19/04/28(日)00:33:32 小雨が... のスレッド詳細
削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。
画像ファイル名:1556379212458.png 19/04/28(日)00:33:32 No.586938615
小雨が静かに降る中、アタシは傘もささず足早に歩みを進めていた。 用具を詰め込んだ袋を下げ、他の面子に見つからないよう気を付けながら。 ここしばらくの習慣になっとった。 「おい、おるや?」 物置に着くと、置いてあった小箱に声を掛けた。ケットを持ち上げると小さな毛玉が丸まっていた。 そいつは剥ぎ取られたことに反応してわずかに顔を上げる。縞三毛の子猫。1~2ヶ月ってところやろうか。 アタシを見上げる目はまん丸に見開かれとったけど、片目にはどこで付いたか深く抉られた傷が走り、開くことはなかった。 ちょっと迷ってからそいつに手を伸ばしてみる。 そして怯えたように身を竦めるしぐさを見てすぐに引っ込めた。 「やっぱ、懐かんなあ」 ひとつ溜息を吐いた。やっぱりゾンビィやけん、警戒されとるとやろうか。動物は敏感やけんな。 大きか傷も何か怖か目にあったとかもしれんし、まあ懐くことなんて期待できんよな。
1 19/04/28(日)00:33:51 No.586938688
そいつを見つけたのは1週間ほど前だったか。今日みたいな小雨の日やった。 使いの帰りにちょいと道草食ってたら、公園の植え込みの間に偶然見つけちまったんだ。 相当に弱ってて正直めんどくせぇモン見つけたって思っちまったけど、気付いた時にはそいつ抱えて屋敷に駆け出してた。 …アタシなんかが世話できるんかとか、あのゾンビィ屋敷にコイツの居場所なんかあんのかとか、そんな疑問は脇に置いといて。 しゃらくせえ、気合でどうにかできんだろって単純な気持ちやった。 実際のところ気合はまるで役に立たんかった。 アタシが気合入れたところで、こいつ自身に気力が足りてねぇんじゃどうにもならん。 それどころかまず体力が足りてねぇ。ほとんど動かんし餌もあんまり食いよらん。 色々調べてみたけど、これといった打開策も今のところ見つからん状態やった。 小箱の中を片す。…やっぱりほとんど食いよらんな。猫用のミルクもよう飲まんかったし、フードもダメか。 アタシはまた溜息を吐いて、嫌がられ承知でそいつを抱きかかえた。 「食わんと持たんぞ、分かっとっとや?」
2 19/04/28(日)00:34:09 No.586938778
アタシの手の中でむずかる動きを感じる。こうしてる時が一番活動的になりやがる。 仕方なく小箱に戻して、大人しく丸くなった子猫をしばらく眺めとった。 不意に背後でドシャーンと派手にひっくり返すような音がした。 音の方へ行ってみると、ひっくり返っていたのはさくらだった。 置きっぱなしだった庭道具を散乱させて、鉢に足を突っ込んだまま呻いている。相変わらず鈍くさい。 「何やってんの、お前」 「さっサキちゃん!?わ、私、何も見とらんけんね!安心して!」 「ほー、アタシの何を見とらんって?言ってみ?」 「内緒で拾ってきた子猫を毎日甲斐甲斐しくお世話する後姿とか!」 「へー…他には?」 「このところがば早起きやったり、ちょくちょく練習から抜けることのあったり、慣れんパソコンで調べものしよったり、 古い毛布持ち出して仕立て直しよったりとか!あとどう見ても動物の餌にしか見えん何かをたえちゃんが食べよったりね! そやんかことは何も見とらんし気にしとらんけん!」 「見過ぎだバカ。つーか餌減っとったんはアイツの仕業か」「あうぅ…ごめんね…」
3 19/04/28(日)00:34:29 No.586938886
