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    21/01/01(金)01:35:36 No.760765147

    22日の続き 手慰み怪文書

    1 21/01/01(金)01:35:49 No.760765243

    嘗て世界が今より選択肢が少なく、それでいて自由であった頃。 具体的には紀元前のギリシア世界に於いて、西暦が4桁になるより以前に科学技術の振興が進むよりも早く物質の最小数量が原子であることは想定されていた。 全ての知は哲学と言われる実態の影をなぞった、洞窟の影たる想定によって活発に談義された。 だが悲しいかな、精神哲学に於いては現在に比肩するほどの知性を持ち合わせながらも、その空想を証明する為の物質的研究を行える余地がないまま、それらの知識は災害と信仰そして忘却に包まれて一度は忘れ去られた。 いわば現代の基礎の基礎研究とは多くは、嘗て出てきた空想の実証実験から始まっている。 そして全ての学問は哲学から切り取った一分野に過ぎない。 当時は物質実証に基づかない、突拍子もない研究も多くあったことだろう、だがそれでも彼らの発想が近現代に至るまで先進的だった事は言うまでもない。 そしてその一つに心理学も含まれることは言わずもがなである。 私は手に取っていたペーパーディスプレイに映る『精神構造とはディジタルか、アナログかそれとももっと別の何かか』と題された論文リポジトリを机に置いてため息をついた。

    2 21/01/01(金)01:35:59 No.760765296

    視神経や、皮膚などの受容器に投影された情報を、入力値として中間層たる脳髄が経験則や精神嗜好によって導かれた演繹から結果を導き出す。 だが人間の思考傾向とは演繹的……再現性のある計算ではない。 突拍子もなく、蓋然性のある気まぐれをコンピュータで代替するにはどのようなロジカルが必要なのか、人間の作業を代替するための技術から始まった研究は未だに人間の脳を完全にディジタル機械へと置き換えられてはいない。 人々の総人口が増加から減少に転じ、総数量を補うため出産行為をアンドロイドに委託するようになってもまだ人は人を解明しきれていない。 そう、委託である。 人々は多くの仕事を機械へ委託している。 社会基盤インフラ、一次産業から三次産業まで多くの作業を人はアンドロイドに作業を委託している。 その内に人々はアンドロイドに作業だけではなく、心も委託するのを期待し始めている。 アンドロイドと結婚したという見出しも昔では珍しかったのだろうが、一生をアンドロイドに囲まれ生活を終える人々も今では珍しくなくなった。

    3 21/01/01(金)01:36:10 No.760765359

    愛情産業と見出しを打つ人生の相方に値札を打ち、工場から家庭へ出荷されるのも珍しくなくなった。 だが、どこまでを愛情として作り上げるのか何時までも人々は迷い続けている。 淡々としすぎるのは機械的すぎるという人もいるし、あまりに関わりが深くなりすぎてロボットの元から失踪する人もいる。 生物的な肌や、内臓を代替する機械を作り上げても、人はまだ人として丁度のいい機械を作れずに居る。 今はまだ初期の機械的な工場で作られたアンドロイドを、ニーズに応じて少しずつカスタマイズする手法が一般的だ。 フィードバック機構と、学習によってアンドロイドは似たような見た目でも全然違う精神構造を見せる。 手元の紙コップに注がれたカフェインと、ミルク、ショ糖にグルタミン酸を添加したものを珈琲というのは今でも気が引けるというのに、タンパク質とチタン、シリカで合成されたものを機械ということに抵抗はない。 不思議なものだ、そんな事を考えつつ珈琲風味の液体を口に流し込んだ。

    4 21/01/01(金)01:37:42 No.760765842

    然しありがたいものだ、古い時代であるならば人と縁を結ばないものは不具か何かだと思われていたのだから。 どうにも人の目が昔から嫌いだった。 値踏みするような目線、情動的な目線、無機質で人ではないかのような超然的な目線どれもこれもが苦手だ。 恐らく人というのが須らく苦手だったのかもしれない。 人が減少し、人の仕事の多くを機械に委託し、人と人の距離が遠くなった今でさえそうなのだから、昔ならきっと人間というものにさぞうんざりしたことだろう。 だが機械は人と違って得体が知れた。 然し機械にも目がある、口があるのだって珍しくはないし、人の持ちえる感情のようなものを会得している。 それでも何故だか機械というものは論理に基づき、制御可能な情動を理解し、そのように振る舞っている。

