虹裏img歴史資料館

1 20/02/15(土)01:30:10 No.663217436

死装束の懐から愛用の煙管を取り出し火を点ける。 深く吸いある筈もない肺に煙を溜め、それをゆっくりと吐き出していく。 死者にとっては既に意味の無い行為。 しかしゆうぎりにとっては染み付いた生前の名残であった。 ──一度は受け入れられたのに…二度はきついで、ありんす、ね…。 諦観的な態度を取ってはいたが次第に心の中を絶望が滲んで拡がっていく…。 自嘲を含んだ笑みをしてみるも頬を一筋の滴が伝っていくのに それすら上手く出来ていないのを自覚した…。 ───わっち、もっと世界を感じたかった。 ───もっと、知らない事を知りたかった。 ───もっと、皆ともっと一緒に居たかったでありんす。 ───もっと、もっと、もっともっともっともっと…！ 「あぁああぁ…あﾞぁﾞぁああぁあぁあぁぁあああっ！！」

2 20/02/15(土)01:31:15 No.663217646

生前ですらこれ程嘆き悲しんだ事は無かった。 親に売られた時も、初めて男に体を穢された時も 想い合った筈の男に裏切られ頸を斬られた時でさえも…！ 「あﾞぁﾞぁあぁあぁあぁぁぁあぁ…っ！」 だが今ゆうぎりは裡から溢れ出る感情の激流にただ翻弄された。 かつて伝説の花魁と謳われた女がただ1人の娘に戻った瞬間であった。 一頻り泣いていると地に響く足音が近付いてくるのが分かる。 獄卒である大鬼が自分を見つけ、あの亡者の列に並ばせようというのだ。 それをぼんやりと虚無を宿した瞳で見つめる。 とうとう目の前に迫り、その巨大な手をゆうぎりに伸ばす獄卒。 その刹那、ゆうぎりはある想いが頭を過った。

3 20/02/15(土)01:31:59 No.663217792

───本当にこれで終わりだろうか。 ───本当にこれで終わらせていいのだろうか。 ───"ゆうぎり"という女の生を。 ───ゾンビとなって過ごしたあの目まぐるしい日々を…。 ───何より仲間達と過ごしたあの輝かしい日々を！ その想いが動いていない筈の胸の奥を熱く叩いた気がした。 バチィィーーーン！！

4 20/02/15(土)01:32:30 No.663217873

「…ごめんなんし」 「わっちはフランシュシュの5号…名をゆうぎりと申しんす」 「たとえ地獄に落ちようと……わっちはアイドル」 「そのアイドルに握手会以外でのお触りは……禁止でありんすえ」 手を弾かれた獄卒はこの亡者の行動にひどく驚き困惑した。 ここ地獄でそのような抵抗が出来るものなど皆無に等しかったからだ。 それに何より驚いたのが活気があると見紛うべきその姿であった。 つい先程まではそのような様子はなかったというのに…！ この亡者からは圧倒されるナニかがある…。 「5号、歌いんす」

5 <a href="mailto:佐賀事変">20/02/15(土)01:33:46</a> [佐賀事変] No.663218122

(ちきらんちきらんちきらんちきらん) (ちきらんちきらんちきらんちきらん) 独り 深紅の唇(応) 塗り直した真夜中(応) 今夜は来る？来ない？…乾いてく 何枚花びら千切って(竜胆…竜胆) 辛抱バラバラなりそう 囚われの道化

6 20/02/15(土)01:35:32 No.663218443

急に始まった歌謡ショーに獄卒はただただ困惑した。 気が触れたのか？それとも見苦しい悪足掻きか？ …いや違う、そのどちらでもない。 この亡者の行動からはそういった意図は見受けられない。 では何なのだこれは…。 本当に何なのだこれは…。 獄卒はひたすら困惑した。 (ちきらんちきらんちきらんちきらん) (ちきらんちきらんちきらんちきらん)

7 20/02/15(土)01:36:30 No.663218654

少し八方美人(応) すぐに立ってる噂(応) 憐れ堕落するなら その手で奪って …惹き付けられる何かがある。 この亡者からは他の亡者にはない惹き付けられる何かが確かにある。 それは生者が持つ"輝き"とも言い表せるものだった。 ───これ以上は危険だ。早々に連れていかねば。 獄卒は有無を言わさずその巨大な手をゆうぎりに伸ばす。 再びゆうぎりに獄卒の手が迫ろうとしていた。

