19/08/01(木)00:55:32 朝にな... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1564588532801.jpg 19/08/01(木)00:55:32 No.611085117
朝になっても、吹雪は止んだままだった。 おかしい。昨日の夜もそうだが、あの吹雪は常に止まないように私が設定したものだ。なのに、それが何故止まったのだろう。外部からの干渉だろうか。いや、それとも--- 「お虎さん、あれ---」 考えを巡らせている私のもとに、彼の緊迫した声が飛び込んできた。 窓を開けて、外の景色を眺める。見渡す限りの、白い雪原を。 その地平線を、無数の黒い影が埋め尽くしていた。 後になってわかったことだったが、ここのところ使用され続けていたシミュレーターは、データの処理に不具合を起こしていた。その処理しきれなかったダストデータが、黒い影として現れたのである。 見たところ知性があるようには見えず、一体一体の強さは大したことはないとわかった。しかし、はたしてどれほどいるのだろうか。 ともかく、数で負けている相手に広いところで戦うのは不利だ。 「門を入ったところで迎え討ちます。そこなら、一度に相手する数は数体で済むでしょう。采配は任せましたよ」 「わかった。とにかく急ごう」 短い言葉で確認して、玄関へと駆けていった。
1 19/08/01(木)00:56:22 No.611085266
攻撃が始まってから、既に五百は斬り伏せただろうか。だが斬っても斬っても、一向に終わる気配がない。 私の読みと彼の指揮が効を奏したことと、敵が前進しかしてこないこともあって、ここまでは問題なく持ちこたえられた。けれど敵は、今までと何ら変わらない調子で、無限とも思える数でこちらに向かってくる。 このままでは、いずれ押し潰される。そんなときだった。 今までの影より数倍は大きい個体が、こちらに向かってきた。 咄嗟に一太刀斬りつけたが、回りの雑魚に阻まれて致命傷には至らなかった。しかし、その時不思議なことが起こった。 大きいのに斬りつけた後、その他の小さい影の動きが鈍くなったのである。もしやと思い、もう一度攻撃を加えた。 やはりだ、大きい影と一緒に、小さい影も怯んだ。なるほど、あれが本体という訳か。 「勝機が見えました。宝具開帳の許しを」
2 19/08/01(木)00:56:45 No.611085341
彼が強く頷く。ここで一気に決める--- 「毘天八相車懸りの陣--うっ…!」 その時、小さい影の動きが変わった。まるで大きい影を守るように、私の前に厚く壁を作ったのである。 これでは、奴にたどり着く前に威力が殺されてしまう。だが--- 手に持っていた槍を、奴に投げつけた。 突き刺さりこそしたが、致命傷ではない。この時ばかりは、飛び道具が下手なことを呪いたくなった。 だが、あと一押しで殺しきれる。しかし、無数の影が、私を押し戻そうと押し寄せてきた。 まずい、このままでは--- 「くっ…!あと、少しなのに…!」 その時の私は、目の前の敵に必死だった。彼が何をしようとしているのか、気にかける余裕もないほどに。
3 19/08/01(木)00:57:41 No.611085524
視界をよぎる姿を見たとき、初めは頭が追いつかなかった。一瞬、影の動きが止まったとき、ようやく事態を理解した。 私を止めるために手薄になっているところから、彼は回り込むように大きい影に向かっていった。 小さい影どもはしばらく静止していたが、新たな脅威を認識して、今度は彼の方に動き出した。 心臓を掴まれたような気がした。もし、この影が彼に追いついたら-- 頭より先に、身体が動いていた。彼に向かおうとする影どもを、一心不乱に斬り伏せた。 間に合え、間に合え、間に合え---! 影の最初の一体が、彼に追い付く刹那、大きな影を目掛けて、眩いばかりの光の矢が走った。
4 19/08/01(木)00:57:55 No.611085557
彼が放った魔力弾は、影の胸に突き刺さっていた私の槍に、見事に命中した。 大きな影はその場に立ち尽くしていたが、やがて咆哮ともつかぬ鈍い音を立てて消滅した。 それと同時に、地を覆い尽くしていた小さい影も、忽然と姿を消した。 「やりましたね!雷と見紛うほどの鋭き一射、実に見事でしたよ!」 よかった。間に合った。 立ったままの彼のもとに、一目散に駆けてゆく。よかった、やっと終わった。これでまた、彼と一緒に--- 「うん、よかった--- お虎さんが、無事でいてくれて」 倒れ伏した彼の身体と、彼を抱き止めた私の手についた赤いものの意味を、私は理解できなかった。
5 19/08/01(木)00:59:16 No.611085787
何度も見てきた光景。戦場において、あまりにもありふれたもの。 それがいま、こんなにも恐ろしい。 「ぁはっ、ぁはははっ、あははははっ…! 何故ですか…!?何故、私を助けたのですか…!? 私のほうが、あなたよりもずっと強いのに。私を放っておけば、こんなことにはならなかったのに。 いえ、いえ、それよりも--- あなたをこんな目に遭わせたのは、私のせいなのに…!」 わからない、わからない、どうして…! 「放っておくなんて、できない。だって、君をそこまで追い詰めたのは、俺のせいだから」 今にも消えそうな声で、彼が呟く。 「あのとき--- 君が、人の心を持てないって言ったあのとき、君の顔を見たんだ。 泣きそうな顔をした、君を、見たんだ。助けてって、言ってるみたいに--- だから、あのとき決めたんだ。 何があっても、君を見捨てないって---」
6 19/08/01(木)01:02:42 No.611086350
