19/08/08(木)22:57:45 …………眠... のスレッド詳細
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19/08/08(木)22:57:45 No.613054130
…………眠りから眼が覚める。この特異点に来てからは、目覚ましをかけていない。好きなだけ眠り、自然と眼が覚めたときに起きる。何という自堕落。カルデアでは味わえない、ほんのちょっとした贅沢。 上体を起こして、その場で伸びを一つ。寝てる間に固まった体が解れていく何とも言えない感覚を味わいながら、ふと気づく。アナスタシアが居ない。 夏祭りで告白して恋人になってからこっち、俺たちは同じ部屋で暮らしていた。だから、寝るときはいつも布団を並べて、もしくは一つの布団で一緒に寝ていたのだが、今日はもう姿が見えなくなっている。はて、今日はヘルズキッチンの予定だっただろうか。寝惚けた頭でそんな事を考えていたが、事態はそれどころではなかったことに気づく。 アナスタシアの物が、すべて無くなっていた。
1 19/08/08(木)22:58:03 No.613054206
おかしい、そんな事はあり得ない。彼女の荷物には様々なものがあったし、量もあった。大型の荷物だってあったんだ。それらがまるで綺麗さっぱり無くなっている。もし運び出したとしたら、絶対に物音が立つはず。それにいくら眠っていても、大きな荷物を動かせば気づくはずだ。それなのにないという事は、まるで初めから存在していなかったかのようだ。 その考えが浮かんでしまってから、嫌な予感が止まらなかった。慌てて俺は部屋中の物をひっくり返す。どんな小さなものでもいい、どんな下らないものでもいい。彼女が確かにいた、という痕跡が欲しかった。 部屋を荒らしていたら、机から一冊の書物が落ちる。ごとりと音を立てたそれは、夏休み帳。ページ数が増えすぎてもはや辞典のようになっていたそれを見て、俺は慌てて拾い上げる。 そうだ、日記なら。そう思いついた俺はページをめくろうとするが、焦りと恐怖で手が震えて上手くできない。それでも四苦八苦しながら夏休み帳を辿っていき、そして、やっとの事で目当てのページを見つける。
2 19/08/08(木)22:58:27 No.613054313
アナスタシアと一緒に回った夏祭りの記録。俺たちの関係が一歩進んだ、絶対に忘れたくない記憶。それが失われてなかった事に、少し安堵した。 しかし、それならば彼女は一体どこへ行ってしまったのか。俺は急いで服を着替え、民宿を飛び出す。脇には夏休み帳を抱えたまま。普通は持ち歩いたりはしないが、この時だけは、持っていかないといけないような気持ちに駆られた。それに、恐らくは、この夏休み帳が彼女との唯一の繋がりだろうから。 俺は特異点のあちこちを駆け巡る。俺とアナスタシアの思い出が生まれた場所を、順繰りに辿っていく。一緒に釣りに行った渓流。水鉄砲を撃ち合ったり、泳いだりもした川。夏祭りを満喫した神社。天体観測をした小高い丘。小旅行で訪ねたちゅんちゅん亭。……そして、俺たちが結ばれた、他の誰も知らない山の中。君の影を追い求めたけど、どこにも見当たらなかった。……ここにずっといても仕方ない、一度民宿に戻ろう。
3 19/08/08(木)22:58:43 No.613054376
そう思い、踵を返したその時、ガサガサと藪をかき分ける物音が聞こえる。もしかしてアナスタシアか、と急いで振り返ったが、ーー違う。向こうがこちらに向けているのは負の感情だ。敵意、害意、そして殺意。俺は駆け出し、急いでその場を離れた。振り返ると、藪から飛び出してきた影が何体か、俺の立っていた場所に爪を立てていた。危ないところだった。 俺はそのままの勢いで下山し、林を抜け、民宿への道のりをひた走る。気づけば空は暗くなっていた。さっきまで日が高く昇っていたというのに。 いや、違う。暗くなったのではない。黒くなったのだ。空は消え、底なしの闇に塗りつぶされてしまったのだと理解する。先ほどの獣のような影と併せて、この異常が特異点全体に及んでいるのだと気づいた。 急げ、急げ、急げ。早く誰かに知らせないと。民宿には誰かしらサーヴァントがいる。特異点解消のために、何よりアナスタシアを見つけるために協力してもらわないと。後ろを少しだけ振り返る。どうやら先ほどの生物は足は遅いようで、影も形もなかった。これなら無事に民宿へたどり着けるだろう。
4 19/08/08(木)22:59:05 No.613054484