鉢から足を引っこ抜いて申し訳なさそうに頭を下げるさくらだった。 アタシは苦笑しつつ、物置の方を顎でしゃくった。 「近くで見るや?」「よかと?」 別にアタシの所有物ってわけでもねーしな。 「かわいか…」小箱の中で身を縮める子猫を見て、さくらは熱っぽい声を上げた。 それから傷跡と弱って動かない様子に痛々しく顔を顰める。予想通りの反応。 「警戒するし餌も食わんで苦労しとるったい」 「そうとね…でも何で隠しとっと?悪かことしよらんとに…」 「なんつーとかなぁ。ほれヤンキーがさ、ちょっと仏心を出して意外みたいな…そういうのってすっげーダサかやろ?」 「そやんかこと気にせんでよかとに…サキちゃんがやさしか人って、みんな知っとっとよ?」 そやん風に言われるともイヤだってんだよ。ったく。うざったそうな顔をしてみせたアタシをさくらが微笑んで見つめよった。やめろってバカ。 「この子に名前付けた?」 「ドラ」「サキちゃんらしかね…」 困ったような笑みを浮かべたさくらにアタシは口を尖らせた。何もおかしくなかやろうが。
4 19/04/28(日)00:34:46 No.586938971
「まあ、つい名前なんか付けちまったけどさ。そやん長々と置いとくつもりはねぇから」 「…そうと?」 「生きモン飼うのはムリやろ。アタシらゾンビィやけんな。グラサンのヤツが認めるとも思えんし」 「そう…かな…」 「ま、元気になったら好きなとこに行けばよかさ」 突き放したように言ってみたけど、それも今の状態だと遠い気がして、内心のモヤモヤは晴れんかった。 しばらく子猫について話を交わしてから、アタシ達は物置を後にした。 「やっぱりみんなには、黙っとったほうがよか?」「あー…頼むわ」 きまりが悪かともあるし、ゾロゾロ総出で面倒見てもよか結果になると思えんかったし。 まあ経験はないけど手伝うって言ってくれたさくらの申し出だけは受けることにした。 実際のところ、手助けがあるのは有り難かった。 さくらはマメなのもあるし、こっちが気付かんことを指摘してくれる。アイデアも一人の時より出しやすくなった。 ちょっとは芽が出そうな気配が出てきた、か?
5 19/04/28(日)00:35:02 No.586939060
…それから幾日か過ぎた日の朝のこと。アタシは物置の小箱をじっと見つめていた。 さくらの呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。「サキちゃん!ドラ、どやん様子?」 無言で手招きして中を見せる。さくらは覗き込むと、顔を強張らせて固まった。 「うそ…なんで…」「昨日の晩からちょっと様子がおかしかったけんな。こやん急にとは思わんかったけど」 ドラは身を縮めたまま冷たくなっとった。 あっけない幕引きに変な笑いさえ出てきて、アタシはヘッと毒突くしかなかった。 「やっぱりゾンビィのヤンキーなんかが生きモン構ったりしたけん、バチが当たったとたい」 「そやんこと…」「バチならアタシに当てろってんだ、クソが…」 歯噛みして拳を握り締める。恨むべきはこの猫の不幸か自分のクソ無能か。 何にしてもこいつの一生はもう終わってしまった。 さくらに促されて庭の片隅に墓を作ってやった。 二人で手を合わせて祈る。…死人がこんなことしたって成仏なんてできんと思うけどな。 せめて今度は、もっとちゃんと面倒みてやれるヤツのところに行ってくれよ。
6 19/04/28(日)00:35:16 No.586939143
ドラを見送った後はしばらくアイドル業で忙しい日々が続いた。 帰りの車中で窓の外を見ていると、まだあの子猫のことが頭にちらついてやるせなさを覚える。 こんなことで影響は出すまいと決めとったから、仕事で特に問題は無かったと思うけど。 多少気合は落ちとったかもしれん。こんなんじゃいかんな… 屋敷に着いて車から降りたアタシをグラサンが呼び止めた。 「サキ、この後俺の部屋に来い。さくら、お前もだ」 アタシとさくらは顔を見合わせる。やっぱり気落ちを見透かされとったかな…めんどくせぇ。 部屋に入るとグラサンが腕を組んで椅子に座っとった。顎をしゃくって机の上の籠を見るよう促す。 籠の中には毛布に包まった子猫が一匹いた。ドラと同じ縞三毛の毛皮。 アタシは息を呑んだ。懐かしさではなく異様な気配に。 そいつはピクリともせず眠ってる…いや、死んでる?生きて血が通っている気配がない。 …恐る恐る手を伸ばすと、急にビクッと震えて大きなあくびをしながら起き上がった。
7 19/04/28(日)00:35:33 No.586939222