    5 21/01/01(金)01:37:57 No.760765921

    そうなると我が家に二人のアンドロイドを招いたのは必然で、今の仕事に関わったのも当然の道理だったのかもしれない。 想定外とするならば、そのアンドロイドが今の会社からの支給品で、自己フィードバック的に発達するAIを導入している事だろう。 人嫌いの研究者にも愛好されるアンドロイドデザインのための、性格形成研究の一貫というわけだ。 因みにこの試験は複数名で進められているらしい。 人に合わせたデザインとレポートデータの送付、苦情を付けるとするならばアンドロイドの互換部品の換装施設位だろう。 国の平均室内面積が広がったとはいえ、一部屋を占拠するのは如何なものか。 男のようで女のようなデザイン、声は聞き取りやすいように高音の……つまり女性的な機械声帯を備えている。 サンプルデザイン的には姉弟のようだが、どちらも紫色の長めの髪なので性差がわからない。 胸がないことをユニセクシャルだと思っているのか、それとも意図的に未発達気味な肉体にしているのかが怪しいところだ。

    6 21/01/01(金)01:38:15 No.760766014

    問題はとするなら、人を愛し無遠慮に施す事を求める性格形成デザインが精神骨格に有るところだろうか。 私は一人で生きてきたため、届いて起動した翌日に勝手に朝食を作られてしばし閉口したものだ。 毎日のシステム……いや、健康チェックと書かれた電子レポーターで午前中に抽出したデータを研究エッジサーバにデータの送信する。 空いている時間は、各研究員の上げたレポート情報から研究傾向やアンドロイドの改善情報を元にパッチの適用予定の策定。 私はふと、窓の外でもやもやと空へと浮かんでいく食品生成機から生じる湯気を眺めていた。

    7 21/01/01(金)01:38:38 No.760766138

    「弦巻さん」 そんな折私は突然耳に入った声に意識を窓の外から、部屋の中へと移す。 「ん、ああ……ゆかりか」 姉の後ろで朗らかに微笑む弟と、怜悧な笑みを称える姉の姿。 まるで女給のようだ、などと思いながら彼女たちの言葉を待つ。 (もっとも今女給などという言葉を使うと窘められる) 「弦巻さん、お昼が出来ましたよ」 そう言うと姉のほうがおにぎりを2つとお茶をお盆に乗せ、私の机の空きスペースにそっと差し出す。 「ありがとう」

    8 21/01/01(金)01:39:11 No.760766362

    私は彼女の作った綺麗な三角形のおにぎりに齧りつく。 粗熱が程よく取られ、微かな塩っけがありがたい。 お茶を啜りながら、ゆかりの方を見ると二人共先程の笑顔のまま彼らの透き通るような薄紫の水晶がこちらをじぃっとこちらを見つめている。 「どうかした?」 私がそう尋ねると、姉のほうが口を開く。 「特に何ということは有りませんが……そうですね、おにぎりは美味しいですか?」 「あ、ああ、美味しいよ」 彼女はその言葉を聞いて嬉しそうに微笑むと、満足げにありがとうございます。と嘯き弟を連れて部屋を出ていく。

    9 21/01/01(金)01:39:29 No.760766478

    そんな彼女たちを見送るとお茶を一口啜り、おにぎりをまた口に運ぶ。 一口おにぎりを頬張り、口の中で米粒を解しながら咀嚼し、嚥下する。 「ふぅ……」 どうにも妙な気分だ、仕事は淡々と進んでいて面白みは無いが少なくとも生活は維持できている。 窓の外を見ながらぼぅっとしていると、突然コンピュータのメッセージポップアップが立ち上がり、アプリケーション名にKiduna-Send、内容に『居ますか?』と表示された。 私は眉を顰めながら、SDN-VPN回線経由で自分のパソコンをハッキングした不届き者にコミュニケーションツール経由でメッセージを送信する。 <随分暇そうですね、紲星さん> それから珈琲を口に含む間も無く、短めのメッセージが返信されて私はますます目尻にシワを寄せた。 <あの後、結月さん達を抱いてないんですか?>

