21/02/17(水)00:15:09 北条沙... のスレッド詳細
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21/02/17(水)00:15:09 No.775523791
北条沙都子の悪評は聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかった。 補習室で船を漕ぎはじめた頭に丸めた問題集を叩きつけると、 案の定、空樽でも叩いたような小気味のいい音が部屋に響いた。
1 21/02/17(水)00:15:22 No.775523864
「な、なんですの…?」 目をぱちくりとさせる彼女に小声で文句を言うと、「ここは湖ではございませんのよ」 と垂らした涎に相応しい寝ぼけた答えが返ってきたので、私の部屋に呼びつけることにした。 「どうしてですの?」と口答えをする北条に、「無駄に大きな胸に手でも当てて考えなさい」 と嫌味を返して私はそっぽを向いた。
2 21/02/17(水)00:15:42 No.775523947
夜。寝る前の自習にひと段落をつけ、私は日々の密かな楽しみである、 図書室で借りた「文献」を開く作業に入った。 …勉強漬けの特別クラスの人間にとって、本来娯楽に興じる時間は無い。 そんなことは自殺行為。けれど、私は得意な現代文を延ばすという言い訳をしながら、 参考書の抜粋元やそれに関連する文献…正直に言えば小説を読み耽って気を紛らわせている。 けれど今回手に取った女学校もの、これは外れだった。 半世紀前にしたためられたそれの舞台と登場人物はこの聖ルチーアと私自身に近しいはずだが、 この半年の灰色の時間とそれに憂鬱を抱く私には、まるで関係の無い世界。 半端な共通点が共感を阻害する、遠い異国の空物語にしか思えなかった。
3 21/02/17(水)00:15:53 No.775523997
ため息をついて本を閉じると、コンコンをドアを叩く音が聞こえた。馬鹿のお出ましだ。 北条が扉を開けるなり、「裾」と一声投げ捨ててやると、慌ててそれをスカートに押し込め始めた。 「で、なんで呼ばれたか分かる?」 「私が居眠りしてたから、ですの…?」 「惜しいわね。別にあなたのお母さんなんかじゃないから、本当はどうだっていいのよ本当は」 別に見ず知らず、噂に聞く程度の奴だったら無視すればいいのだけど。 「せっかく忠告してあげたのに当人の目前で無碍にしないで頂戴。気分が悪い」
4 21/02/17(水)00:16:04 No.775524056
縮こまる北条を一瞥しつつ、……しつつも。 「…なんで眠りこけてなんかいたのよ」と疑問をぶつける。 「…その、徹夜で勉強していたので」 「そうなの?碌に勉強しないことで有名なあなたがどういう風の吹き回しかしら」 「なんでそんなことで有名になってますの…?」 「お友達が有名になってるのよ。品行方正、眉目秀麗で独自の美学を持ち合わせた高嶺の花」 それにくっついてきた場違いな虫があなた…とまでは言わないでおいた。 「それなら話が早いですわ。私、そのお友達を見返すために頑張ることに致してまして」 「見返す?」 梨花ってば一緒にルチーアに来たいなんて言っておいてお茶会なんかに現を抜かしてるんですのよ私放っておいてまったくふざけてますわ親友だと思っていましたのに裏切られた気分ですわ本当どういうことですの絶交ですわよ
5 21/02/17(水)00:16:18 No.775524120
「見返す、ね。無理だと思うけど…」 落ちこぼれが成績優秀な友人への嫉妬に沸き立っている中、私は部屋からあるものを取って来る。 「これ、良かったら使いなさい」 「第一昔はボク~とかなのです~とか…なんですのこれ」 「私のノートよ。一年の時の」「え…。い、いいんですの!?」 「結局落ちこぼれのノートよ。たたき台にしかならないわ」 「ありがとうございます!その…先輩!私、最初の方は板書を写していませんでしたので…」 私は大きなため息をついた。
6 21/02/17(水)00:16:41 No.775524223
