればそれでよござんす」 とのことであり、そこで、だ。 「心臓を、心臓を紙に写し取って欲しいのです。そして部屋に飾っておくのです」 そういうと液浸標本けてある心臓を鞄から取り出した。
4 21/03/11(木)20:02:34 No.782472342
「で、どうしたのです」 「いうとおりにしてやったよ。そもそも私の所に来るなんて君と同じで誰かの伝を頼るしかないからね。そういう場合断るに断れない人からの話だし、内心忸怩たる思いはあるが金にはなる」 彼女は依頼の通り心臓を書き取った。それは中々大変な作業だったそうであるが、ちょっとした大作になったらしい。 医師は厚く礼をし、液浸標本を処分した写真を患者の妻にメールした。 その後事が上手くいったのかどうかは特に聞いたりはしなかったようだが、彼女は約束通りの謝礼を受け取ったそうである。 世の中不思議な話もあったものである。 「で、君は私に何の用なんだい?」 「いえ。自分も人伝えにここへ伺った訳なのですが、あなたがどういう技術で助けになってくれるのかも分からなかったので内心何も期待していなかったのですが……実は、今の話聞いて大変安心した所なのです。死んだ生き物の体の一部だけ書き取ることもできるとの事で」
5 21/03/11(木)20:02:46 No.782472414
彼女が細い切れ長の眉根を寄せていう。 「まさかまた人間を私に書き取らせようというつもりじゃ無いだろうな?」 「いえいえ、まさかそんなことは……所で住所だけ聞いて伺っていたのですが表札もなくて……あなたのお名前は……」 「私か? 私の名前は……」
6 21/03/11(木)20:02:56 No.782472460
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