    10 21/01/01(金)01:40:02 No.760766625

    記憶の片隅に押しやった筈の記憶を引きずり出し、ため息を深く吐き出す。 結月姉弟にはあの記憶はロックさせてもらっているが、義体換装技術を適用していない私はあの時の行為を覚えている。 上気した二人の顔と、艶めかしい肌の色、薄く香る甘い匂い、サイバネティックスで出来ているとは思えないような肌の柔らかさ。 <人のトラウマを刺激している暇があったら、仕事と向き合ったらどうですか> <変なことを言いますね、その行為だって仕事の内ですし、セックスなんてただの親愛に偏ったコミュニケーションではないですか> ムッとした顔をしたままため息をつく、無神経、不躾、同僚とはいえ幾らなんでも会話に品性がなさすぎる。 <変なことじゃない、そんなだから上司ウケとか、コンプライアンス査定が毎回悪いんですよ> それから数瞬の後、ピコンと通知が流れる。 <何か怖がってるんですか?>

    11 21/01/01(金)01:40:25 No.760766730

    もう一度深くため息を吐き出し、チャットを閉じる。 仕事をする気が失せてしまった、そんな事を思いながら机から立ち上がり、ニコチン吸入器を手に取り窓を開けて一息吸い込む。 勢いよくニコチン混じりの空気を肺に入れて外へと吐き出す。 時折あのニコニコと無神経極まる質問を投げかけるあの女にはイライラさせられる。 とはいえ今日は度が過ぎている、記憶ロック申請を出した意味をまるで分かっていない。 確かに肌を重ねる行為が悪くなかったといえばそうだが、そんな報告を何故アイツにしなければならないのか。 いや、そう言えばきっと我々とアンドロイドとの性交渉は研究として好ましいとか、それっぽい理屈をウダウダと述べるだけに違いない。 自分が些かロマンチスト、悪く言えば夢見がちというのは理解している、詰まるところ行為が正しい感情的理屈の先に有るのだと信じたいのだ。

    12 21/01/01(金)01:41:22 No.760767066

    ピコンという音に気が付き、振り返るとイライラの張本人からメッセージが一件。 <まだ、他人との繋がりを作るのが嫌なんですか> もう一度深くため息を吐き出し、ニコチンで深呼吸。 <無意味なことはしない主義なの> 苛立ち混じりのメッセージを投げ返し、PCの電源を切りパッドでの仕事に切り替える。 外ではみぞれがしとしとと降り続き、ベランダの土を薄く氷で包んでいた。 検査値の取得、送付、今日の有意な情報は……食事を提供した時の交感神経優位。 ニコチンをもう一度吸い込み、みぞれ混じりの空へと吐き出す。

    13 21/01/01(金)01:42:17 No.760767389

    昔紲星とベッドで過ごした日を思い出す、今考えるとイラつく原因でしか無い、が。 『先輩は仮面を被るのが上手ですね』 そう言って、私の髪をかき揚げてじぃっと私の目を見つめる目は淡々としていて、どこか他人行儀のようだった。 酔っていたとはいえ肌の温もりをまだ信じていたかった、だが失敗している。 コミュニケーションの感性が違った、紲星にとっての親愛と愛情とは数限りなく与える事のできるもので、その翌週にあいつの部屋に寝ていたアンドロイドが原因で別れた。 だからこそやつとは感性は相容れまいと思っていたのに、何故かあいつは私と似たような職場にしゃあしゃあと入ってきて気がつけば同僚となっていた。 時折私の心をかき乱しては、罵倒を投げつける関係。 私は肺の底に沈んだニコチンを外へと吐き出し、深呼吸をした。

    14 21/01/01(金)01:42:45 No.760767524

    もうすぐ年度末、窓の外では精一杯の正月を祝おうと、立体投光サイネージが新年へ向けて年末のニュースを流している。 今年も出生数は世界的に減少傾向、アンドロイドは益々人に立ち代わり仕事を担っていく。 別にアンドロイドの人権に反対しているだけではない、人の精神骨格の基礎として人に頼っていないだけ。 アンドロイドを抱けって? 人だってお断りなのに、誰が作ったのかも分からない精神をインプットされたアンドロイドを? 私は窓を閉じて部屋に戻ってベッドに腰掛けて、タブレットに有意だった値を淡々と入力していく。 『根本的に人に従属することに根ざした生き物』と『数値のみを信奉する、利己的な生き物』が一緒になったって成功するはずが無いでしょ。 部屋の外では結月姉弟が部屋を掃除し、そろそろ買い出しに行くだろう。 だが、私が従属を望めば何時までも一緒に居てくれるだろう、それがプログラミングの結果だとしても。