そうしてやっとの思いで、民宿へたどり着いた、その筈だった。いや、確かに目的の場所へはたどり着いた。たどり着けたのだが、果たして本当にそうだったのかと自分の頭を疑ってしまう。だって、民宿が、跡形もなく消えているのだから。 「そんな……!?エミヤっ、アルトリアッ!」 民宿を管理していた二人の名前を呼ぶ。しかし周りには何も、誰もいない。返ってくるのは、虚しいばかりの静寂のみーーーー 『彼らはもう居ない。この特異点に必要なくなったからね』 そう思っていたところに、声がかけられる。一体誰が、いやそれよりも、今の言葉はどういうーーーー!? 「…………え?」 そこには、俺がいた。自分自身のことだ、間違えるはずもない。あれは俺にそっくりな偽物でも、作り物でもない。間違いなく、俺自身だ。俺自身が、もう一人、ここに居る。あまりの衝撃に、今が危機的状況だということも忘れて呆けてしまう。『俺』は、そんな俺を尻目に、言葉を続けた。 『覚えてるだろ?この特異点に居たサーヴァントには、役割が与えられていた者たちも居たことを。彼らはね、柱なんだ。或いは灯台と言っていいかもしれない』
5 19/08/08(木)22:59:43 No.613054654
聞いてもいないことを、喋り始める『俺』。だけどその内容はずばりこの特異点の真相だった。 『「俺」は覚えてないだろうけど、この特異点にはいくつかの物語があったんだ。それらは全部独立してて、起きた出来事も特異点にある物も全部違うんだよ。だから、話が切り替わるたびに、この特異点を書き直していた。だけどさ、全部が全部変わってちゃ大変なんだよ。だから、共通事項を定めて、無駄な遊びを削いでいったんだ』 物語?特異点の書き直し?一体『俺』は何を言っているんだ。全く理解が追いつかない。だけど、『俺』は俺の理解なんてどうでもいいと言わんばかりに話し続ける。 『でも、いくつかの物語が終わってしまった。何も始まらない夏休みを繰り返して藤丸立香を閉じ込めようとしたこの特異点は、間違いだったと突きつけられた。異なる物語を永遠に繰り返し続けても、藤丸立香は前に進み出すと思い知らされたんだ。だから、方針を変えざるを得なくなった』 それが、この特異点の真実。無限に繰り返される安寧の牢獄。
6 19/08/08(木)23:00:01 No.613054740
……それはきっと、俺が生み出してしまったんだろう。死と隣り合わせの旅路、殺すことでしか生き残れない運命から逃げ出したかった、俺の心が。 でも、今は違う。俺はもう、前を向けている。また歩み出す勇気をもう持っている。 『そうだ、藤丸立香。「俺」はもうこの特異点を必要としなくなった。弱さから生まれたこの優しい場所から、抜け出そうとしている。ーーだから、その願いは独り歩きを始めた』 その言葉を皮切りに、地面からさっきの生物と同じものが湧き出てくる。いや、違う。あれは生物なんかじゃない。悍ましいものが、ヘドロのような体を生物の形に繕っているだけ。正体は、闇か深淵か、それとも虚無か。 『言っただろ?方針を変えたって。安寧では繋ぎとめられないと知った願いは、いよいよ形振り構わなくなった。藤丸立香を前に進ませない事を重視して、その生死はどうでも良くなった。だから、役割を担っていたサーヴァント達には、お前を殺すための燃料になって貰った』
7 19/08/08(木)23:00:19 No.613054826
周囲を見回すと、建造物がドロドロに溶けていくのが視界に入る。いや、溶けているのではない、目の前のモノと同じように、ヘドロのような黒に変わっていっているのだ。その先端から切り離された闇が、生物の形を取り、ここに向かってくる。瞬く間に増殖しすぎたそれは、俺が逃げ出す暇もなく俺を取り囲む。絶体絶命だった。 『この特異点は最早どうあっても消失する。死んでそれに巻き込まれる「俺」は、諸共意味消失する。いや、生き残っていても、このまま特異点が崩壊すれば関係なく死ぬ。…………ずっとここで、楽しく過ごしていれば、こんなことにはならなかったのに。運命も責任も、全部投げ出して楽になってしまえば良かったのに』 そう言って『俺』は、もう興味が失せた、と言わんばかりに。もしくは仮にも自分が殺されるところを見たくない、と言わんばかりに俺から目を逸らした。それが獣たちへの合図だったのだろう。俺を取り囲んだ獣たちは、唸り声もあげずに俺に飛びかかってくる。 ああ、俺はここで死んでしまうのだろう。だけどせめて、どうかこの俺とアナスタシアの繋がりだけは、思い出だけは消えないようにと、夏休み帳を抱きかかえるように蹲って。
8 19/08/08(木)23:00:32 No.613054889
そして、ただ、目を閉じた。
9 19/08/08(木)23:23:11 No.613061588
めちゃくちゃシリアスで面白いんだけど突然現れるちゅんちゅん亭でダメだった
10 19/08/08(木)23:40:33 No.613066472
奇跡が起こる可能性はあるだろう しかし誰にとっての奇跡が起こるかな?
11 19/08/08(木)23:47:09 No.613068296
>奇跡が起こる可能性はあるだろう >しかし誰にとっての奇跡が起こるかな? 消えたくないと願うぐだがいればいる程衝突し記憶の生き残りを賭けた争いになってしまうな 仮に全てを持ち越せても今度は複数のパートナーに本気の愛を囁く分裂症マンの誕生だ
12 19/08/08(木)23:53:39 No.613070210
うん、まあ。今回登場してない皇女がスレ画を飾ってるってことは つまりそういうことだから