20/06/28(日)23:52:24 昔々あ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1593355944648.jpg 20/06/28(日)23:52:24 No.703944138
昔々ある唐津に、さくらさんと幸太郎さんが住んでおりました。 さくらさんは事故でお亡くなりに。 幸太郎さんは彼女をゾンビィに。 その後なんやかんや愉快な仲間たちと一緒に面白おかしく暮らしましたとさ。 めでたしめでたし。 めでたくないので物語は続きます。 ある日のこと、さくらさんは幸太郎さんの部屋を掃除していました。 幸太郎さんは仕事が行き詰まるとすぐに生活態度に表れるからです。 だからさくらさんが出しゃばりすぎない程度に世話を焼いてあげていました。 くずはくずかごに、本は本棚に。さくらさんはせっせとはたらきます。 「あれ? なんこい」 そこでさくらさんはあるものを見つけました。 床に散らばっていた本の中に、それはありました。 やわらかい色づかいに、やさしい筆づかい。 何冊もの絵本がそこにはありました。
1 20/06/28(日)23:53:31 No.703944541
「それは資料じゃい」 幸太郎さんが言います。 「お仕事に使うとですか?」 「作詞の参考にするんじゃい」 その答えに、さくらさんも納得しました。 言葉を尽くしてメッセージを伝えるというのは、本も歌も同じです。 そしてさくらさんは、幸太郎さんの書く歌詞の素晴らしさを知っています。 生きること。 諦めないこと。 がむしゃらに情熱を綴った幸太郎さんの詩が、さくらさんは大好きでした。 「幸太郎さん」 「なんじゃい」 さくらさんは山積みの絵本から一冊を手に取ります。 「これ、読んでみてもよかですか?」 幸太郎さんはくれぐれも大人しくするよう念を押して、首を縦に振りました。
2 20/06/28(日)23:54:18 No.703944918
それからしばらくは静かな時間が続きました。 幸太郎さんも自分の仕事に戻っています。 ところが突然、女のすすり泣く声が部屋の中から小さく聞こえてきたのです。 よもやこの町で若くして亡くなった少女の亡霊かと思い、幸太郎さんは震え上がりました。 しかしこの町で若くして亡くなった少女のゾンビだと分かると、ほっと胸を撫で下ろします。 「どうしたんじゃい」 気を取り直して幸太郎さんがたずねますが、さくらさんは答えません。 仕方がないのでさくらさんが読んでいた本を拾い上げると、その題名を読み上げました。 「『幸福な王子』か。感動ものといえば感動ものだが」 泣くほどのことか、という言葉を幸太郎さんは飲み込みました。 今度はさくらさんも肩を震わせしゃくり上げながら、とつとつと返事をします。 「だって、それ、私達みたいやけん」 「……なんじゃい?」 聞き返す幸太郎さんを、涙をぬぐったさくらさんがまっすぐに見つめます。 「この絵本の王子様とツバメが、まるで幸太郎さんと私達みたいやけん」
3 20/06/28(日)23:55:36 No.703945409
「……」 幸太郎さんは何も言いません。 肯定も、否定もしませんでした。 そこにさくらさんが言葉を重ねます。 「ほら、この王子様。これが幸太郎さん」 「ワシャかぼちゃパンツなぞはかん」 「全身きらきら輝いて、ルビーの剣にサファイアの瞳」 「……俺の素顔など見たこともないだろうが」 「とにかく、幸太郎さんはなーんでん持っとらす、しあわせな王子様!」 さくらさんの中ではそういうことになったようです。 「すると、お前がツバメか」 「王子様のきらきらを、町の人たちに届けるアイドルツバメばい!」 「そうかそうか、つまりお前は、俺の体をついばんで、すっぽんぽんにするんじゃな」 「ちょっ、ちがっ!?」 さくらさんは、ひどく赤面しました。
4 20/06/28(日)23:56:40 No.703945790
しかしその表情は、すぐに元の青ざめたものへと変わってしまいました。 「そやんか風に読みよったら、ツバメも死んじゃって、王子様も……」 幸太郎さんは、言われるまでもなくその結末を知っていました。 幸福な王子と呼ばれた心ある像は、旅のツバメにお願いをして不幸な人々に宝石や金ぱくを届けてもらいます。 しかしそのためにツバメはあたたかい南の国へ渡ることができず、冬が訪れるとそのまま死んでしまいました。 王子の鉛の心臓は二つに割れ、ついにはみすぼらしい姿を嫌った心ない人々に、溶鉱炉に放り込まれたのです。 残った王子の心臓とツバメの死体は天使に拾われ、天国で末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。 めでたくないので終われません。少なくともさくらさんにとっては。 「幸太郎さん!!」 さくらさんは突然興奮したように顔を上げます。 「大丈夫やけん!」 その瞳には、宝石にも負けないきらめきがありました。 「幸太郎さんはがば持っとる人やけん、きらきらはなくならんけん!」 「ツバメは一羽しかおらんけど、私たちは七人おるけん!」 「ぜったい死なんけん! ぜったい、幸太郎さんを一人ぼっちにせんけん!!」
5 20/06/28(日)23:57:42 No.703946148
