ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
20/02/29(土)00:29:42 No.667000427
・・・・・ 頭が働かない。 なんだか、凄くぼんやりとしている。 愛用のキャップが、コマ送りのように風に舞う。 世界がゆっくりと動いている。目は見えるのに、真っ暗に感じる。 解るのは、倒れたエースバーンをなんとかボールに戻したというところまで。 わたし、負けたのかな。 他人事のようにそう思った。 負ける事。それは、悔しい――――って思えない。 どうしてだろう。 きっと、ホップ君も、お嬢様もこの試合を見ているのに。 勝って、わたしも先に進まないといけないのに。 どうにもやる気がでない。 わたしを動かしていた何かが無くなってしまった。 曖昧すぎるけど、それだけはわかった。
1 20/02/29(土)00:29:54 No.667000479
もしも、ここで諦めたら。 ジムチャレンジをやめるって言ったら。 彼は、彼女は、なんと言うのだろう。 怒るのかな、悲しむのかな、慰めるのかな。 わからない。 でもきっと、彼らは進んでいくんだろうな。 わたしをおいて。 ……ホップ君が、わたしをおいていく。 それは、嫌だ。 それは、ダメだ。 なら、わたしは勝たないと。 動かないと。
2 20/02/29(土)00:30:04 No.667000521
ああでも、動けない。 なんでだろう。 今のわたしに、何が足りないのだろう。 何が、今日までのわたしを動かしていたのだろう。 わたしはなんで、炎だったのだろう。 当たり前がわからなくなり、暗闇が意識さえ飲み込もうとした時、 カチッ 頭の中で、何かが打ち合う音がした。 その音が、記憶を呼び起こす。
3 20/02/29(土)00:30:16 No.667000590
・・・・・ 私は生まれた時から炎だった。 もちろん実際に燃えているわけでは無く。炎というのはつまり、私の生き様と言うべきものだ。 私の心には常に炎が燃え盛っている。動かなければ、行動しなければ内なる炎に焼き尽くされてしまう。そんな危機感すら感じてしまうほど。 ―――――嘘。 わたしは炎なんかじゃなかった。 生き様なんて持っていなかった。 ただ、その日その日を楽しく過ごせればよかった。 走るのが好きで、落ち着きが無くて、だから外で遊ぶのが好きなだけで、 人より少し活動的なだけの、普通の女の子だった。 あの時までは。
4 20/02/29(土)00:30:39 No.667000701
・・・・・ 「もう終わりかい」 「……」 沈黙を保ったままのわたしに、ポプラさんは問いかけてくる。 だけど、わたしから返事は返ってこない。 その様子に、ポプラさんは大きなため息を吐く。 「……残念だよ。まぁいいさ。試合は何度でも受け付けてる。諦めない限りジムチャレンジの道は閉ざされない。次はジムチャレンジ用にもっと手加減してやるからまた来るといいさ」 「ポプラさん」 俯いて、ピクリとも動かないまま声を出す。 「わたしは、わたしはね。好きな人がいるんです」 「……」 「その人は、わたしに大切なものをくれたの」 そう、とっても大切なもの。 わたしの世界を変えるほどの。
5 20/02/29(土)00:30:49 No.667000747
「『それ』が無かったら、わたしはただの、普通の女の子のままだった。ちょっと人より元気で、走り回るのが好きなだけな、どこにでもいる普通の女の子だった」 元気が良すぎて親に心配されて、まるで男の子みたいね。なんて言われて。 でも、そんなの気にならないぐらい毎日が楽しくて。 そんな普通の女の子。 「わたし、忘れてた。わたしが、炎なんかじゃないって事」 当たり前の事実。 気づくのが、思い出すのが遅すぎた。 「そうだよ、だって炎は何かが燃えて初めて生まれるんだから。ゼロから生まれる炎なんてないんだから」 顔を上げ、ポプラさんを見つめる。 彼女はわたしを値踏みするように見つめている。 ああ、まだわたしは失望されてないみたい。 「ポプラさん、最初に『男と夢、どっちが大事?』って問題だしたでしょ?あれ、問題として成立してなかったよ」 「どういう意味だい?」 どこか興味深そうにポプラさんが尋ねる。 わたしはふっと、息を吐く。
6 20/02/29(土)00:31:08 No.667000842
「わたしにとって『男』と『夢』は同じだから、だよ」 秤にかけるのであれば、左右の天秤に乗るものは違うものでなくてはならない。 でも、わたしにとってそれらはおんなじものなのだ。 「……わたしは、チャンピオンになりたい。でも、それはわたしが選んだんじゃなくて、彼が目指す夢だから。共に競い合って共に旅をしたいから。わたしもチャンピオンになりたいって思ったの」 彼は毎日のようにわたしに兄の凄さを語ってきた。 うんざりするぐらい語った後は、『オレもチャンピオンになる!』と結んで。 そんな彼がいよいよジムチャレンジに挑むのだと。 一緒についてきて欲しいと。 断る理由なんてなかった。 わたしも、チャンピオンを目指して頑張ると彼に告げた。 「でもね、チャンピオンになる事がわたしの夢かって言うとちょっと違う。わたしにとってチャンピオンの座は――――ただの前座なの」