毛布に隠れていた片目の大きな傷が露になる。アイツと同じ傷だった。 「ドラ…?」 子猫が痒そうに傷を掻き毟ると、中からゴロリと潰れかけた目が転がり落ちてきた。 ぎょっとしたが子猫はボールか何かのようにじゃれて遊び始めた。 ぞわ…と総毛立つ。隣のさくらも呆然としていた。 キッと睨みつけると、この所業をもたらした男は腕組みをしたまま無言で頷いた。 次の瞬間、アタシは一気に詰め寄って胸倉を掴んでいた。 「…んなこと、誰が頼んだってんだコラぁ!!」 「誰も頼まん。俺が勝手にやっただけだ」 「…ッざっけんな!!てめぇマジぶっ殺す!!」 「サキちゃんッ!やめて!」 グラサンはアタシの激しい剣幕の前でも平然とした態度を崩さなかった。 「何を怒っている?おぞましいゾンビィとして蘇らせたことをか?ではそのゾンビィとして活動するお前はどうだ。 これまでに得た仲間もアイドルとしての成果も、全て忌むべきものだったか?」
8 19/04/28(日)00:35:44 No.586939273
「クソ屁理屈ぬかしてんじゃねぇッ!そんなのは結果だろうがっ!」 「そうだ、結果だな。お前が秘匿のため介抱に適さない環境で過ごすことを強い、子猫を死に至らしめたのも結果だ」 「な…に…」 「幸太郎さんっ!」 抗議するさくらを黙っていろと一蹴し、さらに言葉を続けた。 「お前達は自分達の無力を痛感し、反省したかもしれん。 子猫の境遇を哀れみ、その死に対して強烈な悼みと共感の念を心に刻んだかもしれん。人としては合格だろう。 …だがそんなものは、この猫自身が死に瀕して抱いた無念に比べれば、露ほどの重みもない」 さくらがはっと息を呑んで顔を歪めていた。 …アタシみたいにバカやって死んだヤツと違って、こいつは大きな無念を抱えて死んだ人間だ。 もしそんなすくいきれない思いを本気で汲み取ろうと思えば… アタシは掴んだ手を離し、顔を伏せた。 「哀れみなど何も生み出さん。悼みなど何の救いももたらさん。…尽きる所、救いとは結果だ」
9 19/04/28(日)00:35:59 No.586939341
グラサンは椅子から立ち上がって籠に歩み寄り、ゾンビィ化したドラを抱き上げた。 ちょっと嫌そうにするドラに辟易した表情を見せながら、ごく小さくちぎったゲソを与えた。 食べにくそうにしながらも口を大きく開けて一生懸命に噛もうとする。 こんな美味そうに食う顔なんて見たことなかった。 「生きるとは、最大限結果にコミットし続けることだ」 グラサンはアタシにドラの身体を預けた。 恐る恐る抱きかかえたその子猫の感触は、体温こそなかったけど生きとった時と変わらんかった。 たまらなくなって、ぎゅっと小さな身体を抱き締めた。 「サキ。お前ならこの結果に、何を見つける?」 ポンとアタシの肩を叩いて、グラサンは部屋を後にした。 残されたアタシはドラを抱いたまましばらく押し黙っていた。 「…なあ、さくら」「…何?サキちゃん」 「コミットってなんだ?流れ星か?星に願いをってヤツか?」
10 19/04/28(日)00:36:14 No.586939426
「さ、サキちゃんてば…もう…」 さくらは急に吹き出して、くっくっと腹抱えて笑い出しやがった。 なんだよ…分かんねぇから聞いたんだろうが、なぁ? ドラはどうでも良さそうにくわぁと大きなあくびをするだけやった。…お前こんな呑気な顔できたんかよ。 か弱かった子猫は、もうアタシの手の中で怯えることは無かった。 ドラはお披露目されるや、すぐゾンビィ達の人気者になった。 ちんちくはゴロゴロなーなー言いながら戯れてうるさいし、姐さんは子猫を傍に置いとくだけで絵になって何かズルいし。 純子は日向ぼっこするドラに寄って来て一緒にうたた寝する姿をたまに見かける。おばあちゃんか。 たえはまだちょっと警戒してるぽいな。ちょいちょい気にしているけど、近寄ると逃げることが多か。 まあ犬やけんな。…あれ?人だったか? 愛のヤツは気の無いふりをしていたけど、一人自主練の時にドラを観客に見立てて何やかんや話し掛けてみたり、 煮詰まってる時ににゃーにゃー言いながら撫で回していたのを知ってる。 まあ武士の情けで見なかったことにしてやったけどな!
