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19/09/09(月)22:42:57 やって... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1568036577255.jpg 19/09/09(月)22:42:57 No.621610149

やってしまった。 雨は一時間前より勢いを増していて、昇降口の前には大きな水溜りができていた。 無数の雨粒が水面に飛び込んで、絶え間なく波紋を作っているのが見える。 何度鞄の中を探っても目当てのものは見つからない。 ここのところ雲一つない晴れの日が続いていたものだから油断していた。 その上今朝は急いでいて天気予報も見ずに家を出てしまった。 不注意と呼ぶ他ない。なにやってるんだ、葵。 忘れてしまった。傘を。

1 19/09/09(月)22:45:35 No.621611013

ロッカー内の置き傘……は二週間ほど前に使ってから持ってくるのを忘れていた。 知人に借りようにも、デュエル部の活動が思いの外長引いてしまった。他の生徒は帰ってしまったことだろう。 止むまで学校で待つことも考えたが、先程確認した天気予報サイトによれば雨は夜頃まで降り続くらしい。 不注意六割に不運四割。せめて小雨であれば、と溜息をついて鈍色の空を睨め上げる。 その後もあれこれ思考を巡らせているうちにふと壁掛け時計が視界の端に入って、下校時刻が迫っていることに気が付いた。

2 19/09/09(月)22:47:52 No.621611803

走って帰るしかない。 この雨の中では鞄を傘にしても焼け石に水だろうが仕方がない。家に帰ったら、すぐにお風呂に浸かって体を暖めて──── 「財前?」 「ひゃっ」 考え事を遮って不意にかけられた声が耳に飛び込む。慌てて後ろを振り向くと、そこには藤木君がいた。 「あ……すまない。驚かせるつもりはなかった」 いつもの仏頂面を僅かに申し訳なさそうに歪めて謝る彼に、「い、いえ、気にしないで」と返す。 ……それにしても、彼から話しかけてくるなんて珍しい。

3 19/09/09(月)22:49:51 No.621612470

「まだ帰ってなかったのね」 「ああ、用事があったんだ。……それより、どうしたんだ。その……何か考え事をしたまま立ち尽くしているように見えたんだが」 「あ……大したことじゃないわ」 言われてみて気付いた。確かに傍から見れば顔見知りが下駄箱の前でぼーっと突っ立っていたわけだから、彼が怪訝に思うのも当然である。 「その、傘を忘れてしまったの。うっかりしてたわ」 私が自嘲気味な笑みを作ってそう続けると、藤木君は「そうか」とだけ返して目線を落として考え込んでしまった。

4 19/09/09(月)22:51:29 No.621613011

少しの沈黙が続いて、先に口を開いたのは藤木君の方だった。 「……使ってくれ。君が風邪を引くと、君のお兄さんが心配するだろう」 彼は私の方へ目線を戻すと、ずい、と右手に握った傘を差し出してきた。 少し困惑しながらそれなら藤木君はどうするの、と私が尋ねると、彼は毅然たる態度で答えた。 「走って帰る」

5 19/09/09(月)22:52:32 No.621613401

「それじゃあ藤木君が濡れちゃうじゃない」 私が驚きの様子を示しながらそう返すと、ピクリとも表情を動かさずに「俺は構わない」とだけ告げられてしまった。 彼に自分を顧みない面があることは知っていたが、何もこんな時にまで自己犠牲的にならなくとも良いではないか。 というか、それでは藤木君が構わなくても私が腑に落ちない。 「私が構います」 先程まで自分がしようとしていたことを棚に上げているのはわかっているが、だからといってハイありがとうございます、と素直に受け取るわけにはいかない。 ……代替案があるわけでもないが。

6 19/09/09(月)22:53:54 No.621613865

「それに藤木君が風邪を引くと、ええと……その、ホットドッグ屋さんのマスターが心配するでしょう」 「それは君も同じだろう。第一彼と俺は同居しているわけではないから、風邪をうつしてしまうことはない」 気にするところが違う。 軽く突っ込みそうになったのを抑えて、「それは、そうだけど」とだけ答えた。これも恐らく彼なりの考えなのだろうから。 しかしそれを考えても、今の彼にはつきっきりで看病をしてくれる存在がいないのに濡れ鼠にするわけにもいくまい。

7 19/09/09(月)22:55:48 No.621614467

そうやって押し問答をしているうちに下校時刻五分前を告げる鐘が鳴ってしまった。 ここで引き止めていると、彼も帰るに帰れないだろう。 私の心の中に焦りが生まれる。何とか藤木君に納得してもらわなければ。 「とにかく、藤木君だけ濡れて帰らせるわけにはいかないわ」 一先ず譲れない点だけをきっぱりと主張すると、私の思考回路にふと小さな考えが走る。 みるみるうちに膨らんだ焦りに背中を押された私は、咄嗟にその考えを口に出してしまった。 その行為の意味も、後先のことも考えずに。 「そうだ、なら────半分だけ、借りればいいんだわ」

8 19/09/09(月)22:57:37 No.621615119

━━━━━━━━━━━━ やってしまった。 昔から焦ったりすると勢いだけで行動してしまう。それで事態が好転したこともないわけではないが、悪い癖だ。治さなくては。 それで今どうなっているかというと、傘の柄を挟んですぐ隣に藤木君がいる。────いわゆる相合傘、というものだ。 強く降り出した雨のせいか、周りに人は見当たらなかった。