7 20/02/29(土)00:31:20 No.667000895
「随分と大きく出たね」 呆れたようにポプラさんが言う。 当然だろう。ともしなくても、わたしが今言ったのはとてつもなく不躾で、失礼な事で、全ジムチャレンジャー及びジムリーダー、そしてチャンピオンに喧嘩も売ったも同然なのだから。 でも、仕方がない。 「だって、それが本心なんだもの。わたしは、お嬢様やホップ君みたいにチャンピオンの座にそれほど価値を感じていない。わたしや、わたしのポケモンたちの力が認められるのは嬉しいけれど、それはチャンピオンになる事だけじゃない」 価値が無いのではなく。 感じないのだ。 ただただ、わたしにとっての一番が他にあるだけなのだ。 それは、いつもそばにいてくれた人。 わたしに、大切なものをくれた人。 「わたしが欲しいのは、求めるのは――――好きな人の心なんだから」 「チャンピオンの座を求めてもいないのに、好きな男の夢を奪うのに罪悪感は無いのかい?」 「ないよ」 窘めるようなポプラさんの問いかけにわたしは即座に答える。 迷う理由なんてなかった。
8 20/02/29(土)00:32:08 No.667001140
「だって、わたしは本気でチャンピオンを目指してるから」 例え一番でなくても、価値を感じなくても、わたしは本気でチャンピオンになりたいと思っている。 「わたしが本気だから、ホップ君も本気でぶつかってきてくれる。その果てがどんな結末になろうとも、わたしは後悔なんてしない」 敗北の悔しさを噛みしめ、自分を恥じている彼をそれでもわたしは叩き潰した。 それでも、彼は立ち上がってくれた。 わたしにまた本気で挑んでくれた。 なら、何の問題もない。 彼は、これからもわたしに本気で向き合ってくれる。 「だからわたしは遠慮なく頂点を目指す」 そう言い切るわたしに、ポプラさんは怪訝そうに問いかけてくる。 「少し、坊やを買いかぶりすぎじゃないかい?あの子だって人間さ、嫉妬するし恨みもする。仮にあんたが頂点に至った時、今までと同じような関係でいられると思うのかい?」 「……ううん」 「なら」 「あのね、ポプラさん。前提が違うの」
9 20/02/29(土)00:32:31 No.667001267
ポプラさんの疑問はもっともだ。 でも、ズレている。 それは、ホップ君との関係が変わったら、わたしが彼と結ばれなくなるという前提の上での疑問だ。 「確かに、もしかして彼は夢を諦めるかもしれない。夢を奪ったわたしを憎むかもしれない。でも―――――わたしは彼を諦めない」 諦めるわけが無い。 「彼が諦めようとも、逃げようとも、わたしを嫌いになろうとも。わたしは絶対に諦めない。どこまでも追いかけて捕まえてみせる」 わたしはもう、彼のいない未来を想像できない。 彼がわたし達から逃げ出した時、彼のいない未来を生きていける気がしなかった。 彼がわたし達の元に戻ってきてくれた時、もう二度と離さないと決めた。
10 20/02/29(土)00:32:42 No.667001317
「わたしがチャンピオンになって彼の夢を奪っても。彼がチャンピオンになっても。あるいは他の誰かでも。わたしの夢に何の計画変更も起こさない」 「あの子に、拒絶される事は考えないのかい?あの子が、他の誰かを見つける事を想像できないのかい?」 その質問に、思わず鼻で笑ってしまう。 だって、そんな事考える必要無いのだから。 「今、彼はわたしを拒絶してない。今、彼は添い遂げたい相手を見つけていない。なら、何の問題も無い」 どのみち彼の気持ちや想いなんか知らない。 何があろうと、わたしから離れるなんて許さない。 絶対に、絶対に。
11 20/02/29(土)00:33:00 No.667001414
彼は、わたしに『責任』があるのだから。 それに、 「勝負してるのに負けた後の事を考える人はいないでしょ?」 彼を求める女性はもう一人いる。 彼女はとても良い人だ。 家柄も、育ちも、思慮も分別も持っている。 同じ町で生まれて、同じ名前を与えられ、同じころに同じ人を好きになった。 なのに、彼女の持っているものは、わたしが持っていないもので。まるで、わたしに足りないものを映す鏡のような存在だ。 嫉妬してしまう。 羨んでしまう。
12 20/02/29(土)00:33:10 No.667001472
彼が彼女の名前を呼ぶたびに動悸が激しくなった。 彼が彼女との思い出を語るたびに唇を噛みしめた。 出会ってそれなりに経った今でも、時折そんな感情が胸の内を焼き尽くそうとする。 負けたくない。 負けられない。 わたしには、彼が必要だから。 彼しかいないのだから。 だから、 「ホップ君がわたしをどう思おうと、わたしがホップ君を好きって気持ちに変わりはないの」 その想いだけは変わらない。 例え彼がわたしを嫌いになっても、わたしは彼を好きでいつづける。 何があっても、彼を振り向かせてみせる。
13 20/02/29(土)00:33:31 No.667001591
