ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/01/11(月)22:25:19 No.764314163
「あぁ、どうも」 恭しく扉を開けてくれた付き添い人。礼を告げると、頭を軽く下げて像のように止まってしまった。 そこまで畏まらなくても良いと、常日頃からさんざっぱら言っているのだが。 まぁいい。小さく笑いを零して、部屋の中へ歩みを進める。 「出る時は声かけるよ」 振り返らず肩越しに伝え、扉の閉まる音と共に前を向く。 ……その人物は、白衣を着てベッドの上で外を眺めていた。 前に会った時と、怖いくらいに何も変わらず。 「……久しぶりだな、魅音」 声をかけながら、近くをチェック。 あった。ベッドの側にあった小さな椅子。 足で引っ掛け、魅音の近くへ音を立てながら移動させて座り込んだ。 「よっこらせっと」 ……なんだ、年寄り臭いな。 自嘲染みた苦笑いを浮かべて、顔を上げ魅音の方を見やる。
1 21/01/11(月)22:25:31 No.764314237
こっちからそっぽを向くように外を眺めていた顔は、正面へ。 魅音の、感情が無い横顔が見える。 ……やっぱり、目は俺を見てくれちゃいないが。 「……最近来れてなかったけど、元気にしてたか?」 返事は無い。 だが、そんなのはもう慣れっこだ。 気にせず優しく笑い、魅音へ口を開く。 「俺の方はさ、最近結構イイ感じだぜ。まぁ、仕事も調子も、さ」 一人笑って、話す。 「やっぱ、何年経っても興味は尽きないみてぇでな。今もまだ取材が来るよ」 部屋には、俺の声だけが響く。 「後は……あぁ、親父の手伝いもしてんだ。出来る限りの小間使い、だけどな!ハハッ!」 明るい声に、何も変わらない静かな空間。 まるで、戻らぬ物を取り繕う様は無様だと、あざ嗤われているようだ。
2 21/01/11(月)22:25:51 No.764314388
「魅音は……変わんねぇなぁ。いつも通り、我等が園崎魅音、その人だ!」 それでも俺は、絶やさない。 少しでも魅音を取り戻せる可能性があるのなら、絶対に。 とはいえ、魅音からは何の反応も無い。 苦笑と共に天を仰ぐが、天井を見つめれば魅音が反応するわけでも、魅音の代わりに返事するわけでもない。 「……ぶ……かつ」 ……一瞬、聞き間違いかと思った。空耳でもしたのかと。 前を向き直ると、魅音はベッド近くの棚に手を伸ばしていた。 ゆっくりとした動作で取り出したのは、トランプ。 「きょうは……なに……しよう……」 「……魅音?」 「レナ……りかちゃん……さとこ……」 ……あぁ、そうか。 魅音は、まだ、居るんだ。 ここじゃない、あの場所に。雛見沢に、まだ居るんだ。
3 21/01/11(月)22:26:04 No.764314476
声をかけようとして、言葉が出て来ない。 それでも何かを言おうと口を開けてはみるが、パクパクと動かすだけで終わってしまう。 「けい……ちゃん……」 「ッ!魅音!」 それでも。呼ばれた名には、反射で呼び返した。 「みんな……どこ……?」 「お、俺はここだ!居るんだよ!目の前にッ!!」 叫ぶ、叫ぶ。 初めて返してくれた、魅音の言葉。 それが、また遠くに行ってしまわぬように、縋りつくように。 「ここに居る!魅音!俺はここに……!」 ……気付けば、魅音の頬を涙が流れていた。 ぽつり、ぽつり、ぽつり。 手にしたトランプを見つめて、涙がベッドへ落ちていく。
4 21/01/11(月)22:26:17 No.764314563
思わず、椅子から立ち上がった。涙を拭うために、足に力を込めて勢い良く立ち上がった。 ……そしてまた、座り直した。 「……ちくしょう」 力無く俯く俺は、さぞ頼りないだろう。さぞ惨めだろう。 やり所の無い苛立ちに、奥歯を砕み砕いてやろうかと噛み締めても、何も変わりゃしない。 「ちくしょう……ちく、しょう……」 俺は無力だ。 なんでだよ。なんで俺はどうしようもない程に、これっぽっちも役に立たないんだ。 「魅音が泣いてんだぞ!なのに……クソォ……」 ……あぁ、それもその筈だ。 「涙すら、拭ってやれねぇのかよ……」 俺にはもう、手は無いのだから。 「一回でも撫でてやれりゃあ……一人じゃねぇって、抱きしめてやれりゃあ……!」 右腕も、左腕も、無いのだから。 それが、今の俺なんだ。
5 21/01/11(月)22:26:32 No.764314656
数年前。俺達はあの夏を、笑って過ごしていた。 きっとこの先も、ずっとこうやってる。そう思えたんだ。 なのに、なんでだよ。一体、なんでだったんだ。 仲間の一人が、学校に立て篭もった。俺達を、人質にする形で。 狂った様に、意味のわからない事を話しだしたソイツは、説得しようとする魅音を殴り倒して。 皆が縛りつけられて、動けなかった。俺もそうだった。 だけどそれでも説得しようと、必死に足掻いた。 間違いは正せる。仲間を信じろ。 ……結局、言葉を届けられなかった。俺の、力不足だ。 そして……最悪の結果が待っていた。 ソイツは、学校に爆弾を仕掛けていた。それが、学校ごと俺達を吹っ飛ばしたんだ。 ……いや、最悪では、無いか。 直前に、俺だけがどうにか拘束から抜け出す事ができた。 俺は……俺は、近場に居た仲間達を、庇った。考える時間は無く、咄嗟の行動だった。 ……結果。両腕を失って、たった一人の命しか守りきれなかった。俺も無様に、生き延びた。