8 20/02/15(土)01:37:51 No.663218894

本望(本望) もう愛憎ぐるぐる堪えようない 憂いで(憂いで) 「きなんし」 『おう、探したぞ』 何処からともなく声がするやいなや ゆうぎりの姿は眩い光に包まれた。

9 20/02/15(土)01:38:48 No.663219098

ゆうぎりがゆっくりと重い瞼を開けると こちらを覗き込んでいる仲間達としかめっ面の幸太郎が映った。 「ゆうぎりさん！よかったぁ～！！」 「姐さん！オイ大丈夫か！」 「ゆぎりーん！！」 「ヴァウヴァヴァー！」 4人がゆうぎりの目覚めに安堵と心配が入り交じった声を掛けた。 「(ここは…みんな…)」 まだ覚醒して間もない為か、普段より反応が鈍くなってしまった。 「急に倒れたので心配しました…」 「大丈夫そう…？本当ビックリしたんだから」 続くように純子と愛もゆうぎりの様子を見てホッと胸を撫で下ろした。 仲間の後ろにいる幸太郎も一仕事終えたかのようにふう…と一息吐いていた。 皆の視線を一身に受けたおかげか意識もハッキリとして それと同時にまた"ここ"に帰ってきたのだと自覚する。

10 20/02/15(土)01:39:38 No.663219265

───帰ってきた…というのもおかしいもんでありんすな。 ───だって そんな感傷的な気分を胸の裡に閉じ込め 未だに心配そうに見詰める仲間達に声を聞かせるべく口を開いた。 「あい…おはようさん」 ───わっちは今を生きているでありんす。

11 20/02/15(土)01:40:12 No.663219388

「ところで何で姐さん倒れたんだ？」 「わっちにもさっぱり…」 「今朝起きた時は体調悪そうにも見えなかったけど」 「もう死んでるから体調悪いも何もありませんけどね…」 「みんなでバレンタインのチョコを作った時も特におかしかなかったよね」 「ああ…そういえばチョコを試食してから記憶が飛んだでありんす」 「マジかよ、でもアタシらは別に何もなかったばい」 「あ！そうだ！ゆぎりん食べてたよ『アレ』！」 「えっ？…ああ！そういえば入れてたんだった！」 「『アレ』？チョコのこと？」 「チョコは沢山ありましたけど、それがどうかしたんですか？」 「実は…私が作ったチョコの1つに柚子が入ってるのがあって…風味程度に」 「それを姐さんが食べたってワケか」 「ゆぎりんが運悪くそのチョコを選んじゃったんだね」 「…さくらはん？」

12 20/02/15(土)01:40:46 No.663219512

「ひええ！ち、違っと！ちゃんとゆうぎりさんに配慮して余った材料で作った実験的なヤツでそげん一杯入ってた「怒ってないでありんすよ」へ？」 「それくらいでわっちは怒りんせん」 「そ、そっかぁ…よかったぁ～…あ、でも実はまだそのチョコがここに」 「さくらはん！いい加減にしなんし！！」ﾊﾞﾁｨｰﾝ！ 「ひぶぅっ！？今怒っとらんって！？」 「あの時と今では事情が違うでありんす！」 「うぅ…もっとらん…」

13 <a href="mailto:s">20/02/15(土)01:41:30</a> [s] No.663219666

終わります

14 20/02/15(土)01:49:32 No.663221200

ずいぶん重い話だなと思ったけど割と優しい終わり方でよかった

15 20/02/15(土)01:54:16 No.663222013

ゾンビが突然倒れるのは怖すぎる… 帰ってこられなかったらっていう意味で

16 20/02/15(土)01:56:43 No.663222405

姐さんがさくらをビンタしてると安心する

17 <a href="mailto:s">20/02/15(土)02:00:15</a> [s] No.663222970

ちなみに姐さんは巽が引き戻してなかったら本当に消えてました

18 20/02/15(土)02:00:51 No.663223060

柚子怖い…

19 20/02/15(土)02:13:32 No.663225045

さり気なくネクロマンシー的な何か行使してたのか

20 20/02/15(土)02:16:53 No.663225570

>ちなみに姐さんは巽が引き戻してなかったら本当に消えてました 持っとる男は強いな

21 20/02/15(土)02:19:30 No.663225957

よか…

22 20/02/15(土)02:32:37 No.663227636

すごい情熱だ