「……なんでそこまで坊やに入れ込むんだい。あの子の何がそんなに気に入ったんだい」 呆れとも違う、理解できないものに対するかのような瞳。 老獪で、何でも見通しているかのようなこの人でも、そんな表情するんだね。なんて思ってしまう。 なので、わたしは一言、簡潔に伝える。 「わたしに薪をくべてくれるから」 「……」 「彼は、いつだってわたしを燃え上がらせてくれる。わたしに喜びをくれて、時に本気で怒らせて、時に本気で悲しませて、時々本気で嫌いになりそうになる。その感情の昂ぶりが、揺らめく炎が、最高に気持ちいいの」 わたしの感情を喜怒哀楽嫌悪愛好様々な方向に、こんなにも動かしてくれる。 そんな人、ホップ君だけだ。 「だから、わたしはホップ君が好き。ホップ君が欲しい。ホップ君の嫌いな部分さえ愛おしい」 彼と一緒にいる理由はそれで充分説明できる。 でも、
14 20/02/29(土)00:33:51 No.667001695
「でもそれは、わたしがホップ君を『好きでいる理由』。ポプラさんは、わたしがなんでホップ君の事を『好きになったのか』聞いたよね?」 ホップ君の好きな所はたくさんあるけど、そのどれも切っ掛けではない。 それはもっと単純で、分かりやすくて、きっとありふれたものだ。 「わたしが彼を好きになったのは、求めるのは、彼が火種をくれたから」 「火種?」 「彼と出会った瞬間、わたしの中で火花が散った。外見とか、性格とか、そんなのを超えた直感が『この人だ』って教えてくれた」 火種というのはつまるところ、恋の始まりを告げるもので。 きっと、女の子なら誰もが知っている言葉に言い換えられる。
15 20/02/29(土)00:34:19 No.667001842
それは、遠い過去の出来事。 『ここどこ……?パパ……ママ……』 深い霧の中、自分がどこにいるのかさえ分からず、無鉄砲に生きてきた自分の愚かさを涙と共に後悔していた。 見えない出口を求めて彷徨い、もしここから出られたならきっと『いい子』になる。 そう誓って。 でも、今のわたしは『いい子』とは程遠い。 いつだって衝動に任せて動く、あの時の無鉄砲のままだ。 そうなったのは、そうしてくれたのは、 あの出会いがあったから。 迷い、一人ぼっちのわたしを見つけてくれた人がいたから。 その人に、その出会いに。 わたしは、『世界』を変えられた。 だから、 「わたしがホップ君を好きになったのは」
16 20/02/29(土)00:34:43 No.667001946
『見つけたぞ!』 真っ白な闇の中でも輝いて見える笑顔。 それは、今でもわたしの心に焼き付いている。 その笑顔に、わたしは救われた。 その出会いに、わたしは―――― 「運命を、感じたから」 それが、わたしの始まり。 わたしの、根源。 わたしが炎になった理由。 彼が、わたしのハートに火を付けた。
17 20/02/29(土)00:35:26 No.667002197
今回はちょっと長くなった 前回までの su3685792.txt
18 20/02/29(土)00:41:13 No.667003935
ながーい
19 20/02/29(土)00:41:19 No.667003960
めっちゃ丁寧な掘り下げだった
20 20/02/29(土)00:42:05 No.667004183
これは炎ですわ
21 20/02/29(土)00:43:07 No.667004494
炎となった「」ウリは無敵だ!
22 20/02/29(土)00:44:13 No.667004831
消火も早かったが再点火も早いな!
23 20/02/29(土)00:45:23 No.667005187
>消火も早かったが再点火も早いな! 消えた瞬間ならまだ残った熱と可燃ガスで再点火するからな…
24 20/02/29(土)00:47:04 No.667005703
炎というかセキタンザンというか内燃機関搭載というか
25 20/02/29(土)00:47:52 No.667005909
運命を信じる女の子良いよね…
26 20/02/29(土)00:53:39 No.667007554
ろうそくの火が倒れたら炭鉱に燃え移った
27 20/02/29(土)00:57:43 No.667008640
もうピンクとかそういう問題じゃなくない?
28 20/02/29(土)01:00:56 No.667009472
>もうピンクとかそういう問題じゃなくない? ピンクはピンクさ ピンクを聞く奴はピンクになれないよ 全能力40段階ダウンだよ
29 20/02/29(土)01:01:28 No.667009640
>全能力40段階ダウンだよ もはや呼吸すらままならそうだ…
30 20/02/29(土)01:07:08 No.667011139
長いけど読みやすい…
31 20/02/29(土)01:09:13 No.667011746
でも手持ち全滅してる時にかっこいいこと言っても再戦は出直しなんだよね
32 20/02/29(土)01:25:56 No.667016124
メンタルボコボコにしてフラフラしながら退場していったら観客ドン引きだからこれでいいのだ
33 20/02/29(土)01:27:06 No.667016441
これ多分お嬢とホップ聴いてるんだよな… ホップはともかくお嬢どんな心境なんだ…
34 20/02/29(土)01:28:34 No.667016751
この炎凄い燃えてる…