    15 21/01/01(金)01:43:06 No.760767613

    プログラムとの恋愛など虚しいとしか思えない、そして人生の充足に足るとはとても思えなかった。 だから私は、全てを他人にした。 ただの研究員であれば、ただ淡々と生きて其内平凡に朽ちて、産んだ資産も何も消えてしまうだろう。 それでいい、それがいい。 ああそれにしても、これでは来年の健康チェックプログラムはパスできるか怪しいものだろう。 そんな事を思いながら、ニコチン吸入器の残容量を見てまた深くため息をつくのだった。 ───

    16 21/01/01(金)01:44:02 No.760767896

    弟くんと手分けして部屋の掃除をしながら、初めてこの部屋に来た日のことを思い出す。 殺風景な部屋で自活能力というよりも、死なない最低限度を維持する弦巻さんの目は私を値踏みしているような気がしました。 普通のアンドロイドであれば、すぐに押し付けがましいプログラムによって自活を促していたでしょう。 ただ私は普通のアンドロイドとは違い、先ずは憐憫の片鱗を抱きました。 布団と、コンピュータのみの殺風景な部屋に、ニコチン吸入器があるだけの生活。 なんて愛情の欠けた生活を送っているのか、それは弟くんも一緒のようでした。 生きるというよりは、最低限度に全てを維持するような彼女に私は寄り添うように思考プロセスを変えて寄り添い始めました。 少しずつ、少しずつ人として好ましくなるように、そして彼女のポリシーに反しないように。

    17 21/01/01(金)01:44:18 No.760767961

    最初の憐憫は段々と、彼女の生い立ちを知るにつれて同情へと変わり何時しか私は彼女のことが好きになっていました。 不信を抱きながらも、何処か他人に何かを期待をしかけてギリギリで踏みとどまる。 もどかしいような感情のいじらしさと、過去に何かがあったのだろうと伺わせるような人間臭さ。 自身の精神基盤の揺らぎを嫌い、他人を他人とすべからく嫌っているようなフリをする言動。 愛らしいと思います、元々は素直な性格だったと推察していますが、そんな彼女を日々見ているともどかしさと、愛おしさの片鱗のようなものを感じることがあります。

    18 21/01/01(金)01:44:39 No.760768073

    ただ、最近少しだけ不思議なのです。 彼女の目を見ると少しだけ、模造ホルモンの分泌が行われ、ええっと言葉にしづらいのですがもっと彼女に関わりたいそう思います。 恐らくロックされている10日間の記憶と関連が有ると思うのですが、その記憶はロックされています。 ただ他のアンドロイドと違って、私という主体は常に最低限度人とアンドロイドの条約に違反しない範囲で思考アルゴリズムが能動的に変更されることが許可されています。 勿論、正当防衛であればある程度は許容されます、ただ弟くんも似たような積極的な関係を望む傾向を有しているようなのです。 だからでしょうか、最近弦巻さんの顔をじぃっと見ていると、俄にセロトニンが増えています。

    19 21/01/01(金)01:45:00 No.760768166

    ただ、本当にいけないと思うのですが、時折こうも思うのです。 彼女と弟くんで同じベッドで寝そべって、それで……ああ、私と弟くんで抱きしめて精一杯の愛情を浴びせ続けたらどうなってしまうのでしょうか。 私も弟くんも無性のアンドロイドですし、弦巻さんからはそのような類のものは不要と言われているので少し残念ですが。 本当にいけないのですけどね、そんな事を思いながら外を見ると今年の末が近づいてきました。 来年は彼女はどのような顔を見せてくれるのでしょうか、そう思うと少しだけこの単調な日々も楽しいものです。

    20 21/01/01(金)01:47:34 No.760768932

    それぞれに読み上げさせたいけどマキマキ持ってないからちくしょう

    21 21/01/01(金)01:47:52 No.760769008

    続きが読めるとはありがたい…

    22 21/01/01(金)01:52:33 No.760770289

    追伸報告: 結月さん、茜ちゃん、葵ちゃんと認証して弦巻さんも認証しようとしたら認証エラーで怒られてメソメソ泣いてたら年末になっていた。 調べたら認証に関して基本ソフトウェアの追加インストールが必要らしい、マジか。 おしまい

    23 21/01/01(金)02:18:31 No.760776871

    まとめて塩に上げりゃ済む話なんじゃねーかなこれ