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21/02/14(日)00:15:01 No.774546361
闇の夜は 苦しきものを いつしかと 我が待つ月も 早も照らぬか
1 21/02/14(日)00:15:19 No.774546477
チクタク チクタク 時計の針はまもなく22時を回ろうとしていた いつもなら就寝している時間だけれども、今日はなんとなく起きている 読んでいるのは、昔千年以上昔につくられた歌集 収められている歌には、男女の恋を歌ったものもたくさん残されている 自分でもなんで今この本を読んでいるのかよく分からない だけど、何かを待ち侘びる歌が多いのに共感できる 千年以上前の人も、同じような感情を持っていたのね そんな悠久の時間に思いを馳せながら、刻々と過ぎていく夜を過ごす 今日のわたしはどこかおかしい
2 21/02/14(日)00:15:53 No.774546708
==== 「ふう、配るだけでも大変ね」 バレンタインデー当日、朝からお世話になった人たちに配り歩いている 会った人にだけ渡せば良い気もするけど、折角の機会なので元気で過ごしているかの体調チェックも兼ねている 「とりあえず、アーカラ島はこれでいいかしら」 ウラウラ島とポニ島は昨日のうちに回ったし、船に乗ってメレメレ島に移動する 外を眺めていると、アーカラ島の上空でリザードンに乗った彼の姿が見えた 「運び屋さん、今日も忙しそうね」 今日はアーカラ島とメレメレ島を担当しているらしく、忙しそうに飛び回っている 「…いつ渡そうかしら」 カバンの中に入れたチョコレートに触れながら、そんなことを考える
3 21/02/14(日)00:17:07 No.774547296
メレメレ島に戻ったわたしは、ハラさんやハウ、ククイ博士のところにチョコレートを届けに行った この後はエーテル財団に行ってウルトラスペースの人たちにも届けなきゃいけないのであんまりゆっくりしてはいられない 多分運び屋さんも今日は一日忙しいみたいだから、渡すなら仕事上がりかしらね そんなことを思いながら歩いていると 「お客さーん!」 まさかのバッタリ もうメレメレ島(こっち)に戻って来てたのね…
4 21/02/14(日)00:17:36 No.774547499
「あら、運び屋さんこんにちは」 表面上は冷静を装うけど、内心全然心の準備が出来ていなくてひどくテンパっている 「これからお仕事?」 「これから博士んとこに荷物をな」 「ちょうど入れ違いね、わたしは今ククイ博士のところから戻るところなの」 「そうかい」 「「………」」 会話が途切れる …渡すなら今が丁度いいタイミングね、そう思い口を開く
5 21/02/14(日)00:17:55 No.774547626
「どうかした?」 あれ? わたしの口から出てきたのは用意していたものと全く別の言葉だった 「え?いや、なんでも」「んじゃ!」 「あっ、運び屋さん」 思わず引き留める、今度こそ言わなきゃ… 「なんだい?」 よし、……「今日は怪我しないようにね」 「…ああ、わ~ったよ」 そう言って今度こそ運び屋さんは行ってしまった 「…なんで?」 自分でもビックリするくらい訳の分からない言動をする 今日のわたしはなんだかおかしい…
6 21/02/14(日)00:19:20 No.774548283
=== ウルトラスペースの皆さんや調査に行っているグラジオ達の分をビッケさんに託しにいくと、「チョコのお礼です」とお茶を出してもらった 「わざわざ私の分までありがとうございます!」 「いえ、こちらこそありがとうございます」「皆さんもお元気ですか?」 「みんな元気に働いてますよ、リーリエさまもカントーで元気に過ごしておいでのようです」 「それはよかったです、お菓子もお茶も美味しい」 今日は一日中歩き回ったので、ビッケさんの出してくれた茶菓子や近況報告が癒しになってありがたい 「それよりもムーンさん、大丈夫ですか?」 「え?」 「なんだか思い悩んでいられるようにみえますが」 鋭い …なんだか嘘をついても見透かされそうな気がして、正直に話すことにした 「……その、ビッケさんは…思ってることと口に出ることが別だったことってありますか」 「ないですね(キッパリ)」
7 21/02/14(日)00:19:49 No.774548494
「ムーンさん、もしくは知人の誰かがはそういう経験をされたんですか?」 「ええ、そう…ですね」 「フム、その理由はきっと『本当のことを口に出すのが怖いから』ですね」 「怖い…ですか」 「ええ、言霊信仰…というほどではないですが、一度言葉にしてしまうと、それが現実として世界に認識されてしまう、ということへの忌避感ですね」 「例えば、誰かが亡くなった時に、『○○が亡くなった』と口に出そうとしても、それを出すとその現実を受け入れなければならなくなるから、口に出せない…とか」 「なるほど…」