「そん、な---」 冷たくなっていく彼の身体を、必死で抱き止める。 私にできることなら、何だってする-- だから、お願い--- いかないで--- 「ひとつだけ、聞いて、いい? 少しでも、君のこと、幸せにして、あげられたかな---」 静かに、けれどはっきりと頷いた。 言葉が、出ない。喉の奥に、蓋をされてしまったように。
7 19/08/01(木)01:02:55 No.611086383
「ねえ、お虎さん。もうひとつだけ、お願い。 もし、俺がいなくなっても--- 生きていて、ほしいんだ。 お虎さんがつらい思いをしてきたことも、もう誰にも会いたくないことも、知ってる。 だから、これは俺のわがまま。大切なひとに、生きていて、ほしいって--」 心など、とうの昔に折れてしまったと思っていた。けれど、彼は最期まで私から目をそらさなかったのだ。 ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。結局のところ、私は何一つ、彼の心を手に入れることなどできなかったということではないか---
8 19/08/01(木)01:03:13 No.611086443
「きいて、お虎、さん」 彼の手が、私の背に回される。何度も繰り返してきた、いつものこと。 でも、今は--- きっとこの瞬間は、一瞬だけの永遠だから。 「あい、してる---」
9 19/08/01(木)01:03:34 No.611086500
「リョーマ。着いたらこの女を一発ぶん殴ってやろうと思ってたが、やめだ。 もう私に、そいつは討てない」 頭の上で、音が飛び交う。もう、何も聞きたくない。 ああ、けれど、ひとつだけ--- 「滑稽、ですね。 こんなことまでしたのに、最後の最後まで、彼は私のものになんか、ならなかったんですから」 「それは違う。 彼は誰のものにもならないよ。それをわからなかったから、君は今ここにいる。 君の言う愛の形は、きっと彼のそれとは違う。彼にとってそれはきっと、どんなことがあっても大切な人を支え続けることなんだ。 だから、僕は思うんだ。 彼は間違いなく、君を愛していたって」
10 19/08/01(木)01:04:07 No.611086571
ああ、こんなことになるなら、何も知らなければよかった。 もし何も知らなかったなら、私は私でいられたのに。 もし何も知らなかったなら、何もかも諦めて、ただの人でなしのまま、何も感じないで終われたのに。 こんなときどんな顔をすればいいかも、私にはわからない。だから私は、いつものように乾いた笑顔を作るのだ。 「あはっ、あはははっ、あははははははははははは」 何も知らなければよかった。何も知らなければよかった。 何も、知らなかったなら--- ---きっと、あなたを、すきになんて--- 「あははははっ、あはははははははははははっ、あはっ--- ぁあ…ぁああ……ぁあああああっっっっ……!!!」 ああ、そうか--- ---きっとこんなときは、泣けばよかったんだ---
11 19/08/01(木)01:04:27 No.611086631
お久しぶりです。こうやって文をしたためるのも、久しくしていなかった気がします。此度の戦にようやく一段落つくそうなので、少しだけ筆を執りたいと思います。 今、私のいるところは、一面の雪景色です。夜になって風が止んで、何も聞こえなくなると、ようやく独りになれたような気がするのです。 あなたが私を見つけてくれたのも、確かこんな日だった気がします。 あなたがいないこの世界は、ひどくさみしいところだけれど、さみしいと思うことができるのは、あなたがくれた優しさのおかげです。
12 19/08/01(木)01:04:34 No.611086646
もう渋で書いたらどうだ
13 19/08/01(木)01:04:44 No.611086668
だから、こんな夜は、あなたを想って泣いて、いいですか? 覚えたばかりで、うまくできないかもしれないけれど。 あなたを死なせた私の罪は、絶対に消えることはないけれど。 笑って忘れてしまうことは、それよりもずっとつらいことだって、私、やっとわかったんです。 だから、あなたがいた部屋に、あなたがいた時間に、もう少しだけいることを、許してくれますか…? もし、戦いが済んで、何もかも終わったら--- ---あなたに、逢いに行ってもいいですか? わかっています。勝手なことだって。そんな資格は、私にはないんだって。 けれどそれでも、私はあなたに伝えたい。 こんな私に、とびきりの愛をくれて、ありがとう、と。 私も、あなたを愛しています、と---
14 19/08/01(木)01:07:16 No.611087063
これで完結となります 次のお虎さんの出番はいつになるんでしょうね
15 19/08/01(木)01:08:38 No.611087303
なに出番が来なくて寂しいって? そんな時はお虎さんの活躍を捏造すればいいじゃない!
16 19/08/01(木)01:11:41 No.611087816
アーイイ……
17 19/08/01(木)01:13:48 No.611088194
また書いてくれよな
18 19/08/01(木)01:17:55 No.611088943
大作ありがとう
19 19/08/01(木)01:19:51 No.611089302
人らしさを手に入れたときにはもう愛する人はいない しんどい
20 19/08/01(木)01:23:34 No.611089956
ようやく獲得した人間性は罪と罰で真っ黒なんやな
21 19/08/01(木)01:30:02 No.611091111
めっちゃいいんだけどもどっかに過去作とかまとめてあったりする…? 見たい…
22 19/08/01(木)01:45:29 No.611093530
作者が塩であげてた気がする
23 19/08/01(木)01:56:25 No.611095267
ただこんなに長いならそれこそFGO板で上げたらと思う