6 21/01/11(月)22:26:46 No.764314730
……ふと顔を上げると、魅音は外を眺めていた。 俺が入った時と、まるで同じ。これまで訪れた時と、同じ。 ……今回はもう、ダメか。 「……また、来るよ」 立ち上がって、魅音に声をかける。返事は無い。 椅子を元あった場所へ雑に足で戻し、背を向けて扉へ。 ……ナニカを感じて、最後に振り返った。 魅音が、俺を見ていた。 今度はハッキリと、俺を真正面に見据えていた。 顔には、少しの涙の痕……そして、包帯とガーゼが。先ほどまで見えていた横顔の反対側、半分を覆っていた。 ……俺が守りきれたのは、命……命、だけだ。 それ以上を、庇いきれなかった。その愚鈍さが、罪が招いた物が、魅音のその顔だった。 ……きっと魅音は、顔を焼かれながら、見たんだ。 仲間が吹き飛ばされる様を。親友達が見るも無惨なカタチになるのを、おぞましい苦痛の中で、見た。 だから。だから、魅音は。
7 21/01/11(月)22:27:24 No.764314998
何も宿していない瞳。なのに、まるで身体を突き刺されて深く抉るように痛い。そんな、視線。 「……ごめんな、魅音」 それから逃げるように謝罪を一つ零して、扉の前。 「もう、いいよ」 俺の声に反応して、扉が開く。 廊下に出た俺へ、付き添い人は何も語らず、扉を閉じた。 何も言わず、二人歩きだす。 ……今にして思えば、あの時俺だけが拘束を抜け出せたのは、偶然では無かったんじゃないか。 アイツは……俺に何かを期待していたんじゃないか。 身を包む狂気の中で。ほんの少し信じたいと思って、俺の縄だけ少し緩めたんじゃないか。 ……今となっては、もう誰にもわからない事だけれど。 あの事件の後、ガスによる大災害が起きて雛見沢は無くなってしまった。 入院していた俺と魅音、そして俺に付き添っていた両親だけが生き残り。 そして事件の真実なんて突き止める間も無く、立ち入る事は禁止された。 ……村人全員の命を、あの村に置き去りにして。
8 21/01/11(月)22:27:37 No.764315071
……やり直せたら。 そう思った事は、数え切れないほどある。 無論、いくら考えても、時間は巻き戻らない。 だけど、考えずにはいられない。 あの時、もっと歩み寄れたのでは。もっと上手く、仲間を助けられたのでは。 いや、それよりも前だ。 アイツの悩みに気付いてやれさえいれば。俺達も一緒に背負ってやれていたなら。 ……この世界は、止まらない。俺は、戻れない。 せいぜい出来る事と言えば、こうして魅音の元を訪れて、話しかけてやるくらいだ。 ……仮に、“今”に魅音を戻して、どうするんだ。 魅音がそれを望んでいるのか?望んでいないから、戻ってこないんじゃないのか? ……戻したいのは、孤独なのは、魅音でも、他の誰でもない……。 ……頭を数回振って、嫌な思考を振り払う。 過程も結果も理由もなんであれ、俺は魅音を連れ戻したい。そのために、足掻くんだ。
9 21/01/11(月)22:27:48 No.764315149
……あぁ、それでも。 やっぱり、戻れたら、と。 わかっていても……わかっていても、そう、思う。
10 21/01/11(月)22:57:45 No.764328107
おつらい…
11 21/01/11(月)22:59:34 No.764328833
なんとなく将来は口で絵筆をとって絵を描き始める圭ちゃんを想像した 部活メンバーの日常ばかり描くんだ
12 21/01/11(月)23:12:26 No.764334097
大作が来てた! 辛いやつだった…けどこういうのもいいよね…
13 21/01/11(月)23:17:49 No.764336311
辛いけど二人だけでも生き残ってくれたら他のメンバーはきっと喜ぶに違いないよ…逆の立場を考えただろう圭ちゃんもそれはわかってるだろうけどね… ついでだけど怪文書の最初の四文字に部活メンバーの名前を入れたり雛とかいれると検索しやすくて助かる 割とひぐらし怪文書で使われてるテクニック?だと思う いっそのこと一行目はひぐらし怪文書って入れてもいいのかもなあ
14 21/01/11(月)23:20:28 No.764337364
あぶねえ「」っちー覗いてなかったら見逃してた! いいよ…こういうしんみりくるのも大好き…
15 21/01/11(月)23:21:35 No.764337798
>ついでだけど怪文書の最初の四文字に部活メンバーの名前を入れたり雛とかいれると検索しやすくて助かる >割とひぐらし怪文書で使われてるテクニック?だと思う あれはアプリで見るとき掴まえやすくてありがたいね 恥ずかしさもあるのはわかるけど良い怪文書だからそういうのは色々試して欲しい