…それから、北条さんは事あるごとに私の部屋に訪れるようになった。 勉強しなさいよ、と言ってみたが、まさかのみかん箱を持参し、 私の部屋で勝手に勉強を始める始末。 …まぁ、彼女のしゃべくる故郷の話に適当な相槌を打ちつつ、時に泣きつかれて面倒な所を 一緒に考えながら教えてやるのが、嫌なだけのこととは言い難かったけれど。 思わぬ収穫だったのが、ルチーア中等部伝説の女、園崎詩音と知り合いだったという衝撃的な話。 なるほど、この無軌道さはそこから来てるのかと合点がいって色々と諦めがついたものだ。
7 21/02/17(水)00:17:13 No.775524381
あくる日、補習室で相も変わらずノートに向かう北条さんに耐え兼ねて声をかけた。 「…北条さん」 「?補習中になんですの、先輩」 「私はね。あなた、違うでしょ。なんでここに居るの」 前回の定期考査で著しい挽回をみせた彼女は補習授業を一旦免除させられていたはずだった。 というか、喜々として報告していたのがこの女本人である。 「その…自分の部屋だと落ち着きすぎてすぐに集中力を切らしてしまいまして続きませんの…」 ここだといい感じに緊張感がありますのよ、などとたわけたこと抜かすので タイを思い切り引っ張ってやった。
8 21/02/17(水)00:17:26 No.775524424
「や、やめて下さいまし…!」 「あんたね…ふざけんじゃないわよ…」 「ふざけてなんかいませんわ…!私の頭じゃちょっと油断しただけでまた逆戻りですのよぉ…!」 小声ながら必死に弁解する姿が…おそらく馬鹿らしくなって私は手を離した。 「ここだと迷惑になるから、後にしとくわ。…今は邪魔しないでよ」「…了解ですわ」 北条さんの返事に一瞥もせず、私はプリントに目を戻した。
9 21/02/17(水)00:17:45 No.775524512
部屋に戻ろうとする私の名前を呼ぶ声が聞こえた。 いまいち想像の出来なかった、鈴の鳴るような声とはこの事だと思った。 「…ごきげんよう」 古手梨花。 沙都子と同じ村の出身で、彼女の同居人で、地元の神社の巫女。 村の人間からは梨花ちゃまと呼ばれ、一人称はボクで、「みー」と言う癖があって… 沙都子から聞いた諸々が信じられないぐらい気品と可憐さに溢れた少女が目の前に居た。
10 21/02/17(水)00:17:55 No.775524555
「何かご用かしら」 「沙都子の事です。…お礼を言わせて下さい」 「別にいいわ。ただじゃれつく猫の相手をしてたようなものだし」 「それでも、知らず知らずの内に私が傷つけた沙都子を助けてくれたのですから」 そう言ってほほ笑む彼女は、沙都子の語るそれとは違って見えていた。 いつの間にか羨望の眼差しで見るほかになくなった世界の象徴。 「どうせあの子が勝手に傷ついただけだろうけど。あなたが謝ってたこと、伝えておくわ」 目を背けるように踵を返そうとした。 「いえ、後でもう一度、沙都子に直接会って話し合ってみます」 足が止まる。 「今度は、無理にでも手を取ってみせます」 「私…、みー。ボクは、やっぱり沙都子と一緒に居たいのですよ」 沙都子の語る古手梨花がそこにいた。
11 21/02/17(水)00:18:10 No.775524628
夜。何事も無かったように、互いにいつものような他愛もない会話をしつつ、 沙都子と私はそれぞれの勉強を始めていた。 「それにしてもあなた…前から思ってたけど、そのみかん箱でいいの?」 「大丈夫ですわ。梨花と一緒に入学試験を乗り切った縁起物ですのよ?」 「古手さんと、ね…」 その名前を聞いて、私は頭の中をぐるぐるとしていた出来事をまた反芻し始める。 「北条さん。あなた、今日古手さんと会った?」 「そりゃ会いましたわよ。同じクラスでございますもの。あとは補習室から帰る時にも」 問題を解く手が止まる。
12 21/02/17(水)00:18:22 No.775524690