11 19/04/28(日)00:36:27 No.586939508
ドラが仲間と仲良くする様子をさくらと眺めながら、アタシはあーあと溜息を吐いた。 「最初からこうしておけばよかったな。やっぱりアタシはバカやったわ」 「でもあの子がみんなに馴染んどるとは…」 …それは分かってる。ゾンビィに拒否反応を示してたアイツが何のわだかまりもないのは、ゾンビィになったからだよな。 もし生きている時に皆の中に放り込んでも、かえって苦しめる結果を生んだだけかもしれない。 けれど、それでも。 もっとよかやり方は無かったかって考えてしまうとは、ただのわがままなんやろうか。 ぼーっとつまらんことを考えよると、見かねたさくらが心配そうな眼差しを向けてきた。 「何がよかことかなんて分からんとやけん。私達だって…」 「わーってる、わーってるって」 そやん顔すんなって。アタシはもう大丈夫やけん。
12 19/04/28(日)00:36:42 No.586939589
…朝ミーティング終了後、他の面子が引き上げた後もアタシはしばらく残っていた。 いつの間にか来ていたドラが好奇心旺盛にその辺を動きまわる様子をぼんやり眺めとった。 同じく居残ったロメロも、パイプ椅子に寝そべりながらその様子が気になるようだった。 今日のアホ興行の始末を終えたらしいグラサンが口を開いた。 「…どうだ。何か見出せたか?」 アタシはグラサンの前に歩いて行って、真っ向から睨みつけてやった。 そしてスッと懐のゲソを引き抜いてロメロの前に投げた。 すぐ齧り付こうとしたロメロだったが、思いとどまってお座りの姿勢を取る。 そして後から来たドラがゆっくりとゲソを食べ始めた。ロメロはそんな子猫の様子をじっと見守っていた。 愛犬の予想もしない態度に驚きを隠せないって感じの、グラサンの間抜け面が小気味よかった。 「…見つけたのはアタシじゃなかったごたんな?」 苦笑いで肩を竦めるグラサンを軽く小突いてやってから、アタシは地下室を後にした。
13 19/04/28(日)00:38:00 [sage] No.586939938
以前こちらの絵を拝見して書いてみんした しょっぱい感じになってご免なんし su3030639.png
14 19/04/28(日)00:39:16 No.586940368
よか空気ばい…
15 19/04/28(日)00:39:28 No.586940440
ロメロ偉いな!
16 19/04/28(日)00:42:43 No.586941414
幸太郎はんは無念とか諦めとかそういうのあえて無視してぶち破ってくるのが似合うでありんすなあ
17 19/04/28(日)00:45:39 No.586942233
ヤンキーと捨て猫は王道だな
18 19/04/28(日)00:47:43 No.586942820
なんとなーくグラサンは猫には好かれなさそうな雰囲気ある
19 19/04/28(日)00:50:28 No.586943645
幸太郎はこういうことするよね・・・
20 19/04/28(日)00:52:17 No.586944242
命の冒涜とか今更すぎるしな
21 19/04/28(日)00:53:08 No.586944480
9話といい、真面目モードの巽にはサキもちゃんと態度引き締めるの好き
22 19/04/28(日)01:00:33 No.586946425
サキちゃんは確かに子猫可愛がりそう ヤンキーの固定概念だけど…
23 19/04/28(日)01:00:50 No.586946478
>煮詰まってる時ににゃーにゃー言いながら撫で回していたのを知ってる。 かわいいな愛ちゃん
24 19/04/28(日)01:08:34 No.586948144
にゃーん
25 19/04/28(日)01:25:22 No.586951336
ヤンキーやっとる子なんて猫みたいなもんばい