8 21/02/14(日)00:20:04 No.774548612
「そんな重い話ばかりじゃなく、告白もそうですね」 「『相手に自分の気持ちを言葉にして伝える』ということは、今まで自分の内に秘めていたことを自分以外の世界に認知させることになる、そしてその結果(返事)を聞かなくてはならなくなる」「それが怖いから、中々皆さん告白できないという方も多いのでしょう」 「………」 「どうですか?少しはお役に立てたでしょうか」 「ええ、なんだか気持ちが整理出来ました」 「それは良かった」 そういってニッコリ笑うビッケさん 流石はエーテル財団の光を担ってきた方だなぁ
9 21/02/14(日)00:20:27 No.774548794
メレメレ島に戻ってきた頃には夕暮れ時が近づいていた カキさんに連絡してみたところ、今日は既に仕事上がりだとのこと もしかして、もう家に帰ってるかしら……仕方がない、こうなったら家まで直接届けに行きましょうか 途中でバッタリ会わないかしら、と淡い期待と持ちながらも、気付けば彼の家の前まで来ていた インターホンの前に立ち、いざピンポンというタイミングで緊張感が一気に増してきた …別にチョコ渡すだけなのに、どれだけ緊張しているのよわたし…… 理由は薄々分かってるけど、ビッケさんの話を聞くならば、色々と認めざるを得ない わたしは、運び屋さんの反応をみるのが怖いんだ
10 21/02/14(日)00:20:41 No.774548907
わたしなりに真心をこめて作ってみた薬膳チョコ いつも仕事を精一杯頑張っているあなたには、疲労回復の効能があるきのみを混ぜてみた わたしなりにあなたのことを考えてつくってみたつもり もし、そのチョコを「いらね」とか「マズイ」って一蹴されたら もし、「おっサンキュー」って流れ作業みたいに受け取られてしまったら 一生懸命込めたあなたへの気持ちが、時間が、踏みにじられたように感じてしまうだろう だけどそれはとても我儘な話…受け入れるかどうかはわたしではなく受け手であるあなたにあるのだから 運び屋さんはどこまでも真っ直ぐだから嘘が付けない だからこそ褒められると凄く嬉しいし酷いことを言われるととても傷つく そのことが拍車をかけているのだろう だけど…このまま渡さないんじゃ一番意味がない どんな結果になろうと、それを受け入れることも大切なのだから
11 21/02/14(日)00:21:03 No.774549074
ピンポーン ……… ピンポーン ……… あら?もしかしてまだ帰って来ていない? どうやらわたしは家主のいない家の前で暫く硬直していたらしい おかしいわね、カキさんの話ならとっくに家に着いててもおかしくないけど… このままここで待つ?…いえいえいえ、流石にそれは… 仕方がないので、来た道を戻る―と、前から歩いてくる人影があった 「運び屋さん!」 と声を掛けるけれども、気が付いてないのか俯いて歩いている …何か嫌なことでもあったのかしら? 心配なので声を掛けようとすると、運び屋さんはぽそっと呟いた 「チョコ…欲しかったなぁ」 「どうしたの?」
12 21/02/14(日)00:21:26 No.774549257
「おわッ…お、お客さん」 ビックリした様子の運び屋さん だけど、ビックリしたのはわたしも一緒 声を掛けたタイミングと運び屋さんの呟きが一緒だったから… だけど、誰のチョコが欲しかったのか…は分からない 「お客さんもなんかの帰りかい」 ギクッ 「ちょっと野暮用でね」 そう言ってお茶を濁す 「もし良かったら、ひとつお仕事お願いしても良い?」 「なんだい?」 「わたしの家まで運んでほしいの」 「何をだい?」 「わたしを」
13 21/02/14(日)00:21:54 No.774549437
「ああ、だったらお安い御用だよ」 そう言って運び屋さんはポケットからライドギアを取り出す 「あ、ちょっと待って運び屋さん」 「ん?」 「背中にゴミがついてるから取ってあげる」 「え?ああ、ありがとう」 ……(スルッ) 「うん、もう大丈夫よ」 「おっし、じゃあ行くか!」 久々にケンタウロスに二人乗りしてわたしの家へ向かう
14 21/02/14(日)00:23:39 No.774550133
「そういえば、はじめて出会ったとき以来ね」 「え?」 「こうして運び屋さんに運んでもらうの」 「ああ、そういやそうだな」 まさかあの頃はこんなに長い付き合いになるなんて思いもしなかった こんなに感情をかき乱される相手になるとも…… 後ろに乗りながら、であったときより大きくなった背中をみつめる 「…身体、大きくなったわね」 「そ、そうかな」 「そろそろ身長も追い抜かれたかしら」 「あとで比べてみようか」 そんな他愛もない会話をしながら気を紛らわす そうしないと、なんだかドキドキするから 運び屋さんが前を向いてくれていて良かった…