言いたいことを言いたいだけまくし立てると、さくらさんはふんす!という顔をしました。 「………………ンなに突然クソデカボイス出してくれとんじゃこンぼけェ~~~~~イェイ!!!」 幸太郎さんはキレました。 「あのな!? 声がな!? デッカいんじゃボゲェ! 耳キーンなったわのど自慢ゾンビィがッ!!」 「幸太郎さん、あの、私、今まさになってます、耳キーンって」 「せからしい!! おおかたアレじゃろ? またお得意のネガティブスパイラル発動しとったんじゃろ?」 「うっ」 図星でした。 幸太郎さんが王子様のようなら。 さくらさんがツバメのようなら。 物語と同じ結末を迎えてしまうのではないか、と。 登場人物に感情移入するあまり、因果関係が逆転していたのです。 また気持ちが先走ってしまっていたことに気づいたさくらさんは、とても恥ずかしくなりました。 「まあ、そこから自力で脱出しようと啖呵を切ったのは一歩前進と言えるがな」 「えっ」
6 20/06/28(日)23:58:43 No.703946498
今。 幸太郎さんは何を言ったのでしょうか。 さくらさんはすぐには理解できません。 けれどもまさかもしかして、ほんのちょっとだけでも褒めてくれたように聞こえたのは気のせいでしょうか。 「あっ!? なーにニヤニヤしとんじゃい頬ゆるゾンビィ!」 「だってぇ」 「だーもーお前そろそろ出てけ! 仕事の邪魔じゃいほらゴーゴーゴーゴー!!」 これは照れ隠しです。 流石のさくらさんにも分かりました。 ただ、指摘してしまうと今度こそ本当に怒らせてしまうことも分かっていました。 だからさくらさんは素直にどやんと重い腰を上げ、今夜のところは退散することにしました。 「幸太郎さん、おやすみなさい!」 「せいぜいいい夢見んかい安眠ゾンビィ! あばよ!」 こうしてさくらさんは、明日からも佐賀のためファンのため幸太郎さんのため、がんばろうと誓いましたとさ。 めでたしめでたし。
7 20/06/28(日)23:59:36 No.703946811
めでたくありません。 何も、めでたくなどありません。 巽幸太郎の物語は、ここで終わりではありません。 まだ続きがあるのです。 ツバメは死なないとさくらさんは言いました。 しかしそれは違います。ツバメは死にました。 十年もの昔に。お話にもならないほどあっけなく。 そして幸福な王子の心臓もまた、その時すでに二つに割れてしまっていました。 巽幸太郎という男は、その砕けた鉛の片割れです。 宝石の瞳の煌めきも、身を包む金ぱくの輝きも失われてしまいました。 そんな彼を突き動かすのは、溶鉱炉でも燃え尽きることのなかった、ただひとつの願いです。 ツバメがまた空を飛ぶところを見たいという、たったひとつの願いです。 そのために、ツバメのなきがらといっしょに天国から落ちてきたのです。 きっと、二度と天国には戻れないでしょう。 すべてを知った時、彼女は幸太郎さんを軽べつするでしょうか。
8 20/06/29(月)00:00:30 No.703947132
「幸太郎さん!」 その時です。 ノックもなしに扉が開き、さくらさんがふたたび姿を見せました。 「おッ!? なん、おまっ、ななんじゃい! じゃんじゃじゃい!?」 完全な不意打ちに、幸太郎さんはいつもの威勢を取りつくろうこともできません。 「突然ごめんなさい。でも、言い忘れてたことのあって」 「言い忘れてたこと?」 オウム返しがやっとの幸太郎さんに、さくらさんがこくりと頷きます。 そして、どこか照れくさそうに言うのです。 「よく考えたら私たちってゾンビやけん、心配せんでもツバメみたいには死なんとですよね」 「幸太郎さんとも、みんなともお別れせんでよかて思ったら、ゾンビで良かったなーって」 「そのことで、お礼ば言いたかったとです。それだけっ!……幸太郎さん?」 その言葉に、 幸太郎さんは、 夜よりも昏いサングラスの奥で、ぐしゃりと笑いました。
9 20/06/29(月)00:01:41 No.703947535
おしまいでありんす
10 20/06/29(月)00:02:35 No.703947842
大作でありんす!
11 20/06/29(月)00:04:29 No.703948411
よかったい… これはよかったい…
12 20/06/29(月)00:06:36 No.703949097
天国だろうと地獄だろうとずっと一緒とよ!
13 20/06/29(月)00:07:03 No.703949243
よか…
14 20/06/29(月)00:09:06 No.703949886
こりゃまた久々に見る大作
15 20/06/29(月)00:10:27 No.703950307
認識の相違というか 幸太郎はんは自分を王子様なんかじゃないと思ってるのが切ないで…ありんすなぁ…
16 20/06/29(月)00:11:23 No.703950567
>「そうかそうか、つまりお前は、俺の体をついばんで、すっぽんぽんにするんじゃな」 >「ちょっ、ちがっ!?」 >さくらさんは、ひどく赤面しました。 スケベが始まるのかと思ってドキドキしたでありんす
17 20/06/29(月)00:16:59 No.703952411
わっち!流石にそういう雰囲気じゃないでありんす!!
18 20/06/29(月)00:20:38 No.703953576
わっちはえっち!
19 20/06/29(月)00:22:22 No.703954131
さくらはんやゾンビィが幸せなら幸せなほど幸太郎はんが辛いやつ!
20 20/06/29(月)00:27:08 No.703955628
幸太郎はんは自分は辛い方がいいと思ってそうでありんす
21 20/06/29(月)00:28:11 No.703955966
イエーイ!わっちめっちゃハッピーでありんす!
22 20/06/29(月)00:35:41 No.703958319
2期早くして
23 20/06/29(月)00:35:45 No.703958343
ゆぎりん…
24 20/06/29(月)00:36:24 No.703958535
幸せになれー!サングラスのプロデューサー!