ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
20/12/08(火)01:46:17 No.753150313
泥の深夜(真) https://seesaawiki.jp/kagemiya/ https://zawazawa.jp/kagemiya/
1 20/12/08(火)02:02:33 No.753152848
「ユィお姉様、外出届は…?」 「出していません。初めて学則を破ってしまいました。これで私も不良生徒ですね」 そう言って雨萱ははにかんだ。そういう顔も美しいのだからずるい人だ。 レジャーシートも敷いていないのだからそのまま座れば服が汚れてしまうが、雨萱は構わずくにの横へと腰を下ろしていた。 まだまだ日は沈まないけれどだんだんと世界は群青色に染まりつつあった。 大木にふたりで寄り添いながら雨萱の持ってきたランタンの火を眺める。 こうしていると世界にふたりきり取り残されたようで、その相手が雨萱というのはやっぱりくにには嬉しく思えた。 「すみません。隠していたわけではないのです。話自体は半年も前から動かしていました。 ただ確かにあなたにはもっと早くに伝えておくべきでした。申し訳ありません、くにさん」 「…本当です」 「えっ?」 「ユィお姉様はいつもそうです。なんでも完璧にこなすようで思いがけないところが抜けてるんです。 何も言わずにいなくならないでください。寂しいです。どうして行ってしまうんですか」 くにはもう自棄糞だった。いい子?悪い子?知ったことではない。なんでも口に出してしまえ。
2 20/12/08(火)02:02:47 No.753152883
雨萱の返事はゆったりとしたいつもの調子で、それがとっくの昔に決めていることなのだと感じさせた。 「したいことであり、するべきことがあるからです。私にはその選択が必要なのです」 「…それは置いていかれるわたしより大事なことなんですか」 無論くにも本気で言ったわけではない。雨萱への意地悪のつもりで言ったことだった。 雨萱は少し戸惑った後で、だがはっきりと言った。 「はい」 くには小さく深呼吸した。 困ってくれた。悩んでくれた。それはきっととても悪いことだけど。なんだか嬉しい。 …それでも、わたしじゃ足りなかったんだ。だから仕方ない。"普通"のわたしには、彼女を引き留める力も権利もないのだから。 その納得が自分の心の乱れを宥めるための欺瞞なのはくに自身が一番良く分かっていた。 それでもその嘘はばらばらになっていた気持ちを少しだけ整理してくれた。 「ユィお姉様はどうしてそんなに頑張るんですか」 だからこれは純粋な疑問。 魔導の道に対する雨萱の献身的な背中を1年通して間近で見てきたくにだからこそ紡げる問いだった。 そうですねぇ、と相槌を打つ雨萱は何故だか過去を懐かしみ慈しんでいるように見えた。
3 20/12/08(火)02:03:00 No.753152924
「我が李家のことはくにさんはどこまでご存知でしたっけ」 「えっと、魔術師の人たちの間でも凄く偉い方のお家なんですよね」 「偉い…まあ、そうですね。権威という点では身内の目からしてもなかなかだと思います。 私はそんな家の次女として生まれました。既にずば抜けた資質を示していた姉の次にです」 写真を見せてもらったことがある。その時の雨萱はどこか自慢げだった。 雨萱と微笑み合いながらふたり並んで映る彼女の姉は雨萱と負けず劣らずの凄まじい美人だった。 「以前教えた通り、魔術師の世界はシビアなものです。 2番目に生まれた私の役割は姉に何かあったときに魔術刻印を受け渡す予備。それ以上ではありません。 ただ李家は古参の魔術師としては本当に稀なくらいに予備に対して寛容な家でした。 私は姉と全く同じ内容の教導を受け、魔術に親しむことが出来ました。 本当にそれは掛け値なしの幸運であったという感謝の念を持っています」 淀みなく語る雨萱の声音は誠実で、有り難いと心から思っているのを感じさせた。 魔術師の世界に触れてまだ間もないくににはそのシビアさの実感が湧かない。 それでも雨萱の本気の念は伝わった。
4 20/12/08(火)02:03:12 No.753152947
「その上で情さえ与えてもらえた。今私がこうして学べているのはその情あってこそです。 お父様もお母様も、そしてお姉様も。他の家なら軽々に扱われても仕方ない私を家族として愛してくれている。 でも。でも、です、くにさん。 私が進む道の前には常にお姉様がいる。あの人は天才です。魔術師としては現状全ての分野で私は彼女に劣っている。 魔術師の世界は古い価値観に縛られています。魔術以外の何に長けたところで人は私を姉の予備としか思いません。 魔導の道を捨て市井の民となり自分の才を探るのもそれはそれで私の道だった。 でも、それは私の中で認められなかったのです。それは私の中で耐え難い敗北でした。 私は魔術師として、半ばで燃え尽きたとしても姉の予備ではない何かになりたい。"李雨萱"になりたい。 これは私にとっての、魔術師の世界に対する挑戦なのです」 初めてくにが見る雨萱の顔つきだった。 ファイターだった。冷たく燃える炎だった。余人には全く理解できない道を専心するロマンティストだった。 悔しいことに、くにはその横顔を見て惚れ直していた。 "普通"の雨萱は、だが何一つとして諦めていなかった。
5 20/12/08(火)02:03:24 No.753152969
「そろそろ帰りましょうか、くにさん。お腹も空いてきたでしょう?」 「う。そ、それはその」 いくらかの沈黙の後に告げられた言葉にくには強がることが出来なかった。 なんせ泣くのはへとへとになるくらい疲れるのだ。もうお腹はぺこぺこだった。 雨萱が立ち上がって服についた砂を払うのに合わせ、くにも渋々立ち上がった。 ランタンの柄を握った雨萱がふとくにへと振り返って言った。 「そういえばくにさん、あなたも学則第二条の違反で外出禁止ということになりますよね」 「た、多分。それが何か…?」 「私もきっと同じ罰則でフィールドワークに出かけられません。それに部屋の片付けもあります。 お嫌でなければ手伝っていただけませんか。ええ…泊まり込みで」 それはあまりに蠱惑的な誘いだった。くには強がることさえ出来ず、即答した。 「はい、是非!」 「良かった。園を去るまでに出来る限りくにさんとはお話をしたかったのです」 ランタンの曖昧な光に照らされる雨萱の微笑む顔。光源が限られているからこそ映える感情。 雨萱の笑顔はどれも素敵だけれど、特にその時の一口で表せない表情はくにの心に焼き付いて消えないスナップとなった。
6 20/12/08(火)02:07:52 No.753153660
またくにちゃんが壊されてる…
7 20/12/08(火)02:21:01 No.753155282
壊されてるだろうか むしろ再編されてるのでは
8 20/12/08(火)02:21:32 No.753155344
10歳の少女に一生もの傷を付けちゃダメだよ!
9 20/12/08(火)02:22:42 No.753155503
あるよね 恵まれてるからこそ頑張らなきゃみたいな
10 20/12/08(火)02:23:47 No.753155664
道長を泥ったよ
11 20/12/08(火)02:26:12 No.753155943
>道長を泥ったよ 藤原道長?泥ったってどういうことだってばよ…
12 20/12/08(火)02:33:54 No.753156862
練ったって事か…?
13 20/12/08(火)04:06:03 No.753164402
また4時に起きてしまった… ユィお姉様とお別れかーそういうのもありなのだな…いいな…