9 19/09/09(月)22:59:36 No.621615694

私が問題の発言をした後のことは正直あまり覚えていないし、思い出したくない。 頭が焦りに支配されて、勢いだけで説得しようとして────恐らく藤木君も強く断れなかったのだろう。彼はそういう優しさのある人だ。 気恥しさと後悔の念、その他諸々の感情が綯い交ぜになってうまく言葉を紡ぐことができない。その上頬が熱い。顔が赤くなっていることに気付かれていないだろうか、と心配になる。 一方藤木君の方はと言うと、傘の柄を握ったままいつものように無表情を携えて黙り込んでいた。 ……同じ傘に入っておおよそ10分ほど経ったであろうに、途切れ途切れにしか会話を交わしていない。

10 19/09/09(月)23:00:42 No.621616055

気まずい。お礼はきちんと伝えたが、とりあえず何か話しかけなければ。 しかし、浮ついた頭では上手い話題を思い付くこともできない。 考えれば考えるほど余計なことばかり頭の中に入ってくる。 父やお兄様以外で男性にこんなに近付いたのは初めてだとか、時折肩と肩が触れ合うのを妙に意識してしまうだとか、雨特有の砂埃の匂いに混じって藤木君の匂いがするだとか。 なんだか少女漫画じみたことばかり浮かんできて、これではまるで、私が────

11 19/09/09(月)23:02:12 No.621616540

「──……肩、濡れてないか」 段々ヒートアップしていく私の思考をよそに、先に沈黙を破った藤木君が私の方へ傘を寄せてきた。 ふわふわとした気持ちが現実に引き戻されて、夢から覚めた時と似たような感覚がした。 「い、いえ。大丈夫」 『半分』貸している側なのだから、気にしなくともいいのに。 多少雨が当たりはするが、一人用の傘を分けているのだから仕方のないことだ。 一瞬だけ迷って────彼との距離を詰めると、会話を途切らせまいと言葉を続けた。

12 19/09/09(月)23:03:29 No.621616979

「……ごめんなさい。ほとんど強引に入れてもらっちゃって、その上気まで遣わせて」 「……気にする必要はない」 「でも、その……周囲の目のこととか、考えてなかったわ。それに、こういうことをして藤木君がどう思うかも」 こういった行為は本来恋人同士でするものであって、クラスメイトに見られてしまったとあれば、まさしく一朝一夕であることないこと広まってしまうだろう。 そういった噂の対象になって目立つことを彼は避けているわけだから、周りの目を気にするのは彼のためなのだ。決して見られたら恥ずかしい、と私が思っているわけではないのだ。 とにかく、私の独りよがりな行動で彼の気分を害することはあってはならない。

13 19/09/09(月)23:04:56 No.621617474

「無責任よね、私」 雨音にかき消されそうな声が私の喉から出た。 自分でも驚くほど弱気な声色で、なんだか情けなくなる。 「……そんなことはないさ」 「さっき言ったように、俺のことを気にする必要はない」

14 19/09/09(月)23:05:59 No.621617826

一瞬考えるような仕草をしたあと彼の口から出たのは、薄らと予想していた通りの言葉だった。 彼は誰にでも他人優先なのだ。 それがわかっていてもなんとなく寂しく思ってしまう。 ──だが、その後に続いた台詞は予想外だった。 「────それに、君といると落ち着く」 思いもよらない言葉が彼の口から飛び出て、咄嗟に思考がフリーズしてしまった。 彼は何食わぬ顔のまま歩みを止めない。 言葉の意味を反芻しながら必死に頭を動かして私が言うことができたのは、「ありがとう」の五文字だけだった。

15 19/09/09(月)23:07:01 No.621618172

いい…

16 19/09/09(月)23:07:47 No.621618430

そのあとも、不器用な会話はぽつぽつと続いていった。 しかし先程のような焦りや不安はなかった。 胸のあたたかさと居心地の良さだけが、そこに残っていた。

17 19/09/09(月)23:08:33 No.621618703

おしまい 相合傘して混乱する葵ちゃんが書きたかっただけなので続きはない

18 19/09/09(月)23:08:57 No.621618827

よかったよ

19 19/09/09(月)23:09:12 No.621618914

とてもよかった…

20 19/09/09(月)23:09:34 No.621619039

こういうので良いんだよこういうので

21 19/09/09(月)23:09:40 No.621619076

よもや月曜日に来るとはノーマークだった ありがたい…

22 19/09/09(月)23:09:49 No.621619135

ありがとう…

23 19/09/09(月)23:10:29 [s] No.621619351

いつものゆさあお「」みたいな湿度は出せなかったよ…

24 19/09/09(月)23:13:58 No.621620474

あれいつもの「」じゃないのか

25 19/09/09(月)23:17:27 No.621621575

>あれいつもの「」じゃないのか いつもの「」に感化された一般「」だよ

26 19/09/09(月)23:20:54 No.621622649

すごくよかった ゆさあおはいいものだ

27 19/09/09(月)23:27:32 No.621624799

本編でもあらかた終わった後に進展あるといいね…

28 19/09/09(月)23:30:02 No.621625564

こういうのが見たかったんだよこういうのが

29 19/09/09(月)23:30:14 No.621625631

そうだぞ葵 学生らしいお付き合いなら応援するぞ葵

30 19/09/09(月)23:34:10 No.621626828

実際了見はどっかいっちゃって草薙さんは仁くんの面倒見て蕎麦は田舎帰るわけだから遊作の近くには葵しかいないわけでそういうことを考えても葵と仲良くするべきなんだそうだそれがいい

31 19/09/09(月)23:34:22 No.621626892

他にもいたのか…ゆさあおニューロンリンク…

32 19/09/09(月)23:36:19 No.621627463

もっとハイドライブ・グラビディするべきだ誇り高き乙女よ

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