15 21/02/14(日)00:24:13 No.774550387
「送ってくれてありがとうね運び屋さん」「お代は…」 「ああ、お代はいいよ」 「そう、じゃあお言葉に甘えようかしら」 「ああ、……」 「「………」」 「どうかした?」 「いや、じゃあ」 ライドスーツから元に戻って、少し寂しそうにな背中を見せる運び屋さん …まだ気付いてないわね 「カバン、随分パンパンね、何が入ってるの?」 「ん、これはチョコがさ……今日バレンタインデーだから」 遂にその名前が出てきた―あとはそれとなく話を誘導する感じで……
16 21/02/14(日)00:24:27 No.774550507
「本命はあった?」 「え!?」 向こうも驚いているが、口にだした自分もビックリしてる 何聞いてるのわたし…聞いてどうするのよ 「いやいや、全部仕事のお礼に貰った奴だしさ」 「それは残念だったわね」 思ってもないことを口に出すわたし そんなやり取りをしていたら、ようやく気付いたようで、ポケットからそれを取り出す 「クスクス…運び屋さんいつ気付くかなって」 「…てことは、これ……」 「ええ、わたしからあなたへのチョコよ」 ごめんなさい運び屋さん、本当は普通に渡すつもりだったのに、ちょっとイタズラしてみたくなっちゃった だけど、あなたのことを想って、あなたに喜んで貰いたくてつくったチョコです どうか、わたしの独りよがりな気持ちを受け取ってください
17 21/02/14(日)00:24:51 No.774550687
「………」 運び屋さんはしばらく呆気にとられた様子だったけど、みるみる目が輝いてきて― 「サンキューお客さん!!!」 顔、いえ全身で嬉しさを爆発させた様子で喜んでくれた 「そ、そんなに喜ばなくても…」 その喜び具合に、こちらが圧倒される だけど…よかった、こんなに喜んでくれるんだ あなたは素直だから、喜んでくれたら凄く嬉しい…ちょっと心臓が痛くなるくらいに 今日一日の様々な逡巡を思い出しながら、ようやく安堵することができた
18 21/02/14(日)00:25:09 No.774550795
「もうオレっちだけ貰えないのかと思ってたぜ……」 「ごめんなさい、ちょっと色々あってね」 「色々って?」 「…なんだと思う?」 「え………」 安心したせいか、ドッキリ成功したせいか、運び屋さんにもうちょっとイジワルをしたくなる だけど、ここで失礼なことを言われるのがわたしと運び屋さんの関係なのよね そう思ってツッコミの準備をしていると 「えっと、『本命だから』…なんちゃって」
19 21/02/14(日)00:25:45 No.774551032
まさかの回答に一瞬思考が停止する どうしよう、早く答えないと…… 「それは帰ってからのお楽しみです」 精一杯の作り笑いを浮かべながら、必死に答える そしてその勢いのまま思わず口走る 「もし本命だったら、どうする?」 「ええ!?えっと、あの…あうあうあう…」 クスクス「おやすみなさい」 赤面してあわあわする運び屋さんをおいて家に駆けこんでしまった …こっちももう限界だった 色々とごめんなさい運び屋さん…今日のわたしはちょっと変なの、今日一日あなたのことでいっぱいで、なんだか凄く身体が熱いの 玄関に座り込んだまま、冷えた家の中の空気で体温を冷めるまでしばらく動けなかった
20 21/02/14(日)00:26:19 No.774551228
==== シャワーを浴び、夕食を食べるころにはようやく動悸も収まっていた …運び屋さん、今頃手紙読んでくれたかな? “ついうっかり間違って挟み込んじゃった”歌の意味は分かるかな? わたしのチョコをみてどう思っているかな? 歌の本を読みながら、ふと彼にあげたチョコを思い出す さっきはイジワルなこと言っちゃったから、開けてビックリしてるかな…ハート 『どういう意味なんだよぉ~~~!!!』って右往左往する運び屋さんの姿が目に浮かぶ ごめんなさい運び屋さん、色々イジワルして そのハートの意味は―「わたしの込めた真心」よ だって、わたしと運び屋さんはそういう関係じゃない だから、ハートも本命とかそういうのではないわ そうじゃないけど、そういうつもりではないけど、運び屋さんが勘違いしてくれたら…良いな
21 21/02/14(日)00:27:23 No.774551692
時刻は22時を回ろうとしていた 「ムーン、まだ寝ないロトか」 「うん、もう少しね」 手元の歌の本をパラパラとめくる 『月読の、光りに来ませ、あしひきの、山きへなりて、遠からなくに』 …もしかしたら、勘違いした運び屋さんがやってくるかもしれない そんなわけないと思いつつも、もう少し起きていようと思うわたしだった su4597122.jpg おわり
22 21/02/14(日)00:27:33 [s] No.774551780
以上です