「二人で会って話したいと言ってましたわね」 ならちゃんと会ってあげなさい。なんなら、謝っときなさい。 そう言おうとして…そう言おうとしたけれど、言葉が出ない。 「まぁ、私も大人げなかったですわ。絶交は撤回して、お互いに謝って終わりにしますわ」 そんな喜ばしい言葉にすら、絶望を感じた。 「私も、やっぱり梨花と一緒に居たいですもの」 「何よ、それ」
13 21/02/17(水)00:18:44 No.775524791
…気づくと、ノートに数か所ふやけた跡が出来ていた。ようやく気付いたのだ。 いつの間にかあの日読んだ小説の、まるで関係の無いはずの世界の当事者になっていた。 迷い込んで、罠に掛かって囚われていたことに今ようやく気づいたのだ。 …落ちこぼれが成績優秀な友人への嫉妬に沸き立っている。愛しい人の友人に。 「あなた、いつだって二言目には古手さんのことばかりじゃない」 沙都子は困惑していた。当たり前だ。こんなこと、意味不明だ。 「その…ごめんなさい」 「謝らなくていいわ。…ただ、あの子だって言ってくれたんだから、あなたにだって言って欲しいのよ」 私は沙都子の方を向くと、ただ一つ、切実でわがままで小さなお願いをする。 「私の名前を、呼んで頂戴」 目をぱちくりさせながら沙都子は…私の名前を呼んでくれた。
14 21/02/17(水)00:19:33 No.775525034
補習先輩と沙都子怪文書です。 言うまでもなく郷壊しその2から分岐してその3以降と鬼騙し以降に繋がらないカケラです。 ひぐらしはモブがガッツリ不幸になってメインキャラを曇らす展開普通にあるんで先輩すら説明キャラに終わってくれるかどうかで次回が怖い。
15 21/02/17(水)00:20:17 No.775525233
いいねえ…
16 21/02/17(水)00:20:27 No.775525287
いい…
17 21/02/17(水)00:23:01 No.775525989
いい…とてもいい… だからすごく悲しくなる
18 21/02/17(水)00:27:35 No.775527278
補習先輩…いい人なのにどうして
19 21/02/17(水)00:31:40 No.775528395
素晴らしいですわ
20 21/02/17(水)00:35:52 No.775529483
補習先輩好きかもしれん
21 21/02/17(水)00:42:27 No.775531316
いい…スール関係結んで欲しい
22 21/02/17(水)00:43:21 No.775531564
こんな良いやつはルチーアに居ない
23 21/02/17(水)00:44:46 No.775531918
ちょっと前までルチンチン亭しか居なかったのに昨日くらいから重い奴が来るようになってきたな沙都子
24 21/02/17(水)00:47:11 No.775532589
この世界の沙都子はきっと幸せになれる ありがとう…
25 21/02/17(水)00:49:44 No.775533331
いい
26 21/02/17(水)00:50:25 No.775533559
補習先輩いいよね…優しすぎる
27 21/02/17(水)00:50:47 No.775533668
惨劇回避されてよかった…
28 21/02/17(水)00:52:46 No.775534317
先輩にも幸せになって欲しい…
29 21/02/17(水)00:54:04 No.775534725
俺が幸せにしてあげるよ
30 21/02/17(水)00:56:55 No.775535615
呼び方変わってってるのがうわあとなる いいなあ…
31 21/02/17(水)00:58:46 No.775536155
文章のレベルが高い…!
32 21/02/17(水)01:05:24 No.775537872
>こんな良いやつはルチーアに居ない 絶対これフランス書院実習ですわ…と思ったら青春ものだった
33 21/02/17(水)01:23:21 No.775542006
ごめん最初の方で部屋で勉強してるっていうのが抹殺計画のことかと…
34 21/02/17(水)01:23:46 No.775542091
いい… いいよ…